面線源効率積分法による容積線源ピーク効率の校正

面線源効率積分法による容積線源ピーク効率の校正
野口 正安、 小峰 隆志、 上沖 寛 *、松本幹雄**
セイコー・イージアンドジー(株)
270−2222
千葉県松戸市高塚新田 563
*日本原子力研究所 国際原子力総合技術センター
113−0021
東京都文京区本駒込 2-28-49
** 日本アイソトープ協会
113-8941
東京都文京区本駒込 2-28-45
標準面線源を用いて Ge 半導体検出器からの距離を変数とする面線源に対するピーク効率を求
め、それを積分することによって任意の厚さと媒体の容積線源に対するピーク効率を計算する方
法を検討した。従来の標準容積線源を用いる方法に比べて、この方法の長所は次のとおりである。
正確な位置(高さ)決めと高い均一性のためピーク効率の精度が高い。一個の標準面線線源を用
いて、任意の媒体の容積試料に適用できる。また、線源の保管やコストの点でも有利である。なお、
容積線源におけるサム効果の補正に関する問題点が明らかになった。
Key Words : peak efficiency, Ge detector, volume source, disk source, self-absorption,
coincident summing effect
1 はじめに
環境試料などの容積線源のγ線スペクトル測定においては、測定試料の多様性(媒体の種類と
厚さなど)に対応するため、ピーク効率の校正には多くの標準容積線源が用いられている
1)
。その
ため、測定とスペクトル解析に多くの手間と時間を要する。さらに、一般的に入手可能な標準線源
の媒体の種類はごく限られたものであり、また、媒体によっては放射能分布の均一性も必ずしも十
分よいとはいえない。そのため、容積線源に対するピーク効率校正の精度として±3%以内を実現
することはかなり困難であり、また、種々の自己吸収の補正法 5) についても媒体の種類など適用性
にある程度の制限がある。以前から、モンテカルロ法
6-11)
によってピーク効率を計算する方法が行
われているが、パソコン(PC)を用いる通常のγ線スペクトル解析には未だ問題点(計算時間、パラ
メータの設定、計算コードの導入)も多く、必ずしもルーチンの方法として現実的とはいえない。ま
た、解析的な計算法 12) も幾つか報告されているが、これも上記と類似の問題点を含んでいる。そこ
で、面線源ピーク効率を積分する方法
2,3)
について実用的観点から検討した結果を以下に述べ
る。
2 面線源の作製
この方法に使用できる面線源は市販されていないので、多核種よりなる放射能標準溶液を用い
て次のように試作した。ピーク効率校正用の面線源として要求されることは、放射能面密度が均一
なこと、厚さが薄いこと、面線源の直径は容積試料の直径に等しいこと、密封性がよく汚染のおそ
れがないこと、等である。この条件を満たし、比較的簡単な操作で特殊な器具や装置を用いない
面線源の作成法として、標準溶液をろ紙に滴下して乾燥する方法を試みた。作製上のポイントは、
ろ紙に滴下した溶液が乾燥中に移動しないように、溶液をゲル化して乾燥することである。
2.1 放射能標準溶液
放射能標準溶液は、80keV∼2MeV のエネルギー範囲のγ線を放出する核種を含む混合核種
標準溶液として入手可能なものである。核種は
51
Cr,
54
Mn,
57
Co,
60
Co,
85
Sr,
88
Y,
137
Cs,
109
Cd,
139
Ce で、全核種合計の放射能濃度は∼37kBq/g程度、各核種のγ線強度は 1∼2kγ/s 程度、溶
液の酸濃度は 0.1M HCl である。
●
器材など
円形ろ紙(TOYO 5C、直径は試料容器の内径と同じ)、線源基盤(アクリル、7cmφ×3mm)、
テフロン製カバー(ろ紙と同じ直径に切り抜いたもの)、水平盤、スプレー式の接着剤、粉末ゼラチ
ン、着色剤(食紅など)、片面接着性アルミ箔(家庭用品)
2.2 作製の手順
1) 空の 20ml 液シン用ガラスバイアルに標準溶液 W(g)を入れ、さらに粉末ゼラチンを 5%(重量比)
の割合で加え、蓋をしてから 50∼60℃の温水中にてゼラチンを溶解する。なお、乾燥時におけ
るゲル化は溶液の酸濃度と温度に大きく依存するので、予め調べておく必要がある。また、分布
の均一性を目視するため、着色剤を微量加えておくとよい。
2) 線源基板の上にテフロン製カバーを載せ、約 30cm 上方からスプレー式の接着剤を均一に薄く
噴霧する。塗布面の溶剤が揮発して(色つき接着剤では色が消える)から、中心を合わせてろ紙
を置き、アクリル円板とろ紙の間に隙間ができないようにしっかり貼り付ける。
3) ろ紙を貼り付けた線源基板を水平盤の上に置き、ろ紙の上に全体が均等に広がる量のゼラチ
ン入り標準溶液を滴下する。滴下量はろ紙の種類や直径と厚さによって異なるが、6.0cmφで厚
さが約 0.2mm のろ紙の場合、1g程度がよい。滴下した重量 WA を正確に量る。
4) 数分後に溶液がゲル化していることを確認して、5∼10 時間かけてゆっくり乾燥する。
5) 完全に乾燥した後、片面接着性アルミ箔をアクリル円板にしっかり接着し、円板からはみ出た余
分のアルミ箔を切り取る。標準溶液の各核種の放射能濃度を D(Bq/g)とすると、ろ紙の放射能
A(Bq)は A=DWA /1.05 である。
2.3 放射能分布の均一性
作成した面線源の放射能面密度の均一性をしらべるため、イメージングプレートで放射能分布
画像を撮った。分布(PSL 強度:相対値)の例を Fig. 1 に示す。これはβ線とγ線によるイメージで
あるから、ろ紙の端部分では広がった分布となるが、放射能分布の均一性は十分によいと思われ
る。なお、32P(β線のみ)を用いた試験結果では、全体がフラットで端部分はステップ状の濃度分
布が得られている。
Active area
Fig. 1
PSL
An example of disk source prepared by
gelatinized standard solution and the radioactivity
distribution measured with Imaging Plate
3 測定とデータ処理
媒体中の自己吸収を補正する方法として、次のような 2 通りの面線源測定法を適用した。また、
面線源ピーク効率積分法による結果と比較するため、容積の異なる 5 個の標準容積線源(水溶
液)を測定した。なお、使用した Ge 検出器は、相対効率が 32.7%(Ge 結晶 5.6cmφ)および
42.4%(Ge 結晶 5.9cmφ)の二種類であり、面線源の測定には線源位置を正確に固定するための
距離可変式の線源ホルダ(Fig.2)を使用した。
方法(A) 面線源ピーク効率の積分計算において、媒体中のγ線平均通過距離から吸収効果
(透過率)を計算する。この方法では、減弱係数を求めるため媒体の元素組成と嵩密度を知る必
要があり、減弱係数が大きいときは吸収補正計算にやや誤差が生じる可能性がある。
方法(B) 試料媒体と同じ種類および直径の吸収体を面線源と検出器の間に置いて測定し、媒体
中の吸収を含めた面線源ピーク効率を実験的に求める。
3.1 面線源ピーク効率関数の決定
1) 線源ホルダに面線源を取り付け、Ge 検出器エンドキャップの中心軸に合わせて固定する。な
お、必要があれは試料容器の底に対応した材質と厚さの吸収板を入れる。
2) 方法(A)では、面線源の位置を高さhにセットし(Fig. 2 参照)、対象とする全てのγ線のピーク
計数値が数万カウントになるまで測定する。
方法(B)では、容積線源と同じ直径で媒体の厚さがhの吸収体の上に面線源を密着して置き
(Fig. 2 参照)、対象とする全てのγ線のピーク計数値が数万カウントになるまで測定する。
3) 線源位置(高さh)をおよそ 0∼6cm の必要な高さまで変えて、上記 2)の測定を繰り返す。
4) それぞれの高さにおいて得られたスペクトルから、対象とする全てのγ線についてピーク効率
を求める。その際、サム効果のあるγ線については、その補正をした値も求めておく。
5) γ線エネルギー(E)を変数とする面線源ピーク効率関数η(E)を最小二乗フイッティング計算に
よって求める。高さ(h)ごとに、下記のフイッティング関数による計算値と入力した実測値が 2%
程度以内で一致していることが望ましい。なお、エネルギーを変数とする効率関数としては、例
えば(1)式を用いる。EC=200∼250keV 付近を境界として、80<E<EC および EC<E<2000
の二領域に対して(1)式の係数(a, b, c)を決定する。
ln{η(E)}=a+bX+cX2
X=ln(E)
(1)
6) 各γ線エネルギー(E)に対して、次の(2)式を仮定し、高さ(h)に依存するピーク効率関数を
最小二乗法で計算して係数(c1, c2, c3)を決定する。
ηE(h)=exp(c1+c2h+c3h2+c4h3 )
(2)
なお、任意のエネルギー(E)については(1)式から計算したη(E)を用いることができる。
3.2 容積試料に対するピーク効率の積分計算
1) 線減弱係数μ(cm-1)を文献データあるいは試料媒体の元素組成と嵩密度から近似式によって
求める。なお、上記の方法(B)の場合、μの値は不要である。
2) 次式によって容積線源に対するピーク効率ε(H, E,μ)を計算する。
H2
ε(H, E,μ)=
∫
ηE(h) ・e−μd dh /H
(3)
H1
H1 および H2 : エンドキャップ表面から容積試料の低面および上面までの高さ
H : 容積試料の厚さ(H=H2-H1)
μ:試料媒体に対する線減弱係数、方法(B)の場合はμ= 0 とする。
d:媒体中のγ線平均通過距離(Fig. 2 参照)と仮定し、Ge 結晶の半径を R、
r=R/√2 とすると、
d={h/(cEC+h)}・{r2 +(cEC+h)2 }1/2
(4)
なお、距離(h)の逆二乗に比例する面線源ピーク効率 [(2)式]およびγ線平均通過距離 [(4)
式]は自己吸収の補正法の一つ(距離逆二乗法)として既に報告 5) した。
Distance
adjustable
Fitting function
Source
H2
CEC
ηE(h)=exp(c1+c2h+c3h2+c4h3)
Matrix
ηE
h
Integration
region
R
Ge crystal
H1
h (cm)
Fig. 2 Geometrical arrangement of measurement (left) and peak efficiency function ηE (h)
for disk source (right)
4 結果と考察
4.1 自己吸収の影響
上記の方法(A)、すなわちγ線の平均通過距離と線減弱係数を用いる吸収補正計算法によっ
て得られたピーク効率をε(Cal)とする。方法(B)、すなわち面線源の下に吸収体(この場合は水
を用いた)を置いて測定する方法で得られたピーク効率をε(Exp)とする。 Fig.3 に示すように、
ε(Cal)/ε(Exp)は 1 に近い結果となり、γ線エネルギーあるいは試料の厚さ(H)に対して明ら
かな依存性がみられない。自己吸収を計算で補正した値と実測による値はよく一致しており、平均
通過距離の計算方法は妥当であると考えられる。 122keVγ線と 1836keVγ線については差が±
1%を超えているが、エネルギーや厚さに依存する傾向がみられないことから、自己吸収の補正に
は直接関係しない他の原因(不明)に依るものと思われる。方法(A)は、媒体の元素組成(または、
線減弱係数)が既知であっても、それを吸収体として使用できない場合に有効である。方法(B)は、
線減弱係数(あるいは試料媒体の元素組成)が不明であるが、それを吸収体として使用できる場合
に適している。なお、方法(A)において用いた減弱係数μ(E,Z)は、文献 4)を基にしてつくられた
近似計算プログラムによって求められた値である。
Comparison of Calculated and Experimental Absorption Effects
1.03
88keV
122keV
166keV
320keV
662keV
835keV
898keV
1173keV
1332keV
1836keV
ε(Cal) / ε(Exp)
1.02
1.01
1
0.99
0.98
0.97
0
1
2
3
Thickness H(cm)
4
5
6
Fig. 3 Ratio of ε(Cal) in which absorption was calculated by Eq. 3 and 4 to ε(Exp) which was
measured with absorber of water
4.2 サム効果の補正
面線源ピーク効率を求める際にサム効果を補正せず、(3)式で積分した後にサム効果を補正し
て得られる容積線源ピーク効率をεa とする。逆に、面線源ピーク効率を求める際にサム効果を補
正し、それを積分して得られる容積線源ピーク効率を εb とする。すなわち、(3)式における吸収
補正項を fABS、サム効果補正項を fSUM とすると、次のように表すことができる。
H2
εa=fSUM(ε)
∫
η(h)・fABS dh/H
(5)
H1
H2
εb =
∫
η(h)・fABS・fSUM(η) dh/H
(6)
H1
両者の比(εa /εb)を試料の厚さ(H)に対してプロットした図を Fig. 4 に示す。この結果から
明らかなように、容積線源の場合は試料の厚さ(H)が大きくなるほど補正が足りない結果となる。補
正法としては原理的にεbの方がより正しいと思われるが、実際の容積試料に対しては実測ピーク
効率を基にしてサム効果が補正されるので、積分した後でサム効果を補正したεa を用いることに
する。後に示す値は全て前者の方法で補正された値(εa)である。
1.01
898keV
1836keV
1173keV
1332keV
εa /εb
1
0.99
0.98
0.97
0
1
2
3
4
5
6
Thickness H (cm)
Fig. 4
Ratio of volume source efficiency corrected for summing coincidence effect before (εb)
and after (εa) integration of disk source efficiency
4.3 容積線源との比較
面線源ピーク効率積分法によって求められた容積線源ピーク効率ε(Dsk)の確かさを検証する
ため、厚さ(H)の異なる 5 個の標準容積線源(媒体は水、直径 6.0cmφ)を測定した。得られたピー
ク効率ε(Vol)との比、ε(Dsk)/ε(Vol)、を Fig. 5 に示す。88Y と幾つかの結果を除いて、他のほ
とんどは±1%程度の偏差で両者は一致している。全データ(55 個)のうち偏差が 1%を超えるデー
タは 10 個、そのうち 2%を超えるものは 1 個である。また、全データの平均値と標準偏差は 1.004
±0.008、88Y のデータを除けば 1.002±0.006 である。全データを全体的にみて、媒体(水)の厚さ
に依存する傾向がないことから、実効的通過距離の仮定による自己吸収補正の方法は妥当である
と考えられる。しかし、88Y の 1836keV の結果(特に、厚さ 4.24cm)が大きくなった原因については明
らかではない。同じような実験の繰り返し(3 回)結果によると、散乱線の影響によってピーク面積に
偏差を生じやすいピーク(88keV, 1836keV)、およびサム効果のある核種(60Co と
88
Y)については
多少ばらつく傾向がみられた。なお、サム効果がある核種に対するε(Dsk)のサム効果補正は(5)
式によって行った。
88keV
122
166
320
514
662
835
898
1173
1332
1836
1.04
ε(Dsk) /ε (Vol)
1.03
1.02
1.01
1
0.99
0.98
0.97
0
1
2
3
4
5
6
7
Thickness H(cm)
Fig.5 Comparison of volume source efficiency ε(Vol) measured with aqueous standard solution
and disk integrated efficiency ε(Dsk) which was corrected for absorption effect by Eq. 4
and for summing coincidence effect after integration
5
まとめ
以上の結果および考察から、標準容積線源を使う従来の方法と比較して本法の特徴を次
のようにまとめることができる。
1)使用する面線源の信頼性(放射能の検定値および均一性)が高いならば、精度の高い容
積線源ピーク効率を求めることができる。
2)媒体の元素組成と嵩密度が明らかならば、任意の媒体に対して計算によって自己吸収の
補正ができる。もしそれらが不明ならば、その物質を吸収体として面線源の下に置いて
測定することによって自己吸収の補正ができる。
3)使用する標準面線源は 1 個だけでよく、線源の保管およびコストの面でも有利である。
4)積分計算をする特別なソフトウェアが必要であるが、使用している解析ソフトとのリン
クは比較的容易である。
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参考文献
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Helmer, North-Holland(1988), P. 252
4) 野口正安 :光子相互作用断面積の近似式と質量減衰係数,RADIOISOTOPES, Vol. 36,
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5) 野 口 正 安 , 小 峰 隆 志 , 秋 山 正 和 : 容 積 試 料 に お け る γ 線 自 己 吸 収 の 補 正 法 ,
RADIOISOTOPES, Vol. 49, No. 4, 189(2000)
6) L. Wielopolsky : The Monte Carlo calculation of the average solid angle subtended by a right
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7) A. Cesana and M. Terrani : Gamma-ray activity determination in large volume samples
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10) T. Nakamura and T. Suzuki : Monte Carlo calculation of peak efficiencies of Ge(Li) and pure
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11) CANBERRA Technical information, for example, Model ISOXSW ISOCS calibration software
12) M. Noguchi and K. Sato : Calculated peak efficiency of Ge detector for volume source,
Radioisotopes, Vol. 48, No. 10, 617-625(1999)
Abstract
Peak efficiency of a Ge detector for any volume sources with different matrices can be
determined by integration of disk source peak efficiency as a function of distance from the
detector end-cap. In comparison with the conventional method using many standard volume
sources, advantages of the disk to volume integration method are higher precision of peak
efficiency because of exact geometry and good homogeneity in radioactivity, available for any
kind of source matrix using one standard disk source, facile storage and low cost. An easy
method to prepare the disk source is described, and a problem was found in correction of
summing coincidence effect for volume source.