富士時報 Vol.80 No.6 2007 3.3 kV IGBT モジュール 柿木 秀昭(かきき ひであき) 特 集 古閑 丈晴(こが たけはる) 小林 孝敏(こばやし たかとし) まえがき 140(mm)のパッケージで,他社モジュールとの互換性 を持っている。 IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュール 3.3 kV IGBT モジュールは,産業用ドライブシステムや は,その低損失性,駆動回路構成の容易さ,高破壊耐量か 電鉄駆動用などの大容量装置に適用されるため,高信頼性 ら広く普及している。高耐圧・大容量分野においても,こ が要求される。また,低損失化,大電流化,高動作温度化 れまで広く適用されてきた GTO(Gate Turn-Off)サイリ などの性能向上も要望されている。 スタから IGBT モジュールへと変遷してきており,大容量 表1に,3.3 kV 1.2 kA モジュールの最大定格および特性 インバータやコンバータなどに広く応用され,3.3 kV 以上 の主な仕様を示す。 の高耐圧・大容量 IGBT モジュールの市場ニーズは大いに これまでは,3.3 kV モジュール動作温度としては最大 拡大している。 125 ℃であったが,応用装置側からインバータのパワー 富士電機は,これまで 1.2 kV 耐圧および 1.7 kV 耐圧ク アップのため 150 ℃まで拡大する要望が強い。 ラスの大容量モジュールの開発を行ってきた。今回,最新 表1の高温仕様は,接合温度 150 ℃での特性である。 ( 1) のチップおよびパッケージ設計・製造技術を 3.3 kV 耐圧 電気的特性 クラスまで発展させて,性能に優れた 3.3 kV 耐圧,1.2 kA 電流定格を持つ IGBT モジュールを開発した。 本稿では,その 3.3 kV IGBT モジュールの概要と性能に . IGBT チップおよび FWD チップの特徴 IGBT チップ ( 1) ついて紹介する。 IGBT チップは,飽和電圧(VCE(sat))−ターンオフ損失 3.3 kV IGBT モジュールの仕様 (Eoff)トレードオフに優れたトレンチ構造とフィールドス ( 2) トップ(FS)構造(富士電機「U シリーズ」IGBT)を適 図 1 に 3.3 kV 1.2 kA モジュールの外観を示す。190 × 用し,3.3 kV 用にセルピッチなどを最適化するなどして低 損失化を図った。 図 ま た, チ ッ プ が 高 い ス イ ッ チ ン グ 破 壊 耐 量〔 広 い 3.3 kV IGBT モジュールの外観 RBSOA(Reverse Bias Safe Operation Area)や十分な短 絡耐量〕を持つことは必須である。広い RBSOA を持たせ るため,チップの活性部エッジ領域での電流集中を抑制し た構造とした。また,コレクタ側のキャリヤ注入を最適化 することで,十分な短絡耐量を確保できるようにした。 FWD チップ ( 2) FWD(Free Wheeling Diode)チップは,①低損失化, ②低電流の逆回復による振動やサージ電圧の抑制,を考 慮してウェーハ結晶の最適化を図り,深いカソード側 n+ 190 mm 140 mm 層濃度プロファイルとした。また,高い逆回復耐量(高 di/dt 耐量)を持たせるため,アノード側は,活性部エッ ジ領域への電流集中を抑制した構造とした。 古閑 丈晴 柿木 秀昭 小林 孝敏 パワー半導体デバイスの開発・設 パワー半導体デバイスの開発に従 IGBT モジュールの構造開発・設 計に従事。現在,富士電機デバイ 事。現在,富士電機デバイステク 計に従事。現在,富士電機デバイ ステクノロジー株式会社半導体事 ノロジー株式会社半導体事業本部 ステクノロジー株式会社半導体事 業本部産業事業部技術部。電気学 産業事業部技術部。 業本部産業事業部技術部。 会会員。 397( 19 ) 富士時報 Vol.80 No.6 2007 表 3.3 kV IGBT モジュール 最大定格および特性(型式:1MBI1200UE-330) (a)最大定格(指定ない場合は,T j =T c=25 ℃) 特 集 項 目 記 号 条 件 最大定格 単 位 コレクタ − エミッタ間電圧 V CES V GE =0 V 3,300 V ゲート − エミッタ間電圧 V GES ー ±20 V コレクタ電流 I C(DC) 連 続 T C =80 ℃ 1,200 I C(pulse) 1 ms T C =80 ℃ 2,400 A PC 1素子 14.7 kW 最大接合温度 T jmax ー 150 ℃ 保存温度 T stg ー −40∼+125 ℃ V iso AC:1 min 6.0 kV V PDoff AC 50 Hz, Q ≦10 pC 4.1 kV 最大損失 絶縁耐圧 部分放電消滅電圧 (b)電気的特性(指定ない場合は,T j =T c=25 ℃) 項 目 記 号 条 件 最 小 標 準 最 大 単 位 コレクタ − エミッタ間漏れ電流 I CES V V CE V GE =0 V, =3,300 ー ー 5.0 mA ゲート − エミッタ間漏れ電流 I GES V GE =±20 V ー ー 0.4 A V GE(th) A V CE =20 V, =1.2 IC 8.5 ゲート − エミッタ間しきい値電圧 コレクタ − エミッタ間飽和電圧 (補助端子) V CE(sat) C ies 入力容量 順電圧(補助端子) VF V GE =+15 V I C =1,200 A 5.5 6.5 T j =25 ℃ ー 2.60 ー T j =150 ℃ ー 3.15 3.6 V GE =0 V,V CE =10 V, f =1 MHz ー 240 ー T j =25 ℃ ー 2.70 ー T j =150 ℃ ー 2.75 3.10 条 件 最 小 標 準 最 大 IGBT ー ー 8.5 FWD ー ー 17.0 I F =1,200 A V V nF V (c)熱的特性 項 目 熱抵抗 記 号 R th(j−C) 単 位 ℃/kW 要な並列接続が容易になる。 . コレクタ−エミッタ間電圧 図 2 に,3.3 kV IGBT モジュールのコレクタ−エミッタ 図 4 に,VF - IF 特性を示す。FWD の順電圧も IGBT と 同様に正の温度特性を持っており,並列接続が容易になる。 ,コレクタ−エミッタ間漏れ電流(ICES)の 間電圧(VCES) 温度依存性を示す。 . スイッチング特性および破壊耐量 3.3 kV IGBT および FWD チップのウェーハ結晶および 図 5 に,ターンオンとターンオフおよび逆回復スイッチ エッジ構造の最適化により,−40 〜+150 ℃の温度領域 ング波形を示す。 で,3.3 kV 以上の十分な耐圧を持っている。高温になる 高耐圧モジュールは,その適用用途から高い信頼性が求 と,チップ内部のキャリヤ増大により,ICES は指数関数的 められ,高スイッチング破壊耐量を持つことが必須である。 に増大する。ICES の増大は,モジュールの熱暴走や損失増 図 6 に,IGBT の大電流ターンオフ波形を示す。接合温度 加につながるため,高温での ICES 低減は重要である。デ は 150 ℃で実施し,定格の 2.5 倍以上の高い電流遮断能力 バイス設計において,IGBT はライフタイムコントロール を持っている。 なし,FWD はライフタイムコントロールを極力抑えるこ 高耐圧 IGBT の短絡において,飽和電圧が高すぎると, とで,高温での ICES を大幅に低減した。ICES は,他社の従 短絡開始直後のコレクタ電流により破壊する場合がある。 来 3.3 kV モジュールと比べても低いレベルにあり,150 ℃, この現象は,短絡モードで裏面からのホール注入が少ない 3.3 kV の印加電圧条件下でも安定している。 とコレクタ側の電界が上昇し,アバランシェ電流が発生す また,パッケージの構成部材も−40 〜+150 ℃の動作温 ることに起因すると推測される。図 7 に,IGBT チップで, 度で,十分な信頼性を確保できる材料を選定した。 飽和電圧と短絡耐量の関係を測定した結果を示す。短絡耐 ( 3) 量試験は,一般的には短絡時間を延ばす試験が用いられる . V CE(sat)- I c 特性および V F - I F 特性 が,短絡開始直後の破壊を考察する場合,ゲート電圧を少 図 3 に,VCE(sat)- Ic 特性を示す。富士電機の低耐圧ク しずつ上昇させて,短絡ピーク電流を増やして破壊耐量と ラスのトレンチ IGBT 同様,正の温度特性が得られている。 の相関に着目した。同図から,低飽和電圧ほど高い+VGE 並列接続時の電流アンバランスが緩和され,大電流化に必 の条件下でも破壊せず,短絡に強いことが分かる。通常, 398( 20 ) 3.3 kV IGBT モジュール 富士時報 Vol.80 No.6 2007 度条件は 150 ℃で実施した。推奨ゲート抵抗(1.6 Ω)条 圧やコレクタ電流に誘導され,20 V くらいまでゲート電 件では,−di/dt = 4,000 A/µs であるが,ゲート抵抗 0 Ω 圧が高くなる場合がある。ゲート電圧上昇が起きても十分 での−di/dt = 7,000 A/µs でも破壊しない。ピークパワー な短絡耐量を持つように考慮して,飽和電圧を最適化した。 図 8 に,IGBT モジュールでの短絡耐量のスイッチング 図 V F -I F 特性 波形を示す。接合温度条件は 150 ℃で実施し,短絡耐量が 3,000 10 µs 以上の目標仕様を満足する。 図 9 に,ダイオードの大電流(定格の 2.5 倍)かつ高 2,500 図 順電流 I F(A) di/dt 条件下での逆回復スイッチング波形を示す。接合温 コレクタ−エミッタ間電圧と漏れ電流の温度依存性 コレクタ − エミッタ間電圧(V) 4,800 T j =25 ℃ 2,000 T j =150 ℃ 1,500 1,000 代表データ 500 4,600 0 4,400 0 1 2 3 4 5 順電圧 V F(V) 4,200 4,000 図 スイッチング波形 (V CC = 1,800 V,I C = 1,200 A,T j = 150 ℃) 3,800 3,600 −50 0 50 100 0V 150 0V V GE V GE T (℃) 接合温度 j T j =150 ℃ 代表データ コレクタ − エミッタ間漏れ電流(mA) IC V CE 100 10 1 0V 0A T j =125 ℃ (a)ターンオン波形 T j =100 ℃ V AK( ) V CE T j =50 ℃ (b)ターンオフ波形 V CE I C ,I F V GE t 0V 0A T j =25 ℃ 0.01 V CE 0V 0A T j =75 ℃ 0.1 IC :500 V/div :500 A/div :20 V/div :1 s/div IF (c)逆回復波形 0.001 500 0 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 コレクタ − エミッタ間電圧(V) 図 大電流ターンオフ波形 (V CC = 2,300 V,I C = 3,000 A,T j = 150 ℃) V CE(sat) - I C 特性 3,000 0V V GE 2,500 コレクタ電流 I c(A) 図 2,000 T j =25 ℃ 1,500 I cp =3,000 A T j =150 ℃ V CEP =3,080 V IC V CE 1,000 500 0 0V 0A 0 1 2 3 4 飽和電圧 V CE(sat)(V) 5 6 V CE:1kV/div I V GE:20 V/div t :1 s/div C:1kA/div 399( 21 ) 特 集 応用装置の+VGE は,15 V 程度であるが,短絡時の VCE 電 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図 3.3 kV IGBT モジュール 短絡耐量の飽和電圧依存性(チップ) 図 大電流,高 di /dt 条件での逆回復波形(V CC = 2,300 V, I F = 3,000 A,R G = 0 Ω,T j = 150 ℃) 特 集 27 IGBT チップ試験 短絡破壊直前の+ V GE(V) −di /dt =7,000 A/ s 試験条件 =1,500V, V CC T =125 T W =10 s ℃, j + を 1V ずつ上げた。 V GE 25 23 V AK( ) V CE 21 0V 0A 19 17 15 P max =3.8 MW 標準のプラス側ゲート電圧 13 2.6 2.8 3.0 0W 3.2 3.4 3.6 I F =3,000 A 150 ℃での飽和電圧 V (V) sat V AK:1kV/div I F:1kA/div P t :1 s/div max:2 MW/div 図 短絡波形(V CC = 2,300 V,T j = 150 ℃,t W = 10 µs) 図 0V 3.3 kV IGBT モジュールの内部の概略構造 端子 V GE シリコーンゲル はんだ層 ワイヤボンディング チップ はんだ層 メタル層 I cp =7,500 A AlN 基板(絶縁基板) V CE V CE =2,300 V 0V 0A AlSiC ベース メタル層 はんだ層 Ic 10 s め,低耐圧モジュールに比べかなりの絶縁基板厚さが必要 V CE:1kV/div I t:2 s/div C:2.5kA/div V GE :20 V/div となる。絶縁基板の放熱能力向上のため,3.3 kV モジュー ルでは,低耐圧モジュールで一般に採用されている Al2O3 (アルミナ)や Si3N4(窒化けい素)より熱伝導率が 2.5 〜 で見ても,推奨ゲート抵抗時の 2.5 倍に耐えている。 8 倍高い AlN(窒化アルミニウム)基板を採用した。AlN 基板上の IGBT および FWD チップは発熱の干渉が少なく パッケージ設計・アセンブリ技術 なるように配置した。それらの結果,表1に示す低熱抵抗 を実現した。 大容量インバータ装置に使用される大容量モジュールに は,高信頼性,高放熱能力(低熱抵抗)が求められる。ま . AlSiC ベース採用による高信頼性 た,大電流化のためには,モジュール内のチップ間の電流 ベース材料は,低耐圧モジュールでは一般に Cu ベース アンバランス低減やパッケージ内の発熱低減が重要である。 が採用されているが,3.3 kV モジュールでは,高い信頼性 に,3.3 kV IGBT モジュール内部の概略構造を示す。 を確保するために AlSiC ベースを採用した。AlSiC は,Al 高熱伝導の AlN 絶縁基板採用 め,Cu ベースの場合に比べヒートサイクル寿命やパワー 図 と SiC の複合材料であり,熱膨張率が AlN 基板に近いた . 3.3 kV IGBT モ ジ ュ ー ル は,1.2 kV や 1.7 kV 大 容 量 モ サイクル寿命は数倍向上する。 ジュールと同様に絶縁基板を分割する構造を採用している。 絶縁基板を分割することにより,モジュールの信頼性に . 主端子構造の最適化 とって非常に重要なヒートサイクル寿命やパワーサイクル 主端子を設計するうえで,①絶縁基板間の電流アンバラ 寿命を確保できる。また,発熱の干渉を抑制でき,絶縁基 ンスの低減,②内部インダクタンスの低減,③主端子発熱 板ごとの良否判定が可能なため製品製造効率の向上も図れ 温度の抑制,④絶縁基板への接続部の応力緩和(ヒートサ る。 イクル寿命やパワーサイクル寿命向上につながる)が重要 3.3 kV モジュールは,6 kV 以上の絶縁耐圧が必要なた である。これらの課題は,トレードオフの関係にあるもの 400( 22 ) 3.3 kV IGBT モジュール 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図 パッケージの絶縁設計は,IEC(International Electro- 3.3 kV モジュールの部分放電測定結果 (パラメータ:シリコーンゲル種類および AlN 基板厚さ) technical Commission) 規 格,EN(European Norm) 規 部分放電発生電圧 e(kV) V i ,消滅電圧 V 7 6 ゲル種類 C V i 4 内面での十分な絶縁距離の確保および導電部と絶縁部の形 ゲル種類 A V e ゲル種類 B V i 5 パッケージ外面での十分な絶縁距離の確保,③パッケージ ゲル種類 A V i 8 状の最適化を行った。 ゲル種類 B V e 特に,絶縁に優れた構成部材の選択にあたり,絶縁樹脂 (シリコーンゲル)および AlN 基板厚さが重要である。シ ゲル種類 C V e V e ≧4.1 kV ターゲット: リコーンゲルは,材料メーカーの協力の下,改良を加えた。 図 3 同一条件下で部分放電を測定した結果を示す。AlN 基板 2 を厚くしてゲル界面の電位分担を低くすることと,シリ 1 0 0.5 に,シリコーンゲルの種類と AlN 基板厚さを変えて, コーンゲルの密着性を改善することにより,目標以上の絶 0.6 0.7 0.8 0.9 AlN 基板厚 (mm) 1 1.1 縁性能を達成できた。 あとがき もあり,1.2 kV や 1.7 kV 大容量モジュール開発での知見 電気的特性,熱的特性に優れた 3.3 kV IGBT モジュー やシミュレーション技術により,主端子形状の最適化を ルを開発した。現在,ヒートサイクル寿命やパワーサイク 行った。 ル寿命などの信頼性確認を行っており,製品化の予定であ る。この IGBT モジュールは,大容量インバータ装置の性 . 高い絶縁性能の確保 能向上に大きく貢献できるものと考える。 3.3 kV モジュールのパッケージの絶縁能力として,応用 今後も素子の高性能化・高信頼化に取り組み,ニーズに 装置サイドから,① AC 5.7 kV 1 分間の絶縁耐圧,②高 応えた製品開発を行っていく所存である。 い部分放電耐量(部分放電消滅電圧目標 4.1 kV 以上)の 要求がある。 部分放電とは,電極間に電圧を加えたとき,その間の絶 縁物中で部分的に発生する放電をいう。パッケージに使用 される絶縁材料は,絶縁抵抗が非常に高く電流をほとんど 流さないが,絶縁物中に微小な空げきや欠陥があると,そ の部分に電界が集中し,微弱な放電が発生する。これによ リ,絶縁物の侵食,発生熱による炭化物生成などで絶縁劣 参考文献 西村孝司ほか.産業用大容量 IGBT モジュール.富士時報. ( 1) vol.78, no.4, 2005, p.264-268. 宮 下 秀 仁.U シ リ ー ズ IGBT モ ジ ュ ー ル. 富 士 時 報. ( 2) vol.77, no.5, 2004, p.313-316. 古閑丈晴ほか.高耐圧 IGBT チップの負荷短絡耐量.平成 ( 3) 15 年電気学会全国大会.vol.4, 2003, p.13. 化が始まり,長時間経過後に絶縁破壊に至ることがある。 401( 23 ) 特 集 格などに基づいて,①絶縁に優れた構成部材の採用,② 9 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。