二段階焼結による高性能BaTiO3 非鉛圧電セラミックス

二段階焼結による高性能 BaTiO3 非鉛圧電セラミックス
High-Performance Barium Titanate Lead-Free Piezoelectric Ceramics Manufactured by Two-Step Sintering
中嶋 源衛*
山中 修司*
Genei Nakajima
Shuji Yamanaka
非鉛圧電材料の開発を目的にナノサイズ(粒径 200 nm)の BaTiO3 に二段階焼結を施し T1:1,390 ℃,
T2:1,100 ℃の条件で圧電定数(d 33)として 421 pm/V を得た。圧電定数(d 33),比誘電率(ε 33T ),
電気機械結合係数(Kp)および X 線回折,走査電子顕微鏡などによる解析結果から圧電定数向上
のメカニズムが何であるかについて検討した。その結果,試料の Kp が大きい程 d 33 も大きくなって
いることが明らかになった。分極処理後の(200)面に対する(002)面の X 線回折強度比 I 002 /I 200
と Kp の間に相関が認められ,I 002 /I 200 が大きいほど Kp も大きくなり,その結果 d 33 も大きくなるこ
とがわかった。d 33 向上のためには正方晶の結晶構造で立方晶成分を含まず,かつ結晶粒径を小さく
することが重要と考えられる。
In order to develop lead-free piezoelectric ceramics, two-step sintering was applied to
BaTiO3 prepared by hydrothermal synthesis and high piezoelectric constant(d33)of 421
pm/V was observed with sintering conditions of 1st step temperature(T1)
:1,390 ℃ and
2nd step temperature(T2)
:1,100 ℃ . Mechanism of high piezoelectric constant was
discussed with d33,
relative permittivity( ε 33T )
,electromechanical coupling coefficient(Kp)
,
and XRD and SEM observation. It was found d33 was increasing with the increase of Kp
and there existed the same relationship between Kp and the XRD intensity ratio of(002)
plane indices to(200)
:I002 /I200 after polarization treatment . It is important to make the
grain size small with a tetragonal crystal structure for a high piezoelectric constant of d33.
● Key
Word:非鉛,圧電,チタン酸バリウム
● R&D
Stage:Research
定数(d33)が 200 pm/V程度とPZTのd33:500 pm/Vに比
1. 緒 言
べて半分以下であり,特性の向上のため,組成検討に加え
環境に配慮して鉛,水銀などの有害物質の電子機器への
て,結晶配向化,ドメイン(分域)の微細構造制御などが
利用を規制する動きが強まり,欧州を中心に2006年から使
試みられている。
用禁止令(RoHS指令)が施行されている。エレクトロニ
BaTiO3はPZTに比べて Tc(キュリー温度)が低く,利
クス・メカトロニクスなどの分野で広く使用されているア
用できる応用分野は限定されるが,粒子サイズによって誘
クチュエータ,センサなどにはチタン酸ジルコン酸鉛
電特性が変化するいわゆるサイズ効果が知られている。
(PbZr X Ti1-X O3 ,以下PZT)のセラミックスが圧電材料と
2006年にはナノサイズのBaTiO3をマイクロ波焼結し微細
して使用されている。鉛を含まない(非鉛)圧電材料で
なドメイン構造を導入することにより,d33:350 pm/Vを
PZTを代替できるものがないため,圧電材料の鉛はRoHS
得たとの報告3)がなされ注目を集めた。
指令の規制から除外されているが,非鉛化は今後の必須課
本報では,ナノサイズのBaTiO3に二段階焼結4)∼6)を行
題との認識からPZTに代替できる非鉛圧電材料の研究開発
う方法によりd33:421 pm/Vを得た。圧電定数(d33)
,比
が活発である。有望な非鉛圧電材料としてペロブスカイト
誘電率(ε33T )
,電気機械結合係数(Kp)およびX線回折,
構造を有するチタン酸バリウム(BaTiO3)
,チタン酸ビス
走査電子顕微鏡などによる解析結果から圧電定数向上のメ
マスナトリウム(Bi0.5Na0.5TiO3)
,ニオブ酸カリウムナト
カニズムが何であるかについて検討し,圧電特性向上のた
リウム(K0.5Na0.5NbO3)を中心とする組成系の探索が行
めの指針を得た。
われているものの1),2)
,それら非鉛圧電材料の特性は圧電
*
42
日立金属株式会社 開発センター
日立金属技報 Vol. 27(2011)
*
Corporate Development Center, Hitachi Metals, Ltd.
二段階焼結による高性能 BaTiO3 非鉛圧電セラミックス
条件で加熱して銀電極とした。その後,銀電極を装着した
2. 実験方法
試料をシリコンオイル中に入れ,80 ℃で1 kV/mmの直流
水熱合成法で作成された平均粒子径200 nmのBaTiO3粉
電界を10 min印加し,分極処理を行った。
末を原料に使用した。濃度 8 %のポリビニールアルコール
分極した試料の静電容量(測定周波数1 kHz)および共
水溶液を原料粉末に10 %を加えて混練後,直径10 mm,厚
振周波数,反共振周波数をインピーダンスアナライザーで
さ1.0 mmの円板状に加圧成形した。成形圧力は 200 MPaで
測定し,比誘電率ε33T,電気機械結合係数Kpを求めた。
ある。その後,この成形体を昇温速度 75 K/hで 600 ℃まで
また圧電定数d33はd33メーターを用いて測定した。試料の
加熱して 2 h保持し,降温速度150 K/hで冷却して脱バイン
組織はSEM
(Scanning Electron Microscope)
で観察した。
ダーを行った。次に,脱バインダーした後の成形体を二段
結晶構造はXRD(X-Ray Diffractometer)で同定した。
階焼結した。二段階焼結の焼結パターンを図 1 に示す。ま
分極処理後の試料のXRDパターンは試料を金属板で挟み,
ず,昇温速度 15 K/minで第1焼結温度T1(℃)まで昇温し
前記の分極処理を施した後,金属板を外して測定した。
て1 min保持し,次にT 2(℃)まで30 K/minで降温し,第
二焼結温度 T 2(℃)で 4 h保持後,降温速度5 K/minで室
3. 実験結果と考察
温まで冷却する。以上の方法により焼結体を作製した。得
られた焼結体の両面を粒度1 μmのダイヤモンド砥粒で鏡
表 1 にT1,T2を変えて二段階焼結したときの,焼結体
面に仕上げ,加工面に銀ペーストを塗布後,600 ℃,2 hの
密度ρ(×10−3 kg/m3)
,分極処理後の比誘電率ε33T,電
気機械結合係数Kp,圧電定数d33(pm/V)の値を示す。
特 にd33に 関 し て は,T1とT2の 組 み 合 わ せ(T1/T2) が
Temperature(℃)
T1(1 min)
(1,390/25)
,
(1,390/1,100)
,
(1,370/25)
,
(1,370/1,100) で
400 pm/Vを超える値が得られることを確認した。一般的
−30 K/min
な 台 形 型 の 焼 結 パ タ ー ン に 該 当 す る(1,330/1,330)
,
T2(4 h)
(1,390/1,390)ではd33は低下していることから,d33向上の
効果が二段階焼結によるものと確認した。
15 K/min
次に二段階焼結によって大きなd33が得られるメカニズム
ー5 K/min
について考察する。一般にε33T,Kp,d33の間には以下(1)
式の関係が成り立つ。ここでSは焼結体の弾性コンプライ
アンス定数である。
Time(h)
図 1 二段階焼結の焼結プロファイル
Fig. 1 Two-step sintering temperature profile
d33∝Kp√(ε33T・S)
(1)
表 1 ρ,ε 33T,Kp,d33,と二段階焼結の焼結条件
Table 1 ρ,ε 33T,Kp and d33,with two-step sintering condition. First line indicates density ρ ( × 10-3 kg/m3). Second line
indicates dielectric permittivity ε 33T . The third line indicates electromechanical coupling factor Kp. The fourth line indicates
the piezoelectric constant d33(pm/V).
T2
25
1,100
1,150
1,200
1,330
1,390
1,310
5.50
4,150
0.11
164
5.60
4,690
0.22
281
5.77
5,320
0.28
168
5.88
5,060
0.32
291
Not
measured
yet
Not
measured
yet
1,330
5.70
4,380
0.32
340
5.79
4,380
0.41
393
5.87
4,930
0.40
376
5.89
4,980
0.33
265
5.93
3,600
0.32
348
Not
measured
yet
1,350
5.79
3,920
0.41
375
5.83
4,220
0.40
394
5.89
4,340
0.43
390
5.88
4,390
0.30
314
Not
measured
yet
Not
measured
yet
1,370
5.85
3,720
0.46
404
5.88
3,920
0.44
403
5.89
4,200
0.44
379
5.88
4,030
0.38
331
Not
measured
yet
Not
measured
yet
1,390
5.88
3,640
0.46
417
5.90
3,800
0.44
421
5.86
3,770
0.45
393
5.92
3,800
0.43
385
Not
measured
yet
5.93
3,040
0.29
243
T1
T1:First-step temperature(℃) T2:Second-step temperature(℃)
日立金属技報 Vol. 27(2011) 43
図 2 ,図 3 に本報の二段階焼結で作製した試料のd33とε
極処理後の(200)面に対する(002)面のX線回折強度比
T
33 及びd33とKpの関係を示す。その結果,図 2 に示したd33
とε33Tの間での相関性は弱いが,図 3 に示したd33とKpに
I002/I200とKpの間に強い相関が認められた。分極処理後の
は正の相関関係が認められ,試料のKp が大きいほどd33も
きくなることがわかった。I002/I200は,一般に分極処理前
大きくなっている。このことから,d33の向上に寄与してい
の多結晶体(配向処理していないもの)の場合,0.5付近の
るのはε33Tではなく,Kpであることが明らかである。
値を示す。正方晶BaTiO3の場合,分極軸はc軸なので,c
次にXRDで結晶構造を調べた。表 1 で得られた試料はす
軸がランダムな方向に向いた焼結体では強い圧電性を示さ
べて正方晶ペロブスカイト構造であった。各結晶面からの
ない。強い圧電性を得るためには分極処理後,分極軸が分
回折強度とKpの関係を調べた結果,図 4 に示すように分
極方向に揃うことが必要である。
(002)面はc軸に垂直な
比I002/I200が大きいほどKpも大きくなり,その結果d33も大
Piezoelectric constant d33(pm/V)
結晶面なので,試料面のX線回折では,c軸が分極方向に揃
500
うほど,
(002)面からの回折強度は大きくなる。つまり,
この分極処理後の状態でI002/I200が分極方向へのc軸配向の
400
程度を示す。以上の結果から二段階焼結で得られた高いd33
300
は,分極軸が分極方向に揃うことでKpが大きくなるという
ことに起因していることがわかった。
200
次に分極軸を分極方向へ揃えるための条件がどのような
ものであるかについて検討した。図 5 と図 6 に(T1/T2)
100
0
が(1,310/1,150),(1,390/1,100)
,
(1,390/1,390)の条件で
0
2,000
4,000
6,000
Relative permittivity ε33T
極処理前後の(002)面,
(200)面からのX線回折パター
Piezoelectric constant d33(pm/V)
図 2 圧電定数 d33 と比誘電率ε 33T の関係
Fig. 2 Relationship between the piezoelectric constant d33 and
the relative permittivity ε 33T
(1,390/1,390)の順に結晶粒径が大きくなっている。またX
線回折パターンからは(1,310/1,150)の(002)面と(200)
比べて大きいことがわかる。二段階焼結する前の水熱合成
400
したBaTiO3は立方晶構造であり,回折角2θが 45°の付近
には(200)面からの回折だけがみられる。この立方晶(200)
300
面からの回折位置を調べた結果,二段階焼結後の正方晶
200
100
(a)
0
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
(1,310/1,150)
図 3 圧電定数 d33 と 電気機械結合係数 kp の関係
Fig. 3 Relationship between the piezoelectric constant d33 and
the electromechanical coupling factor Kp
Electromechanical coupling coefficient Kp
ン を 示 す。S E M像 か ら(1,310/1,150)
,
(1,390/1,100)
,
面からのX線回折位置の間の回折強度が他の2試料のそれに
500
Electromechanical coupling coefficient Kp
5 μm
(b)
1.0
(1,390/1,100)
0.8
5 μm
0.6
(c)
0.4
(1,390/1,390)
0.2
0.0
0.0
0.5
1.0
1.5
XRD intensity ratio of (002) plane indices to
(200)
:I002/I200 after poling
図 4 電気機械結合係数 kp と分極処理後の(200)面に対する
(002)面の X 線回折強度比 I002/I200 の関係
Fig. 4 Relationship between the electromechanical coupling
coefficient Kp and the XRD intensity ratio of (002) plane
indices to (200) :I002/I200 after poling
44
二段階焼結したKp,d33が異なる試料の表面のSEM像と分
日立金属技報 Vol. 27(2011)
20 μm
図 5 2 段階焼結試料表面の SEM 像:
(第 1 段目焼成温度(T1)℃ /
第 2 段目焼成温度(T2)℃)
(a)
(1,310/1,150)
,
(b)
(1,390/
1,100)および(c)(1,390/1,390)
Fig. 5 SEM images of specimen surfaces that are two-step
s i n t e r e d (1s t s t e p t e m p e r a t u r e ( T1) ℃ a n d 2n d s t e p
temperature (T2) ℃ are shown as the format of (T1/T2)
beside each photograph)
二段階焼結による高性能 BaTiO3 非鉛圧電セラミックス
(a)
After polarization
(b)
Before Polarization
(1,390/1,100)
(200)
(002)
(200)
(1,310/1,150)
Intensity
Intensity
(002)
(1,310/1,150)
4. 結 言
非鉛圧電材の開発を目指し,二段階焼結した水熱合成
BaTiO3の圧電特性を評価して以下の結論を得た。
(1) 2 段階焼結の 1 段目温度 T1 が 1,390 ℃,2 段目温度
T2 が 1,100 ℃の条件にて圧電定数 d33 の値 421 pm/V
(1,390/1,100)
が得られた。
(2) 分極処理後の(200)面に対する(002)面の X 線回
折強度比 I002/I200 が大きいほど電気機械結合係数(Kp)
も大きくなり,その結果圧電定数(d33)も大きくなる。
(1,390/1,390)
(1,390/1,390)
(3)d33 向上のためには正方晶の結晶構造で立方晶成分を
含まず,かつ結晶粒径を小さくすることが重要である。
今後,このメカニズムを高キュリー温度(Tc)の材料開
発に応用し,PZTに代替可能な非鉛圧電材料開発の一助と
42
44
46
48
Diffraction angle 2θ (° )
42
44
46
48
Diffraction angle 2θ (° )
図 6 分極処理前後の XRD パターン:各線図上方に(第 1 段目温
度(T1)/ 第 2 段目温度(T2))を示す
Fig. 6 XRD pattern of specimen which is two-step sintered (1st
step temperature (T1) ℃ and 2nd step temperature (T2) ℃
are shown as the format of (T1/T2) upon each line) ;(a)
after and (b) before polarization treatment
BaTiO3の(002)面と(200)面の回折位置の間にあるこ
したい。
5. 謝 辞
本研究にあたっては富山県立大学工学部唐木智明准教授
のご指導,助言を賜った。ここに記して謝意を表する。
引用文献
とがわかった。このことから,
(1,310/1,150)の条件で二
段階焼結した試料には,正方晶と立方晶が混在しているも
のと考えられる。立方晶のBaTiO3は常誘電体であり強い
圧電性は示さない。このため,正方晶と立方晶が混在して
いる(1,310/1,150)の試料は他の2試料に比べてKp,d33が
小 さ い も の と 考 え ら れ る。
(1,390/1,100)
,
(1,390/1,390)
と焼結が進み結晶粒径が大きくなるにつれて,この立方晶
からの回折がなくなり,正方晶のみからの回折となってい
る。次に(1,390/1,100)と(1,390/1,390)の試料を比較す
ると,X線回折パターンではどちらも正方晶であるが,
(1,390/1,100)の方が分極処理後の(002)面からの回折強
度が大きく,
(1,390/1,390)
に比べて分極軸が分極方向へ揃っ
ていることが分かる。その結果,Kp,d33が高い値を示し
1) Y.Himura, R.Aoyagi, H.Nagata and T.Takenaka:Jpn.
J.Appl.Phys., 46, No3A, 2007.pp.1081-1084.
2) Y.Guo, K.Kakimoto, and H.Ohsato:Appl.Phys.Lett.85,
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3) H.Takahashi, Y.Numamoto, J.Tani and S.Tsurekawa:
Jpn.J.Appl.Phys., 45, 2006, 7405
4) A . P o l o t a i , K . B r e e c e , E . D i c k e y, C . R a n d a l l a n d
A.Ragulya:J.Am.Ceram.Soc.88(2005)3008.
5) X.-W. Wang, X.-Y. Deng, H.-L. Bai, H. Zhou, W.-G. Qu,
L.-T.Li. and I.-W. Chen:J. Am. Ceram. Soc. 89(2006)
438.
6) T.Karaki, K.Yan, T.Miyamoto and M.Adachi:Jpn.J.Appl.
Phys., 46, 2007, L97.
ている。結晶粒径を比べると(1,390/1,390)の方が大きく,
粒内で単結晶と見なせる領域である結晶子サイズも大きい
と考えられる。前記のようにBaTiO3は正方晶でc軸が分極
軸であるため,分極方向へ分極軸が揃う際に,格子が分極
中嶋 源衛
Genei Nakajima
日立金属株式会社
方向へ歪む。結晶子サイズが大きいほど,格子の分極方向
開発センター
へ 歪 む 量 も 大 き く な る た め,
(1,390/1,100) に 比 べ て
材料開発室
(1,390/1,390)は分極処理した際に焼結体内に発生する構
造歪みによるストレスも大きくなるであろう。このため結
山中 修司
晶粒径が大きいものは構造歪みが抵抗となって分極されに
Shuji Yamanaka
くくなり,その結果,Kp,d33の値が大きくなりにくいもの
と考えられる。以上の結果から,圧電特性を向上させるた
日立金属株式会社
開発センター
材料開発室
めには,正方晶の結晶構造で立方晶成分を含まず,かつ結
晶粒径を小さくすることが重要と考えられる。水熱合成で
作製したナノ粒子を二段階焼結する方法は,上記の条件を
作り出せる手法と言える。
日立金属技報 Vol. 27(2011) 45