本文全体表示【PDF128KB】

色素増感太陽電池モジュールの屋外暴露試験
太陽光発電研究室 臼 井 弘 紀 1・岡 田 顕 一 1・土 井 克 浩 1・松 井 浩 志 2
Outdoor Endurance Test of Dye-sensitized Solar Modules
H. Usui, K. Okada, K. Doi, and H. Matsui
色素増感太陽電池は,従来の太陽電池に比べて低コストで環境にやさしい,次世代の太陽電池として
期待されている.当社ではこれまでに水分の浸入を防ぐパッケージや,集電配線を腐食させない保護層
などの技術を適用することによって,JIS 規格に定められる耐久性評価項目をクリアできるセルの開発
に成功した.今回,この技術をベースに開発したサブモジュールを直列に接続して,80 × 80 cm サイズ
のモジュールパネルとして屋外暴露試験を行うことにより,その動作状況について調べた.
Dye-sensitized solar cells are expected to be the next-generation solar cells that lower-cost, more
environmentally friendly than the conventional solar cells. We developed a package to keep out moisture, using
protection layer of a metal line, and we could make cells pass the several durability evaluations of Japanese
Industrial Standards(JIS). In this study, we prepared 80 × 80 cm square module panels, with the sub-modules
which was developed based on these technologies connected in series, and we investigated their performance
during outdoor exposure.
1.ま
え
が
による基板の低抵抗化や 6 ),電解質の漏洩を抑えながら,
き
発電特性を向上させることが可能なナノコンポジットイ
化石燃料の枯渇問題,温室効果ガス削減の解決手段
オンゲル電解質などを開発し,DSC へと適用してきた 7 )8 ).
のひとつとして,太陽光発電の普及促進が求められてお
さらに,配線保護層の改良や,水分の浸入を避けるパッ
り,次世代型の太陽電池として注目されているものの 1
ケージを開発することで,JIS 規格に定める耐久性試験
つが色素増感太陽電池( DSC )である 1 ).DSC は従来の
をクリアした 9 ).そこで,今回,これらの技術をもとに
pn 接合型太陽電池とは異なり,光合成に似た電子移動
モジュールパネルを作製し,屋外における耐久性実証試
プロセスで発電する.また,製造プロセスにスクリーン
験を開始した.
印刷技術などを利用することができるため,目的や用途
に合わせて容易に形状を変えることができ,さらに増感
2.大面積色素増感太陽電池の発電特性
色素を変えることにより色を自由に選択することも可能
である.DSC は結晶シリコンタイプの太陽電池と比べ
DSC の作製においては,複数回のパターニング印刷
てコストを大幅におさえられる可能性があり,製造時に
と焼成を繰り返す必要がある.たとえば,発電層となる
排出される二酸化炭素の量も少ないという特徴を持って
酸化チタンナノ粒子を含んだペーストの印刷と焼成,集
いる.小サイズの DSC では,すでに実用化されている
電配線を形成するための Ag ペーストの印刷と焼成,形
アモルファスシリコン太陽電池を凌ぐ発電効率が報告さ
成した集電配線が電解液と触れて,腐食しないようにす
れるようになってきており 2 ),セルサイズの大型化やモ
るために,低融点ガラスフリットペーストを用いた配線
ジュール化,長期信頼性向上などの課題解決が求められ
保護層の印刷と焼成などがあげられる.このように熱処
ている.特に,長期信頼性の面では,世界的にも屋外に
理を繰り返し行うため,基板によっては変形等による印
おける実証試験例は数が少なく
- 5)
3)
,実使用時の長期耐
刷位置ズレが生ずる場合がある.また,印刷刷版に使用
久性についての検証が求められている.
されるスクリーンの材質の違いによって,刷版の伸びが
当社では,これまでにセルの大型化に必要な集電配線
異なり,印刷サイズが大きくなると,印刷位置ズレが顕
著となることもある.そのため,各印刷工程における適
切な熱処理方法,印刷刷版の選定を行うことで印刷精度
1 太陽光発電研究室
2 太陽光発電研究室長
を向上させ,高開口率の大面積サブモジュールを試作し
38
色素増感太陽電池モジュールの屋外暴露試験
省略語・専門用語リスト
省略語・専門用語
正式表記
DSC
Dye-sensitized Solar Cell
た.同一基板上に複数セルを作製して直列に接続したサ
説 明
色素増感太陽電池
3.モジュールパネルの屋外暴露試験
ブモジュールの外観写真を図 1 に示す.
N749 色素(Black dye, RuL’
(NCS)
(TBA)
= 4,
4’
,
4”
3
3[L’
当社では JIS C 8938「 アモルファス太陽電池モジュー
-tetra-carboxy- 2,2’
,2”-terpyridine, TBA = Tetrabutyl
ルの環境試験方法および耐久性試験方法 」に従った,評
ammonium]
,Dyesol 社)
,揮発性電解液を用いた,サイ
価項目をクリアできるセルの開発に成功したが,次のス
ズの異なる DSC の IV 曲線を図 2 に示す.セルサイズ
テップとして,長期信頼性確保の課題抽出のために,実
を拡大しても,変換効率に大きな差は生じず,本質的な
際の屋外での実証試験を開始した.これにより,複数
性能低下を引き起こさずに大面積セルを作製することが
のサブモジュールを接続したモジュールパネルを屋外で
できた.
動作させた場合のモジュールパネルの構造や,屋外環境
変化など,ラボ内のテストのみでは評価しきれない様々
な要素による影響の確認を行った.今回,JIS 規格をク
リアしたパッケージ構造の 20 × 20 cm サイズのサブモ
図1 セルを直列に接続したサブモジュール
Fig. 1. Sub-modules that connected cells in series.
ηap = 7.6 %(発電面積174 cm2)
ηap = 8.1 %
(発電面積104 cm2)
図 3 80 × 80 cm モジュールパネル
Fig. 3. 80 × 80 cm module panel.
15
J
10
ηap = 8.0 %
(発電面積 22 cm2)
(mA/cm2)
5
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
V(V)
図 2 異なるサイズのセルの IV 曲線
(Black dye, 揮発性電解液)
Fig. 2. IV curves of each different size cell
(Black dye, volatile electrolyte)
.
図 4 モジュールパネルの屋外試験の様子
Fig. 4. Outdoor endurance test of module panels.
39
2009 Vol.2 フ ジ ク ラ 技 報 第 117 号
ジュールを 16 枚接続し,モジュールパネルを試作した.
なく,変換効率を維持することができた( 図 5 ).電解
作製したモジュールパネルを図 3 に示す.モジュールパ
液の変色には紫外線が影響していることがわかったが,
ネルを発電特性測定機や充放電コントローラ,日射計と
現時点では変色した電解液成分の同定には至っておら
ともに当社佐倉事業所内に設置して( 図 4 ),屋外にお
ず,評価継続中である.
ける発電特性の評価を行った.
3.2 ホットスポットの発生
3.1 紫外線の影響
一般的にホットスポットと呼ばれる現象は,太陽電
屋外暴露試験を開始したところ,電解質にイオン液体
池モジュールパネル内のセルが,落ち葉や鳥の糞などに
電解液を用いたモジュールパネルは変換効率を維持して
よって光をさえぎられたりする,様々な原因により発電
いたが,揮発系電解液を用いたモジュールパネルは,変
量が低下した場合に,そのセルが抵抗体となってしまい,
換効率の低下が見られた.変換効率が低下したモジュー
抵抗体となったセルに出力電圧が印加されて発熱し,焼
ルパネルを観察したところ,色素の色落ち,配線の腐
損,故障が起こる現象である.初期の DSC モジュール
食は見られなかったが電解液が変色していた.UV カッ
パネルにもホットスポットと類似した現象が発生し,一
トガラスを組み込んだモジュールパネルを作製したとこ
部のセルに白色または黒色の斑点が観察された.この
ろ,揮発系電解液を用いた場合も電解液が変色すること
ような白色または黒色の斑点が発生する原因を調べる
ため,光を照射しながら過度に電圧を印加してセルの挙
動を調べた.対極にプラスを作用極にマイナスをつない
で,外部から電圧を印加したときの IV 曲線を図 6 に示
1.2
Normalized Value
1
UVカットあり
0.8
η
0.6
0.4
UVカットなし
0.2
揮発性電解液
0
1
10
100
1000
10000
屋外暴露時間 (h)
電流集中部が白変
図 5 紫外線の影響による変換効率の変化
Fig. 5. Conversion efficiency of module panels
by the effects of ultraviolet.
a)外部から -3 V 印加
a)Externally applied -3 V.
-10
変色
-8
ガス発生
-6
-4
I
(A)
-2
0
2
4
-4
電流集中部が黒変
-3
-2
-1
0
1
2
b)外部から -6 V 印加
b)Externally applied -6 V.
V(V)
図 6 セルに外部から電圧を加えたときの IV 曲線
Fig. 6. IV curve of the cell to which voltage
was applied externally.
図 7 外部から電圧を加えたときのセルの外観
Fig. 7. Appearance of the cells to which voltage
was applied externally.
40
色素増感太陽電池モジュールの屋外暴露試験
す.プラスに電圧を印加した場合,セルに変化は見られ
なかった.マイナスに電圧を印加した場合,限界電圧を
超えると,セルが破壊されることがわかった.- 3 V あ
たりからセル内部でガスが発生し,一部が白色に変化し
た.さらに - 6 V 以上では黒色に変化した.この現象は,
電解液としてイオン液体電解液,揮発性電解液いずれ
を用いた場合にも見られた( 図 7 ).このようなセルの
故障を回避するために,ダイオード( バイパスダイオー
ド )を逆方向になるようにサブモジュールと並列に接続
した.これにより,過度の逆電圧が印加された場合でも,
電流がダイオード側にバイパスされるため,セルに高電
圧が印加されることがなく,セルの破損を防止できるよ
うになった.
4.屋外耐久性
前述の対応に加えて,夕立時の基板ガラスの割れなど,
急激な温度変化に起因する熱ストレスの影響を抑えるた
め,モジュール構造の一部を再設計した.また,夜間な
a)誘導灯
どにバッテリから太陽電池へ電流の逆流を防ぐための逆
a)Guide lights in outdoor.
流防止回路などを追加した.このような改良を行ったモ
ジュールパネルの屋外での動作状況を図 8 に示す.試験
開始から 200 日近く経過しているが,発電特性の低下は
見られていない.屋外暴露試験は今後も継続し,長期安
定動作の検証を続けていく.屋外試験を行っている太陽
Normalized Value
1.5
η
1
0.5
1.5
Isc
b)事務所内の一部の蛍光灯
b)Some fluorescent lights in the office.
1
図 9 発電した電力の利用
Fig. 9. Use of electricity generated by module panels.
0.5
1.5
Voc
電池が発電した電力は,図 9 に示すように環境・エネル
ギー研究所の屋外誘導灯と所内の一部の蛍光灯用電力と
1
して利用している.
0.5
5.む す び
1.5
F.F.
JIS 耐久性試験をクリアしたパッケージ構造のサブモ
1
ジュールを接続したモジュールパネルを用いて,屋外
で実証試験を行った.その結果,紫外線による電解質の
0.5
0
50
100
150
200
変色やホットスポットに似た現象などの問題が明らかに
なったため,UV カットやバイパスダイオードなどを導
屋外暴露時間(day)
入した.引き続き屋外暴露試験を続け,Si 系太陽電池パ
図 8 屋外暴露試験結果
Fig. 8. Results of the outdoor endurance test.
ネルとの比較を行い,年間トータル発電量や季節による
41
2009 Vol.2 フ ジ ク ラ 技 報 第 117 号
発電量の違いを調べていく.また,実用化に向けた DSC
dye-sensitized solar cells", Inorganica Chimica Acta,
の製造技術の簡素化,安定化を目指す.
No. 361, pp. 786-791, 2008
4 ) N. Kato, et. al. : "Degradation analysis of dye-sensitized
本開発の一部は,独立行政法人新エネルギー・産業技
solar cell module after long-term stability test under
術総合開発機構( NEDO )からの委託研究,
「 新エネル
outdoor working condition", Solar Energy Materials &
ギー技術研究開発 太陽光発電システム未来技術研究開
Solar Cells, No. 93, pp. 893-897, 2009
発 高耐久性色素増感太陽電池モジュールの研究開発 」
5 ) H. Tanaka, et. al. : "Long-term durability and degradation
により実施した.
mechanism of dye-sensitized solar cells sensitized with
indoline dyes", Solar Energy Materials & Solar Cells,
参
考
文
No. 93, pp. 1143-1148, 2009
献
6 ) 松井ほか:「 色素増感太陽電池 」,フジクラ技報,第 104 号,
pp.37-41,2003
1 ) B. O'Regan, and M. Graetzel : "A Low-Cost, HighEfficiency Solar Cell Based on Dye-Sensitized Colloidal
7 ) 松井ほか:「 ナノコンポジットイオンゲルを用いた色素増
TiO2 Films", Nature, No. 353, pp. 737-740, 1991
感太陽電池 」,フジクラ技報,第 107 号,pp.73-78,2004
8 ) 江連ほか:
「 900 × 1,200 mm2 色素増感太陽電池モジュー
2 ) M. Graetzel : "Conversion of sunlight to electric
ル」
,フジクラ技報,第 110 号,pp.37-41,2006
power by nanocrystalline dye-sensitized solar cells", J.
Photochem. Photobiol. A, No. 164, pp. 3-14, 2004
9 ) 岡田ほか:「 高耐久性色素増感太陽電池 」,フジクラ技報,
3 ) S. Dai, et. al. : "The design and outdoor application of
第 114 号,pp.48-53,2008
42