FEJ 86 04 0273 2013

特集
エネルギーマネジメントに
貢献するパワー半導体
ワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」
One-Chip Linear Control IPS, “F5106H”
中川 翔 NAKAGAWA Sho
大江 崇智 OE Takatoshi
岩本 基光 IWAMOTO Motomitsu
自動車電装分野では,システムの小型化,高信頼性化,高機能化の要求が高まっている。これらの要求に応えるため,従
来の IPS に高精度電流検出アンプを搭載したワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」を開発した。第 4 世代 IPS デバイ
ス・プロセス技術を適用してワンチップ化したことで,SOP-8 パッケージへの搭載を可能にしている。さらに,接合部温
度の最大定格を 175 ℃とし,過酷な温度環境における耐久性を向上するとともに,4.5 V までの低電源電圧動作が可能である。
富 士 電 機 で は, ト ラ ン ス ミ ッ シ ョ ン, エ ン ジ ン, ブ
まえがき
レーキなどに用いられる自動車電装システム向けに IPS
⑴
近年,自動車電装分野では“ 安全 ”
“ 環境 ”
“ 省エネル
(Intelligent Power Switch) 製 品 の 開 発 を 行 っ て き た。
ギー”をキーワードとして,さらなる安全性能向上,排出
IPS は出力段として用いる縦型パワー MOSFET(Metal-
ガス低減,燃費向上を図っている。その実現のために,車
Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)と制御・
両制御技術の高度化と,自動車の電子制御システムの大規
保護回路を構成する横型 MOSFET を同一のチップ上に集
模化が進んでいる。その中でも,広い室内空間を確保する
積化した製品である。IPS は ECU の回路部品数や実装面
ため,ECU(Electronic Control Unit)には小型化と高機
積の低減を可能とし,ECU の小型化に貢献してきた。近
能化の両立 が 求められている。また,ECU の高密度実装
年では, 第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術 の 適用に
化に伴い,搭載部品の小型・高機能化と高温対応も求めら
より,チップのさらなる小型化を実現した。今回,これら
れている。
の技術を応用して, 従来の IPS に高精度電流検出アンプ
⑵
これ に加え,ECU が制御するソレノイドバルブでは,
を搭載したワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」を開
リニアソレノイドバルブを用いたリニア制御が増加傾向に
発した。
ある。リニアソレノイドバルブは,油圧を電流値に応じて
リニアに制御できるため,細かな油圧制御による車両制御
特 徴
が可能であり,排ガス低減や燃費向上に貢献する。ただし,
F5106H の 外 観・ 外 形 図・ 端 子 配 列 を 図
このリニア制御では,負荷であるリニアソレノイドに流れ
ロック図を図
る電流を高精度に検出する必要がある。
6.1
⑤
4.4
⑧
④
0.4
①
0.15
5
1.27
1.905
(a)外観
図
単位(mm)
(b)外形図
に,使用例を図
に, 回 路 ブ
に示す。また,最大定格
端子番号
機 能
記 号
①
入力端子
IN
②
オペアンプ出力端子
AMP
③
接地端子
GND
④
ハイサイド IPS 出力端子
OUT
⑤
電源端子
VCC
⑥
オペアンプ+入力端子
IN+
⑦
オペアンプ−入力端子
IN−
⑧
電源端子
VCC
(c)端子配列
「F5106H」の外観・外形図・端子配列
富士電機技報 2013 vol.86 no.4
273(43)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
In the field of vehicle electrical components, the increasing demands for miniaturization, reliability improvement and functional enhancement are required. To meet these demands, Fuji Electric has developed one-chip linear control intelligent power switch (IPS),“F5106H,”which
mounts a high-precision current detection amplifier on the conventional IPS. Applied with 4th generation IPS device and process technology, it
can be integrated into one chip and mounted in a SOP-8 package. In addition, the maximum rating of the junction temperature has been set to
175 C to improve the durability in a harsh temperature environment, and low power operation voltage can be allowed down to 4.5 V.
ワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」
「F5106H」の最大定格(T a=25 ℃)
表
VCC
項 目
記 号
条 件
定格値
単 位
ハイサイドIPS,オペアンプ共通
低電圧
検出
内部電源
レベルシフト
ドライバ
短絡検出
論理回路
OUT
ハイサイド型IPS
IN
電源電圧⑴
V CC⑴
Pulse 0.25s
50
V
電源電圧⑵
V CC⑵
DC
−0.3∼+35
V
接合部温度
Tj
̶
175
℃
̶
−55∼+175
℃
保存温度
T stg
過熱検出
ハイサイドIPS
過電流
検出
出力電流
ID
DC
2
A
出力電圧
V OA
̶
V CC−50
V
PD
DC
2
W
入力電圧⑴
V IN⑴
DC R IN=0Ω
−0.5
V
入力電圧⑵
V IN⑵
DC
7
V
I IN
DC
±10
mA
DC
−0.5∼+7
V
消費電力
IN+
AMP
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
−
オペアンプ
+
入力電流
オペアンプ
IN-
V IN+⑴
IN+電圧
V IN+⑵
5s
−1.1∼+18
V
V IN−⑴
DC
−0.5∼+7
V
V IN−⑵
5s
−1.1∼+18
V
IN+電流
I IN+
DC
10
mA
IN-電流
I IN−
DC
10
mA
AMP電圧
V AMP
DC
7
V
AMP電流
I AMP
DC
10
mA
GND
IN-電圧
図
「F5106H」の回路ブロック図
オン−オフ
信号
負荷電流
することで,高精度なリニア制御を実現している。
VCC
⒞ 接合部温度の最大定格を 175 ℃とし,過酷な温度環
IN
OUT
境における耐久性を向上している。
⒟ 4.5 V までの低電源電圧動作が可能である。
F5106H
⒠ 負荷短絡保護機能を内蔵している。
IN+
⒡ 低インピーダンスサージ吸収用ツェナーダイオード
を内蔵し,高い ESD(Electrostatic Discharge)耐量
電流値
出力
を確保している。
IN-
AMP
GND
.
ハイサイド型 IPS の特徴
ハイサイド型 IPS の電気的特性を表
表
図
に示す。
ハイサイド型 IPS の電気的特性
「F5106H」の使用例
規格値
項 目
記 号
条 件
単 位
最 小
を表
に示す。F5106H の主な特徴は次に示す六つであり,
自動車電装システムの小型化,高性能化,高信頼性化を支
えている。
動作電源電圧
低電圧検出
低電圧復帰
⒜ 第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術を適用して,
〈注 1〉
外付けだったオペアンプとハイサイド型 IPS とのワ
入力しきい値
電圧
V CC
UV 2
るトータルコストダウンに貢献する。
オン抵抗
⒝ 高精度な負荷電流の検出が可能なオペアンプを内蔵
〈注 1〉ハイサイド型 IPS:電源側に半導体デバイスを,グランド側
に負荷を配置する IPS のこと
富士電機技報 2013 vol.86 no.4
274(44)
16
V
2.0
4.3
V
2.2
4.5
V
3
7
0
1.5
T a=25 ℃
I OUT=1.5 A
̶
0.12
Ω
T a=150 ℃
I OUT=1.5 A
̶
0.24
Ω
IN
R DS(on)
4.5
V IN=5 V
V IN(H) V =4.5∼16 V
CC
R L=10Ω
V (L)
ンチップ化を実現し,SOP-8 パッケージに搭載した。
これにより,システムの小型化と部品点数の低減によ
V IN=5 V
UV 1
最 大
V
過電流検出
I OC
V CC=13 V
V IN=5 V
2
7
A
過熱検出
T trip
V IN=5 V
175
207
℃
特記なき場合は,T a=−40∼+175 ℃,V CC=8∼16 Vとする。
ワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」
表
条件:
=13 V,
CC
IN
オペアンプ部の電気的特性
=5 V, n チャネル MOSFET 負荷使用
規格値
IN
10 V/DIV
ピーク電流
項 目
5 A/DIV
AMP
5 V/DIV
R AMP=5 kΩ
0
5
V
I AMP
(SOURCE)
V IN+=366 mV
̶
−0.1
mA
I AMP
(SINK)
V IN+=384 mV
0.1
̶
mA
V OH
出力電流
̶
I sns1
V IN+=375 mV
R AMP=50 kΩ
−2.3
2.3
%
I sns2
V IN+=375 mV
R AMP=50 kΩ
V CC=14±1 V
T a=25 ℃
−1.6
1.6
%
出力段パワー MOSFET に過電流が流れた場合に備えて,
システム,負荷および素子を保護するための過電流検出機
に,過電流動作時波形を示す。過
電流を検出し,出力電流を発振状態にする際のピーク電流
を一定に抑えている。このことにより,異常状態において
も素子が発生するノイズを低く抑えることができる。また,
〈注 2〉
出力発振状態の デューティ比 を最適化することで,平均
出力電流を抑え,ECU の配線の微細化およびワイヤーハー
ネスの細線・軽量化に貢献できる。さらに,異常状態が継
続すると,出力段パワー MOSFET が発熱して破壊する恐
れがあることから過熱検出機能を搭載している。過熱検出
機能は応答性が 重要であり, 温度センサを 出力段 パワー
MOSFET の活性部内に配置して,応答速度を上げている。
⑵ 低電源電圧動作
エンジン始動時など電源電圧が瞬間的に低下する場合に
もオン抵抗を維持できるように設計した。回路およびこれ
を構成する要素デバイスのしきい値を下げることなどによ
り,電源電圧が 4.5 V に 低下して も 電圧が正常な 13 V の
ときとほぼ同等のオン抵抗が維持できる。また,電源電圧
が 4.5 V 未満の領域では,回路動作が不安定にならないよ
うに低電圧検出機能を搭載した。これらの工夫により,電
源電圧の低下時にも通常時と同等の素子の性能と冗長性を
確保している。
typ.=8
倍
特記なき場合は,T a=−40∼+175 ℃,V CC=8∼16 Vとする。
⒞ トリミング回路を搭載し,オフセットのばらつきを
低減した。
適用技術
F5106H は,第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術を適
⑶
用している。図
に,第 4 世代 IPS デバイス構造を示す。
チップの小型化を図るため,出力段パワー MOSFET を
従来のプレーナゲート型からトレンチゲート型に変更し,
要素デバイス自体の微細化に加え,多層配線技術を適用し
て要素デバイス間を接続する配線面積を低減した。
この 技術を 発展させて ハイサイド 型 IPS とオペアンプ
をワンチップ化し,SOP-8 パッケージへの搭載を可能に
した。ワンチップ化するに当たっては,次に示す 2 点に留
意した。
⒜ ワンチップ化すると,チップ裏面が高電圧(バッテ
リ電圧)になる。この影響をなくすため,基板バイア
ス効果を抑えたデバイス構造を採用した。
⒝ オペアンプの電気的特性のばらつきを低減するレ
イ ア ウ ト を 実 施 し た。 具 体 的 に は, 出 力 段 パ ワ ー
MOSFET の発熱による差動増幅部の影響を最小限に
抑えるレイアウトにするとともに,パッケージ内の残
留応力を考慮して差動増幅部をチップの中央に配置し
た。
.
オペアンプの特徴
オペアンプ部の電気的特性を表
に 示 す。-40〜+
175 ℃で高い電流検出精度を実現するために,次に示す 3
点を実施している。
⒜ 差動増幅部に p 形 MOSFET を採用し,ゲートサイ
ズを最適化した。
〈注 3〉
⒝ 差動増幅部をコモンセントロイド レイアウトにす
また,175 ℃動作を可能とするために次に示す 2 点を実
施している。
⒜ 175 ℃環境下においてもノイズ・サージ耐性を確保
するために,出力段パワー MOSFET と回路部要素デ
バイスの耐圧バランスを維持するように設計した。
⒝ パッケージ材料の見直しにより,175 ℃環境下にお
いても高い信頼性を確保した。
ることにより,電流検出精度のばらつきを低減した。
〈注 2〉デューティ比:出力発振状態におけるオン状態の比率
〈注 3〉コモンセントロイド:MOSFET 対を分割し,重心が一致す
るように配置することでばらつきを低減すること
富士電機技報 2013 vol.86 no.4
275(45)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
負荷短絡保護と動作電源電圧の低減について次に述べる。
⑴ 負荷短絡保護
能を搭載している。図
G
ゲイン
電流検出
精度
過電流動作時波形
単 位
最 大
横軸:400 µs/DIV
図
条 件
最 小
出力電圧
範囲
過電流検出電流
OUT
記 号
ワンチップ リニア制御用 IPS「F5106H」
ソース
ゲート ドレイン
p+
ソース
p+
ゲート ドレイン
ゲート
n+
n+
n+
n+
ソース
n+
n+
p+
p
ゲート
n+
n+
n+
p+
p+
p
第 3 世代
ゲート
p
p
p
n−
n+
回路部加工ルールの微細化
ソース ゲート ドレイン
出力段パワー MOSFET の変更
ドレイン(VCC)
ソース ゲート ドレイン
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
ゲート ゲート ソース ゲート ゲート
第 4 世代
p+
p+
n+
n+
p
n+
n+
n+
n+
n+
n+
n+
p
p+
p+
ドレイン(VCC)
図
第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術の特徴
あとがき
中川 翔
本稿では,ECU の小型・高性能化に貢献できるワンチッ
式会社電子デバイス事業本部事業統括部自動車電
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機株
プ リニア制御用 IPS「F5106H」について述べた。今後も,
装技術部。
第 4 世代 IPS デバイス・プロセス技術を用いた さまざま
な IPS 製品を開発し,自動車電装システム の高機能化・
小型化・高信頼性化に貢献していく所存である。
大江 崇智
参考文献
式会社電子デバイス事業本部事業統括部自動車電
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機株
⑴ 岩田英樹ほか. インテリジェントパワー MOSFET. 富士時
装技術部主査。
報. 2008, vol.81, no.6, p.410-414.
⑵ 鳶坂浩志ほか.車載用第4世代 IPS「F5100シリーズ」. 富士
電機技報. 2012, vol.85, no.6, p.440-444.
岩本 基光
⑶ Toyoda, Y.“60 V - Class Power IC Technology for an
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機株
Intelligent Power Switch with an Integrated Trench
式会社電子デバイス事業本部開発統括部デバイス
MOSFET”
. ISPSD. p.147-150, 2013.
富士電機技報 2013 vol.86 no.4
276(46)
開発部。
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。