富士時報 Vol.82 No.6 2009 IGBT モジュール「V シリーズ」の系列化 高橋 孝太 Kouta Takahashi 吉渡 新一 Shinichi Yoshiwatari 関野 裕介 Yusuke Sekino 富士電機では,最新世代の「Ⅴシリーズ」IGBT を用いた製品の系列化を進めている。Ⅴシリーズ IGBT モジュール は,チップ損失の低減とパッケージ放熱性の改善により,IGBT モジュールの小型化,高パワー密度化を達成している。ま た,チップおよびパッケージの特性向上により信頼性を高め,175 ℃における動作(ただし非連続)を保証している。富士 電機では,高パワー密度かつ信頼性の高いⅤシリーズとして,大容量 2 in 1 や小型化 7 in 1 などの新規パッケージの開発, 1,700 V への系列拡大なども進めている。 Fuji Electric is developing a series of products that use the latest generation“V-Series”IGBTs. V-Series IGBT modules realize lower chip loss and improved package heat dissipation to achieve a smaller IGBT module size and higher power density. The chip and package characteristics have also been improved to enhance reliability and guarantee the maximum temperature of 175 ˚C. For these high power density and highly reliable V-Series IGBTs, Fuji Electric has developed new packages, such as a large capacity 2-in-1 package and a small sized PIM (Power Integrated Module) package. The product lineup will be expanded up to 1,700 V. ⑵ 1 まえがき (Electromagnetic Compatibility)ノイズの原因となるター ンオンスイッチング時の IGBT 電流および FWD(Free 近年,産業分野における省エネルギーおよび二酸化炭 Wheeling Diode)電圧の急激な変化を制御しやすくした。 素削減の重要なアイテムとして,インバータの需要がま これにより V シリーズ IGBT モジュールは,EMC ノイズ すます拡大している。インバータに用いるパワー半導体 の低減が容易でありインバータ設計のしやすい製品となっ としては,損失,破壊耐量,駆動回路設計などの観点から, た。 IGBT(Insulate Gate Bipolar Transistor) が 主 に 適 用 さ 3 IGBT モジュール「V シリーズ」の信頼性 れている。 富士電機においても,1988 年の製品化以来,着実に世 代交代を重ねつつ,低損失化・小型化を成し遂げることで IGBT モジュール V シリーズは小型かつノイズ制御性が 市場の要求に応えてきた。近年では,最新世代の IGBT を 良いだけでなく,高い信頼性を持つことも特徴である。V 用いた IGBT モジュール「V シリーズ」を系列化すること シリーズでは,瞬間的な異常状態については 175 ℃まで でさらなる低損失および小型化を果たした。また,IGBT の非連続動作を保証し,ノーマルな運転状態については モジュール V シリーズは,チップおよびパッケージの特 150 ℃までの連続動作を保証している。これは,U シリー 性向上により信頼性を高め,異常状態のチップ接合部温度 ズまでと比較してそれぞれ 25 ℃上昇している。これを可 T j = 175 ℃における動作(ただし非連続)を保証している。 能とするために,IGBT チップの高温動作時の信頼性およ 本稿では,IGBT モジュール V シリーズの信頼性と系列 び破壊耐量を向上し,はんだやワイヤボンディングをはじ について解説する。 ⑴ 2 IGBT「V シリーズ」の特性 図₁に,これまで発売された IGBT モジュールに搭載さ れた IGBT チップサイズの年代ごとの推移を示す。富士電 機では 10 年で 1/2 のペースでチップの小型化を実現して おり,V シリーズでは U シリーズよりさらに 30 % のチッ プ小型化も達成した。V シリーズではチップの改良に加 え,絶縁基板に熱伝導性の良い窒化けい素(SiN)基板を 用いることで放熱性を高め,IGBT モジュールの高パワー 密度化を行っている。これにより,インバータシステム全 体の小型化およびコストダウンに大きく貢献する。また, V シリーズでは表面ゲート構造の最適化により,EMC 380( 24 ) 図₁ IGBT チップサイズの低減 チップ面積(a.u.) (1,200 V L シリーズを 100 とした場合) 特 集 New Lineup of V-Series IGBT Modules 120 L シリーズ 1,200 V/50 A IGBT 100 N 80 S U 60 40 20 0 1985 L シリーズ N 600 V/50 A IGBT 1990 1995 V T S U 2000 (年) V 2005 2010 富士時報 Vol.82 No.6 2009 IGBT モジュール「V シリーズ」の系列化 めとするパッケージの信頼性を向上した。以下で,これら 低温となる熱サイクルを繰り返すためにチップ下のはんだ の成果について詳細に説明する。 およびワイヤボンディング接合部が熱膨張収縮によるスト レスを受ける。このストレスに対して,十分な耐量を持っ 温でも安定的に耐圧を保持し,なおかつ大電流まで安定 ている必要がある。 図₄ に V シリーズのパワーサイクル 的にスイッチングできるチップ性能を必要とする。V シ 試験の結果を示す。Tj min=25 ℃のラインは,冷却フィン リーズでは,ノンキラー IGBT,FWD のライフタイムキ 温度を固定して,運転パターンにおける最大チップ温度 ラーとして電子線を用いることで,200 ℃まで熱暴走を起 を変化させたときの寿命を表す。例えば,ΔTj=30 ℃とは, こさず安定的に耐圧が保持できることを確認している。ま た,高温でのスイッチングについては,200 ℃における 図₄ 1,200 V「V シリーズ」パワーサイクル試験結果 IGBT スイッチングと FWD スイッチングが可能であるこ とをそれぞれ確認している。 図₂ にチップ接合部温度 Tj Tj = 200 ℃,定格の 2 倍の電流を流したときの IGBT のター Tc ンオフ波形を示す。以上により,V シリーズは 175 ℃まで Ic ΔT j パワーサイクル通電パターンおよび温度推移 (T j:チップ接合部温度,T f:冷却フィン温度) T c:ケース温度, ディングをはじめとするパッケージの信頼性が必要であ る。チップ耐圧の長期的な信頼性については,電気炉で加 1010 熱しながら直流電圧を印加する加速試験による確認が一般 耐圧の劣化がなく,十分な信頼性を持っていることを確認 した。FWD と類似のエッジ構造を持つ IGBT も,同等の 信頼性を持っている。 パ ッ ケ ー ジ の 信 頼 性 に つ い て は, 一 般 的 に パ ワ ー モ ジュールではオン状態でチップが高温となり,オフ状態で ※破線は推定寿命を示す。 109 寿命(サイクル) 175 ℃において,定格電圧の 80 % を 3,000 時間印加しても t off =18 s t on=2 s チ ッ プ 耐 圧 の 長 期 的 な 信 頼 性 と, は ん だ や ワ イ ヤ ボ ン 的である。図₃に,FWD の信頼性試験結果を示す。Tj = 108 T j min =25 ℃ 107 106 T j max =150 ℃ 105 104 0 20 IGBT ターンオフ波形 80 100 PIM 系列 V CC =800 V, I C =300 A(定格の 2 倍) R G =1.1Ω, V G =+15/−15 V V CE 1,200 V 10 A 1 s EP2 U,U4 シリーズ 25 A EP2 V シリーズ EP2XT EP3 EP3 50 A EP3XT 75 A FWD =175 ℃ =960 V Tj Vr 1,550 S シリーズ 15 A 35 A 図₃ 1,200 V「V シリーズ」FWD の耐圧信頼性試験結果 100 A 1,540 耐圧 BV (V) r 60 図₅ 1,200 V「V シリーズ」PIM 系列および New Dual 系列 IC 150 A 1,530 New Dual 系列 1,200 V 1,520 150 A 1,510 200 A 1,500 1,490 40 ΔT j (℃) 図₂ 1,200 V「V シリーズ」IGBT の高温スイッチング波形 V GE パワーチップ Tf の異常状態での動作を保証することが可能である。 150 ℃までノーマルな運転動作を保証するためには, ΔT j ΔT c S シリーズ Standard U,U4 シリーズ New Dual V シリーズ New Dual XT 300 A サンプル数:10 台 450 A 0 1,000 2,000 時間(h) 3,000 600 A 381( 25 ) 特 集 175 ℃までの異常状態での動作を保証するためには,高 富士時報 Vol.82 No.6 2009 IGBT モジュール「V シリーズ」の系列化 図₆ 「V シリーズ」の今後の系列展開 特 集 最大定格電流 (A) 10 主端子 15 25 35 50 75 100 200 225 150 PIM(EP2XT) 400 450 300 550 600 EP2/PC2 1,200 1,400 2,400 3,600 EP3/PC3 PIM(EP3XT) ピン 900 6 in 1(PC2XT) 6 in 1(PC3XT) 従 来 端 子 2 in 1(DualXT) Dual 新型 2 in 1 ねじ 開発中 はんだ フリー 端 子 制御端子 スプリング ねじ 2 in 1(DualXT) Spring Dual (a)1,200 V 系列 最大定格電流 (A) 10 主端子 15 25 35 50 75 100 150 200 225 300 EP2/PC2 PIM(EP2XT) 400 450 600 900 1,200 EP3/PC3 PIM(EP3XT) ピン 6 in 1(PC2XT) 従 来 端 子 Dual 2 in 1(DualXT) ねじ (b)600 V 系列 冷却フィン温度 25 ℃,最大チップ温度 55 ℃の運転パター により,インバータシステムの小型化および設計の簡素 ンとなる。Tj max=150 ℃のラインは,運転パターンにおけ 化が可能である。V シリーズでは,PIM 系列を定格電流 る最大チップ温度を固定して,冷却フィン温度を変化さ 150 A まで拡大した。 せたときの寿命を表す。例えば,ΔTj=30 ℃のとき,冷却 200 A 以上の定格電流で使用する場合には,New Dual フィン温度 125 ℃,最大チップ温度 150 ℃の運転パターン 系列を用意している。これは 1 相分の上下アーム IGBT お となる。 よび FWD を内蔵しており(2 in 1) ,モジュール内部で 3 グラフに示されているように,同一の ΔTj でも冷却フィ チップを並列で使用している。パワー半導体を並列で使用 ン温度およびチップ温度が高いほど寿命が短くなる。すな する場合,一部のチップに電流が集中する電流アンバラン わち,Tj max=150 ℃のラインは最悪の運転条件を表してお スが心配である。New Dual 系列は内部配線パターンの工 り,V シリーズはその条件でも ΔTj=100 ℃で寿命 50,000 夫により,各チップ間の電流アンバランスがほとんどなく, サイクル以上と十分な信頼性を持っていることが確認でき 非常に使いやすいデバイスとなっている。V シリーズでは, た。これらの結果から,チップとパッケージの信頼性の向 New Dual 系列を定格電流 600 A まで拡大した。 上により,V シリーズは 150 ℃までノーマルな運転動作を 保証している。 5 今後の展望 以上,V シリーズは高温運転時の信頼性を大きく向上さ せ,インバータの信頼性の向上および熱設計自由度の向上 に大きく貢献する。 V シリーズでは,今後とも系列拡大を行っていく。今後 の系列展開を図₆に示す。新規パッケージとして次の開発 を進める。 4 IGBT モジュール「V シリーズ」の系列 〈注 1〉 ⑴ 大容量モジュール(EconoPACK+,新型 2 in 1) 〈注 2〉 ⑵ 小型化モジュール(MiniSKiiP) 現在 V シリーズは, 図₅ に示す PIM(Power Integrat- 現在,風力発電などの電力変換用途,電鉄用途など大 ed Module)系列および New Dual 系列を用意している。 PIM 系列は 3 相分の上下アーム IGBT および FWD,コ ン バ ー タ ダ イ オ ー ド, ブ レ ー キ IGBT を 内 蔵 し て お り (7 in 1) ,1 台で三相交流インバータが構成できる。これ 382( 26 ) 〈注 1〉EconoPACK:Infineon Technologies AG. の商標または登録 商標 〈注 2〉MiniSKiiP:Semikron の商標または登録商標 富士時報 Vol.82 No.6 2009 IGBT モジュール「V シリーズ」の系列化 容 量 イ ン バ ー タ の 市 場 が 拡 大 し て お り, こ れ ら の 市 参考文献 EconoPACK+では 550 A/1,200 V 定格,新型 2 in 1 では ⑴ 小野澤勇一ほか. UシリーズIGBTモジュール(1,200 V) . 富 1,400 A/1,200 V 定格までの系列化を行う予定である。ま た小容量向けとして,MiniSKiiP を開発している。これは, 士時報. 2002, vol.75, no.10, p.563-566. ⑵ 五十嵐征輝ほか. 電力変換装置から放射される電磁雑音の はんだ付けが不要で組立が容易であり,かつ PIM 系列と 解析と低減方法.産業応用部門誌. 1998, vol.118-D, no.6, p.757- 比べて同等の機能ながら大幅な小型化を実現している。 766. 8 〜 100 A/1,200 V 定格を系列化する予定である。 さらに,1,700V 耐圧のチップ開発も行っており,新型 2 in 1,New Dual など大容量用途に順次展開していく予定 高橋 孝太 である。 IGBT モジュールの開発に従事。現在,富士電機 システムズ株式会社半導体事業本部半導体統括部 6 あとがき 最新世代の IGBT チップを適用した IGBT モジュール 「V シリーズ」の特徴と系列について解説した。V シリー ズはチップ技術およびパッケージ放熱性の向上による小型 化を達成し,インバータの小型化に大きく貢献できる。ま たチップおよびパッケージの信頼性の向上により,175 ℃ モジュール開発部。 吉渡 新一 IGBT モジュールの開発・設計に従事。現在,富 士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体 統括部モジュール開発部チームリーダー。 における動作を保証している。これによりインバータの信 頼性の向上および熱設計自由度の向上に大きく貢献する。 今後,富士電機では V シリーズの技術を 1,700 V,大容 量モジュール,小型化モジュールに展開していき,お客さ まのニーズに応えていく所存である。 関野 裕介 IGBT モジュールの開発・設計に従事。現在,富 士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体 統括部モジュール開発部。 383( 27 ) 特 集 場 に 対 応 す る た め に 大 容 量 モ ジ ュ ー ル の 開 発 を 行 う。 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。