FEJ 83 06 420 2010

富士時報 Vol.83 No.6 2010
第 6 世代小型圧力センサ
特 集
6th Generation Small Pressure Sensor
西川 睦雄 Mutsuo Nishikawa
松下 浩二 Kouji Matsushita
斉藤 和典 Kazunori Saitou
自動車の環境に与える影響が少なくなるように,エンジンマネジメントを高精度化・高効率化するためには,圧力セン
サが重要なキーデバイスの一つとなる。富士電機は,デジタルトリミング型の第 6 世代小型圧力センサを開発した。異方
性エッチング技術で高精度のダイヤフラム加工を行い,センサ部の面積を削減した。さらに,デザインルールを見直して
回路部および保護素子を縮小化した。これにより,第 5 世代である従来の量産品と同等の機能,性能(検出精度)
,EMC
(Electro Magnetic Compatibility)保護性能を維持しながら,チップ面積を 70 % に縮小した。
A pressure sensor is a critical device for improving the precision and efficiency of engine management in order to reduce the environmental impact of cars. Fuji Electric has developed a 6th generation small-size digital trimming-type pressure sensor. High precision diaphragm
processing is implemented using an anisotropic etching technique and the area of the sensor unit is reduced. Additionally, the design rules
were revised, and as a result, the sizes of the circuitry and protective devices were reduced. Accordingly, the chip area was reduced by 70 %
while maintaining the equivalent functions, precision and EMC protection as conventional 5th generation products.
1 まえがき
自動車産業の“環境”への取組みは,欧州,米国,日本,
吸気管圧力検出用
(10 ∼ 120 kPa)
ターボ圧検出用
(10 ∼ 400 kPa)
アジアなど全世界的な規制強化とともに精力的に行われて
排ガス再循環
システム用(EGR)
(300 ∼ 600 kPa)
いる。これらの規制に対応するため,ハイブリッド車や電
気自動車などの電気車両化に向けた開発が進められてい
る。一方,従来方式であるガソリンエンジン車やディーゼ
ルエンジン車においても,空気と燃料との混合比をより緻
密(ちみつ)に制御して燃費の向上を図って高効率化する
ことや,排ガスをよりクリーンにするための技術開発が一
エア
フィルタ
ボックス
段と加速している。
圧力センサは,エンジンの高効率化やクリーン化といっ
たエンジンマネジメントをつかさどるキーデバイスの一つ
として用いられ,その重要性は年々高まってきている。
富 士 電 機 は,1984 年 に 自 動 車 用 圧 力 セ ン サ の 量 産 を
開始した。それ以来,厳しい環境性能への信頼性,検出
精度のニーズの変化に対して,独自の高い信頼性の回路
技 術 お よ び 高 度 な MEMS(Micro Eelectro Mechanical
Systems)技術を提案することで国内外の自動車および
二輪車に採用されている。2007 年からは,第 5 世代とな
エアフィルタボックス
目詰まり検出用
(10 ∼ 120 kPa)
目詰まり検出用
高地圧力補正用
(DPF)
(60 ∼ 120 kPa)
(100 ∼ 300 kPa)
カーエアコン冷媒圧制御用
トランスミッション用油圧
0 ∼ 3.0 MPa gauge
0 ∼ 5.0 MPa gauge
ブレーキ圧・パワーステアリング用油圧
2 ∼ 10 MPa gauge
る CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)
プロセスによるデジタルトリミング型圧力センサを量産し
ている。
本稿では,既に量産展開している第 5 世代デジタルト
リミング型圧力センサに対して,機能,性能(検出精度)
,
EMC(Electro Magnetic Compatibility)保護性能を維持
しながらも小型化を図ったデジタルトリミング型の第 6 世
代小型圧力センサを紹介する。
タイヤ空気圧検出用
(TPMS)
(150∼ 1,000kPa)
燃料タンク圧
漏れ検出用
(FTPS)
(−6 ∼+6 kPa gauge)
(60 ∼ 107 kPa)
図₁ 自動車用圧力センサのアプリケーション
420( 64 )
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第 6 世代小型圧力センサ
る。
1
2 圧力センサの自動車用アプリケーション
そのほか,エアコン冷媒圧制御用として,またトランス
図 1 に,自動車の圧力センサのアプリケーションを示
す。エンジンの燃費向上のために,燃料噴射システムは電
は高まってきている。自動車に用いられる圧力センサは,
このように用途と需要が急速に拡大している。
子制御化が進んでいる。この電子燃料噴射システム用には,
吸 気 圧 を 測 定 す る MAP(Manifold Absolute Pressure
3 圧力センサの技術変遷
sensor)および温度検出機能付きの TMAP(Temperature
Manifold Absolute Pressure sensor)を用いている。この
図₂ に,富士電機の圧力センサの技術変遷を示す。1984
電子燃料噴射システムは,現在では二輪車にも普及し始め
年に自動車用のエンジン制御を主体とした第 1 世代の圧力
ており,小型化の要求が強くなってきている。また,自動
センサを,バイポーラによる増幅回路技術およびサージ耐
車が高地を走行しても燃費が悪化しないようにするための
性を生かして製品化を開始した。
⑵
高度補正用の大気圧センサや,吸気系エアフィルタボック
その後,第 2,第 3 世代ではワンチップ化,薄膜トリミ
スの目詰まりを検出するための圧力センサ,排ガスを再利
ング化(チップ上の薄膜抵抗をレーザでトリミングする方
用するターボシステムで使われるターボ用圧力センサや
式)を採用した。
⑶,⑷
EGR(Exhaust Gas Recirculation)用センサと,燃費の向
第 4 世代では,世界初の CMOS プロセスによる 1 チッ
上を目的にした圧力センサが非常に多くの場所で用いられ
プデジタルトリミング型の自動車用圧力センサを量産化し
ている。
た。
⑸
さらに,日本のポスト新長期規制(2009 年)や欧州で
第 5 世代では,小型化および高信頼性の要求に応えるた
の Euro5(2009 年)
,Euro6(2014 年)に代表される排ガ
め,第 4 世代の基本コンセプトである“All in one chip”
ス規制の強化に対応するものとして,DPF(Diesel Par-
を継承し,小型化を図った。
ticulate Filter)の目詰まり検出用の圧力センサが挙げら
4 第 ₆ 世代小型圧力センサの特徴
れる。
安全面の規制に対応する圧力センサとして,欧米・韓
国での燃料漏れ検出用のタンク圧センサ(FTPS:Fuel
Tank Pressure Sensor) や, 米 国 「TREAD 法(Trans-
図₃ に,今回開発した第 6 世代小型圧力センサと,従来
品の第 5 世代圧力センサとの外観を示す。
portation Recall Enhancement Accountability and Docu-
第 6 世代小型圧力センサは,チップ各部の最適化や限界
ment Act)
」 成立に伴う,タイヤ圧不足を監視する装置
設計を行って,第 5 世代圧力と同等の機能と性能を維持し
(TPMS:Tire Pressure Monitoring System)が挙げられ
ながらも,チップ面積を 70 % に縮小したことが最大の特
センサ技術
1990
1985
第 1 世代
IC プロセス
第 2 世代
2000
第 3 世代
バイポーラプロセス
厚膜抵抗トリミング
トリミング
チップ搭載機能
1995
2005
第 4 世代
2010
第 5 世代
第 6 世代
CMOS プロセス
チップ上薄膜抵抗
レーザトリミング
2015
第 7 世代
⇒大口径化
CMOS デジタルトリミング
垂直エッチング
ダイヤフラム(等方性エッチング)
ゲージ(ピエゾ抵抗)
Si と Si 台座の
AuSn はんだ接合
MEMS 技術
機械的機能
電気的機能
Si とガラスによる
真空基準室(チップ接合)
Si とガラスによる
真空基準室(ウェーハ接合)
バイポーラアンプ
CMOS アンプ
薄膜抵抗
EPROM+D/A 回路
EMC 保護素子
高精度 CMOS アンプ
高密度
EMC 保護素子
温度センサ
排ガス対応
図 ₂ 富士電機の圧力センサの技術変遷
421( 65 )
特 集
ミッションなどの油圧制御用としても,圧力センサの需要
富士時報 Vol.83 No.6 2010
第 6 世代小型圧力センサ
応力の影響が及ぶので,例えばアナログ回路などのセンサ
徴である。
部以外のデバイスを配置することができない領域が広かっ
た。つまり,集積化や小型化に当たっての制約が生じてい
ジタル・アナログ・DA コンバータ)
”
“保護素子設計”の
た。
この制約を解決するために第 6 世代小型圧力センサでは,
3 項目を紹介する。
図₄ ⒝のように垂直に近い断面をもつダイヤフラム形状を
₄.₁ ダイヤフラム設計
採用し,発生する機械的応力のピークをより鋭く,局所的
センサ部となるダイヤフラムの最適化に当たっては,有
限要素法解析を用いて設計を行った。
に分布する形にした。これにより,回路領域側まで及んで
いた機械的応力をダイヤフラム部の極近傍に集約し,回路
図₄ にその一例を示す。第 5 世代までの圧力センサでは,
図₄ ⒜のようにアーチ状のダイヤフラム形状を採用して
領域側のデバイス配置可能領域を広げた。このように,断
面形状を変更することにより,センサ感度を維持しながら
いた。この形状はダイヤフラムに圧力が加わっても機械的
応力(グラフの線)は緩やかな分布を持ち,局所的に集中
しないという特徴があった。このため,加わった圧力に対
第 5 世代
して非常に強靱(きょうじん)な機械特性が得られる反面,
第 6 世代
(a)第 6 世代
(b)第 5 世代
図₃ 圧力センサの外観
図₅ ダイヤフラム断面形状の比較
10
25
センサ領域
第6世代
回路領域
15
非直線性(mV)
発生応力(MPa)
20
発生応力
10
ダイヤフラム
断面モデル
5
0
−5
0
−10
−20
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
−30
18
20
22
24
26
28
30
32
ダイヤフラム厚さ( m )
(a)第 5 世代チップ
図₆ センサ出力の非直線性
25
センサ領域縮小
回路領域
20
発生応力
(第 5 世代よりピークが
先鋭・局所的)
15
10
トリミング
回路部
ダイヤフラム
断面モデル
5
0
−5
第5世代
:サンプル評価の結果
0
チップ中心からの距離(mm)
発生応力(MPa)
特 集
次に,第 6 世代小型圧力センサに採用している最適化設
計の具体例として,
“ダイヤフラム設計”
“IC 部設計(デ
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
チップ中心からの距離(mm)
1.6
1.8
温度
検出部
DAC 部
感度・ゼロ点
感度調整
回路
EMC
遮断回路
VCC
DAC 部
温度検出
感度温度特性
ゼロ点温度
特性
センサ部
増幅回路
VOUT
ゼロ点調整
回路
(b)第 6 世代チップ
図₄ 有限要素法解析によるダイヤフラム設計例
422( 66 )
図₇ 第6世代小型圧力センサの回路ブロック図
GND
富士時報 Vol.83 No.6 2010
第 6 世代小型圧力センサ
ダイヤフラム面積を第 5 世代の約 60 % に縮小することが
MOS トランジスタなどのデバイスサイズの縮小は行わず,
できた。
デバイス配置の最適化のみにとどめた。
その結果,第 5 世代に比べて回路部面積を約 80 % に縮
世代圧力センサでは等方性エッチング技術を採用していた
小することができた。さらに,表₁ に示すように第 5 世代
が,第 6 世代小型圧力センサでは異方性エッチング技術を
と同等の機能,性能,トリミング精度を確保できている。
採用して垂直に近い断面形状を実現している。独自に確立
したプロセス条件によって,エッチング量に対して +
−2 %
₄.₃ 保護素子設計
を低減している。
したデザインルールの見直しと微細化を図った。第 5 世代
以内の高い面内均一性を実現し,センサ検出感度ばらつき
第 6 世代小型圧力センサでは,保護素子においても徹底
図₆ にセンサ試作結果の一例として,非直線性のグラフ
に比べて面積を約 80 % に縮小しながらも,第 5 世代と同
を示す。非直線性とは入力(圧力)に対する出力(電圧)
等の耐サージ性能・耐ノイズ性能を実現している。具体的
の直線からの乖離(かいり)量を示す項目であり,値が 0
には表₁ に示すとおりである。例えば ESD(Electrostatic
に近ければ近いほど直線的すなわち理想的であることを示
Discharge:静電気放電)のマシンモデル(0 Ω/200 pF)
す。
にて+
−600 V 以上の耐量を確保するなど,自動車用として
第 6 世代小型圧力センサでは,断面形状の変更に加え,
ダイヤフラムの径や厚さ,センシング抵抗の位置などにつ
最高水準の各種耐サージ性能や耐ノイズ性能をチップ単体
で実現している。
いて最適化を図っている。その結果,図₆ に示すようにダ
イヤフラム厚さの全域において第 5 世代よりも非直線性の
5 あとがき
改善が図れている。
本稿では,第 6 世代小型圧力センサの概要と特徴につい
₄.₂ 回路部設計
て説明した。国内外に広く製品展開を行っていくに当たり,
第 6 世代小型圧力センサの回路ブロックを図₇ に示す。
圧力センサには,地球温暖化をキーワードにした環境性能
本構成は第 4 世代から踏襲している構成であり,機能は削
や製品性能の向上に対する厳しい要求が,ますます加速し
減していない。回路部のサイズの縮小に当たっては,第 5
ていくことが予想される。今後もこの市場要求に応え,市
世代で培った実績を基に,より精細で高集積化を図るため,
場から必要とされ続ける製品開発を行っていく所存である。
車載センサ用デザインルールを見直した。
なお,出力精度に直結するアナログ部,特に信号増幅回
路や感度調整回路,ゼロ点調整回路内のオペアンプでは,
参考文献
⑴ 斉藤和典. 「車載用MEMSの最前線徹底検証」. 電子ジャー
ナル. 2010, p.99-119.
⑵ 三浦俊二, 酒井利明. 半導体圧力センサ. 富士時報. 1988,
表 ₁ 圧力センサの主要性能比較
項目
第 6 世代
第 5 世代
チップサイズ(面積比)
70%
100%
ダイヤフラムサイズ(面積比)
60%
100%
検出圧力レンジ
60 ~ 500 kPa
定格圧力
圧力レンジ× 3 倍
電源電圧
5 ± 0.25 V
出力電圧(電源電圧 5 V 時)
0.5 ~ 4.5 V
出力電圧精度(25 ℃時 /125 ℃時)
非直線性
(ダイヤフラム厚 30 µm,25 ℃時)
シンク・ソース能力
vol.61, no.8, p.537-541.
⑶ 加藤和之ほか. ワンチップ集積形圧力センサ. 富士時報.
1992, vol.65, no.3, p.186-189.
⑷ 加藤和之, 篠田茂. EMI対策内蔵型圧力センサ. 富士時報.
2000, vol.73, no.8, p.466-468.
⑸ 上柳勝道ほか. 自動車用圧力センサ. 富士時報. 2003, vol.76,
no.10, p.616-618.
1%FS/1.5%FS
− 2.5 mV
(typ)
− 5 mV
(typ)
シンク 1 mA
ソース 0.1 mA
ESD(外部インタフェース端子)
MM(0 Ω,200 pF)
± 1 kV 以上
HBM(1.5 Ω,100 pF)
± 8 kV 以上
ISO 7637(Pulse1,2,3a,3b)
インパルス
ラッチアップ(電流注入法)
EMS(G-TEM)
(100 V/m )
過電圧(VCC-GND 間)
逆接(VCC-GND 間)
LEVEL-IV クリア
± 1 kV 以上
西川 睦雄
± 500 mA 以上
半導体圧力センサの設計・開発に従事。現在,富
変動:1%FS 以下
士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体
16.5 V(max)
統括部ディスクリート・IC 技術部。
0.3 A(max)
423( 67 )
特 集
図₅ に実際のダイヤフラム断面形状の比較を示す。第 5
富士時報 Vol.83 No.6 2010
松下 浩二
第 6 世代小型圧力センサ
斉藤 和典
特 集
マイクロマシニングプロセス開発に従事。現在,
半導体圧力センサの設計・開発に従事。現在,富
富士電機システムズ株式会社技術開発本部計測技
士電機システムズ株式会社半導体事業本部半導体
術センターセンサデバイス開発部。
統括部ディスクリート・IC 技術部マネージャー。
電気学会会員。
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*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。