FEJ 87 04 0273 2014

特集
エネルギーマネジメントに
貢献するパワー半導体
自動車用大電流 IPS
High Current IPS for Vehicle
岩水 守生 IWAMIZU, Morio
竹内 茂行 TAKEUCHI, Shigeyuki
西村 武義 NISHIMURA, Takeyoshi
富士電機は,自動車用高出力モータの制御などに使用する大電流 IPS(Intelligent Power Switch)を開発した。トレン
チ構造を用いたパワー MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)と制御部 IC とをチップオンチッ
プ構造とすることで,小型パッケージで低オン抵抗(最大 5 mΩ)を実現している。高い信頼性を実現するために,過電
流・過熱検出,低電圧検出などの保護機能を搭載した。また,放熱性の良いパッケージを採用し,並列接続時のエネルギー
Fuji Electric has developed a high current intelligent power switch (IPS) for controlling high output motors of vehicles. The power
MOSFET using a trench structure and the control IC are built into a chip-on-chip structure, thereby realizing low on-state resistance
(maximum of 5 mΩ) with a compact package. To achieve high reliability, protective functions such as overcurrent/overheat detection and low
voltage detection have been provided. In addition, a package with good heat dissipation properties has been adopted, and a configuration that
offers well-balanced energy distribution in parallel connections is provided. This package can thereby cope with temperature rises caused by
an increased current due to a low on-state resistance.
まえがき
7.8
単位:mm
6.3
自動車の電装分野では“環境”
“安全”
“省エネルギー”
⑫
2.45
5.1
⑦
をキーワードとして,排ガスの低減,安全な車両制御,高
1.6
度な燃焼技術による燃費の向上を図っている。これに伴
Unit)の大規模化が進んでいる。ECU は搭載するスペー
4.1
7.5
10.3
い 電 子 シ ス テ ム が 複 雑 化 し,ECU(Electronic Control
スを捻出するためにエンジンの近くなどに設置され,その
設置環境は年々高温化している。そのため,ECU の小型
①
化や高温環境での信頼性の向上が切望され,パワー半導体
0.4
⑥
とその周辺保護回路,状態検出・状態出力回路,ドライブ
端子番号
端子名
端子番号
端子名
回路などを一体化したスマートパワーデバイスの適用が拡
①∼④
OUT
⑨
NC
大している。
これらの要求に応えるため,富士電機では自動車用大電
流 IPS(Intelligent Power Switch)を開発した。
特徴と機能
図
⑤
NC
⑩
IN
⑥
VCC
⑪,⑫
VCC
⑦,⑧
GND
自動車用大電流 IPS の外形図
2 . 1 特 徴
図 1 に自動車用大電流 IPS の外形図を示す。本製品は,
特にモータなどの誘導性負荷の制御や機械式リレーの半導
2 . 2 基本性能
開 発 目 標 の オ ン 抵 抗 5 mΩ(T c=25 ℃,I out=40 A) お
体化用途で使用されることを意識した設計としている。主
よび小型パッケージ( 図 1)を実現するために,自動車
な特徴は次のとおりである。
電装向けデバイスで実績のある第 3 世代トレンチゲー
⑴ 低オン抵抗
ト MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect
⑵ 高放熱小型パッケージ
Transistor) 技 術 を 用 い, 低 R on・A の パ ワ ー MOSFET
⑶ 各種保護機能
チップを開発した。また,回路部には第 4 世代 IPS デバ
バッテリ逆接続時の温度上昇の抑制などを行う。
⑷ 高誘導性負荷エネルギー耐量
モータロック時の破壊防止および並列接続時のエネル
ギー分担が可能である。
イス・プロセス技術を適用し,
.
節で述べる保護機能
を追加した上で回路部のチップサイズを小型化した。これ
らのチップを COC(Chip on Chip)組立技術(図 )に
より,パワー MOSFET チップ上に回路部チップを積層さ
せることで,小型パッケージで大電流の通電が可能となっ
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
273(43)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
分担バランスの良い構成とすることで,低オン抵抗化による電流量の増加から生じる温度上昇に対処している。
自動車用大電流 IPS
100
熱抵抗(℃/W)
*1
th(j-a)max.
10
*2
1
th(j-c)max.
0.1
0.01
0.001 0.01
0.1
1
10
パルス幅(s)
100 1,000
* 1 j-a:junction-ambient
* 2 j-c:junction-case
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
図
自動車用大電流 IPS のチップ
表
自動車用大電流 IPS の仕様
図
2 . 3 保護機能
項 目
定 格
動作電源電圧
6.0∼16.0 V
80 A
114 W(at 25 ℃)
現および ECU 側での冗長設計を最小限にするために,次
出力電流
接合部温度
静止電源
電流
I cc(off)
条 件
規 格
50 µA(max.)
センサをパワー MOSFET チップ上に搭載することにより,
25 ℃,
40 A, 16 V
5.0 m Ω(max.)
の状態でもパワー MOSFET の破壊を防止する設計とした。
150 ℃,
40 A, 16 V
9.0 m Ω(max.)
25 ℃, 40 A, 6 V
7.5 m Ω(max.)
150 ℃,
40 A, 6 V
14.5 m Ω(max.)
特 性
t d(on)
tr
V cc=16 V,
R =0.25Ω
t d(off)
R th(j-c)
誘導性
負荷クランプ耐量
保護
機能
過電流検出機能
(負荷短絡保護)
過熱検出機能
低電圧検出機能
本製品は,負荷短絡状態を検出する電流センサと温度
パワー MOSFET の昇温に対する高い応答性と,負荷短絡
負荷短絡保護は過電流と過熱の二重保護とし,過電流には
制限タイプとラッチタイプの 2 種類を用意して,アプリ
0.2 ms(max.)
tf
定常熱抵抗
⑴ 負荷短絡保護機能(過電流検出,過熱検出機能)
V cc=16 V,
OUT-GND 短絡,
110 ℃
R on
オン抵抗
スイッチン
グ時間
に示す保護機能を搭載している。
150 ℃
項 目
本製品は,モータなどの誘導性負荷の制御と機械式リ
レーの半導体化用途に適した仕様とした。高い信頼性の実
定 格
許容電力損失
基板実装時の熱抵抗特性の例
ケーションに合った選択が可能である。
⑵ 低電圧検出機能
本製品は,VCC 端子がバッテリに直接接続されること
0.8 ms(max.)
を考慮している。厳冬期にバッテリ電圧が一定の値まで低
0.8 ms(max.)
下しても十分な通電能力を確保できるようにしている。ま
0.7 ms(max.)
た,その値より低下した場合は,出力を完全にオフする低
-
1.1 ℃/W
I out≦80 A,
V cc=16 V,
T c=150 ℃
800 mJ(min.)
V cc=16 V,
負荷ショート
100 A(min.)
電圧検出機能を搭載している。
⑶ バッテリ逆接続保護機能
負荷インピーダンスが低い場合にバッテリの逆接続を行
うと,負荷経由でパワー MOSFET のボディーダイオード
検出 155 ℃(min.), 復帰 150 ℃(min.)
検出 4.0 V(min.), 復帰 6.0 V(max.)
に大電流が流れる。このときに発生する熱で温度が上昇し,
端子のはんだが融解する危険性がある(図 )
。
本製品では,バッテリの逆接続を行ったときにパワー
条 件
結 果
MOSFET を積極的にオンさせるバッテリ逆接続保護回路
−55∼+150 ℃
>1,000cycle
を採用した。パワー MOSFET に通電すると,ボディーダ
プレッシャクッカ試験
130 ℃, 85 %
>300時間
イオードに電流が流れる場合よりも圧倒的に損失が低いの
高温高湿バイアス試験
85 ℃,
85%, 16 V
>1,000時間
で,バッテリの逆接続時に生じる発生損失によるパワー
パワーサイクル試験
ΔT j=100 ℃
>20,000cycle
項 目
温度サイクル試験
信頼性
MOSFET の破壊を防止する。
⑷ 誘導性負荷クランプ耐量
モータなどの誘導性負荷を駆動するパワー MOSFET の
⑴
た。本製品の仕様を表 1 に,基板実装時の熱抵抗 R th 特性
の例を図
に示す。
課題として,モータロックによる大電流遮断時に発生する
過大な誘導性負荷エネルギーの処理がある。このためには,
モータロック時に高い誘導性負荷エネルギーが加わる場合
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
274(44)
自動車用大電流 IPS
300
1.1
1.0
250
・ 相対比
バッテリ逆接続保護回路なし
150
on
上昇温度(℃)
0.9
200
バッテリ逆接続保護回路あり
100
0.7
0.6
0.5
50
0
0
0.8
0.4
0.3
20
40
60
時間(s)
80
100
120
図
(a)上昇温度の例
第 1 世代
第 2 世代
第 3 世代
世代別トレンチ MOSFET の R on・A
ドライブ回路
OUT
半導体素子
適用技術
負 荷
GND
3 . 1 第 3 世代トレンチゲート MOSFET 技術
開発目標のオン抵抗 5 mΩ(T c=25 ℃,I out=40 A)を実
現するために,パワー MOSFET には,第 3 世代トレンチ
(b)バッテリ逆接続の例
ゲート MOSFET 技術を適用している。本技術の微細加
工技術を取り入れることでセル密度を 40 % 以上向上させ,
図
バッテリ逆接続時の回路と温度変化の例
さらにプロセスとウェーハの仕様を最適化することでオン
。また,薄
抵抗の大幅な低減と大電流化を図った(図 )
膜化したトレンチゲートの信頼性を確保するため,形状や
プロセス,スクリーニング条件を最適化している。
3 . 2 IC 回路の小型化・高機能化技術
本製品では,IC 回路の小型化と高機能化を実現するた
めに,第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術を適用して
⑵⑶
いる。本技術は,要素デバイス自体の微細化に加え,多層
配線技術を適用して要素デバイス間を接続する配線の面積
を低減している。
(a)表 面
(b)裏 面
IC 回路用デバイスとしては,回路用 5 V 系 CMOS に加
えて,60 V 系 CMOS を備えている。60 V 系のデバイスは,
図
パワーパッケージ(PSOP-12)の構造
ハイサイド型でチップ裏面が電源端子に直結しているため,
自動車用 12 V 系バッテリで発生し得るロードダンプサー
でも,素子が破壊しない設計が必要である。
ジなどの各種サージ耐性の要求を満たすことができる。
本製品では,1 素子単独の誘導性負荷クランプ耐量を高
また,ゲート酸化膜としては,薄膜と厚膜の 2 種類を用
めるのと同時に,並列接続で誘導性負荷を駆動させた際の
意した。薄いゲート酸化膜の MOSFET はしきい値電圧が
冗長設計として,誘導性負荷エネルギーを並列接続の素子
低いので,バッテリ電圧の低下時に駆動が要求される回路
全てで分担し,破壊耐量が向上する設計とした。
に使用できる。一方,厚いゲート酸化膜の MOSFET では
2 . 4 パワーパッケージ
できるので,例えば外部電源電圧 VCC で直接駆動するよ
しきい値電圧は高くなるが,ゲート耐圧を高くすることが
本製品では,低オン抵抗化による電流量増加に対し,放
熱性の良いパワーパッケージ(PSOP-12)を採用してい
る。また,COC 組立技術により,大電流を通電するパワー
MOSFET をチップ搭載エリアの中央に配置し,放熱バラ
うな,高電圧でのゲート駆動が必要な回路にも使用するこ
とができる。
さらに,寄生動作の心配がないポリシリコン適用デバイ
スや,トリミングデバイスも備えている。
ンスの良い構造としている。さらに,実装時に裏面の放熱
これらの要素デバイスの組合せにより,従来品よりも高
部にはんだが確実に広がったことを表面から確認できるよ
集積化や高精度化が可能であり,市場要求に応えることが
。
うに,両側からフレームを出す構造とした(図 )
できる。
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
275(45)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
VCC
IN
自動車用大電流 IPS
あとがき
岩水 守生
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機株
本稿では,自動車用大電流 IPS の特徴や機能,適用し
た技術について述べた。富士電機は,2014 年度中に自動
式会社電子デバイス事業本部事業統括部自動車電
装技術部。
車用大電流 IPS の市場への供給を開始する。今後も大電
流用途の半導体では,パワー MOSFET によるさらなる低
オン抵抗化,および IC 回路の微細化により,小型化と高
機能化を推進し,市場ニーズに対応していく所存である。
竹内 茂行
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機株
式会社電子デバイス事業本部事業統括部自動車電
装技術部。
参考文献
⑴ Imai, M. el al.“Development of Power Chip- On- Chip
(COC)Package Technology”
. Mate 2008. p.323-326.
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
⑵ Toyoda, Y. et al.“60 V-Class Power IC Technology for
an Intelligent Power Switch with an Integrated Trench
MOSFET”ISPSD 2013.
p.147-150.
⑶ 鳶坂浩志ほか. 車載用第4世代IPS「F5100シリーズ」. 富士
電機技報. 2012, vol.85, no.6, p.440-444.
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
276(46)
西村 武義
パワー半導体素子の開発・製造に従事。現在,富
士電機株式会社電子デバイス事業本部開発統括部
デバイス開発部。
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。