Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴と磁気デバイスへの応用 Characteristics of Nd-Fe-B/Ta Multilayered Permanent Magnet Thin-films and Their Application to Magnetic Devices 上原 稔* 進 士 忠 彦 ** Minoru Uehara Tadahiko Shinshi 本論文では,Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴を実用化の観点から議論し,その磁気マイク ロデバイスへの応用について報告する。Ta と特定の多層構造を持った Nd - Fe - B 基薄膜において, 垂直磁気異方性を有する均一サイズの微細 Nd 2 Fe 14 B 粒子からなる組織が形成されたことにより, 磁石特性と耐熱特性が向上した。この薄膜を用いて 2 種類のデバイスを製作したところ,工業的応 用に有意な特徴が発現した。広いギャップと自己保持機構を備えたスイッチデバイスは RF- スイッチ への応用が期待され,リニアモータにおいては,永久磁石膜利用による顕著な小型化と 2 G を超え る加速性が実証された。 This article discusses the characteristics of Nd-Fe-B/Ta multilayered permanent magnet thin-films, and reports their application to magnetic micro devices. The Nd-Fe-B-based films having specific multilayered configurations with Ta have demonstrated improved magnetic properties and thermal stability owing to the microstructure composed of uniformly-sized fine Nd 2 Fe14 B grains with perpendicular magnetic anisotropy. Two devices equipped with these thin-films have been fabricated and show interesting features in industrial applications. The switch device with a large gap and mechanical latch system is expected to work as an RF-switch. In the linear motor, noticeable miniaturization due to the use of the thin-film magnets, along with acceleration above 2 G has been verified. ● Key Word:Nd-Fe-B,薄膜,マイクロデバイス ● R&D Stage:Development を開発し,MEMS技術の特長を生かした磁気マイクロデバ 1. 緒 言 イスを実現していくことだと考えられる。 Nd2Fe14B基の焼結磁石1) とボンド磁石2) は,その高い Nd2Fe14B基の永久磁石の中で,薄膜は永らく潜在的な 磁気エネルギー積によって,これまでに永久磁石を利用す ポ テ ン シ ャ ル を 発 揮 で き ず に い た が, 先 に 筆 者 ら は, る機器やデバイスの小型化を牽引してきた。現在もなお, Nd-Fe-B層とTa層を交互にスパッタリング形成した多層構 携帯端末をはじめとする電子機器の小型・高機能化のトレ 造の永久磁石薄膜を提案し,焼結磁石に匹敵する磁気エネ ンドは留まることを知らず,こうした機器に使用されるサ ルギー積を有する薄膜を開発した3),4)。その後,実用化を ブミリサイズのNd2Fe14B基焼結磁石の需要が増加してい 念頭においた材料開発と並行して,2008年以降,永久磁石 る。 薄膜の応用を掘り起こすため,Nd-Fe-B/Ta多層永久磁石 こうした小型永久磁石を使用するデバイスの中には,こ 薄膜を用いたMEMS磁気デバイスの試作開発にも取り組ん のところ急速に普及が進んでいるMEMS(Micro-Electro でいる5)∼7)。 Mechanical Systems)技術を一部に適用し,製造されて 本論文では,材料としてのNd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄 いるものが存在する。しかし,MEMS技術はウェハー単位 膜の特徴を実用化の視点から議論し,その後この薄膜を応 のバッチプロセスが基本であるため,バルク永久磁石のア 用したスイッチデバイスとリニアモータの試作結果を報告 センブリ工程とは相容れ難い。したがって将来的に目指す する。 べきは,MEMS技術と整合性のとれた薄膜の永久磁石材料 * ** 14 日立金属株式会社 NEOMAX カンパニー 東京工業大学 精密工学研究所 日立金属技報 Vol. 28(2012) * ** NEOMAX Company, Hitachi Metals, Ltd. Precision and Intelligence Laboratory, Tokyo Institute of Technology Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴と磁気デバイスへの応用 構造を持たない磁石に対して薄膜の金属組織を微細均一 2. Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴 に,高精度で制御できる点にある。これが可能になったこ 2. 1 永久磁石特性 とで,TbやDyといった重希土類金属を添加せずとも,そ Nd2Fe14B基の永久磁石薄膜は,粉末冶金法における粉砕 れらを使用する焼結磁石に匹敵する高保磁力が発現した。 粒度や磁界中成型,溶湯急冷法での結晶化熱処理や塑性加 図 2 に200 nmのNd-Fe-B層と10 nmのTa層を,全膜厚が 工といった,結晶粒子径や磁化容易軸方向を制御する技術 それぞれ約1 μm(図 2(a)) ,および約10 μm(図 2(b)) が見出せず,永らく期待される磁気特性が発揮できなかっ まで多層化した薄膜の破断面を,高分解能走査電子顕微鏡 た。日立金属は,多層膜構造による組織制御を試み,マグ で観察した写真を示す。図 2(a)は,Nd2Fe14Bの最大粒 ネトロンスパッタ法により,加熱した基板上にNd-Fe-B/ 子径がNd-Fe-B層の膜厚で厳格に制限されていることを示 Ta多層永久磁石薄膜を形成する技術を開発した。この技術 す。また,図 2(b)では,膜厚10 μmというスパッタ法 によって,Nd2Fe14Bの磁化容易方向であるc軸が膜面垂直 では厚膜であっても,制御された均一微細組織が膜全体を 方向に揃った異方性の永久磁石薄膜が得られる。図 1 に 支 配 し て い る こ と が 確 認 で き る。 詳 細 な 検 討 で は, [Nd-Fe-B(200 nm)/Ta(10 nm) ]×10からなる多層膜 Nd-Fe-B層の膜厚が約500 nm以下になると保磁力と角形性 構造を有した永久磁石薄膜の磁化曲線を示す。ここでは反 の顕著な向上が見られた。この事実から,現実の磁区状態 磁界補正を行っていないが,強い反磁界を受ける膜面垂直 は粒子間の磁気相互作用が考慮されなければならないもの 方向であっても,角型性の良好な減磁曲線が得られてい の,保磁力向上効果を促す結晶粒子径として,Nd2Fe14Bの る。この減磁曲線から導出されたNd-Fe-B/Ta多層永久磁 理論上の臨界単磁区粒子径である300 nmが目安として考 石薄膜の永久磁石特性値は,表 1 で比較されているように, えられる8)。 異方性焼結磁石のそれに匹敵するものであった。 Nd-Fe-B/Ta多層構造の最大の特徴は,周期的に挿入さ (a) れるTa層がNd2Fe14Bの結晶成長を遮断するため,多層膜 1.6 Magnetization(T) 1.4 (Out of plane) 1.2 1 μm 1.0 0.8 (b) 0.6 0.4 (In plane) 0.2 0.0 −0.2 −0.4 −0.6 −1.6 −1.4 −1.2 −1.0 −0.8 −0.6 −0.4 −0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 Applied field (MA/m) 図 1 [Nd-Fe-B(200 nm)/Ta(10 nm)]× 10 多層永久磁石薄 膜の減磁曲線 Fig. 1 Demagnetizing curves of [Nd-Fe-B (200 nm) /Ta (10 nm) ] x10 multilayered permanent magnet thin-film 表1 [Nd-Fe-B(200 nm)/Ta(10 nm)]× 10 多層永久磁石薄膜 の永久磁石特性 Table 1 Permanent magnet properties of [Nd-Fe-B (200 nm) /Ta (10 nm) ] x10 multilayered permanent magnet thin-film Energy product (BH)max Remanent magnetization r Intrinsic coercivity CJ 5 μm 図2 Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の破断面の走査電子顕微鏡 写真(膜厚:(a)約 1 μm,(b)約 10 μm) Fig. 2 Scanning electron micrographs of fractured cross-sections of Nd-Fe-B/Ta multilayered permanent magnet thin-films with thickness of (a) about 1 μm, and (b) about 10 μm 多層構造のもう一つの特徴に,Ta層の上にNd-Fe-B層を 形成することで,堆積と同時に結晶化したNd2Fe14Bの磁化 容易軸(c軸)の垂直配向度がより向上することを挙げる こ と が で き る。 図 3 で, [Nd-Fe-B(200 nm)/Ta(10 nm) ]×5のX線回折パターンをNd-Fe-B異方性焼結磁石の ものと比較した。散乱ベクトルの方向は,多層膜が面垂直 方向,焼結磁石が成形時の配向磁場方向である。例えば kJ/m 3 (MGOe) T (kG) kA/m (kOe) Thin-film [Nd-Fe-B/Ta] (Thickness:5.8 μm) 364 (45.7) 1.39 (13.9) 1430 (18.0) の相対強度は,焼結磁石よりも多層膜の方が弱く,多層膜 Sintered Nd-Fe-B (NEOMAX-48BH) 358∼390 (45∼49) 1.36∼1.42 (13.6∼1.42) 1114 (14.0) 強いc軸配向が残留磁化を従来の薄膜では得られなかった (105)のように, (00 l)からずれた指数からの回折ピーク のc軸がより強く配向していることが示されている。この 水準にまで高め,磁気エネルギー積の向上に導いた。 日立金属技報 Vol. 28(2012) 15 nmから200 nmへと薄くなることで耐熱性が向上してい (006) (a) る。永久磁石の耐熱性を定量化するため,不可逆熱減磁 率が−5%に達する温度を耐熱温度と定義すると,Nd-Fe-B 層の膜厚が200 nmの多層膜の耐熱温度は130℃以上となり, (004) その中に150 ℃を超える薄膜も存在している。 (008) Nd-Fe-B/Ta多層膜の耐熱温度には,焼結磁石やボンド (105) 磁石と同様に室温での保磁力に対する依存性が認められ Nd Nd た。さらに詳細な関係を見るため,多層膜の室温での磁化 (b) 曲線を解析したところ,減磁曲線上に不可逆磁化反転に起 (006) (105) 因する屈曲が現れる磁界が,耐熱温度に対してより緊密に (008) (004) 関係していることが明らかとなった。図 5 は, [NdFeB (200 (115) (116) nm)/Ta(10 nm) ]×25の磁化曲線を解析した例で,ここ 20 30 40 50 60 70 2-theta (degrees) 図 3 X 線回折パターン(a)Nd-Fe-B/Ta 多層膜,(b)Nd-Fe-B 異方性焼結磁石 Fig. 3 X-Ray diffraction patterns (a) Nd-Fe-B/Ta multilayered thin film, (b) Nd-Fe-B anisotropic sintered magnet 2. 2 耐熱特性 9) キュリー点が比較的低いNd2Fe14Bが 磁性を担う永久磁 石薄膜において,同じ主相を持った焼結磁石やボンド磁石 で屈曲点に対応した屈曲磁界( kp)を次式で表される微 分磁化率(χdiff)が立ち上がる磁界として定義した。 (d /d ) (1) χdiff = μ0−1・ χ diff (T) 3.2 1.6 2.8 1.4 2.4 1.2 2.0 1.0 χ diff と同様に,耐熱性の克服が実用化に向けての重要な課題で 1.6 ある。特に垂直磁化膜の場合は,膜が常に強い反磁界にさ 1.2 0.6 らされるため,熱減磁に対する懸念がさらに大きい。そこ 0.8 0.4 で,Nd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜の耐熱性を評価するた 0.4 め, 一層のNd-Fe-B膜厚が 200または 500 nmで, 総膜厚が 1, 2,5 μmなる6 種類と,比較として膜厚1 μmのNd-Fe-B 単層薄膜の不可逆熱減磁率を測定した。ここで,不可逆熱 減磁は,室温で着磁した後に計測した磁化と,同じ試料を 所定の温度まで加熱して1時間保持し,再び室温に戻した 後に計測した磁化の差で定義される。結果を図 4 に示す。 これによると,Nd2Fe14B基の薄膜は,Taと多層膜化するこ とにより熱減磁が低下し,さらにNd-Fe-B層の膜厚が 500 0.2 CJ 0 0.8 X kp X −0.4 −1.6 −1.4 −1.2 −1.0 −0.8 −0.6 −0.4 −0.2 0 −0.2 0 Applied field(MA/m) 図 5 [NdFeB(200 nm)/Ta(10 nm)]× 25 の減磁曲線( ), 微分磁化率曲線(χdiff)と,保磁力( CJ),屈曲磁界( kp)の 定義 Fig. 5 Demagnetizing (J) and differential susceptibility (χdiff) curves of [ NdFeB (200 nm) /Ta (10 nm) ] x 25, defining coercivity ( CJ) and knickpoint field ( kp) , respectively 図 6 は,多層膜の屈曲磁界と保磁力を耐熱温度に対して Irreversible flux loss(%) 0 プロットしたもので,これから耐熱温度と屈曲磁界との間 に一次相関が成り立っていることがわかる。したがって不 −20 可逆熱減磁は,温度上昇に伴う減磁曲線のシフトによって 動作点が屈曲点を超えることで発生し,多層膜における耐 −40 熱温度の上昇は,結晶粒子径の均一微細化により屈曲磁界 −60 −80 −100 0 :No.1[NdFeB(200nm)/Ta(10nm)]x5 :No.2[NdFeB(200nm)/Ta(10nm)]x10 :No.3[NdFeB(200nm)/Ta(10nm)]x25 :No.4[NdFeB(500nm)/Ta(10nm)]x2 :No.5[NdFeB(500nm)/Ta(10nm)]x4 :No.6[NdFeB(500nm)/Ta(10nm)]x10 (1,000nm) :No.7 NdFeB が向上したことが要因と考察できる。また屈曲磁界と耐熱 20 150 ℃を超える耐熱温度は,自動車関連など一部を除く 40 60 80 100 120 140 160 180 200 Temperature (℃) 図 4 Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の不可逆熱減磁率 Fig. 4 Irreversible thermal flux loss of Nd-Fe-B/Ta multilayered permanent magnet thin-films 16 日立金属技報 Vol. 28(2012) 温度が強い一次相関を有する実験事実は,温度変化の幅に 対する減磁曲線のシフトの度合いが,結晶粒径に依存せず ほぼ一定であることを意味している。 と,永久磁石を使った現行の応用機器の広い範囲をカバー する。したがって,Nd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜を応用 することで,小型・高性能に留まらず,信頼性の高い磁気 マイクロデバイスを得られることが期待される。 Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴と磁気デバイスへの応用 ンミリングによって,それぞれ100/100,50/50,20/20 1.6 μmのライン&スペース(L/S)パターンに加工を施した 20 μmの狙い寸法に対しては,−2 μm以下の加工精度が 1.2 CJ 得られた。また,イオンミリング速度は約37 nm/minで, 一般的な金属材料と遜色のない加工能率が確認された。 kp (MA/m) ものである。エッジ部も明瞭に加工されており,ライン幅 0.8 CJ , 図 8 は,イオンミリングによって加工された後の,これ らの試料の磁化曲線を,加工前の膜と比較して示したもの kp 0 80 である。L/S幅が狭くなるに伴って残留磁化の低下が見ら :No.4 ■:No.7 :No.1 :No.5 :No.2 :No.6 :No.3 0.4 100 120 140 160 れるが,先の考察のように,加工後のライン幅が,狙い寸 法に対して少し狭くなったことが影響したとみられる。ア 180 ルゴンイオンミリングによるNd2Fe14B基の薄膜の加工で, 事前に最も懸念されていたのは,イオンの衝撃によって膜 Heat-proof temperature(℃) の表面に歪や欠陥が生じ,それらが保磁力を低下させるこ 図 6 耐熱温度( kp)と保磁力( CJ),または屈曲磁界( 相関 Fig. 6 Correlation between heat-proof-temperature ( coercivity ( CJ) , or Knickpoint field ( kp) kp)との とであった。しかし図 8 によれば,L/S幅が狭まって加工 面の面積が増しても保磁力に悪影響が及ばず,逆に保磁力 kp ) and が若干向上する結果となった。 Nd2Fe14B基の薄膜に対し,微細加工方法としてのアルゴ ンイオンミリングの基本的適合性を明らかにした本検討の 2. 3 微細加工性 結果を受け,後述するNd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜を備 永久磁石薄膜を小型・高性能のマイクロデバイスに応用 えたリニアモータの製作工程にこの技術を適用した。そこ するためには,薄膜の高精度微細加工技術の確立が不可欠 では, 膜厚約6 μmのNd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜に対し, である。微細加工の方法は,一枚の基板上に多数の素子を 生産適用可能な加工能率で,ミクロンレベルの加工精度が バッチプロセスにより同時に作製することを可能にする 得られることが確認された。 MEMS技術の適用が望ましい。MEMS技術による微細加 工法には,有機レジスト材などで微細パターンを形成し, 1.2 それを犠牲層として用いるリフトオフ法や,形成した微細 1.0 パターンをマスクとして用いるエッチング法等が知られて に活性であることに考慮し,この薄膜の微細加工方法とし て,アルゴンイオンミリングの適用を検討した。 0.8 (T) いる。筆者らは,Nd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜が化学的 0.6 0.4 図 7 は膜厚 1 μmの単層のNd-Fe-B膜を,アルゴンイオ non-fabricated L/S=100/100 μm L/S=50/50 μm L/S=20/20 μm 0.2 (a) (b) 0 −0.2 −0.8 −0.6 −0.4 −0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 (MA/m) 200 μm 200 μm (c) 図 8 アルゴンイオンミリングによるライン&スペース加工前後の Nd-Fe-B 薄膜の減磁曲線 Fig. 8 Demagnetizing curves of Nd-Fe-B thin films before and after fabrication into line-and-space patterns by argon-ion milling 3. 磁気デバイスへの応用 3. 1 MEMS スイッチ 7) 200 μm 図 7 アルゴンイオンミリングによりライン&スペース(L/S)加 工した Nd-Fe-B 薄膜の光学顕微鏡写真;L/S =(a)100/100 μm,(b)50/50 μm,(c)20/20 μm Fig. 7 Microphotographs of line-and-space patters of Nd-Fe-B thin films fabricated by argon-ion milling; L/S = (a) 100/100 μm, (b) 50/50 μm,(c) 20/20 μm 高周波化が進む携帯電話など無線通信分野のスイッチデ バイスは,従来の半導体スイッチに替わるものとして,低 損失で高いアイソレーション特性が得やすい機械式スイッ チの検討が進められており,接点の駆動方法が,静電方式 や永久磁石を用いた電磁方式のMEMSスイッチがこれまで に商品化されている。原理や構造が比較的簡単な静電方式 日立金属技報 Vol. 28(2012) 17 に対して永久磁石を使った電磁方式のスイッチは,永久磁 と,0.4 Aのコイル電流で閉じた接点は,通電を止めても閉 石と磁性体の静磁気力を利用して,電力を使わずに接点状 状態を保ち,逆電流の通電によって接点が開く。その後通 態を保持できるという特徴を有している。 電を止めた状態でも,200 μmを超える接点間のギャップ 筆者らはかつて,Nd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜を用い が確保されている。 た片持ち梁アクチュエータを開発し,静電駆動等では困難 こうした,自己保持機構と広いギャップを有するスイッ な大振幅の変位を得ている5),6)。ここでは,その片持ち梁 チは,永久磁石を用いた電磁駆動式スイッチ固有の特徴で アクチュエータを利用し,自己保持機構あるいはメカニカ あり,省消費電力でアイソレーションの高い,高周波帯域 ルラッチングと呼ばれる,電力を消費せず接点状態を保持 のRF-スイッチへの応用が期待できる。現在,そうした用 することが可能なスイッチデバイスの製作を試みた。 途を念頭に置いた開発・評価を進めている。 図 9 に,作製したスイッチデバイスの写真を示す。可動 部は,厚み3 μmのSiN製で,0.4×2.0 mmの片持ち梁とそ 3. 2 リニアモータ の自由端側に形成した2×2 mmのパドル部で構成される。 永久磁石式のリニアモータは,通常多数個の永久磁石を この構造は両面にSiN膜を形成した単結晶シリコン基板に 用いるため,小型化が困難な磁気デバイスの一つと考えら MEMS技術を適用して製作され,片持ち梁が完成した後, れている。そこで著者らは,ドライエッチングによって微 パドル部に厚み3 μmのNd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜が 細加工したNd-Fe-B/Ta多層永久磁石薄膜の磁気回路を備 ハードマスクを用いたスパッタ法によって形成されてい えた,マイクロリニアモータの製作を試みた。 る。固定接点側には,可動部とは別の基板に,線径0.25 完成したリニアモータの写真を図11に示す。今回試作し mmのCu線を接着することで励磁コイルが形成されてい たリニアモータは,可動部に配線が不要な,スライダに永 る。さらに固定接点側には,永久磁石膜に対して自己保持 久磁石を備えたムービングマグネットタイプとした。それ に必要な吸引力を発生させるための厚さ 5 μm,2×2 mm は,スライダ,ガイド,Cu製平面コイルを形成した固定子 のNi箔が配置されている。可動接点と固定接点がそれぞれ から構成される(図11(a)) 。本試作の目的が,永久磁石 作り込まれた2つの基板は,接点間のギャップが計算で得 薄膜を用いたマイクロリニアモータの動作検証であること た設計値となるよう,スペーサを挟んで接合されている。 から,コイルは,構造が単純なミアンダ型空芯コイルとし た。その製作は,石英ガラス上にスパッタ形成したCu膜を, レーザー加工機でパターニングすることにより行った。Cu 製コイルは膜厚3 μm,線幅160 μm,ライン間のピッチ を400 μmとした。同様の理由から,ガイドも簡便に高精 度が得られるAl合金の機械加工によって製作した。スライ ダは,最終寸法が4×4×t 0.26 mmの単結晶シリコン製で, コイル対向面には,マグネトロンスパッタで形成した膜厚 1 mm 6 μmのNd-Fe-B/Ta永久磁石多層薄膜を,ライン&スペー 図 9 試作したマイクロスイッチ Fig. 9 Fabricated micro-switch ス間隔が0.4 mmになるようにアルゴンイオンミリングで加 (a) 図10にコイルに流した励磁電流と,それに伴った可動接 点の動きを変位センサで計測した結果を示す。これを見る 400 OFF 0.6 ON ON OFF 300 Coil current (A) (OA) 0.4 200 0.2 100 0 0 −0.2 −100 −0.4 −200 Coil current Displacement −0.6 −0.8 0 2 Displacement(μm) 0.8 (b) (c) −300 4 6 8 −400 Time (s) 図 10 コイル電流と可動接点の変位の関係 Fig. 10 Relationship between coil current and displacement of the moving contact 18 10 mm 日立金属技報 Vol. 28(2012) 2 mm 2 mm 図 11 完成したリニアモータ(a)全体,(b)スライダ表面,(c) スライダ裏面 Fig. 11 Photographs of the fabricated linear-motor (a) over-all view, (b) front-side and (c) reverse-side views of the slider Nd-Fe-B/Ta 多層永久磁石薄膜の特徴と磁気デバイスへの応用 工し,配置した(図11(c)) 。摺動面はスライダの側面に 5. 謝 辞 設けられており,ここにガイドにはめ込むためのV字溝を, 単結晶シリコンのKOHによる異方性エッチングを利用して 東京工業大学大学院生の田辺亮氏,同じく石橋正登氏に 形成した。 は,デバイスの製作と評価についてご協力をいただいた。 図12に製作したリニアモータにおいて,コイル電流を約 ここに記して謝意を表する。 1.5 A流した際のスライダの変位の計測結果と,その変位を なお,本研究の一部は,独立行政法人科学技術振興機構 時間微分して導出した速度を示す。ガイドの始端から終端 のシーズイノベーション化事業顕在化ステージ,および研 に至るストローク30 mm以上の駆動が確認され,最大速 究成果最適展開事業A-STEPの支援を受けて行われた。 度 1 m/s以上,加速度26.0 m/s2が得られた。また,別途, 駆動に必要な最小のコイル電流を調査したところ,およそ 引用文献 0.5 Aの値が得られ, その際の加速度は 5.7 m/s 2 であった。 これらの結果から,製作したリニアモータの諸元として, 電流1 A当たりの推力が約 200 μN,スライダの静止摩擦 係数が 1.0,動摩擦係数が0.5という値が導かれた。 今回,動作検証を目的としたNd-Fe-B/Ta多層永久磁石 薄膜を用いたリニアモータの試作で,2 Gを超える加速性 が実証された。今後は,さらに位置検出機構の組込,摺動 摩擦の低減,小型化などの課題に取り組み,デバイスの完 35 1,400 30 1,200 25 1,000 20 800 15 600 10 400 5 200 Displacement 0 Velocity −5 0 5 10 15 Velocity(mm/s2) Displacement(mm) 成度を高めていく予定である。 1 )M.Sagawa, S.Fujimura, M.Togawa, H.Yamamoto and Y.Matsuura: J.Appl. Phys.,55(1984)2083. 2 )J. J. Croat,J. F. Herbst,R. W. Lee and F. E. Pinkerton: J. Appl. Phys.,55(1984)2079. 3 )M . Ueha ra : J. Mag n. S oc. Jpn., 28(2004)1043.(in Japanese) 4 )M. Uehara, N. Gennai, M. Fujiwara, and T. Tanaka: IEEE Trans. Magn.,41(2005)3838. 5 )後藤駿治,Sen Yao,進士忠彦,櫻井淳平,上原稔,山本 日登志 : 第 17 回 MAGDA コンファレンス講演論文集,日本 AEM 学会(2008),p.75. 6 )S. Yao,S. Goto,J. Sakurai,T. Shinshi,M. Uehara and H. Yamamoto: Proc. IEEE-NEMS(2009),p.411. 7 )石橋正登,田辺亮,進士忠彦,上原稔:第 22 回「電磁力 関連のダイナミクス」シンポジウム講演論文集,日本機械学 会(2010),p.704. 8 )J. D. Livingston: J. Appl. Phys.,57(1985)4137. 9 )M. Uehara,and H. Yamamoto: J. Magn. Soc. Jpn.,33 (2009)227.(in Japanese) 0 −200 20 25 30 35 40 45 50 55 60 Time(ms) 図 12 スライダの変位と速度 Fig. 12 Displacement and velocity of the slider 上原 稔 Minoru Uehara 日立金属株式会社 NEOMAX カンパニー 磁性材料研究所 4. 結 言 本論文では,日立金属が開発したNd-Fe-B/Ta多層永久 磁石薄膜の高い永久磁石特性と耐熱特性の起源を,この薄 膜材料固有の微細組織との関連で議論し,多層膜構造化に 進士 忠彦 Tadahiko Shinshi 東京工業大学 精密工学研究所 教授 博士(工学) 伴うNd2Fe14B 結晶の微細均一化に発することを明らかに した。また,薄膜の実用化に必要な微細加工方法としてア ルゴンイオンミリング法を検討し,デバイス試作への適用 例を報告した。さらに,上記永久磁石薄膜を応用した2種 類のデバイスを製作し,広いギャップと自己保持機能を備 えたMEMSスイッチには,RF−スイッチへの応用が期待 され,リニアモータにおいては高加速性が実証された。今 後も,実用化を念頭に置いた永久磁石薄膜材料の研究開発 を進めるとともに,それを利用した磁気デバイスの提案を 行っていく所存である。 日立金属技報 Vol. 28(2012) 19