FEJ 81 06 395 2008

富士時報 Vol.81 No.6 2008
IPM 用小型ドライバ IC
中森 昭(なかもり あきら)
特 集
森 貴浩(もり たかひろ)
山村 太久生(やまむら たくお)
まえがき
図
小型ドライバ IC の外観
世界半導体市場の伸び率は 2007 年度,前年比+3.2 %
(2,556 億 US ドル)であった。それ以降も伸長を続け,
( 1)
2010 年度までは+6.4 % の平均伸び率の予測となっている。
一方で,地球環境保護,特に CO2 削減に貢献するため,
パワーエレクトロニクス機器のさらなる小型化,高効率化
を進める必要があり,そこに用いられるパワーデバイスの
( 2)
果たす役割は大きい。
富 士 電 機 で は,1989 年 に 産 業 用 IGBT(Insulated
Gate Bipolar Transistor)駆動用のバイポーラ型ドライ
バ IC を開発し,IGBT とドライバ IC を一つのパッケー
ジにモジュール化した世界初の IPM(Intelligent Power
Module) を 発 表 し た。 そ の 後, 外 付 け 部 品 を シ リ コ ン
.
CMOS 型ドライバ IC を搭載の「R-IPM」を開発した。現
特 徴
V-IC の特徴を以下に示す。
チップに内蔵するオールシリコンコンセプトを追求した
小型化
( 1)
在まで,IGBT の仕様ごとに最適なドライバ IC の系列化
チップサイズの低減を図るため,既存の 3 µm CMOS プ
ロセスから 1 µm CDMOS プロセスに変更し微細化を図っ
を行い,IPM のラインアップ拡充を進めてきている。
産業分野におけるさらなる高効率化,高機能化,低価
た。微細化により MOSFET の単位面積あたりのオン抵
格化の要求に応えるため,IPM 用小型高性能ドライバ IC
抗 Ron・A を改善し,チップ面積の大きな部分を占めてい
たパワー MOS 部の面積を低減した。さらに 2 層メタル配
「V-IC」を開発したので,その概要を紹介する。
線を採用し,配線抵抗を下げた。それにより R-IC に対し
概 要
チップサイズで約 40 % のシュリンクを達成した。
R-IC との互換性の維持
( 2)
V-IC は従来の R-IPM 用ドライバ IC「R-IC」を小型化
IPM の立上げ当初から現在まで,製品仕様に応じて R-
し,また R-IC と互換性を持たせることにより,従来 IPM
IC の系列化を進めてきており,これら製品との互換性を
製品への置き換えを可能とし,より高精度な異常検知を行
維持し置換えを可能とするため,小型ドライバ IC と R-IC
う目的で EPROM 補正回路を搭載している。
の主要な電気特性であるドライブ能力や保護レベルが同一
V-IC
のチップ外観写真を 図 1 に示す。本 IC
は,R-IC
と同じく,IGBT 駆動機能のほかに,過電流保護機能,短
となるように最適化を行っている。
EPROM 補正回路搭載による補正精度向上
( 3)
絡保護機能,電源電圧低下保護機能,過熱保護機能,ア
ドライバ IC は IGBT を最適に駆動し,さらに短絡や過
ラーム入出力機能およびソフト遮断機能を持っている。ま
熱などの異常動作時に,IGBT や周辺の制御回路がダメー
た制御基板へ直接実装できるようにパッドサイズ,表裏面
ジを受けないよう的確に異常を検知し,迅速に IGBT を停
電極を最適化している。
止する。そのため V-IC では高精度な検知・制御が必要と
なる。ドライバ IC の精度を向上するためには,デバイス
の製造ばらつきを補正する項目を増やすことが必要であ
森 貴浩
中森 昭
山村 太久生
半導体デバイスの開発に従事。現
半導体デバイスの開発に従事。現
インテリジェントパワーモジュー
在,富士電機デバイステクロノ
在,富士電機デバイステクロノ
ルの開発に従事。現在,富士電機
ジー株式会社半導体開発営業本部
ジー株式会社半導体開発営業本部
デバイステクロノジー株式会社半
開発統括部デバイス技術部。
開発統括部デバイス技術部チーム
導体開発営業本部開発統括部モ
リーダー。
ジュール開発部。
395( 15 )
富士時報 Vol.81 No.6 2008
図
IPM 用小型ドライバ IC
EPROM 補正の一例
図
入出力遅延の温度特性
2.0
1.08
t dHL - t dLH(相対値)
基準電圧回路の電圧(相対値)
特 集
1.12
1.04
1.00
0.96
0.92
0.88
1
8
16
1.0
R-IC
0
−40
補正パターン
図
V-IC
0
50
T(℃)
100
基準電圧の温度特性
図
V-IC の回路ブロック図
基準電圧の温度変化(相対値)
1.05
1.04
VCC
1.03
出力段回路
ソフト遮断回路
1.02
IN
V-IC
1.01
OUT
ロジック回路
PGND
1.00
0.99
R-IC
0.98
AE
0.97
AER
フェイル
ラッチ
回路
0.96
0.95
−40
0
50
T(℃)
過電流検出回路
短絡電流保護回路
アラーム
信号
入出力回路
OC
VCC
電源低下検出回路
100
過熱検出回路
EPROM
補正回路
る。従来のツェナーザップを適用した補正方式では,補正
OH
内部基準電圧回路
基準電圧補正
基準電流補正
過熱検出基準電圧補正
項目数を増加すると,それに比例してテストパッド数が増
GND
えチップサイズが増加する難点があった。V-IC では,補
正項目数が増えても必要となるテストパッド数が固定の
EPROM(Erasable Programmable Read Only Memory)
補正回路を適用した。これにより,チップサイズを増や
ている。これにより,異常検知など精度向上を実現した。
入出力遅延の温度特性改善
( 5)
ドライバ IC の主要特性の一つとして,入出力遅延特性
すことなく,補正項目数を増やして IC の精度を向上した。
補正による基準電圧の変化を図 2 に示す。補正によりプロ
がある。これはドライバ IC に ON 信号を入力してから
セスばらつきを回避でき,基準電圧回路特性の精度向上を
IGBT がオンするまでの遅延時間 tdLH およびドライバ IC
図っている。
にオフ信号を入力してから IGBT がオフするまでの遅延
特に精度が求められる機能として,過熱保護機能がある。
時間 tdHL である。tdHL-tdLH は上下アーム IGBT の同時オン
IGBT の異常な熱上昇に対しても正確に IGBT を保護する
を回避するためのデッドタイムとなる。デッドタイムは,
ことが必要である。この過熱保護の精度を上げるため,基
アーム短絡を防止し,かつ制御性を高めるために非常に重
準電流と基準電圧の双方に補正回路を適用している。
要な特性である。V-IC では,温度依存性が小さい遅れ回
高精度基準電圧回路の適用による温度特性改善
( 4)
IPM 内で IGBT がスイッチングの際に発する熱や IPM
路方式を採用することでデッドタイムの温度特性を改善し
た。
が 設 置 さ れ る さ ま ざ ま な 温 度 に お い て も, 精 度 を 保 ち
入出力遅延の温度特性を既存品と比較したグラフを図 4
IGBT をコントロールするために,デバイスサイズおよび
に示す。R-IC では変動率,約 40 % に比べ,V-IC では約
プロセス条件の最適化により温度特性を改善した。
10 % に改善している。
温度特性改善の例として,基準電圧の温度特性を図 3 に
示す。上に凸の特性を示しているが,R-IC の変動率が約
1.5% に比べて,V-IC では約 0.4% と温度依存性が改善し
396( 16 )
.
仕 様
V-IC の回路ブロックを 図 5 に示す。絶対最大定格を 表
IPM 用小型ドライバ IC
富士時報 Vol.81 No.6 2008
ンス用 IGBT が埋め込まれている。ドライバ IC は,セン
電圧の絶対最大定格は 20 V であり,動作周囲温度は−40
ス用 IGBT に流れる電流を,ドライバ IC に内蔵した検出
〜+125 ℃である。
抵抗に流し,その検出抵抗の電圧降下の大きさによって,
IGBT に流れている電流を常時監視する。その電圧降下が
.
動作説明
しきい値電圧 VOC を超え,一定期間継続すると過電流と
判定し,IGBT の動作を停止させる。この時 AE 端子から
ドライバ IC の主要動作について以下に述べる。
過熱保護
( 1)
IGBT が異常な高温度に曝(さら)された場合,または
表
電気的特性(特記なき場合は T a=25 ℃)
異常動作によって温度が上がった場合,素子破壊を防止す
るために IPM の動作を停止させる。過熱保護動作のタイ
ミングチャートを 図 6 に示す。ドライバ IC 側から IGBT
チップ上に配置された温度検出用ダイオードに基準電流
IOH を流し,温度に比例するダイオードの順方向電圧値
用 語
記 号
内 容
Typ.
単位
電源特性
電源電流
I CCL
ターンオン時電源電流
3.5
mA
I CCH
ターンオフ時電源電流
4.5
mA
V5
内部基準電圧
5.0
V
基準電圧
VOH を監視して,過熱時にドライバ出力を停止させる。こ
内部基準電圧
の時 AE 端子からはシステムへアラーム信号が出力される。
制御信号入力
またアラーム出力状態は tALM 期間経過し,過熱保護状態
入力ローレベル
しきい値電圧
V INon
ターンオン入力しきい値電圧
1.35
V
入力ハイレベル
しきい値電圧
V INoff
ターンオフ入力しきい値電圧
1.65
V
入力端子電圧
ヒステリシス
ΔV IN
V INoff − V INon
0.3
V
から復帰しかつ IC への入力 VIN がオフになるまで継続する。
過電流保護
( 2)
IGBT に流れた過電流を遮断して,IGBT の破壊を防ぐ
必要がある。過電流保護に関するタイミングチャートを
図 7 に示す。IGBT チップには,電流を監視するためのセ
表
絶対最大定格(特記なき場合はTa =25 ℃)
パラメータ
電源電圧
(駆動系/制御系)
入力周波数
記 号
条 件
最小値
最大値
単位
V CC
DC
−0.3
20
V
f
ー
ー
20
kHz
AE端子電流
I AEmax
DC
ー
25
mA
IN端子電圧
V INmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
OUT端子電圧
V OUTmax
DC
PGND−0.3
V CC+0.3
V
AE端子電圧
V AEmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
VdGNDmax
DC
−0.2
0.2
V
OC端子電圧
V OCmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
OH端子電圧
V OHmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
動作周囲温度
Ta
ー
−40
125
℃
接合部温度
Tj
ー
−40
150
ー
−40
125
PGND-GND間電圧
T STG
保存温度
ターンオン遅延
時間
t dLH
ターンオン時間からドライバ
出力オンまでの遅れ時間
1.5
s
ターンオフ遅延
時間
t dHL
ターンオフ時間からドライバ
出力オフまでの遅れ時間
1.0
s
遅延時間差
Δt d
t dLH − t dHL
0.5
s
VAEIN
外部アラーム入力しきい値電
圧
2.2
V
VAEHYS
外部アラーム入力しきい値ヒ
ステリシス電圧
1.0
V
外部アラーム
外部アラーム入力
電圧
ヒステリシス
アラーム入力遅れ
t dOUTAE 外部アラーム入力からソフト
時間
遮断までの遅れ時間
アラーム端子抵抗
端子説明
端子記号
制御電源
外部アラーム入力
AE
アラーム出力
IN
制御信号入力
V UV
電源電圧低下検出しきい値
電圧
11.7
V
リセットヒステリ
シス
d VUV
電源電圧低下検出しきい値
電圧ヒステリシス電圧
0.5
V
℃
電源電圧低下検出
・遮断遅れ時間
t dAUV
電源電圧低下検出からアラー
ム出力までの遅れ時間
4.5
℃
アラーム出力
t ALM
アラーム出力ラッチ時間
2
s
mV
過熱保護動作タイミングチャート
V IN
t dLH
ソフト
遮断
t dOUTOH
V OUT
V OH
過電流検出信号入力
OH
過熱検出信号入力
ドライバ出力
ドライバ回路用GND
V AE
t dAOH
t dLH
V OH(復帰)
V OH
制御回路用GND
OC
PGND
kΩ
電源電圧低下保護
図
AER
OUT
1.3
内 容
VCC
GND
外部アラーム入力端子抵抗
(保護特性)電源電圧低下保護
アラーム保持時間
表
R AER
s
10.0
t ALM
V IN :IN 端子電圧
V OUT:OUT 端子電圧
V AE :AE 端子電圧
t dLH :ターンオン遅延時間
ソフト
遮断
t dOUTOH
V OH(復帰)
V OH
t dAOH
t ALM
t ALM :アラーム保持時間
V OH
:過熱検出しきい値
t dAOH :過熱検出からアラーム出力までの遅れ時間
t dOUTOH:過熱検出からOUT出力低下までの遅れ時間
397( 17 )
特 集
1に,端子説明を表 2 に,電気的特性を表 3 に示す。電源
富士時報 Vol.81 No.6 2008
図
IPM 用小型ドライバ IC
過電流保護動作タイミングチャート
図
V UVH
特 集
V IN
t dLH
t dHL
ソフト
遮断
t dOUTOC
V OUT
V OCth
V OC
V AE
t dAOC
V IN :IN 端子電圧
V OUT:OUT 端子電圧
V AE :AE 端子電圧
t dLH :ターンオン遅延時間
t dHL :ターンオフ遅延時間
図
電源電圧低下保護タイミングチャート
t ALM
ソフト
遮断
t dOUTOC
t dAOC
t ALM
t ALM :アラーム保持時間
V OC
:過電流検出電圧
t dAOC :過電流検出からアラーム出力までの遅れ時間
t dOUTOC:過電流検出からOUT出力低下までの遅れ時間
V OCth :過電流検出しきい値
V CC
V UV
V IN
t dLH
t dHL
V OUT
V AE
t dAUV
V CC :電源電圧
V IN :IN 端子電圧
V OUT:OUT 端子電圧
V AE :AE 端子電圧
t dLH :ターンオン遅延時間
t dHL :ターンオフ遅延時間
V UVH
V UV
ソフト
遮断
t dOUTUV
t ALM
t dAUV
ソフト
遮断
t dOUTUV
t ALM
t ALM
V UV
V UVH
t dAUV
:アラーム保持時間
:電源電圧低下保護しきい値
:電源電圧低下保護復帰しきい値
:電源電圧低下検出からアラーム出力までの
遅れ時間
V dOUTUV:電源電圧低下検出から OUT 出力低下までの
遅れ時間
短絡保護動作タイミングチャート
V IN
t dLH
熱保護・過電流保護・電源電圧低下保護の各機能が動作し
t dHL
た場合,アラーム信号を外部に伝達することである。もう
V OUT
V OC
一つは,外部からの IGBT 駆動・停止信号をドライバ IC
V SCth
V AE
に伝達することである。
ソフト遮断
( 6)
V IN :IN 端子電圧
V OUT:OUT 端子電圧
V AE :AE 端子電圧
t dLH :ターンオン遅延時間
t dHL :ターンオフ遅延時間
V SCth:短絡検出しきい値
V OC :過電流検出電圧
ドライバ IC は,上記の過熱保護・過電流保護・電源電
圧低下保護機能が動作すると,IGBT を停止する。停止の
際,ドライバ IC が IGBT のゲート電圧を急激に低下させ
ると,IGBT に流れる電流も急激に変化し,主回路側の配
外部へアラーム信号が出力される。またアラーム出力状態
線インダクタンスに過大なサージ電圧が発生し,IGBT が
は tALM 期間経過し,過電流保護状態から復帰しかつ IC の
過電圧破壊する可能性がある。これを避けるため,ドライ
入力 VIN がオフになるまで継続する。
バ IC は保護機能が動作すると,IGBT のゲート電圧を高
短絡保護
( 3)
抵抗で遮断する。
短絡保護時のタイミングチャートを 図 8 に示す。IGBT
がスイッチング中,突発的短絡が発生し,大電流が流れた
あとがき
場合,過電流保護による IGBT 停止よりも前に IGBT が破
壊する可能性がある。そのためドライバ IC は,検出抵抗
の電圧降下が VOC より高い電圧に設定されているしきい
値電圧 VSCth を超えると,瞬時に IC の出力電流を抑制し,
産業用途の IGBT を駆動する小型ドライバ IC の概要を
紹介した。
V-IC は,富士電機が長年市場に提供してきた IPM に搭
IGBT の出力電流を制限する。検出抵抗の電圧降下が VSC
載されている R-IC と互換性がある。今後,ますます増加
を下まわり,短絡状態が解除されると,IGBT は通常のス
する産業分野での IPM へのニーズに迅速に対応すること
イッチング動作に戻る。
で市場要求を満足し,年々 IPM に対するコスト・特性・
電源電圧低下保護
( 4)
ドライバ IC の電源電圧 VCC が低下した場合,IGBT は
ゲート電圧不足となり定常損失が急激に増加するため,ス
機能面での要求が高まる中,富士電機ではドライバ IC の
性能向上を行い,お客様の要求にマッチした製品の開発に
取り組んでいく所存である。
イッチング動作を続けるとチップ温度が上昇し素子破壊す
る可能性がある。そのため電源電圧がしきい値電圧 VUVth
参考文献
を下回ると,システムへアラームを出力し IGBT の動作を
WSTS. 2008 年春季半導体市場予測.
( 1)
停止する保護機能を持っている。電源電圧保護状態は,ア
藤平龍彦,重兼寿夫.半導体の現状と展望.富士時報.
( 2)
ラーム出力状態が tALM 期間経過し,電源電圧が復帰 VUVH
し,かつドライバ IC の入力 VIN がオフになるまで継続す
る。電源電圧低下時のタイミングチャートを図 9 に示す。
アラーム入出力
( 5)
アラーム端子には二つの機能がある。一つは,上記の過
398( 18 )
vol.80, no.6, 2007, p.380-384.
山口厚司ほか.中・大容量 R シリーズ IGBT-IPM.富士
( 3)
時報.vol.71, no.2, 1998, p.101-105.
西尾実ほか.ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」
.
( 4)
富士時報.vol.80, no.6, 2007, p.406-409.
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。