富士時報 Vol.82 No.6 2009 特 集 低ノイズ電流連続モード PFC 制御 IC 「FA5610/FA5611」 Low-noise Continuous Current Mode PFC-IC 藪崎 純 Jun Yabuzaki 陳 建 Ken Chin 境 保明 Yasuaki Sakai スイッチング電源の普及に伴い,高調波電流が問題になっている。その対策としてアクティブフィルタ方式の PFC (Power Factor Collection)回路が広く使われている。PFC 回路には,高効率・小型化に加え,低ノイズ・低コストが強く 要求されてきている。今回,8 ピン小型パッケージを採用しながら,スイッチング周波数を独自の方式で分散することによ る低ノイズ,高力率,さらには起動時や負荷変動時などに発生する音鳴り対策や負荷変動時の出力電圧低下対策など,使 いやすさを向上した電流連続モード PFC 用の制御 IC「FA5610/FA5611」を開発した。 With the widespread use of switching converters, harmonic currents have become a problem. As a countermeasure, PFC (Power Factor Collection) circuits are used widely. PFC circuits are strongly requested to be highly efficiency, have a small size, and recently, to have low noise and a low cost. We have developed new continuous current mode PFC-ICs“FA5610/FA5611”that are housed in a SOP-8 small package and achieve low-noise and high-efficiency operation through our propriety method for distributing switching frequency, and that incorporate measures against noise at startup and during load fluctuations, and measures against output voltage drooping during load fluctuations to improve the ease of use. 1 まえがき 電子機器の小型化・軽量化・高機能化に伴いスイッチン グ電源の利用が不可欠である。スイッチング電源ではコン ⑷ 高入力時の電力制限 ₂.₂ 機能の詳細説明 ⑴ 低ノイズ デンサインプット型の整流・平滑回路が採用され,変換時 本 IC の発振器には,独自の方法によりスイッチング周 に大量の電源高調波電流を発生することが問題となって 波数を分散させる機能を持たせ,従来の固定周波数方式と いる。対策として,ワールドワイド入力に対応でき,高効 比較しノイズを低減できた。これにより,入力ノイズフィ 率・小型化が可能なアクティブフィルタ方式の PFC(Pow- ルタを簡素化することが可能となり,効率の向上,周辺部 er Factor Correction)回路が広く使われている。 品削減による電源システムのコストダウンにもつながる。 富士電機はこれまでに,PFC 回路用の制御 IC として スイッチング周波数の分散機能では,入力電圧や出力電 小 容 量 電 源 向 け に 電 流 臨 界 モ ー ド「FA5500/FA5501」 力条件によりノイズ低減効果が最適となる周波数を設定し, 「FA5590/FA5591」 ,大容量電源向けに電流連続モード 広い範囲でノイズ低減が実現できる。また,スイッチング 「FA5502」 「FA5550/FA5551」を製品化した。最近では, 周波数を分散させる範囲を限定させることにより,周辺部 高効率や小型化に加え,低ノイズ化,周辺部品削減による 品定数の選択も容易となっている。 電源システムのコストダウン要求がさらに強くなってきて ⑵ 音鳴り対策 いる。これらのニーズに応えるため,8 ピン小型パッケー 本 IC では,起動時,負荷変動時,入力電圧瞬停時の音 ジを採用しながら,低ノイズ,高力率,さらには音鳴り対 鳴りをなくすために,ダイナミック過電圧保護(OVP) 策や負荷変動時の出力電圧低下対策など,使いやすさを 機能を内蔵している。図₃のように起動時間が短くダイナ 向上した電流連続モード PFC 制御 IC「FA5610/FA5611」 ミック OVP 機能がない場合,出力電圧のオーバシュート を開発した。次にその概要を紹介する。 図₁ 「FA5610/FA5611」の外観 2 製品の概要 ₂.₁ 製品の特徴 今回開発した FA5610/FA5611 の外観を図₁に,ブロッ ク図を 図₂ に,FA5502 との機能比較を 表₁ に示す。特徴 となる機能を次に挙げ,それぞれの機能について詳細な説 明を行う。 ⑴ 低ノイズ ⑵ 音鳴り対策 ⑶ 負荷急変時の出力電圧低下対策 413( 57 ) 富士時報 Vol.82 No.6 2009 低ノイズ電流連続モード PFC 制御 IC「FA5610/FA5611」 図₂ 「FA5610/FA5611」のブロック図 特 集 VCC UV 8 0.3 V UVLO VDET 内部バイアス電圧 :5 V VREF VIN 検出器 3 5 PWM COMP UV SP + − 2 SP + VD CUR. AMP VCMP − FB ゲート ドライバ 乗算器 2.5 V 7 ICMP OUT + FB − 1 OSC + ジッタリング ERR.AMP ダイナミック OVP OVP 2.5 MΩ IS 4 12 kΩ 5.0 V スタティック OVP 28 kΩ 6 VD IL 検出器 GND OCP 表₁ 従来機種「FA5502」との機能比較 項 目 ①発振周波数 ②音鳴り対策 出力過電圧保護 ダイナミック・スタティック OVP FA5610/FA5611 SOP-8 平均電流制御 FA5502 SOP-16 平均電流制御 60 kHz±10% の周波数分散 CT 端子により調整(固定周波数) ダイナミック V DOVP=1.050 V REF (FB 端子電圧) ③負荷急変時出力低下対策 ④過電流保護レベル スタティック V SOVP=1.09 V REF (FB 端子電圧) スタティックのみ(独立端子) V THOVP = 1.64 V (OVP 端子電圧) ○ × AC200 V V OCPH= − 0.4 V±6.3% (IS 端子電圧) AC100 V V OCPL= − 0.5 V±5% (IS 端子電圧) V THOCP =− 1.1V±9% (IS 端子電圧) V FBOL=0.3 V (FB 端子電圧) × ⑥ UVLO FA5610:V UVLO=9.6 V FA5611:V UVLO=13.0 V (VCC 端子電圧) V THUON = 16.5 V (VCC 端子電圧) ⑦ソフトスタート ○ 位相補償コンデンサで対応 ○ 独立端子 × ○ ⑤出力低電圧保護 ⑧外部同期機能 :新製品 ○:機能あり ×:機能なし によりスタティック OVP 機能が働き,MOSFET(Metal- の機能は,起動時だけでなく,負荷変動時,入力電圧瞬停 Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)のスイッ 時の出力電圧オーバシュートにも有効で,あらゆる動作条 チングを停止してしまうことがある。インダクタ電流が流 件で音鳴りのしにくい電源が提供できる。 れているときに MOSFET を停止してしまうと,インダク ⑶ 負荷急変時の出力電圧低下対策 タ電流の振動が起こる。この振動周波数が 20 kHz 以下と なると音鳴りとして聞こえる。 通常 PFC 回路では,AC 入力電圧の変動による力率の 低下を抑えるため,応答速度周波数を 10 Hz 程度まで落と FA5610/FA5611 では,ダイナミック OVP 機能を内蔵 して動作させている。このため,高速の負荷変動に対応す しているので,出力電圧オーバシュート時に MOSFET の るには出力コンデンサの容量を大きくする方法が採られて スイッチングを停止することなく,徐々にオンデューティ いた。出力コンデンサを大容量化すると,起動時には大き を低下させ,出力の上昇を抑えることができる。そのため, なラッシュ電流が流れるため,ラッシュ電流から部品を保 インダクタ電流の振動が起きなくなり音鳴りはしない。こ 護する回路を必要とする場合,電源システムのコストアッ 414( 58 ) 富士時報 Vol.82 No.6 2009 低ノイズ電流連続モード PFC 制御 IC「FA5610/FA5611」 AC 入力電流(A) 10 −10 音鳴りなし −30 インダクタ電流(A) 50 30 10 −10 500 PFC 出力電圧(V) インダクタ電流(A) PFC 出力電圧(V) 30 400 300 200 100 0 50 100 150 30 特 集 AC 入力電流(A) 図₃ ダイナミック OVP がない PFC との起動時の動作波形の比較 10 −10 音鳴りあり −30 50 30 10 −10 500 400 300 200 100 0 50 100 時間(ms) 時間(ms) (a) 「FA5610/FA5611」 (b)ダイナミック OVP 機能なし 150 図₄ OCP 切替えによる出力電力の違い 3 電源への適用効果 OCP 制限電力(W) 5,000 FA5610/FA5611 は,200 W 以上の比較的大容量の用途 4,000 に適している。次に,本 IC の適用事例に基づいてその特 OCP 切替えなし 3,000 性について説明する。 2,000 OCP 切替えあり ₃.₁ 評価用電源回路の構成 1,000 0 50 図₅に評価用電源回路を示す。周波数分散によるノイズ 100 150 200 AC 入力電圧(V) 250 300 低減効果により,FA5502 で 2 段必要だった入力フィルタ が 1 段で構成可能となった。入力フィルタの簡略化は,単 に電源システムの部品点数と実装面積の削減によるコスト ダウンだけでなく,入力ノイズフィルタでの損失が低減で プにつながっていた。 き,変換効率の向上にもつながる。 本 IC では,出力電圧がしきい値以下となっても,通常 よりも高速で応答する機能を持たせ出力電圧低下が抑えら れる。そのため,出力コンデンサの低容量化が可能である。 ⑷ 高入力時の電力制限 本 IC には,入力電圧の大きさにより過電流保護(OCP: ₃.₂ 低ノイズ 図₆ に AC 入力電圧 100 V,出力電力 600 W での伝導ノ イズ(QP 値)を,固定スイッチング周波数である FA5502 と 比 較 し た。 周 波 数 分 散 の 効 果 を 分 か り や す く す る た Over Current Protection) し き い 値 を 変 え る 機 能 が あ め,入力ノイズフィルタをどちらも 2 段とし同一条件での る。通常のインダクタピーク電流を制限する OCP 機能で 比較とした。FA5502 では,スイッチング周波数の 3 倍の は,入力電圧の大きさにより OCP 動作時の出力電力が大 周波数付近に大きなピークが発生している。これに対し, きく変わってしまう。 図₄ に示すように,AC 入力電圧 FA5610/FA5611 では周波数分散の効果によりノイズピー が 100 V と 200 V では,同じインダクタピーク電流でも出 クが抑えられ,FA5502 より 6 dBµV 程度低くなっている。 力電力が 2 倍の差となってしまう。入力電圧によっては 図₇に規制値に対するノイズマージンの比較を示す。入 出力電力が過剰に高くなるため,本 IC では AC 入力電圧 力ノイズフィルタを 1 段としたときの FA5610/FA5611 180 V 以上で OCP しきい値を 20 % 下げる機能を追加した。 の ノ イ ズ マ ー ジ ン は, 入 力 ノ イ ズ フ ィ ル タ が 2 段 で の OCP しきい値の切替えは,音鳴りを防止するためインダ FA5502 のノイズマージンとほぼ同等であり,入力ノイズ クタ電流の変化が少なくなるように行っている。 フィルタ 1 段の削減が可能となった。 415( 59 ) 富士時報 Vol.82 No.6 2009 低ノイズ電流連続モード PFC 制御 IC「FA5610/FA5611」 図₅ 評価電源回路 D202 L201 D206 R236 100Ω R229 IS 4 R239 0.1Ω R240 0.1Ω R250 0.1Ω R251 0.1Ω 図₆ 伝導ノイズ特性 伝導ノイズ(QP 値) レベル(dB V) AC100 V,出力 600 W AC 入力電圧:100 V 負荷変動:0 W→600 W QP 6 dB 220 F 220 F C206 C205 AC 入力電圧 AC 入力電圧 FA5502 FA5610/FA5611 40 220 F PFC_VCC+ 図₈ 負荷急変時の動作波形 60 50 16 kΩ VR201 R231 2 kΩ C214 2,200 pF C216 1,000 pF 2 1 PFC_VCC− 70 P_GND PFC_VCC C207 56 F C215 0.1 F VCC 8 R238 0.1Ω P_GND +390 V 1 2 3 4 FB 1 GND 6 R237 47 kΩ R230 10 kΩ F F 0.47 2 VCMP 2.2 C210 C220 R234 C213 680pF47 kΩC211 0.01 F 100 pF C212 FA5610/FA5611 5 ICMP C204 R215 7 OUT 3 VDET R226 R225 Q201 680 kΩ 620 kΩ 620 kΩ 620 kΩ R213 47 kΩ R221 100Ω R214 47 kΩ Q204 R222 22Ω D205 R219 100Ω R210 47 kΩ Q203 R220 22Ω D204 Q202 R216 22Ω R218 100Ω R227 100Ω 1C8P 1 2 3 AC85∼260 V C203 C217 0.1 F R201 R202 R203 R205 1 F Q205 9.1 kΩ C202 PFC_VCC R233 1 F F102 F101 ZT100 C201 R204 C103 1.0 F 330 kΩ 330 kΩ 330 kΩ 330 kΩ 330 kΩ C104 0.47 F R101 R103 510 kΩ R102 510 kΩ 510 kΩ F TH01 125 C105 C106 2,200 pF 2,200 pF 出力電圧 出力電圧 30 0.1 AC 入力電流 AC 入力電流 1 FA5502 V = drop −90 V 周波数(MHz) 図₇ 「FA5610/FA5611」と「FA5502」のノイズマージン FA5610N V = drop −35 V 図₉ 「FA5610/FA5611」と「FA5502」の効率特性比較 比較 96.5 26 24 FA5610/FA5611 入力フィルタ 2 段 22 20 18 FA5610/FA5611 入力フィルタ1段 16 FA5502 入力フィルタ 2 段 14 12 10 FA5610/FA5611 入力フィルタ1段 96.0 効率(%) ノイズマージン(dB V) 特 集 D101 95.5 95.0 94.0 93.5 100 200 300 400 500 600 FA5502 入力フィルタ 2 段 94.5 100 200 300 400 500 600 出力電力(W) 出力電力(W) へ急変させたときの動作波形を示す。FA5502 では出力 電圧低下が 90 V 程度発生しいる。これに対し FA5610/ ₃.₃ 負荷急変時の出力電圧低下対策 図₈ に AC 入力電圧 100 V,出力電力を 0 W から 600 W 416( 60 ) FA5611 では,負荷急変時の高速応答により出力電圧低下 が 35 V となり,50 V 以上改善した。 富士時報 Vol.82 No.6 2009 低ノイズ電流連続モード PFC 制御 IC「FA5610/FA5611」 要求がいっそう強くなっていくと予想される。今後とも, 図₁₀ 力率特性 これらの市場要求に応えるべく,IC の開発を行っていく 1.0 AC100 V 特 集 所存である。 参考文献 力率 ⑴ 鹿島雅人ほか. 電流連続モードPFC回路用電源IC「FA5550/ AC240 V 0.9 5551シリーズ」 . 富士時報. 2007, vol.80, no.6, p.441-444. ⑵ 園部孝二ほか. 臨界型PFC電流共振統合電源IC「FA5560 M」 . 富士時報. 2008, vol.81, no.6, p.419-423. 0.8 100 200 300 400 500 600 出力電力(W) 藪崎 純 スイッチング電源制御 IC の開発に従事。現在,富 士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体 統括部ディスクリート・IC 開発部。 ₃.₄ 効率と力率 図 ₉ に AC 入 力 電 圧 100 V で の 効 率 比 較 を 示 す。FA 5610/FA5611 では,ノイズ低減効果により入力ノイズフィ 陳 建 ルタを 1 段減らすことができる。このため,ノイズフィル スイッチング電源制御 IC の開発に従事。現在,富 タでの損失が低減され,どの条件でも FA5502 よりも効率 士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体 は高くなった。 統括部ディスクリート・IC 開発部。 図₁0 に力率特性を示す。AC 入力電圧 100 V,150 W で も 0.9 以上の力率が確保できた。 境 保明 4 あとがき スイッチング電源制御 IC の開発に従事。現在,富 士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体 8 ピ ン 連 続 モ ー ド PFC 制 御 IC「FA5610/FA5611」 を 統括部ディスクリート・IC 開発部。 紹介した。力率改善回路に対して,高効率や低ノイズ,小 型・薄型化,部品削減による電源システムコストダウンの 417( 61 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。