富士時報 Vol.81 No.6 2008 伝導性 EMI ノイズのモデリングと低減技術 高久 拓(たかく たく) 特 集 陳 清(ちん そうせい) 五十嵐 征輝(いがらし せいき) まえがき した低圧化の電圧型アクティブフィルタを考案した。 一方,コンピュータ技術やシミュレーション技術の発展 近年,高速電力用半導体素子の発展に伴って,キャリ により,伝導性ノイズについて忠実にモデリングして,高 ヤ周波数が高周波化し,インバータの小型化が進んでいる。 い精度でノイズレベルを予測することが可能になった。こ しかし,高周波スイッチングにより,モータ巻線の浮遊容 れにより,短時間でさまざまな解析やノイズ抑制方法の検 量を介して接地線に流れる高周波漏れ電流や電磁障害が問 討ができる。 , ( 5) ( 4) 題になっている。ノイズの周波数 150 kHz 〜 30 MHz の帯 本稿では,伝導性ノイズのモデリングと,シミュレー 域で問題となる伝導性ノイズの低減の方式としては,主に ションによるノイズ低減技術の解析,さらにノイズ低減効 以下の三つが検討されている。 果の実機による実験試験について紹介する。 ( 1) パッシブ方式:受動部品のみで構成され,共振現象 (a) 伝導性 EMI ノイズのモデリング化 に起因する相電圧や線間のサージ電圧を抑制する。し かし,コイルが小さくできない,モータ中性点が必要 . といった欠点がある。 ( 2) コモンモード漏れ電流の測定 (b) 電流型方式:制御電流源から,逆相の電流を注入し 図 1 にモータ駆動インバータ回路におけるコモンモー て,電源への漏れ電流を相殺する。ロングケーブルの ド漏れ電流の流れる経路を示す。コモンモード漏れ電流 ときに漏れ電流が大になり,アースに対する部品が大 はモータ漏れ電流,モジュール銅ベース漏れ電流,接地 きくなる欠点がある。 コンデンサ漏れ電流および電源(擬似電源回路網:LISN) ( 3) 電圧型方式:制御電圧源から,コモンモード電圧 (c) 漏 れ 電 流 に 分 け ら れ る。 今 回 は 入 力 200 V 15 kW の イ と逆向きの電圧を重畳させ,コモンモード電圧を相 ンバータ装置を模擬して,富士電機の IGBT モジュール 殺する。2 アーム変調でトランスが大きくなる。また, 「IGBT6MBI75U2A-060」を用いたチョッパ回路で漏れ電 フィンの浮遊容量を考慮していないので,電源へのノ 流の測定を行った。負荷は 200 V 2.2 kW のモータを使用 イズを完全に抑制できないといった欠点がある。 した。 パ ッ シ ブ 方 式 と 電 流 型 方 式 は, 伝 導 性 EMI(Electro 表1にコモンモード漏れ電流を測定するための実験条件 Magnetic Interference:電磁障害)フィルタの小型化が と実験装置を示す。表1の環境で 1 回のスイッチングにお 困難である。本研究では電圧型方式に着目し,これを改良 けるコモンモード漏れ電流波形を測定し,各電流波形の共 振周波数から,高周波等価回路を導出する。 図 伝導性 EMI の測定回路のブロック図 三相電源 ダイオード 擬似電源 回路網 (LISN) IGBT,インバータ + 表 モータ 実験条件と実験装置 IGBTモジュール モータ IGBTとモータの間のケーブル ヒートシンク LISN 漏れ電流 接地コンデンサ 漏れ電流 銅ベース 漏れ電流 モータ 漏れ電流 DCリンク電圧 LISN スペクトラムアナライザ 陳 清 高久 拓 6MBI175U2A-060 2.2 kW,200 V 2 mm2,10 m 140 Vまたは280 V 協立電子工業株式会社製KNW-243C 株式会社アドバンテスト製R3261 五十嵐 征輝 伝導性 EMI の研究に従事。現在, パワーエレクトロニクスの研究開 パワーデバイス,パワーエレクト 富士電機デバイステクノロジー株 発に従事。現在,富士電機デバイ ロニクス変換技術の開発設計に従 式会社半導体開発営業本部開発統 ステクノロジー株式会社半導体開 事。現在,富士電機デバイステク 括部モジュール開発部。工学博士。 発営業本部開発統括部モジュール ノロジー株式会社開発統括部モ 電子情報通信学会会員。 開発部。工学博士。電気学会会員。 ジュール開発部マネージャー。工 学博士。電気学会上席会員。 443( 63 ) 富士時報 Vol.81 No.6 2008 伝導性 EMI ノイズのモデリングと低減技術 量は接地コンデンサ Cg とモータの浮遊容量 Cm に分離し . モータ漏れ電流のモデリング て換算する。 流波形を示す。 . 全体回路のモデリング 〈注〉 高周波漏れ電流に対する等価回路は LCR 直列共振回 図 5 に伝導性ノイズをモデル化した PSIM シミュレー 路 で 表 す こ と が で き る。 モ ー タ 漏 れ 電 流 は 5.8 MHz と ション回路を示す。それぞれの回路定数は以下の方法で算 1.1 MHz の減衰振動が重畳した波形であるので,漏れ電流 出する。 は 図 3 に示す二つの LCR 直列共振回路の並列接続と考え 銅ベース浮遊容量:半導体素子と銅ベースの間の浮 (a) る。共振回路の L と C は固有振動角周波数ωn と特性イ 遊容量で,1 素子あたり 200 pF,インバータに 6 素子 ンピーダンス Z0 から次式で決定できる。 分を使用する。 L= Z0 1 ,C= ωn ωn Z0 ……………………………………( 1) (b) ヒートシンクのインダクタンスと抵抗値:銅ベース の漏れ電流の実測波形と銅ベース浮遊容量から算出す R は減衰の包絡曲線から決定する。ただし,高周波の振 動振幅はインバータのコモンモード電圧の時間に大きく影 る。 モ ー タ 等 価 回 路: 実 測 し た モ ー タ 漏 れ 電 流 の 減 (c) 衰 振 動 波 形 を 高 周 波 成 分(5.8 MHz) と 低 周 波成分 響を受けるため,電力線インダクタンスの 100 kHz の測定 (1.1 MHz)に分離し,LCR 直列共振回路から定数を 値 0.53 µH を使用する。 算出する。 図 4 にモータのコモンモード漏れ電流を三相等価回路に ( 4) 置き換えた回路を示す。単相等価回路での低周波成分のイ 接地コンデンサ:使用したコンデンサ容量を単相等 (d) 価回路に換算する。 ンダクタンスと抵抗値を三相等価回路に置き換える際に, それぞれの値を 3 倍にする。三相等価回路での高周波成 LISN:三相を単相等価回路に換算する。 (e) 分のインダクタンスは,接地線のインダクタンスも考慮し, 単相インダクタンスの 3/4 とする。また,各コンデンサ容 〈注〉PSIM:マイウェイ技研株式会社のパワエレ・モータ制御用シ ミュレーションツール 図 実測漏れ電流波形(DC リンク電圧 140 V) 図 1.0 s −0.5 モータのコモンモード漏れ電流の三相等価回路 LISN 0 −0.67 A − 0.63 A 0.4 H 20 H 0.4 H 20 H 0.4 H 20 H 47 V 150 ns 0.4 電流(A) 特 集 図 2 に DC リンク電圧を 140 V とし,実測した各漏れ電 0.2 銅ベース 7.5 MHz 3.525 nF 0 Cg −0.2 0.8 nF −0.27 A 5Ω 5Ω 5 nF 5Ω 5 nF 5 nF 500Ω 500Ω 500Ω 0.4 H 0.42 A 0.4 0.8 nF 0.8 nF モータ 0.2 0 図 3.1 MHz −0.2 0 4 8 PSIM シミュレーションモデル(チョッパ回路) (a) 2Ω 時間( s) 200 pF 図 200 pF (b) 0.5 H (c) 0.3 nF モータのコモンモード漏れ電流等価回路 140 V 0.53 H 6.67 H 1.43 nF 2.85 nF 1.67Ω 167Ω (d) Cg l_cg 14.1 nF 4.7 nF A VP_lisn 47 V 150 ns 0.75 F (e) 16.6 H 24 F V 16.6Ω 1.66Ω 83.3 H 高周波 444( 64 ) 低周波 A 0.4 H 20 H 0.4 H 20 H 0.4 H 20 H I_cu 0.4 H l_motor A 2 H A I_lisn 0.8 nF 5Ω 5 nF 500Ω 伝導性 EMI ノイズのモデリングと低減技術 富士時報 Vol.81 No.6 2008 図 シミュレーション漏れ電流波形(DC リンク電圧 140 V) 三相電源 LISN 0 提案する低電圧化 ACC 方式 ダイオード 擬似電源 回路網 (LISN) −0.5 + IGBT,インバータ モータ −0.75 A 電流(A) 0.4 0.2 低圧化 ACC 銅ベース 8.0 MHz ヒートシンク 0 −0.2 −0.22 A に注入し,これを相殺することで,モータ側で発生する漏 1 0.72 A 0.5 モータ れ電流が除去できる。しかし,インバータと擬似電源の間 でのコモンモード電圧がキャンセルされていないので,電 0 源,モジュール銅ベースおよび接地コンデンサへの漏れ 5.2 MHz −0.5 0 4 電流が発生しており,これらの漏れ電流の補償ができない。 8 また,逆極性の電圧を発生する制御電圧源の駆動電源はイ 時間( s) ンバータ側から供給しているので,高耐圧用のトランジス タが必要になるという欠点があった。 図 ACC 回路構成 IGBT,インバータ 三相電源 ダイオード . ACC 低電圧化電圧型アクティブフィルタ インバータの 1 相がスイッチングした場合には,イン + モータ バータが出力するコモンモード電圧は DC リンク電圧 Edc の 1/3 の大きさでステップ状に変化する。インバータの浮 遊容量はモータの浮遊容量に比べて非常に小さいので,コ モンモード等価回路は,接地コンデンサ Cg とモータの浮 遊容量 Cm の直列回路とみなすことができる。したがって, スイッチングによって接地コンデンサに生じる電圧変動 の大きさは,Ed/3 を Cg と Cm で分圧した値となる。LISN の漏れ電流を抑制することに限定すれば,補償すべき電 図 6 に DC リンク電圧を 140 V とした PSIM による各漏 圧を小さくでき,低耐圧用の能動素子で逆極性を発生す れ電流のシミュレーション波形を示す。図 2 に示す実測し る ACC を構成できる。提案する低電圧化した ACC 回路 た LISN 漏れ電流のピーク値は−0.67 A に対して,シミュ 構成を図 8 に示す。コモンモードトランスを LISN とイン レーションによる LISN 漏れ電流のピーク値は−0.75 A で バータの間に挿入する。接地コンデンサでのコモンモード ある。また,銅ベース漏れ電流とモータ漏れ電流それぞれ 電圧変動を検出し,これと逆極性の電圧をコモンモードト の周波数とピーク値も,実測値とシミュレーション値はほ ランスに発生させる。これにより電源側への漏れ電流を原 ぼ一致している。以上のことから,伝導性 EMI ノイズを 理的には完全に抑制することができる。さらに,ACC 回 モデル化でき,シミュレーションによる解析が可能となっ 路が出力する電圧は,接地コンデンサとモータの浮遊容量 た。 で分圧された電圧で済むため,従来の ACC 回路に比べ低 圧の部品で回路を構成できる。一般的に低圧の部品は高周 ノイズ低減技術および効果 波特性が優れているので,より高周波の補償ができる。ま た安価であるため,ノイズフィルタを低価格に構成できる。 . 電圧型アクティブコモンモードキャンセラ パッシブ方式のインバータ内蔵フィルタの容積はイン バータ全体の約 30 % を占めている。インバータの容積を さらに補償する電圧が小さくできるので,トランスが飽和 しにくくなり,コモンモードトランスの小型化も可能であ る。 さらに小さくするため,フィルタの小型化が必要である。 本研究では,EMI フィルタを小型化し,インバータに内 蔵するため,低電圧化したアクティブフィルタを考案した。 図 7 に示すアクティブコモンモードキャンセラ(ACC) ( 3) . 実証実験 低電圧化した ACC 回路を製作し,表1に示す回路パラ メータを適用したチョッパ回路に組み合わせたときの各漏 は,小笠原らによって考案された方式である。この方式は, れ電流の実測波形を図 9 に示す。LISN 漏れ電流のピーク スイッチングによって発生するコモンモード電圧変動と大 値は図 2 の対策なしの場合に比べると約 1/4 に減少した。 きさが等しい逆極性の電圧をインバータ出力とモータの間 なお,銅ベースやモータの漏れ電流については,ACC 445( 65 ) 特 集 0.7 s 図 富士時報 Vol.81 No.6 2008 図 伝導性 EMI ノイズのモデリングと低減技術 ACC を付けた実測漏れ電流波形(DC リンク電圧 140 V) 図 ACC の有無による実測雑音端子電圧 (DC リンク電圧 280 V) −0.5 電流(A) 0.4 0.27 A 0.2 銅ベース 0 −0.2 8.4 MHz 1 モータ 0.5 0 −0.5 100 −0.17 A 雑音端子電圧(dB V) 特 集 LISN 0 ACC なし 90 IEC61800 Cat.3 80 10 dB 70 60 17 dB ACC 付き 50 40 0.15 0.3 1 3 周波数(MHz) 10 30 −0.23 A 0 4 8 時間( s) 下の周波数領域においてコモンモード電圧が大幅に低減 しており,150 kHz において 10 dB 減,300 kHz において 17 dB 減となった。3 MHz 以上の高周波領域ではノイズ低 図 減効果はあまりなかった。これは,この方式が能動素子で ACC を付けたシミュレーション波形 (DC リンク電圧 140 V) あるトランジスタや演算増幅器を使用しているため,高周 波応答の限界から高周波領域の雑音端子電圧が低減しきれ LISN 0 −0.18 A −0.5 電流(A) 0.4 0.23 A 0.2 銅ベース 0 ていないことが原因と考えられる。 あとがき 本稿では,伝導性 EMI ノイズのモデリングと,低電圧 化アクティブコモンモードフィルタによる低減技術につい て紹介した。低電圧化した ACC 回路を提案し,この回路 −0.2 7.9 MHz において電源へのコモンモードノイズを大幅に低減する 1 ことが分かった。また,提案する回路構成は従来のノイズ モータ 0.5 フィルタよりも低コストで小型化が可能である。今後は ACC 回路の IC 化,製品化に向けて検討する所存である。 0 −0.5 −0.28 A 0 4 8 時間( s) 参考文献 Akagi, H. et al. Design and performance of a passive EMI ( 1) filter for use with a voltage-source PWM inverter having sinusoidal output voltage and zero common-mode voltage. の有無で大きな差はみられない。これは,提案する方式で IEEE Transactions on Power Electronics. vol.19, no.4, 2004, は電源への漏れ電流を低減することにのみ着目しているた p.1069-1076. めである。また,同じ条件でのシミュレーション波形を図 に示す。シミュレーションの結果は実測データとほぼ同 じ傾向を示しており,モデル化したシミュレーション回路 提案する ACC の有無による雑音端子電圧スペクトルの に示す。DC リンク電圧は 280 V として測 定を行った。今回の実験はインバータを模擬したチョッ パ回路実験なので,雑音端子電圧は実際のインバータの場 合より低くなっている。図 補償回路.平成 8 年電気学会全国大会.no.852, 1996. 小笠原悟司ほか.電圧形 PWM インバータが発生するコ ( 3) モンモード電圧のアクティブキャンセレーション.電学論 D. の有効性を確認できた。 実測結果を図 小形秋弘,高橋勲.インバータ負荷のアクティブ漏れ電流 ( 2) vol.117, no.5, 1997, p.565-571. 青木正志ほか.PWM インバータが発生する伝導性 EMI ( 4) の周波数解析.SPC-07-17. p.37-42. Ogasawara, S.; Akagi, H. Modeling and damping of high( 5) において,ACC なしはフィ frequency leakage currents in PWM inverter-fed AC motor ルタなし,ACC 付きは低電圧化 ACC を挿入したときの drive systems. IEEE. vol.32, no.5, Sep/Oct 1996, p.1105-1114. 雑音端子電圧を示している。本提案方式では,3 MHz 以 446( 66 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。