富士時報 Vol.82 No.6 2009 3.3 kV IGBT モジュール 特 集 3.3 kV IGBT Modules 古閑 丈晴 Takeharu Koga 有田 康彦 Yasuhiko Arita 小林 孝敏 Takatoshi Kobayashi 産業用インバータや車両インバータなどの市場ニーズに応えるため,3.3 kV 耐圧,1.2 kA 電流定格の大容量 IGBT モ ジュールを開発してきた。今回,パッケージに IGBT ハイパワーモジュールの技術を適用したモジュールを開発した。改 良前に比べ,内部インダクタンスを 33 % 低減し,絶縁基板間の電流均一化も良好である。このモジュールで,パワーサイ クル試験を実施し,十分な耐量を持つことを確認した。また,製品ラインアップとして,3.3 kV-1.5 kA および 3.3 kV- 0.8 kA IGBT モジュールを開発中である。 Fuji Electric has developed a 3.3 kV-1.2 kA IGBT module in response to market needs for inverters suitable for industrial and vehicle applications. The package of the newly developed module incorporates IGBT high-power module technology. Compared to previous modules, internal inductance has been reduced by 33 % and the current flow to chips on each isolation substrates shows good uniformity. Power cycle tests were implemented with this module, and sufficient durability was verified. 3.3 kV-1.5 kA and 3.3 kV-0.8 kA IGBT modules are also being developed to expand the product lineup. 1 まえがき 放熱特性の向上,かつ耐環境性能を大幅に改善した IGBT ⑵ ハイパワーモジュールを新たに開発し,製品展開している。 IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュール は,その低損失性,駆動回路の容易さ,高破壊耐量から広 このモジュールのパッケージは,低インダクタンスで,電 流バランスに優れている。 今回開発した 3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールには,こ く普及している。高耐圧・大容量分野においても,これま で広く適用されてきた GTO(Gate Turn-Off)サイリスタ から IGBT モジュールへ置き換えられてきており,大容量 のパッケージ技術を適用した。3.3 kV IGBT モジュールは, 産業用途のみならず,車両用途へも適用できる仕様として インバータや高圧インバータ装置などに広く応用されてい る。特に近年の地球温暖化防止のため,新エネルギー(風 図₁ 3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールの外観 力・太陽光発電)の市場が急速に伸びており,この分野 で適用されるインバータ装置の大容量化が進み,大容量 IGBT モジュールのニーズは大いに拡大している。 富士電機では,これまで大容量分野への適用を狙った IGBT ハイパワーモジュールを製品展開してきた。2007 年 には,それまでの 1.2 kV および 1.7 kV 耐圧の IGBT ハイ パワーモジュールのチップおよびパッケージ設計・製造技 190 mm 術を 3.3 kV 耐圧まで発展させて,性能に優れた 3.3 kV 耐 140 mm ⑴ 圧,1.2 kA 電流定格の大容量 IGBT モジュールを開発した。 2008 年には,1.2 kV および 1.7 kV 耐圧において,低損失化, 表₁ 3.3 kV IGBT モジュールの目標仕様(1.5 kA,0.8 kA は開発中) 項 目 記 号 1MBI1200UE-330 1MBI1500UE-330 1MBI800UG-330 単 位 コレクタ電流 IC 1,200 1,500 800 A パッケージサイズ − 190×140 190×140 130×140 mm V CE(sat) 3.15 V(標準値) (150 ℃,1,200 A のとき) 3.15 V(標準値) (150 ℃,1,500 A のとき) 3.15 V(標準値) (150 ℃,800 A のとき) V VF 2.75 V(標準値) (150 ℃,1,200 A のとき) 2.75 V(標準値) (150 ℃,1,500 A のとき) 2.75 V(標準値) (150 ℃,800 A のとき) V 8.5 8.0 13.0 K/kW 17.0 15.0 25.0 K/kW 6.0 6.0 6.0 kV コレクタ−エミッタ間 飽和電圧(補助端子) 順電圧(補助端子) 熱抵抗 絶縁耐圧 IGBT FWD R th(j-c) V iso 371( 15 ) 富士時報 Vol.82 No.6 2009 3.3 kV IGBT モジュール いる。本稿では,最新の 3.3 kV IGBT モジュールの概要, リア注入を調整することで,十分な短絡耐量を確保できる 性能について紹介する。 ようにした。 2 3.3 kV IGBT モジュールの仕様 FWD チップは,①低損失化,②低電流時の逆回復によ る振動やサージ電圧の抑制,を考慮して,ウェーハ結晶の 図₁ に 3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールの外観を示す。 最適化を図り,深いコレクタ側 n+層濃度プロファイルと 190 mm×140 mm のパッケージで,他社モジュールとの した。また,高い逆回復耐量(高 di/dt 耐量)を持たせる 互換性を持っている。表₁に,3.3 kV モジュールの目標仕 ため,カソード側は活性部エッジ領域への電流集中を抑制 様を示す。 した構造とした。 3 電気的特性 ₃.₂ V CE(sat)- I C 特性および V F - I F 特性 図₂に VCE(sat)-IC 特性を示す。富士電機の低耐圧クラス ₃.₁ IGBT および FWD の特長 のトレンチ IGBT 同様,正の温度特性が得られている。並 列接続時の電流アンバランスが緩和され,大電流化に必要 ⑴ IGBT チップの特長 IGBT チップは,飽和電圧 VCE(sat) ターンオフ損失 Eoff - な並列接続適用が容易になる。 トレードオフに優れたトレンチ構造とフィールドストッ 図₃ に VF-IF 特性を示す。FWD の順電圧も定格の半分 プ(FS)構造「U シリーズ IGBT」を適用し,3.3 kV 用に の電流以上で正の温度特性を持っており,並列接続が容易 セルピッチなどを最適化して低損失化を図った。また,大 になる。 容量分野においては,高信頼性のため IGBT チップが高 いスイッチング破壊耐量〔広い逆バイアス安全動作領域 ₃.₃ スイッチング特性 (RBSOA)や短絡耐量〕を持つことは必須である。広い 図₄にターンオンとターンオフおよび逆回復スイッチン RBSOA を持たせるため,チップの活性部エッジ領域での グ波形を示す。ノイズがなく,大きなサージ電圧も発生し 電流集中を抑制した構造とした。また,コレクタ側のキャ ておらず,問題ない波形である。 図₂ V CE(sat)- I C 特性 4 パッケージ構造 3,000 大容量インバータ装置に使用される大容量モジュールに は,高信頼性,高放熱能力(低熱抵抗)が求められる。ま コレクタ電流 I (A) C 2,500 T j =25 ℃ た大電流化のために,モジュール内のチップ間の電流アン 2,000 バランス低減やパッケージ内の発熱低減が重要である。 T j =150 ℃ 1,500 ₄.₁ パッケージ内部の概略構造 1,000 図₅に 3.3 kV IGBT モジュール内部の概略構造を示す。 500 0 3.3 kV モジュールでは,絶縁基板の放熱能力向上のため, 0 1 2 3 4 5 6 図₄ スイッチング波形 飽和電圧 (V) V CE(sat) (V CC = 1,800 V,I C = 1,200 A,T j = 150 ℃) 図₃ V F - I F 特性 0V 3,000 0V V GE V CE 2,500 順電流 I F(A) 特 集 ⑵ FWD(Free Wheeling Diode)チップの特長 ターンオン波形 1,500 T j =150 ℃ 500 1 2 3 順電圧 V F(V) 372( 16 ) 4 ターンオフ波形 V CE I C ,I F V GE t 0V 0A 0 V CE V AK( ) V CE 1,000 0 IC 0V 0A 0V 0A T j =25 ℃ 2,000 IC V GE 5 IF 逆回復波形 :500 V/div :500 A/div :20 V/div :1 s/div 富士時報 Vol.82 No.6 2009 3.3 kV IGBT モジュール 図₅ 3.3 kV IGBT モジュールの内部の概略構造 図₇ 絶縁基板間の電流分担測定結果 シリコーンゲル はんだ層 コレクタ端子 絶縁基板 2 ワイヤボンディング チップ はんだ層 メタル層 AlN 基板(絶縁基板) メタル層 はんだ層 AlSiC ベース 特 集 エミッタ端子 端子 絶縁基板 1 上 のチップの電流 絶縁基板 2 上 のチップの電流 絶縁基板 1 絶縁基板 図₆ 改良前と改良後の主端子部 ベース (a)改良前 3.3kV 1.2 kA IGBT モジュール ※ 絶縁基板上にチップが配置される。 インダクタンス ≒20 nH (1 端子当たり) インダクタンス ≒30 nH (1 端子当たり) 絶縁基板 1 上の チップの電流 絶縁基板 2 上の チップの電流 (b)改良後 V CE:500 V/div I C :100 A/div t :5 s/div 低耐圧モジュールで一般に採用されているアルミナや窒化 けい素より熱伝導率が 2.5 〜 8 倍高い AlN 基板を採用した。 その結果,表 1 に示す低熱抵抗を実現した。 ベース材料は,低耐圧モジュールでは一般に銅(Cu) ベースが採用されている。3.3 kV IGBT モジュールでは, ⑵ 絶縁基板間の電流アンバランス低減 高い信頼性を確保するために,AlSiC ベースを採用した。 絶縁基板はモジュールの主端子配置から,エミッタ端子 AlSiC は Al と SiC の複合材料であり,熱膨張率が AlN 基 直下に位置するものとコレクタ端子直下に位置するものと 板に近いため,Cu ベースに比べ,ヒートサイクル寿命や に分かれ,それらを最短配線で並列接続しているので,絶 パワーサイクル寿命が数倍向上する。 縁基板間で電流の不均一が生じやすい構造である。エミッ タ端子およびコレクタ端子内部の電流経路を分析し,均等 ₄.₂ 主端子構造の改良 主端子の設計では,次の 3 点が重要である。 電流になるように設計した。 図₇に絶縁基板間の電流分担を測定した波形を示す。測 ⒜ 内部インダクタンスの低減 定の結果,絶縁基板間の電流分担は良好であった。 ⒝ 絶縁基板間の電流アンバランス低減 ⑶ 絶縁基板への接続部の応力緩和 ⒞ 絶縁基板への接続部の応力緩和(ヒートサイクルや パワーサイクルの寿命向上につながる) 今回,主端子を IGBT ハイパワーモジュールと共通の最 新構造に変更した。図₆に改良前と改良後の主端子部を示 絶縁基板への接続部の応力緩和のため,主端子部材は熱 処理の最適化により軟らかくしている。また,主端子は端 子ケースと一体成形し,主端子への応力発生を抑制してい る。 す。 ⑴ 内部インダクタンスの低減 5 パワーサイクル耐量の確保 主端子の足の長さを最短にするとともに,コレクタ用の 足とエミッタ用の足の通電部分を上下に配線し,磁界の相 高耐圧モジュールは,その用途から高信頼性が要求され 互作用を積極的に活用することで配線インダクタンスを低 る。市場が重要視する信頼性には,パワーサイクル耐量が 減させた。 ある。パワーサイクル試験(断続通電試験)は,IGBT モ 測定の結果,内部インダクタンスを従来端子の 30 nH か ジュールを放熱フィンに固定した状態で通電・遮断の電気 ら 20 nH へ低減した。内部インダクタンス L は,スイッ 的負荷を与え,IGBT チップの接合温度 Tj を上昇・下降 チング時の電流変化 di/dt により,端子接続部とチップ間 させることにより熱ストレスを発生させ,熱ストレスで破 に,ΔV = L・di/dt の電圧が発生するので,内部インダク 壊するまで行う。パワーサイクル試験には,接合温度を比 タンス低減はチップへの過電圧低減となる。 較的短時間の周期で上昇・下降させる ΔTj パワーサイク 373( 17 ) 富士時報 Vol.82 No.6 2009 3.3 kV IGBT モジュール 図₈ ΔT j パワーサイクル試験結果 上の ΔTc パワーサイクル耐量を持つ。 特 集 109 6 製品ラインアップ 10 8 現在,3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールと同じパッケー ジ 外 形(190 mm×140 mm) で, 搭 載 す る IGBT お よ び 10 寿命(サイクル) 7 FWD のチップサイズを大きくした 3.3 kV 1.5 kA IGBT モ 106 ジュールと,130 mm×140 mm パッケージ外形の 3.3 kV 2 s オン /18 s オフ 10 5 ΔT j 800 A IGBT モジュールも開発中である。各 3.3 kV IGBT モジュールの目標仕様は表₁に示した。 Tj 104 Tc 2s 18 s F( t )=1% ライン 103 102 10 50 100 200 ΔT (K) j 7 あとがき 今回,パッケージに IGBT ハイパワーモジュールを適用 した 3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールを開発した。改良前 に比べ,内部インダクタンスを 33 % 低減し,絶縁基板間 の電流均一化も良好である。このモジュールでパワーサ 図₉ ΔT c パワーサイクル試験結果 イクル試験を実施し,十分な耐量を持つことを確認した。 3.3 kV 1.2 kA IGBT モジュールは,2010 年製品化の予定 107 である。 寿命(サイクル) 106 参考文献 2 万サイクル以上 (破壊なし) 10 5 ⑴ 古 閑 丈 晴 ほ か. 3.3 kV IGBTモ ジ ュ ー ル. 富 士 時 報. 2007, vol.80, no.6, p.397-401. 104 Al2O3 基板と Cu ベースのモジュール F( t) 寿命( =20% のとき) 103 3.3 kV 1.2 kA (AIN 基板と AISiC ベース) 10 2 10 50 ⑵ 西 村 孝 司 ほ か. IGBTハ イ パ ワ ー モ ジ ュ ー ル. 富 士 時 報. 2008, vol.81, no.6, p.390-394. ⑶ Morozumi, A. et al. Reliability of Power Cycling for IGBT 100 200 ΔT (K) c Power Semiconductor Module. Conf. Rec. IEEE Ind. Appl. Cof. 36th. 2001, p.1912-1918. ル試験と,長時間の周期でケース温度 Tc を所定の温度ま 古閑 丈晴 で上下させる ΔTc パワーサイクル試験がある。 パワー半導体デバイスの開発・設計に従事。現在, 富士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導 ₅.₁ ΔT j パワーサイクル評価結果 体統括部モジュール開発部。電気学会会員。 富士電機では,IGBT モジュールにおけるパワーサイク ル試験後のモジュール解析から,ΔTj パワーサイクル耐量 はチップ下のはんだとアルミニウムワイヤ接合部の寿命で ⑶ 決まることを確認している。 図₈ に 3.3 kV モジュールの ΔTj パワーサイクル試験結 果を示す。3.3 kV モジュールは,1.2 kV および 1.7 kV 耐 有田 康彦 パワー半導体デバイスの開発・設計に従事。現在, 富士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導 体統括部モジュール開発部。 圧の IGBT ハイパワーモジュールと同様に,チップ下はん だに高剛性材料の Sn-Ag はんだを適用し,また絶縁基板 間電流を均等化したことにより,1.2 kV および 1.7 kV 耐 小林 孝敏 圧の IGBT ハイパワーモジュールと同等の ΔTj パワーサ IGBT モジュールの構造開発・設計に従事。現在, イクル試験結果を確認した。 富士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導 ₅.₂ ΔT c パワーサイクル試験結果 図₉ に示すように ΔTc = 80 K の条件で,2 万サイクル 以上の実力を確認した。3.3 kV モジュールは,AlSiC ベー スを適用しているので,Cu ベースの場合に対して 3 倍以 374( 18 ) 体統括部パッケージ設計・実装技術部。 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。