センサネットワーク向け900MHz帯の標準化動向

センサネットワーク向け900MHz帯の
標準化動向
福井 潔 福永 茂
OKIでは、図1に示すように、スマートメータリングや
表1 900MHz帯の特徴
ホームICT基盤等の実現を目指し、屋外環境に適した大規
模・高信頼マルチホップネットワーク技術やHEMSなど
項目
2.4GHz帯と比較して、電波の到達距離が長い。また、
建物などの障害物がある場合でも、電波が回り込んで届
く特性が高い。これにより、長い通信距離を必要とする
場合や、障害物が多い場所での利用に適している。
消費電力
電波の到達距離が長いため、同じ距離を通信する場合
には、2.4GHz帯と比較して送信出力を下げることがで
きる。そのため、消費電力が低い。
無線LANなどブロードバンド用途の無線システムが割り
当てられていないなど、各種雑音源からの電波干渉が少
ないため、安定したシステムを提供できる。
のホームICTサービスの基盤に適した省電力ネットワーク
技術を開発している。これらのシステムでは、ネット
ワークに接続される機器が固定設置されており、電波の
到達性に応じて設置場所を調整することが困難な場合が
多いため、ネットワークの高信頼化技術に加え、適切な
周波数帯を選択することが重要である。OKIでは、電波到
説明
電波到達性
干渉
帯域
2.4GHz帯と比 較して周 波 数 帯 域が 狭い 。従って、
100kbit/s程度の通信に適している。
達性と伝送レート等のバランスが良いという特徴を持つ
サブギガバンドを利用したシステム開発を進めている。
日本では、スマートメータ等のセンサネットワーク向
900MHz帯はこのような特性を有していることから、機
けに、現在950MHz帯が割り当てられているが、ワイヤ
器が固定設置されており、電波の到達性に応じて設置場
1)
レスブロードバンドの活用に向けた周波数再編 の中で、
所を調整することが困難な特徴を持つセンサネットワーク
920MHz帯に移行することが決まっている。本稿では、
に適している。
950MHz帯と920MHz帯を合わせて、「900MHz帯」と
ただし、電波到達性だけを考えると、より周波数の低
い特定小電力システム用の429MHz帯の方が特性は良い。
呼ぶこととする。
本稿では、センサネットワーク向けに割り当てられた
900MHz帯の特徴とその標準化動向について説明する。
しかし、900MHz帯で想定しているセンサネットワーク
では、電波としての到達性だけでなく、マルチホップ通
信のような通信方式としての到達性を組み合わせて、最
①大規模・高信頼マルチホップNW
②省電力ホームエリアNW
終的なシステムとしての高い到達性を実現する必要がある。
429MHz帯は、電波到達性は良いが、割り当てられてい
ホームICT
る帯域が狭く、9,600bit/s程度の通信速度しか利用でき
環境
見える化
ホームコントロール
ないので、マルチホップ通信を安定して行うほどのスルー
HEMS
プットが得られない。これに対し、950MHz帯で規定さ
防犯/見守り
ヘルスケア
IP網
電力消費
見える化
れているIEEE802.15.4dの伝送速度は100kbit/sであり、
EV充放電管理
光アクセス回線
ホームゲートウェイ
パワコン制御
(逆潮流対策)
スマートメータ
センサネットワークで想定されるマルチホップを伴う
データ伝送には十分である。このように、900MHz帯は、
電波到達性やマルチホップ通信の実現性、低消費電力等
図1 OKIが取り組むセンサネットワークシステム
を考慮すると、バランスの取れた、良い選択肢であると
言える。
900MHz帯の特徴
900MHz帯が割り当てられるまでセンサネットワーク
向けに利用されてきた2.4GHz帯と比べ、900MHz帯は、
OKIでは、これまでに数多くの電波伝搬測定実験を実施
周波数が低く、センサネットワークやRFID等の小電力無
し、900MHz帯の電波伝搬特性が優れていることを確認
線専用の帯域であるため、表1のような特徴がある。
している。以下では、その一部を紹介する。
*1)ZigBeeは、ZigBee Alliance Inc.の登録商標です。
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900MHz帯の電波伝搬特性
OKIテクニカルレビュー
2011年10月/第218号Vol.78 No.1
900MHz帯としては、IEEE802.15.4d準拠の950MHz
帯の機器を用い、比較として、ZigBee®*1)等で利用されて
5m
いるIEEE802.15.4準拠の2.4GHz帯の機器を用いた。送
4m
基地局
9m
11m
信出力は、2.4GHzのZigBee市場で主に利用されている
50m
1mWに揃えて測定した。
見通し環境での距離特性
見 通 し 環 境 で の 受 信 電 波 強 度( R S S I : R e c e i v e d
Signal Strength Indication)の距離特性を図2に示す。
何点かの距離で測定した結果をプロットし、さらに自由
空間での距離減衰曲線をそれぞれ描いている。見通し環
図3 回り込み特性の実験環境
境とは、送信機と受信機の間に何も無い状態のことを
言う。アンテ ナの高さが十分に高い場合は自由空間と
らに数十∼数百mの到達も期待できる。なお、この建物の
同等になるが、センサネットワークを想定してアンテナ
左側はグラウンドになっており、電波を反射するものは
高を2mに設置して測定しているため、距離が離れるに
存在しないため、この結果は概ね回り込みによるものと、
つれて「フレネル効果」と呼ばれる、地面の影響による
建物の隙間を透過したものを合わせた結果と考えられ、
減衰が見られる。
900MHz帯の回り込み特性が優れていることが確認で
1mWの送信出力の場合、950MHzは約600mまで到達
きた。
しており、2.4GHzと比較して約3倍の到達距離が得られ
ている。
900MHz帯の課題
現在、センサネットワーク向けの周波数帯として、
受信電波強度 [dBm]
0
950MHz帯が割り当てられているが、この周波数帯は、
−20
−40
950MHz
2.4GHz
−60
−80
「パッシブタグシステム」と「アクティブ小電力無線シス
テム」が共用することを前提に技術的条件が決められて
いる。また、パッシブタグシステムが制度化された後に、
−100
1
10
100
1000
距離 [m]
図2 見通し環境での受信電力の距離特性
アクティブ小電力無線システムの制度化が行われたため、
アクティブ小電力無線システムの技術的条件は、パッシ
ブタグシステムに合わせる形で規定された。このため、以
下の技術的条件がアクティブ小電力無線システムとして
は、望ましくない条件となっている。
見通し外環境での回りこみ特性
●
2.4GHz帯は、電波の直進性が強く、建物など電波を遮
蔽する物がある場合は、その陰になっている場所に届き
長いキャリアセンス時間
(10ミリ秒)
●
にくい。一方、950MHz程度まで周波数が下がると、建
図3は、建物で遮蔽された「見通し外」の実験環境で
典型的なパケット長(数ミリ秒程度)に対して、長い最
大送信時間(キャリアセンス時間10ミリ秒の場合1秒、
物があっても、電波が回り込んで、遮蔽物の陰まで届く
傾向が強くなる。
典型的なパケット長(数ミリ秒程度)に対して、非常に
キャリアセンス時間128マイクロ秒の場合100ミリ秒)
●
典型的なパケット長(数ミリ秒程度)に対して、非常に
長い送信後の停止時間
(100ミリ秒)
ある。この図を使っての回り込み特性の測定結果を説明
する。基地局を建物の陰で受信局から直接見えない場所
920MHz帯への移行において実施される技術的条件の
に設置し、受信局を離しながら50mまで測定した。
見直しに際してこれらの技術的条件が改善されることを
2.4GHz(赤色の矢印)は見通しが取れなくなった5m地点
期待している
(図4:次ページ)
。
が限界で、それ以上は通信できなかったが、950MHz
(青
色の矢印)
は50m地点でも−86dBmの受信電力であり、さ
OKIテクニカルレビュー
2011年10月/第218号Vol.78 No.1
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さらに、2010年末に国会で承認された放送法の改定に
2008.5 950MHzアクティブ無線の制度化
2010.5 周波数拡張、条件緩和
■ 干渉回避、省電力化、高速化、低コスト化が
可能になり、注目度向上
より、免許不要局の送信出力の上限を10mW以上とする
ことが可能になったことに伴い、920MHz帯アクティブ
システムの送信出力の上限は、20mW、一部の帯域にお
いては250mWに改定される見込みである。
これまでの審議の結果、920MHz帯で規定される見込
2012.7 周波数拡張、送信出力UP
■
■
■
■
920MHz帯への周波数移行による国際協調
スマートメータ向けに帯域幅を5MHz拡張
送信出力上限が大幅にUP
パケット通信に適した条件変更
みであるアクティブ小電力システムの主な技術的条件を
表2に示す。
表2 920MHz帯アクティブ小電力無線システムの技術的条件
アクティブ小電力無線システム
250mW以下
20mW以下
局種
図4 国内法令改正の動向
空中線利得
周波数帯
チャネル数等
900MHz帯の制度化動向
総務省の中長期的な電波政策の展望として示された
2003年の「電波政策ビジョン」において、950MHzに
「無線タグ」を割り当てることが述べられている。これを
キャリアセンスレベル
ステムの新しい送信出力のカテゴリが導入されるのと並
920.6∼
923.4MHzの
200kHz間隔
計15チャネル
920.5∼
923.5MHz
923.5∼
928.1MHz
920.6∼928MHzの
200kHz間隔
計38チャネル
915.9∼929.7MHz
①916∼928MHzの200kHz間隔
計61チャネル
②928.15∼929.65MHzの
100kHz間隔 計16チャネル
①200kHz × n(n=1∼5)
②100kHz × n(n=1∼5)
①128us以上
②5ms以上
128us以上
−80dBm
キャリアセンス不要
-----
最大送信時間
400ms(総和
①400ms(総和360s/h以下)
①100ms(総和3.6s/h以下)
360s/h以下)
②4s
②50ms
送信時間後の停止時間
①2ms以上(送信時間6ms以 2ms以上(送
①100ms(総和3.6s/ h以下)
下の場合は0秒) 信時間6ms以下
②50ms
②50ms以上
の場合は0秒)
受け、2005年に送信出力1Wまでの「高出力パッシブタ
グシステム」が制度化された。その後、パッシブタグシ
3dBi以下
920.5∼
923.5MHz
無線チャネル
キャリアセンス時間
1mW以下
特定小電力無線局
情報通信審議会 情報通信技術分科会 移動通信システム委員会(第2回)資料より抜粋
行して、2008年にセンサネットワークやスマートメータ、
アクティブタグ等に利用できる「アクティブ小電力無線
これらの技術的条件は、電波法、電波法施行規則、無
システム」が制度化され、2010年には周波数拡張に伴い、
線設備規則などの複数の法令にまたがって規定される。こ
いくつかの技術的条件が緩和された。
のため、利用者が理解し易いように、技術的条件に業界
さらに、総務省において、
「ワイヤレスブロードバンド
での運用ルール等の規定を追加したARIB標準規格が策定
実現に向けた周波数再編アクションプラン」として、次
される。950MHz帯のアクティブ系小電力無線システム
世代携帯電話
(LTE:Long Term Evolution)
等を国際的
のARIB標準規格は、
「ARIB STD-T96」2)に規定されて
な動向に合わせて周波数を割り当てることなどを中心に、
いる。920MHz帯のARIB標準規格についても、法令化と
700MHz帯と900MHz帯の各周波数の総見直しが検討さ
並行して策定が進められている。
れたが、その中で、2012年7月に「アクティブ小電力無
線システム」は920MHz帯へ移行することが決まった。
移行される920MHz帯は、米国の915MHz帯に含まれ
る帯域である。また、欧州でも、センサネットワーク向
けに900MHz帯の割り当てが審議されており、国際協調
の活性化が期待できる。
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日本向けPAN規格IEEE802.15.4d
本節では、日本の950MHz帯を対象としたIEEEの国際
標準化の動向を説明する。
センサネットワークの市場では、ZigBeeが代表的な国
また、920MHz帯は、スマートメータ等のセンサネッ
際標準であり、無線方式はIEEE802.15.4が利用されて
トワーク向けに5MHz幅の拡張を実施することが決まって
いる。IEEE802.15.4は2003年に初版が規定されたPAN
いる。これに伴い、RFIDなどのパッシブタグシステムと
(Personal Area Network)
のための標準規格であり、当
センサネットワーク等のアクティブ小電力無線システム
時はグローバルに利用できる2.4GHz帯と、サブギガバ
の帯域を分離し、それぞれのシステムにより適した技術
ンドとして米国の915MHz帯と欧州の868MHz帯だけが
的条件とする見直しが実施され、キャリアセンス時間、最
規定対象になっていた。2008年の電波法改正に伴い、日
大送信時間、送信後の停止時間などが改善される見込み
本で950MHz帯が利用可能となったことを受け、日本の
である。
950MHz帯用の物理層をIEEE802.15.4の規定に追加する
OKIテクニカルレビュー
2011年10月/第218号Vol.78 No.1
提案を実施し、2009年にIEEE802.15.4dとして標準化を
ま と め
実現した。
米国915MHz帯や欧州868MHz帯向けには、二相位相
本稿では、スマートメータ等のセンサネットワークで
偏移変調(BPSK:Binary Phase Shift Keying)
が規定
の利用が想定されている900MHz帯の特徴および標準化
されていたが、日本の950MHz帯のチャネル幅の狭いこ
の動向を紹介した。
とと、低消費電力化を考慮して、OKIからは回路構成の簡
まず、定性的な特徴の分析や、OKIがこれまでに実施し
単なガウスフィルタ周波数偏移変調(GFSK:Gaussian
た伝搬特性測定実験結果から、900MHz帯が無線マルチ
filtered Frequency Shift Keying)の規定を提案した。
ホップ通信を行うセンサネットワークシステムに適した
BPSK方式の伝送速度が20kbit/sであるのに対し、GFSK
周波数帯であることを示した。
は100kbit/sを実現している。IEEE802.15.4d標準とし
次に、国内における900MHz帯制度化の動向および、
ては、従来のIEEE802.15.4の変調方式と親和性の高い
900MHz帯を利用した国際標準化の動向を解説した。国
BPSKと、センサネットワークにより適したGFSKの両方
内制度化においては、ワイヤレスブロードバンドの活用
式を規定した標準が策定された。
に向けた周波数再編の中で進められている950MHz帯か
GFSKはBluetoothでも利用されている汎用的な技術で
ら920MHz帯への移行にあたり、センサネットワークと
あるが、IEEE802.15.4で採用されたのは初めてであった。
してより使いやすい技術的条件となるよう見直しが行わ
現在のIEEE802.15.4d市場ではGFSKを搭載するものが
れている。また、既に標準化が完了しているPAN向けの
ほとんどであり、後述するIEEE802.15.4gでもGFKSが
IEEE802.15.4dに加え、SUN向けのIEEE802.15.4gが標
主流となる見込みである。
準化されつつあり、通信方式の国際標準も充実してきて
いる。
今後OKIでは、920MHz帯において、これらの標準を利
スマートメータ間ネットワーク向け規格
IEEE802.15.4g
2008年頃からスマートメータ間ネットワーク向けの無
用し、スマートメータリングやホームICT基盤等に適用す
るネットワークシステムの開発を進める予定である。
◆◆
線方式の審議がIEEE802.15.4gとして始まった。
IEEE802.15.4gはIEEE802.15.4シリーズの規格であ
り、PAN標準の一部ではあるが、スマートメータ向けと
いうことでSUN
(Smart Utility Network)
と呼ばれている。
広域でのスマートメータを接続することが目的であるた
め、サブギガバンドを利用することが基本となっており、
日本では950MHz帯が対象である。
IEEE802.15.4gではセンサネットワークに適したGFSK
■参考文献
1)総務省「ワイヤレスブロードバンド実現のための周波数検討
ワーキンググループとりまとめ(ワイヤレスブロードバンド実現
に向けた周波数再編アクションプラン)
」
http://www.soumu.go.jp/main_content/000092954.pdf
2)ARIB STD-T96「特定小電力無線局950MHz帯テレメータ
用、テレコントロール用及びデータ伝送用無線設備」
と既存のIEEE802.15.4で主に規定されているOQPSKに
加え、将来の高レート化を見込んで無線LAN等で主流の
OFDM
(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)
も採用されている。
GFSKに関しては、IEEE802.15.4dを規定した直後と
いうこともあり、フレームフォーマットの細部に違いは
●筆者紹介
福井 潔:Kiyoshi Fukui. 研究開発センタ システム技術研究開発
部 ネットワークシステムユニット
福永 茂:Shigeru Fukunaga. 研究開発センタ システム技術研究
開発部 ネットワークシステムユニット
あるが、同一のLSIで両方式の対応が可能となるように変
調パラメタ等は同じ規定となっている。
伝送レートは、できるだけ各国で揃えつつ、それぞれ
の状況を考慮して審議を行った結果、GFSKの場合、日本
向けには50kbit/s、100kbit/s、200kbit/s、400kbit/s
の4つが規定されている。
OKIテクニカルレビュー
2011年10月/第218号Vol.78 No.1
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