FEJ 80 06 406 2007

富士時報 Vol.80 No.6 2007
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」
特 集
西尾 実(にしお みのる)
山
智幸(やまざき ともゆき)
船越 孝章(ふなこし たかあき)
まえがき
ステムには小型化・高効率化が求められるため,主スイッ
チ ン グ デ バ イ ス と し て,IGBT(Insulated Gate Bipolar
自動車業界では,地球温暖化防止に対する規制対策をさ
Transistor) が 一 般 的 に 用 い ら れ る。IGBT は,ECU
まざまな形で実現しようとしており,その方策の一つとし
(Electronic Control Unit)からの信号を受けてスイッチン
て,ハイブリッド車による燃費改善(CO2 排出量の削減)
グ動作するが,15 V 系(バッファトランジスタを介した
を進めている。現在主流となっているハイブリッド車の制
駆動の場合は 16.5 V 系)で動作するゲートドライバや保
御方法は,ガソリンエンジンと電気モータの 2 種類の動力
護機能を ECU に持たせると ECU の肥大化につながるた
源を組み合わせ,走行状態に応じて負荷分担を最適化する
め好ましくない。また,ゲートドライバ保護回路などを個
ことにより高効率化するものである。このシステムによる
別部品で構成するとノイズによる誤動作やコストアップな
燃費改善効果は,地球温暖化防止に対する全世界的な関心
どの問題があるため,IGBT の近くに専用 IC を搭載する
の高まりとともに注目度が増し,さらに近年のガソリン価
ことが望ましい。
格の高騰が後押しするように,ハイブリッド車に対する世
本稿では,ガソリンハイブリッド車の電力変換システム
界的な需要が急増している。
に用いられる IGBT 駆動用に開発した IC「Fi007」につい
ガソリンハイブリッドシステムでは,エンジンが発生す
て紹介する。
,
( 1)
( 2)
る動力を電気エネルギーに変換し,バッテリーへの充放
特 徴
電とモータ駆動をするための電力変換システムとして,イ
ンバータ,コンバータを用いている。これらの電力変換シ
.
図
基本性能
Fi007 の回路ブロック図
Fi007 の回路ブロック図を図 1 に,チップ写真を図 2 に
V CC
る( 図 3)
。 図 1 に示す主な機能は以下の五つである。
( 2)
示す。図 2 のチップは SSOP20 パッケージに搭載されてい
出力段回路
ソフト遮断回路
IN
〜
の詳細は
( 5)
OUT
PGND
ゲート電圧
監視回路
AE
過電流検出回路
(2 チャネル)
アラーム
信号
入出力回路
フェイル
ラッチ
回路
電源電圧低下
検出回路
章で述べる。
IGBT プリドライブ(図 1 の出力段回路部)
( 1)
ロジック回路
過熱保護
( 2)
GV
図
OS1
Fi007 のチップ写真
OS2
V CC
OH1
過熱検出回路
(2 チャネル)
OH2
内部基準電圧回路
REF
V OH
GND
西尾 実
山
智幸
半導体デバイスの開発に従事。現
半導体デバイスの開発に従事。現
ディスクリート半導体の組立技術
在,富士電機デバイステクノロ
在,富士電機デバイステクノロ
開発に従事。現在,富士電機デバ
ジー株式会社半導体事業本部自動
ジー株式会社半導体事業本部産業
イステクノロジー株式会社電子デ
車電装事業部電装技術部。
事業部技術部チームリーダー。工
バイス研究所アセンブリ開発部。
学博士。電気学会会員。
406( 28 )
船越 孝章
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」
富士時報 Vol.80 No.6 2007
機能であり,ノイズによる誤動作を防ぐため,しきい値に
電源電圧低下保護
( 4)
ヒステリシスを付けかつ不感帯を設けている。
ソフト遮断
( 5)
〜
の各保護機能は,IGBT のスイッチング時に発生
( 2)
( 4)
は,IGBT のゲート容量を充放電するためのドライブ
( 1)
するノイズによる誤動作を防ぐためにそれぞれ不感帯を
設けている。また,過電流・過熱の両保護機能は二つの
図
IGBT を同時に監視できる仕様であり,どちらか一方が異
Fi007 の外観
常状態になるとドライバ出力をオフし,IGBT の動作を停
止させる。
異常時に保護機能が動作した場合は,アラーム信号を
表
Fi007電気的特性(特記なき項目はV CC=16.5±2 V,
T a=25 ℃)
用 語
記 号
内 容
値
単位
電源特性
電源電流
表
消費電力
Fi007絶対最大定格(特記なき項目はTa =25 ℃)
パラメータ
電源電圧
(駆動系/制御系)
I CCL
ターンオン時電源電流
2
mA
I CCH
ターンオフ時電源電流
2
mA
Pt
20 kHzスイッチング時消費
電力
50
mW
制御信号入力
記 号
条 件
最小値
最大値
単位
V CC
DC
−0.3
20
V
入力ローレベル
しきい値電圧
V INHL
ターンオン入力しきい値電圧
1.5
V
f
ー
ー
20
kHz
入力ハイレベル
しきい値電圧
V INLH
ターンオフ入力しきい値電圧
2.1
V
V INHL − V INLH
0.6
V
入力周波数
AE端子電流
I AEmax
DC
ー
20
mA
IN端子電圧
V INmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
OUT端子電圧
V OUTmax
DC
PGND−0.3
V CC+0.3
V
AE端子電圧
V AEmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
DC
−0.2
0.2
V
PGND-GND間電圧 Vd GNDmax
入力電圧
ヒステリシス
ターンオン遅延
時間
t dLH
ターンオン入力からドライバ
出力オンまでの遅れ時間
1
s
ターンオフ遅延
時間
t dHL
ターンオフ入力からドライバ
出力オフまでの遅れ時間
0.6
s
遅延時間差
Δt d
t dLH − t dHL
0.4
s
VAEIN
外部アラーム入力しきい値電
圧
2
V
VAEHYS
外部アラーム入力しきい値ヒ
ステリシス電圧
0.8
V
外部アラーム入力からソフト
遮断までの遅れ時間
9.5
GV端子電圧
V GVmax
DC
PGND−0.3
V CC+0.3
V
OS1, 2端子電圧
V OSmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
外部アラーム
OH1, 2端子電圧
V OHmax
DC
GND−0.3
V CC+0.3
V
REF端子電圧
V REFmax
DC
GND−0.3
V REF+0.3
V
外部アラーム入力
電圧
REF端子電流
I REFmax
DC
0
150
A
ΔV INLH
ヒステリシス
許容損失
PD
DC
ー
1.563
W
動作周囲温度
Ta
ー
−40
125
℃
アラーム入力遅れ
t dOUTAE
時間
Tj
ー
−40
150
℃
(保護特性)電源電圧低下保護
ー
−40
150
℃
接合部温度
保存温度
表
T STG
リセットヒステリ
シス
Fi007端子説明
端子記号
内 容
V UV
電源電圧低下保護
電源電圧低下検出
・遮断遅れ時間
電源電圧低下検出しきい値
電圧
V UVHYS 電源電圧低下検出しきい値
ヒステリシス電圧
t dAUV
VCC
制御電源
GND
制御回路用グランド
IN
制御信号入力
OUT
ドライバ出力
PGND
ドライバ回路用グランド
GV
シンク切替電圧検知入力
過熱保護検出電圧
AE
アラーム出力/外部アラーム入力
OH1,OH2
過熱検出信号入力
過熱保護検出電圧
VOHHYS
ヒステリシス
REF
過熱検出用基準電圧出力
IGBT過熱検出・
遮断遅れ時間
VOH
過熱検出しきい値電圧モニタ
アラーム出力
OS1,OS2
過電流検出信号入力
アラーム保持時間
電源電圧低下検出からアラー
ム出力までの遅れ時間
s
11.7
V
0.5
V
20
s
(保護特性)過電流保護
過電流検出電圧
VOC
過電流検出しきい値電圧
過電流検出遅れ
時間
t dAOC
過電流検出からアラーム出力
までの遅れ時間
4.3
過熱検出しきい値電圧
1.5
V
過熱検出しきい値ヒステリシ
ス電圧
80
mV
t dAOH
過熱検出からアラーム出力ま
での遅れ時間
600
t ALM
アラーム出力ラッチ時間
1
V
s
(保護特性)過熱保護
VOH
8
s
ms
407( 29 )
特 集
過電流保護
( 3)
富士時報 Vol.80 No.6 2007
ECU に出力し,IC から見た負荷としての IGBT の状態を
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」
図
過熱保護動作タイミングチャート
ECU に伝達することができる。逆に,ECU からシステム
特 集
の異常を示す信号を受け取ることでドライバ出力をオフし,
V in
IGBT の動作を停止させることもできる。
t dLH
V out
.
主要特性
V OH1 ,
V OH2
表 1, 表 2, 表 3 に,Fi007 の 絶 対 最 大 定 格, 端 子 説
V AE
明および代表的な電気的特性を示す。電源電圧定格は,
t dLH
ソフト
遮断
V OH(復帰)
V OH
t dAOH
t ALM
ソフト
遮断
V OH(復帰)
V OH
t dAOH
t ALM
IGBT 駆動に必要な 20 V としている。定格動作周囲温度は,
ECU に対する過酷な条件の一つと考えられる Ta =−40 〜
+125 ℃を保証し,定格接合部温度は,Tj =−40 〜+150
図
過電流保護動作タイミングチャート
℃を保証している。
出力電圧およびアラーム出力は,自動車の起動や停止時
V in
に発生し得るバッテリー電圧変動に対しても,安定した出
ソフト
遮断
V out
(VREF)と温度検出用電流(IOH)は,補正回路により特性
ばらつきを低減している。
V OS1 ,
V OS2
.
t dHL
t dLH
力信号を供給できる。特に精度の要求される内部基準電圧
パッケージ
V OC
V AE
パッケージは, 図 3 に示す SSOP20 を採用した。アウ
t dAOC
t ALM
ターリードのはんだめっきには,鉛フリー対応の SnAg
めっきを用いている。
機 能
.
電源電圧低下保護
ドライバ IC の電源電圧が低下した場合,IGBT はゲー
.
過熱保護
ト電圧不足となり動作損失が急増するため,運転を継続す
IGBT が異常な温度環境にさらされたり,異常動作に
るとチップの温度上昇により素子破壊に至る可能性がある。
よって温度が上がったりした場合,システムの焼損を防
したがって,Fi007 では電源電圧が 11.7 V(代表値)を下
ぐ た め に IGBT の 動 作 を 停 止 さ せ る 必 要 が あ る。Fi007
回ると,IGBT の動作を止める機能を持っている。電源電
は,IGBT チップ上に設置された温度検出用のダイオード
圧低下保護状態は,tALM 期間継続し,VCC が復帰しかつ IC
に IOH を供給し,ダイオードの順方向電圧値(VOH と定義)
の PWM 入力(VIN)がオフに反転した時点で解除される。
を監視して,過熱発生時にドライバ出力をオフにするこ
とで,IGBT の動作を停止させることができる。このとき,
.
ソフト遮断
AE 端子からは ECU へアラーム信号が出力される。過熱
異常発生時に上述の保護機能が働き,出力電流を通常ス
保護に関するタイムチャートを図 4 に示す。過熱保護状態
イッチング時のゲートインピーダンスで遮断すると,配線
は,tALM 期間継続し,過熱保護状態から復帰しかつ IC の
インダクタンスによるサージ電圧が過大に発生し,IGBT
PWM(Pulse Width Modulation)入力(VIN)がオフに反
が過電圧破壊する可能性があるため,高ゲートインピー
転した時点で解除される。
ダンスで緩やかに遮断する必要がある。Fi007 は,過熱
保護・過電流保護・電源電圧低下保護の各機能が働く場
.
過電流保護
合,もしくは,外部からアラーム信号が入力された場合に,
IGBT に過電流が流れた場合,IGBT の焼損を防ぐため
IGBT をソフト遮断するための出力端子電流の切替機能を
に通電電流を遮断する必要がある。Fi007 は,電流をセン
有する。
シングするための小さな IGBT がメインの IGBT に埋め込
パッケージング技術
まれており,そこに流れた電流値を,検出抵抗によって変
換された電圧値として監視し,過電流発生時にドライバ出
力をオフにすることで IGBT の動作を停止させることがで
.
ダイ・アタッチ材の最適化
きる。このとき,AE 端子からは ECU へアラーム信号が
Fi007 は,必要端子数の制約と実装効率(チップサイズ
出力される。過電流保護に関するタイムチャートを図 5 に
と ECU 基板への実装面積の比)の向上との両立を考慮し,
示す。過電流保護状態は,tALM 期間継続し,過電流保護状
チップ占有率を可能な限り大きくすることのできる 20 端
態から復帰しかつ IC の PWM 入力(VIN)がオフに反転し
子の SSOP パッケージを採用した。このチップサイズが
た時点で解除される。
大きな本製品においても,電装市場で求められる温度サイ
408( 30 )
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」
富士時報 Vol.80 No.6 2007
図
ヒートサイクル(−40 ∼+150 ℃)
3,000 サイクル後の Ag ペーストクラック調査結果
図
Au 線 Pd 添加有無の違いによる接続抵抗値変化率と,
175 ℃・2,000 時間放置後の断面写真
Y 方向の断面
Y 方向
接合抵抗値変化率(%)
X 方向
Pd 非添加
1,000
観察箇所
Pd 非添加
100
10
Pd 添加
1
Pd 添加
0.1
0
500
1,000
1,500
2,000
放置時間
(h)
〔175 ℃〕
えた温度環境でもデバイスが破壊もしくは劣化しないこと
クル耐量−40 〜+150 ℃で 500 サイクル,−40 〜+105 ℃
が求められてくるものと思われる。
では 3,000 サイクルを保証するためには,ダイ・アタッチ
Fi007 では,Au 線に Pd(パラジウム)を微量含有させ
材のクラック抑制が課題となる。またアセンブリの観点で
た合金線を導入した。Pd 含有による合金層形成の抑制は
はダイ・アタッチ後のバイメタル効果によるダイパッドの
広く知られているが,含有量が増加すると硬度が高くな
反りをいかに低減するかも重要な課題である。本製品では,
る性質があり,ボンディング時のクレータリング発生な
ダイ・アタッチ材として一般的な Ag(銀)ペーストを採
どのリスクも伴うことになる。そのため,ボンディング
用したが,ダイパッド反りを減らすために,上記温度サ
性と合金層抑制の両面から最適含有量を求めた。その結果,
イクル耐量およびダイパッドの反り量と Ag ペーストの内
175 ℃で 2,000 時間放置しても,Au 線とチップ Al パッド
部応力(線膨張係数α×弾性率 E)の関係を三次元シミュ
との電気的抵抗値の変動は 10 % 以下に抑えることができ
レーションおよび実験により解析し,Ag ペースト厚の最
(図 7)
,かつ安定したボンディング性が確保できた。
適化を図った。また後述する Au(金)線による結線時の
接合性にも着目し,硬化時のアウトガスによる接合面への
あとがき
汚染抑制も配慮し,内部応力とアウトガス量の両面から
材料の最適化を実施した。図 6 に,ヒートサイクル(−40
本稿では,ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi007」に
〜+150 ℃)3,000 サイクル後の Ag ペーストの断面観察結
ついて紹介した。富士電機では,Fi007 以外にも多くの自
果を示す。クラックの進行は確認されず要求仕様を十分満
動車用半導体製品を扱っている。今後も,市場のニーズを
足する高い信頼性を持ったパッケージ開発が実現できた。
的確に把握しながら,システムに適合する高信頼性製品を
提供し,自動車産業の発展に貢献していく所存である。
.
Au 線材料の最適化
Fi007 は,チップ上のワイヤボンディングパッド面積縮
小によるチップサイズ低減を目的として,チップとリード
フレームをつなぐ結線材として Au 線を採用している。
参考文献
山口厚司ほか.中・大容量 R シリーズ IGBT-IPM.富士
( 1)
時報.vol.71, no.2, 1998, p.101-105.
Au 線は,Al(アルミニウム)線と比較すると,電気伝
Kajiwara. T. et al. New Intelligent Power Multi-Chips
( 2)
導率が高い反面,高温状態に長時間さらすとチップの Al
Modules With Junction Temperature Detecting Function.
膜との接合部に合金層が成長し(通称パープルプレーグ)
,
ISPSD. 1998, p.281-284.
( 3)
電気伝導率を下げることがある。一般に,150 ℃を超える
高温環境下ではこの合金層成長が著しく加速される。特に
安 食 恒 雄. 半 導 体 デ バ イ ス の 信 頼 性 技 術. 日 科 技 連.
( 3)
p.130-131.
車載用途では,今後,搭載環境の高温化が進み 150 ℃を超
409( 31 )
特 集
X 方向の断面
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。