静電気保護回路設計手法の開発

静電気保護回路設計手法の開発
馬場 俊祐 黒田 俊一
市川 憲治 加藤 且宏
半導体製造プロセスの微細化に伴い、LSIの静電気放電
素子の構造設計
(ESD:Electro-Static Discharge)対策はますます重要
になっている。LSIやICなどの半導体デバイスには通常、
ESDにより発生した高電圧パルス(ESDサージ)から内部
TDR−TLP測定
過渡応答特性評価
TEGの試作・評価
回路を保護するESD保護回路が組み込まれている。
LSIのコストはチップ面積に比例するため、面積の小さ
TCADモデル
キャリブレーション
いESD保護回路が必要となるが、微細化に伴うMOSFET
TDR−TLP法の回路
シミュレーションによる
等価回路モデル
検証
のゲート酸化膜の薄膜化はESD耐性を弱める。そのため
ESD保護回路の単純な縮小化は難しい。保護回路を小さ
等価回路モデル
作成
くするには、ESDサージを回路のネットワークを利用し
て逃がす必要があり、LSIの設計段階でESD保護回路を含
図1 ESD保護素子のモデル化手法
めた回路方式の検討が必要となる。
また従来、ESD保護回路の耐性評価は、LSIの商品開発
正する必要がある。そこで、寸法、構造に水準を持たせ
工程の下流において、実チップを用いて実施されている。
た評価素子を試作し、その特性より物理モデルを補正
ESD保護耐圧の未達による開発手戻りは、開発コストの
する2)4)。
増大および、開発遅れによる機会損失の原因となる。上
また、回路シミュレーションによりTDR-TLP法を再現
流工程の設計段階でESD耐性の検証ができればLSIの開発
し、TCADより決定した等価回路モデルを検証する方法
リスクを低減させることができる。
を 開 発 し た 。 こ こ で 、 TDR-TLP( Time Domain
以上の背景のもとに、LSIの回路設計段階においてESD
Refraction Transmission Line Pulsing)
法とは、同軸
保護回路を高精度に設計・検証するための回路モデルの
ケーブルに蓄えた電荷を矩形波として対象素子に印加し、
構築手法を開発した。本稿では、その考え方を述べると
その反射波より対象素子のインピーダンスを測定する方
ともに適用事例を紹介する。
法である3)。TDR-TLP法を再現することで、寄生素子の
回路モデルを正確に構築できる。
ESD保護素子のモデル化手法
ESDによる素子のブレークダウン現象を回路シミュレー
ションで再現するには、素子内部の寄生素子を等価回路
図2に、TDR-TLP法より決定した回路モデルを用いて
10.0
寄生素子あり
として表現し、その回路定数を決定する必要がある。
さ方向に3次元的な広がりを持つため、素子構造に応じた
等価回路モデルを構築する必要がある。そこで半導体プ
ロセス・デバイスシミュレーション
(TCAD:Technology
Computer Aided Design)
結果から素子の等価回路モデ
ルを構築した1)2)3)4)5)6)。開発した手法の構成を図1に
ドレイン電流(A)
しかし、シリコン上に形成される素子の電流分布は深
6.0
ゲート
4.0
ソース
2.0
示す。TCADを用いることで、素子内部に流れる電流分
布を把握でき、その結果から回路シミュレーションに必
要な等価回路モデルを構築できる。ただし、TCADの予
測精度を高めるには、シミュレータ内の物理モデルを補
90
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寄生素子なし
8.0
0.0
0.0
スナップ
バック
ドレイン
サブストレート
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
ドレイン電圧(V)
図2 ESD保護素子のスナップバック特性
6.0
シミュレーションした保護トランジスタの電流-電圧特性
VDD
を示す。MOSFETの寄生素子を考慮することで、ブレー
内部回路
クダウン現象として現れるスナップバック特性を高精度
出力端子
入力端子
に表現できる。
ESD保護回路の最適化設計
GGnMOS-Tr
(Gate Grounded n型MOSFET 保護ト
ランジスタ)は、MOSEFTのスナップバック動作を利用
GGnMOS-Tr
GND
し、印加されたHBMサージをグランドに放出する保護回
配線抵抗
路として利用されている。しかし、MOSFETがブレーク
図4 解析対象とした回路
ダウンする時間より短いCDMサージが印加されると、保
護素子として機能せず、内部回路を破壊することが知ら
6)
れている 。
成したGGnMOS-Trに、HBMおよびCDMサージを印加
した場合の回路シミュレーションによる解析結果を述べ、
ここで、HBM
(Human Body Model)
は、放電する静
電気帯電物体がデバイスを取り扱う人体である場合のESD
CDMサージに対する対応策について考察する。
図4に、GGnMOS-Trで構成される保護回路とイン
モデルである。図3(A)にHBMの放電波形を示す。また、
バータ1段の内部回路で構成される、解析対象とした回路
CDM
(Charged Device Model)
はデバイスが直接または
図を示す。この回路図の入力端子より、図3(A)のHBM
間接的に静電気帯電し、静電誘導した端子から外部導体
サージを印加した場合の回路シミュレーション結果を図5
への静電気放電によりデバイスが損傷するESDモデルの
(A)∼図5(C)に示す。図5(A)に示すように、入力端子に
総称である。CDMの放電波形を図3(B)に示す。CDMは
加わったHBMサージはGGnMOS-Trの働きによりGND
HBMに比べると放電時間が非常に短い特性をもつ。
側に放出され、内部回路のゲート電極に印加される電圧
ここでは以下に、決定した等価回路モデルを用いて構
は酸化膜の絶縁耐圧以下に減衰し、保護回路として有効
に機能することがわかる。ここで、GGnMOS-Trがスナッ
プバックを起すまでの電流の時間変化を図5
(B)
、電極の
2500
電位の時間変化を図5
(C)
に示す。HBMサージが入力端子
(A)HBM(Human Body Model)
放電波形
2000
に印加されると、最初にGGnMOS-Trを構成する寄生素
電圧(V)
子に過渡的な電流①が流れ、ゲート電極の電位④を上昇
1500
させる。次に、0.1nsec程度経過するとMOSFETのチャ
ネル部に電流②が流れ始める。チャネル電流はMOSFET
1000
のドレイン近傍で衝突イオン化現象を引き起こし、発生
500
した衝突イオン化電流がサブストレートに流れ、サブス
0
−50
トレートの電位⑤を上昇させる。これは寄生バイポーラ
0
50
100
150
200
250
300
時間(nsec)
ブストレート電位⑤が0.6Vを越えると寄生バイポーラが
20
オンし、寄生バイポーラ電流③が流れ、HBMサージを
(B)CDM(Charged Device Model)
放電波形
15
電流(A)
のベース電位に相当するため、1nsec程度経過後に、サ
GNDへ逃がす。また、それに伴い、GGnMOS-Trのドレ
イン電極の電圧⑥が下がり、内部回路のゲート電極に印
10
加される電圧は、HBMサージが印加された瞬間に上昇す
5
るが、寄生バイポーラがオンすることで下がり、
GGnMOS-TrがESD保護回路として機能する様子がわ
0
かる。
−5
−10
次に、図4の回路の入力端子に、図3( B)に示すCDM
0
0.5
1
1.5
2
時間(nsec)
図3 ESDモデルの放電波形
2.5
3
サージを印加した場合の、GGnMOS-Tr内の電流・電圧
の時間変化を図6
(A)
に示す。CDMサージが入力端子に印
加されると、まずGGnMOS-Trを構成する寄生素子に過
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5.0
(A)内部回路のゲート電極に
印加される電圧
4.0
3.0
0
−5
1.0
−10
0
50
100
150
200
250
300
(A)保護トランジスタの
各部の電流と電位
⑦寄生素子に流れる電流
5
2.0
0.0
−50
⑧MOSFETの
チャネルに
流れる電流
10
電流(A)
電圧(V)
3
15
2
⑨寄生バイポーラに流れる電流
1
電圧(V)
6.0
⑩サブストレートの電位
0
−15 0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
時間(nsec)
時間(nsec)
1.E+01
(B)保護トランジスタの各部に流れる電流
8
1.E-01
①
寄生素子に
流れる電流
1.E-03
0.01
0.1
1
10
100
4
2
②MOSFETの
チャネルに
流れる電流
1.E-02
(B)内部回路へ印加される電圧
6
③寄生バイポーラ
に流れる電流
電圧(V)
電流(A)
1.E+00
0
1000
−1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
時間(nsec)
時間(nsec)
図6 CDMサージ印加時のトランジスタの内部状態
1.E+01
⑥ドレイン
電圧(V)
1.E+00
VDD
⑤サブストレート
入力端子
1.E-01
(C)保護トランジスタの電極の電位
GGnMOS-Tr
保護抵抗
出力
端子
GGnMOS-Tr.add
1.E-02
内部回路
④ゲート
1.E-03
0.01
0.1
1
10
100
1000
GND
時間(nsec)
図5 HBMサージ印加時のトランジスタの内部状態
配線抵抗
図7 CDMサージに対する改善策を施した回路
渡的な電流⑦が流れ、次にGGnMOS-TrのMOSEFETが
92
オンしてチャネルに電流⑧を流す。ここで、衝突イオン
レークダウンする時間より短いサージが印加されると、保
化電流が同時にサブストレートの電位⑩を上昇させ、
護素子として機能せず、内部回路を破壊する様子をシミュ
∼0.3nsで寄生バイポーラがオンし始めるが、その時には
レーションで確認することができた。
CDMサージの印加が終わる。そのため、寄生バイポーラ
GGnMOS-Trを用いる場合のCDMサージに対する対応
が機能せずにサージの印加が終了する。印加されたCDM
策として、図7に示す回路構成が有効である6)。図6
(A)
の
サージはMOSFETのチャネル電流⑧だけでは十分に逃が
寄生素子に流れる電流⑦の時間変化をみてわかるとおり、
すことができないため、内部回路のゲート電極に流れ込む。
サージが加わると寄生素子の容量成分に過渡電流が流れる。
その結果、図6
(B)
に示すように、内部回路のゲート電
そこで、この特性を利用して内部回路の前段に保護抵抗
圧はCDMサージの波形に対応して高電圧(8V程度)に達
を配置し、保護抵抗と内部回路の間にGGnMOS-Tr.add
し、内部回路のゲート酸化膜が破壊する。MOSFETがブ
を追加挿入することでローパスフィルタ回路を形成する
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設計手法として、今後の展開が期待される。
0.15
◆◆
電流(A),電圧(V)
(A)GGnMOS-Tr.addに流れる電流と電位
0.1
■参考文献
0.05
⑫サブストレートの電位
0
⑪
寄生素子に
流れる電流
−0.05
−0.1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
時間(nsec)
(B)内部回路に印加される電圧
8.0
電圧(V)
6.0
⑬改良前(図4の保護回路)
4.0
⑭改良後(図7の保護回路)
1)梅村栄一,加藤且宏,福田保裕:静電気耐性の設計評価技術,
沖テクニカルレビュー169号,Vol.63 No.1,pp.119-122,
1996年
2)林洋一,甲斐和彦,福田浩一,西謙二:インバースモデリング
技術を用いたMOSFETチャネルプロファイル抽出法の開発,沖
テクニカルレビュー174号,Vol.64 No.2,pp.93-96,1997年
3)樋坂勝弘,三浦規之,福田浩一,福田保裕:先端デバイスに
おけるESD保護素子評価手法,沖テクニカルレビュー180号,
Vol.66 No.1,pp.97-100,1999年
4)林 洋一,黒田俊一,加藤且宏,福田浩一,馬場俊祐:MixedModeシミュレーションを用いたESD保護設計手法の開発,沖テ
クニカルレビュー203号,Vol.72 No.3,pp.56-59,2005年
5)今井康雄,田中大起,福田保裕,矢部一博:電子デバイス・
モジュールの最新評価技術,OKIテクニカルレビュー216号,
Vol.77 No.1,pp.48-51,2010年
6)福田保裕:半導体デバイスの静電気保護, www.oeg.co.jp
2.0
●筆者紹介
0.0
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
時間(nsec)
図8 CDMサージ印加時のトランジスタの内部状態
ことが解決策の一つとなる。
図8に図7に示す回路をシミュレーションした結果を示す。
図 8( A )の 寄 生 素 子 に 流 れ る 電 流 ⑪ は 、 図 8( B )の
馬場俊祐:Shunsuke Baba. 沖エンジニアリング株式会社 デバ
イス評価事業部
黒田俊一:Toshikazu Kuroda. 沖エンジニアリング株式会社 事
業支援部
市川憲治:Kenji Ichikawa. 沖エンジニアリング株式会社 デバ
イス評価事業部
加藤且宏:Katsuhiro Kato. 沖エンジニアリング株式会社 デバ
イス評価事業部
GGnMOS-Trのドレインにかかる電圧⑬に対応して流れ、
ローパスフィルタが機能することで、内部回路に印加さ
れる電圧は図8
(B)
の電圧⑭になり、CDMサージの保護回
路として機能することがわかる。
ここで注意すべきは、図7に示す保護抵抗とGGnMOSTr.addのトランジスタの大きさは、回路性能に影響を与
える。そのため、保護回路シミュレーションにより、内
部回路の動作を考慮しながら、最適な素子の組み合わせ
を選択することが必要である。
ま と め
ESD保護回路を、回路シミュレーションを用いて最適
化設計をすることを目的とし、TDR-TLP法を用いた寄生
素子の等価回路モデルを決定する手法を開発した。報告
では、決定した等価回路モデルが、ESDサージを印加し
た時の保護素子の挙動を解析するのに有効であること示
した。特に保護回路シミュレーションは、回路の構成、最
適化に有効であることを確認した。ESD保護回路の回路
OKIテクニカルレビュー
2011年10月/第218号Vol.78 No.1
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