0.15μm FD-SOI低電力LSI技術 森川 剛一 梶田 陽子 御手洗 睦 近年,携帯電話をはじめとする電池駆動型の携帯情報 端末の爆発的な普及とともに,小型化,高性能化,長時 間動作化が強く要求されており,搭載するLSIは低電力化, Poly 高速化を実現する必要がある。これらのニーズに応える ため当社では,0.35μm,0.20μm 完全空乏型(Fully SOI Depleted)SOI CMOSデバイスを実用化し低電力LSI技 術の開発を進めてきた。 BOX 本稿では,更なる小型化,高速化を目的として微細化 した0.15μm FD-SOI CMOSのデバイス開発,および, デジタル回路に適用した場合の回路性能についてまとめた。 Sub. まず,低電力LSIを実現するための手法について述べ,次 にマルチしきい値対応の0.15μm FD-SOI CMOSのデバ 図1 0.15μm FD-SOI トランジスタの断面TEM写真 イス構造,電気的特性などの特徴について述べる。さら する。これを抑制するため基板濃度を上げると,駆動力 に,本デバイスによる低電圧デジタル回路の試作結果を が低下するという微細MOSデバイス一般の課題がある。 示す。 さらにFD-SOI CMOSではチャネル不純物濃度を増加す ると空乏層が縮小して部分空乏化が生じ,前述したよう LSIの低電力化 なFD-SOI CMOSの優位性が低減してしまうという課題 一般的なLSIの低電力化手法としては,アルゴリズムレ もある。マルチしきい値対応のFD-SOI CMOSデバイス ベルからデバイス,プロセスレベルまで数多く提案され を実現するには,これらの課題に対する最適解を複数の 1) ており,実用化が進められている 。ほとんどのLSIに適 しきい値電圧に対して品質,コストを考えたシンプルで 用可能な共通基盤的な低電力化技術としては,消費電力 安定した工程で設定することが必要であった。 の小さいCMOSデバイスを採用し,消費電力が電源電圧 図1は0.15μm FD-SOI MOSトランジスタの断面TEM の2乗に比例することを利用して電源電圧の低減を図るこ 写真である。貼り合わせSOI基板を使用し,埋め込み酸化 とが直接的かつ最も効果的な手法である。そのため,電 膜(BOX)上のSOI膜厚は40 nm,ゲート酸化膜は2.5nm 源電圧を1V以下へと低電圧化し,動作周波数100MHzを である。FD-SOI CMOSは非常に薄いSOI層に素子を形 2)3) 。 成するため,トランジスタ形成工程ではSOI層をできるだ FD-SOI CMOSでは,従来のバルクCMOSに対して, け削らないようにプロセスを設定した。一方,配線工程 ターゲットとしたLSIの研究開発が広く行われている 寄生容量が低減されることと,トランジスタのサブスレッ は既存のプロセス技術および設計資産の活用を目的として, ショルド特性が急峻であることから低電圧動作に対する 当社汎用0.16μmロジック製品で使用している多層配線 優位性がある。今回,高速であると同時にスタンバイ 技術,設計基準を適用した。 リ ー ク電流の低減を可能とするマルチしきい値対応の 0.15μm FD-SOI CMOSデバイスを開発した。 (1)薄膜SOIプロセス技術 拡散層を自己整合的にシリサイド化させ低抵抗とする 0.15um FD-SOI CMOSのデバイス開発 60 サリサイド技術を薄膜SOIデバイスに適用するためには, MOSデバイスではゲート長の縮小により駆動力は向上 SOI層をどこまで薄膜化かできるかについての検討が必要 するが,短チャネル効果が発生し,しきい値電圧が低下 であった。図2はN+ 拡散層のコバルトシリサイドシート抵 沖テクニカルレビュー 2003年10月/第196号Vol.70 No.4 デバイス特集 ● 抗のパターン幅依存を示し,SOI膜厚を変えて比較した。 (2)トランジスタ最適化 ここでのSOI膜厚はチャネル部分での膜厚であり,拡散層 短チャネル効果抑制には,バルクデバイスで実績のあ 部分の膜厚はさらに薄くなっている。Coのスパッタ膜厚 る,ゲートエッジ近傍の接合付近のみ基板濃度を増加さ を4nmとした場合,SOI膜厚30nm以上に対しては幅の狭 せるポケットインプラを適用した。図4で示すようにポ いパターンでもシリサイドによる低抵抗化が可能である ケットインプラによりゲート長に対するしきい値の低下 ことが分かる。25nmで抵抗が上昇している特性は,Siの は緩やかになり,ゲート長0.02μmのばらつきに対する 欠乏によりCoSiが低抵抗のCoSi2に相転位できなかった しきい値電圧のばらつきが,ポケットインプラ適用前は ためと考えられる。 最大で270mVであったが,適用後は30mV程度と大幅に また,薄膜SOI上の素子形成では,コンタクト開孔時の オーバーエッチングによってBOX層が欠損し,BOX 小さくなり,NMOS,PMOSとも短チャネル効果は十分 に抑制されることを確認した。 リーク電流が発生する不良があった。これに対してエッ 駆動力増加の観点からは,0.20μm FD-SOI CMOSデ チングプロセスを改良するとともに,CoSiからCoSi2へ バイスまで適用していたLDD構造からS/D extension構 相転位させる2ndアニール工程の前に開孔するCHEPSA 造へ変更した。これによりゲートとのオーバーラップ部 ( Contact Hole Etching Prior to the Second 分の拡散層の不純物プロファイルは浅接合でありながら Annealing)サリサイドプロセス4)を適用した。図3は 高濃度となり,寄生抵抗が低減し15%程度の電流増加が BOXリークの電流値分布である。ここでの不良判定値を 得られ,デバイスの高速化が可能となった。 1X10-11Aとすると,従来法では20%程度であった歩留ま 図5に各トランジスタのI-V特性を示す。サブスレッショ りが100%に改善されたことを示している。図1ではゲート ルド特性を示すS値は全てのトランジスタで75mV/dec前 上,拡散層上に膜厚25nmのコバルトシリサイドが形成さ 後であり,同世代のバルクCMOSや部分空乏型SOI れており,コンタクト開孔はシリサイド上で停止してい 40nm 35nm 30nm 25nm 100 80 60 40 0.4 0.2 0.0 -0.2 -0.4 20 0 適用後 0.6 t SOI Coスパッタ4nm しきい値電圧(V) シート抵抗(Ω/□) 120 適用前 ポケットインプラ ることが確認できる。 0.1 1 -0.6 0.10 10 0.15 配線幅(μm) 図2 Coシリサイドシート抵抗の配線幅依存 SOI膜厚による比較 0.20 0.25 ゲート長(μm) 図4 しきい値電圧のゲート長依存 ポケットインプラの効果 (S/D extension構造トランジスタ) 10-2 累積度数(%) 10 0.5 |VDS|=0.1,1.0V W=10um -4 0.4 10-6 PMOS 10-8 76mV/dec 10-10 10 NMOS S= S= 73mV/dec 10-8 10-4 BOXリーク電流(A) 図3 BOXリーク電流値分布のCoサリサイドプロセス比較 PMOS 0.1 78mV/dec 0 NMOS 0.2 -12 -1.2 -0.8 -0.4 |VGS|=0.2 to 1.2V step 0.2V 0.3 73mV/dec 0.4 0.8 1.2 ゲート電圧(V) 10-12 ドレイン電流(mA/um) conv. ドレイン電流(A/um) CHEPSA 0.0 -1.2 -0.8 -0.4 0 0.4 0.8 1.2 ドレイン電圧(V) 低しきい値トランジスタ 高しきい値トランジスタ 図5 0.15μm FD-SOI-CMOSのI-V特性 沖テクニカルレビュー 2003年10月/第196号Vol.70 No.4 61 CMOSのS値が概ね85mV/dec以上であるのに対して十 スタで構成したSRAM,高しきい値トランジスタで構成 分小さく,FD動作による急峻な特性を示すことを確認 したSRAM,および,MT-CMOS構成1)としたSRAMを した。高しきい値NMOSトランジスタではキンク特性5) 搭載した。MT-CMOS構成は,メモリセルに高しきい値 が若干現れているが,これはホットキャリアとして発生 トランジスタ,周辺回路に低しきい値トランジスタを用 したホールにより基板浮遊効果が起き始めているためと いて,周辺回路は高しきい値トランジスタによるパワー 考えられる。 スイッチを介して電源に接続する。メモリセルは,スタ ンバイ時にデータを保持する必要があるため,電源線に 低電圧デジタル回路の試作 直接に接続する。 今回開発したマルチしきい値対応の0.15μm FD-SOI 図7,図8に,それぞれ64Kb-SRAMのクロックアク CMOSデバイスをデジタル回路に適用した場合の回路性 セス時間,およびスタンバイリーク電流を示す。電源電 能を検証した。搭載回路は,32ビット加算回路,64Kb- 圧1.0VでMT-CMOS 構成のクロックアクセス時間は SRAM,さらに,これらの機能ブロックを用いた16ビット 2.9nsであり,高しきい値トランジスタで構成したSRAM DSPコアである。 の5.3nsに比べて約50%高速化される。また,スタンバイ リーク電流は,低しきい値トランジスタで構成したSRAM の0.9mA に対してMT-CMOS 構成のSRAMは2.6μA (1)32ビット加算回路 まず,基本演算回路の性能を把握するために,32ビッ ト加算回路を試作,評価した。回路方式は,32ビットと であり,約3桁削減される。これらの結果から,MTCMOS構成の低しきい値トランジスタによる高速化と, いった多ビット長の加算が高速に実行可能であるバイナ 15 クロックアクセス時間[ns] リキャリールックアヘッド方式6)を選択した。この方式 は,桁上げ伝搬と生成信号を2進ツリーを用いて演算し, 各ビットの桁上げ信号を生成することにより,演算速度 (log2)に比例するため,多ビット長の加算回路に適して いる。 32ビット加算回路の遅延時間,および,消費電力の評 価結果を図6に示す。電源電圧1Vで,遅延時間1.9ns,消 費電力1.9uW/MHzの性能が得られた。また,最小動作 MT-CMOS 5 0 0.0 電圧は0.4Vを確認した。 (2)64Kb-SRAM 0.5 1.0 1.5 電源電圧[V] 2.0 図7 各種トランジスタ構成による64Kb-SRAM テストチップには,比較のために低しきい値トランジ クロックアクセス時間の電源電圧依存性 1.0E+01 遅延時間 消費電力 遅延時間[ns] 6 6 4 4 2 2 1 電源電圧[V] 0 1.5 スタンバイリーク電流[mA] 8 消費電力[uW/MHz] 8 1.0E+00 沖テクニカルレビュー 2003年10月/第196号Vol.70 No.4 Low Vth High Vth MT-CMOS 1.0E-01 1.0E-02 1.0E-03 1.0E-04 0.0 図8 図6 32ビット加算回路 遅延時間および消費電力の電源電圧依存性 62 High Vth 10 の高速化を図るものである。演算速度がビット長の対数 0 0.5 Low Vth 0.5 1.0 1.5 電源電圧[V] 2.0 各種トランジスタ構成による64Kb-SRAM スタンバイリーク電流の電源電圧依存性 デバイス特集 ● 高しきい値トランジスタによるスタンバイリーク電流低 図10に,電源電圧とクロックサイクル時間に関する動 作可能範囲を測定したプロット図(SHMOOプロット)を 減の効果を確認した。 示 す 。 0.15μ m FD-SOI CMOSデ バ イ ス を 用 い て 16ビットDSPコアを試作評価し,電源電圧0.8Vで動作周 (3)16ビットDSPコア さらに,これらの機能ブロックを用いた16ビットDSP 波数100MHz,消費電力9mWの性能が得られた。 コアの試作,評価結果を示す。図9に示すように,16ビット あ と が き DSPコアは256Kb(64Kb×4)のデータ・メモリ, データ・ポインタ,16ビット乗算回路と32ビット加算回 本稿では,マルチしきい値0.15μm FD-SOI CMOS 路から成るマルチプライ・アキュムレータで構成され, デバイスを開発し,それを用いた回路性能を評価した。 2つの16ビット・データをデータ・メモリから読み出し, 32ビット加算回路で0.4Vまで動作が確認され,16ビット マルチプライ・アキュムレータにより積和演算処理を実 DSPコアにて消費電力9mW(@100MHz/0.8V)を実現 行する。 し,FD-SOI CMOSの低消費電力性の利点を検証できた。 今後は,アナログ回路,RF回路なども含めた技術開発を 進め,さらに,低電圧化に有効であるというFD-SOI DPA 13 DMA DMB 16 REG 16 REG 16 16 13 DPB CMOSの特徴を生かして低電力指向のシステムLSIへ展開 していく予定である。 なお,本研究は,新エネルギー・産業技術総合開発機 構(NEDO)からの委託研究「極低電力情報端末LSIの研 究開発」の一環として行われたものである。 ◆◆ MPY ■参考文献 32 REG 32 32 ADDER 32 REG 図9 16ビットDSPコアのブロック図 1)桜井:低消費電力,高速LSI技術,リアライズ社,1998年 2)山田:低消費電力LSIの研究開発,NTT R&D,Vol.49, No.9, pp.482-488,2000年 3)道関:極低電圧デジタル回路技術,NTT R&D,Vol.50, No.11, pp.885-889,2001年 4)一森:ソース・ドレインの全層シリサイド化によるFD SOI MOSFETの高性能化,信学技報,SDM2000-249,p.61, 2001年3月 5)J.P.Colinge:Silicon-on-Insulator Technology: Materials to VLSI,Kluwer Academic Publishers,p.139, 1991年 6)藤島他:新しいバイナリーキャリールックアヘッドを用いた 高速加算器およびカウンタの構成,電子情報通信学会秋季大会, pp.5-105,1991年 ●筆者紹介 森川剛一:Koichi Morikawa.シリコンソリューションカンパ ニー デザイン本部 設計システム部 ローパワーライブラリチーム 梶田陽子:Yoko Kajita.シリコンソリューションカンパニー 研 究本部FeRAM商品開発部 FeRAM研究第一チーム 御手洗睦:Mutsumi Mitarashi.シリコンソリューションカンパ ニー デザイン本部 設計システム部 担当課長 図10 16ビットDSPコアのSHMOOプロット 沖テクニカルレビュー 2003年10月/第196号Vol.70 No.4 63