富士時報 Vol.73 No.8 2000 アナログ C/DMOS デバイス・プロセス技術 北村 明夫(きたむら あきお) 佐々木 修(ささき おさむ) まえがき ソナルコンピュータなどの電子機器に搭載される AC-DC コンバータ,DC-DC コンバータ,また,携帯電子機器に 富士電機のデバイス・プロセス技術は微細加工技術と高 耐圧技術の融合に特長があり,電源 IC などの分野に適用 使用されるリチウムイオン電池などのバッテリー充電を制 御するバッテリーチャージャなどがある。 されている。この分野では小型化・軽量化・低消費電力化 携帯電話機用電源 IC や大容量電源 IC は 10 V 以下の低 が望まれており,具体的には部品点数の削減のため外付け 電圧領域で使用され,DC-DC コンバータや AC-DC コン デバイスのワンチップ化や,電源電圧の低下に伴う低電圧 バータ,バッテリーチャージャでは 10 ∼ 60 V 程度の電圧 駆動化,高性能なアナログ回路技術などが要求されている。 が要求される。電流に関しても数 A オーダーの領域をカ デバイス・プロセス技術はこの要求にこたえるべく改良を バーし,かつ損失を低減するために低オン抵抗化が望まれ 重ねてきている。 ている。 ∼ (1) (4) 本稿 ではこの 電源 IC 用途 に 適 した,アナログ CMOS ( Complementary MOS)と 高耐圧横型 DMOS( Double 今回紹介するアナログ C/DMOS デバイス・プロセス技 術はこれら領域をターゲットとしている。 Diffused MOS) を 搭 載 し た ,1μm ル ー ル ア ナ ロ グ C/ 要素デバイス構造と主要特性 DMOS デバイス・プロセス技術について紹介する。 電源 IC マップ 図2に要素デバイスの断面図を示す。また,表1にデバ イスリスト,表2にプロセスフローを示す。表2のように 図1に電源 IC マップを示す。電源 IC の用途として,携 本プロセスは 1 μm プロセスをベースとしているが,LDD 帯電話機に内蔵される多チャネル携帯電話機用電源 IC や (Lightly Doped Drain)工程は削除している。この理由は, 大電流 を 供給 する 大容量電源 IC,また,プリンタやパー アナログ用途の CMOS では特性ばらつきを極力抑えなけ ればならないが,特性ばらつきはゲート長が微細になるほ ど大きくなる。そのため,LDD 工程を追加して微細トラ ンジスタ構造を得るよりも,LDD 工程を削除して工程短 図1 電源 IC マップ 縮を図った方がトータルコストダウンに寄与するからであ 10 る。また,本プロセスではプロセスオプションを選択する ことで,必要に応じたデバイスを一つのプロセスで形成す 出力電流(A) ることができる。表3にデバイス特性一覧を示す。 1 本デバイスの特長は次のとおりである。 大容量 電源IC ,高 (1) CMOS, 高耐圧 n チャネル MOSFET( NMOS) AC-DCコンバータIC 耐圧 p チャネル MOSFET(PMOS)の低しきい値電圧 DC-DCコンバータIC 0.1 化技術 バッテリーチャージャIC 携帯電話 機用電源IC (2 ) 60 V/30 V 耐圧・低オン抵抗 DMOS 技術 (3) 高抵抗ポリシリコン抵抗と低温度係数ポリシリコン抵 0.01 1 10 素子耐圧(V) 100 抗による高精度抵抗技術 (4 ) デプレション NMOS を用いた高精度基準電圧技術 (5) DMOS を用いた高周波スイッチング技術 456(36) 北村 明夫 佐々木 修 高耐圧C/DMOS デバイス・プロ セスの研究開発に従事。現在,松 本工場半導体開発センター IC 開 発部。 バイポーラ IC,Bi-CMOSIC のプ ロセスとデバイスの開発に従事。 現在 , 松本工場半導体開発 セン ター IC 開発部。 富士時報 アナログ C/DMOS デバイス・プロセス技術 Vol.73 No.8 2000 電源 IC へも低電圧駆動が要求されてきている。 そ こ で , ア ナ ロ グ 回 路 を 構 成 す る CMOS , 高 耐 圧 3.1 低しきい値電圧化技術 ディジタル LSI の 動作電圧 の 低下 や, 携帯電子機器 に NMOS, 高耐圧 PMOS の 低 しきい 値電圧化 を 図 った。 具 使用されるリチウム電池のバッテリー電圧の低下により, 体的には 1 μm ルール使用によるゲート酸化膜厚の薄膜化, 図2 要素デバイスの断面図 のデバイス特性に示すように低しきい値化を実現し,電源 チャネルイオン注入の打ち分けを行った。その結果,表3 IC として 2 V 以下の低電圧駆動が可能となった。 NMOS G S PMOS G S D n+ p+ n+ S n+ nウェル レータの方式があるが,ともに大電流・低損失を要求され p基板 る。そのデバイス的な判断基準として,出力デバイスの単 位面積 あたりのオン 抵抗 ( Ron・A)があり, 低抵抗化 に 低V th 60V PMOS G n+ G D S n+ p+ nオフセット pウェル 注力している。Ron・A はチップサイズに影響し,Ron・A D p+ が小さいほどチップ面積は小さくなる。 pオフセット pチャネル2 図3,図4に耐圧と Ron・A nウェル p基板 p基板 G n+ pチャネル p+ pチャネル pウェル より最適なオン抵抗での設計を可能としている。 pオフセット nオフセット p基板 と 30 V デバイスを同一プロセス内で形成し,使用電圧に D p+ n+ nオフセット pオフセット なると Ron・A は 上昇 する。 富士電機 では 60 V デバイス G S D nウェル 3.3 高抵抗・低温度係数ポリシリコン抵抗技術 p基板 低オン抵抗30V NDMOS G n+ D S p+ nオフセット pオフセット pチャネル 高性能なアナログ回路には高精度な抵抗が要求される。 低オン抵抗30V PDMOS n+ G pオフセット pチャネル p基板 図5に高抵抗ポリシリコン抵抗と従来の拡散抵抗の印加電 D p+ nオフセット pウェル の関係を示す。このように 耐圧と Ron・A はトレードオフの関係になり,耐圧が高く 低オン抵抗60V PDMOS 低オン抵抗60V NDMOS S 電源 IC にはシリーズレギュレータとスイッチングレギュ pウェル p基板 低V th 60V NMOS S 3.2 60 V/30 V 耐圧・低オン抵抗技術 D n+ nデプレション pウェル p基板 pチャネル G D p+ pチャネル2 pチャネル S デプレションNMOS 表2 プロセスフロー nウェル p基板 プロセスフロー 表1 デバイスリスト 能動素子 受動素子 標準プロセス n ウェル拡散 ○ p ウェル拡散 ○ オプション プロセス p オフセット拡散 ○ NMOS 高抵抗ポリシリコン抵抗 n オフセット拡散 ○ PMOS 低温度係数ポリシリコン抵抗 n ツェナー拡散 ○ デプレション NMOS 拡散抵抗 フィールド酸化膜形成 ○ 低 V th 60V NMOS ポリシリコン容量 チャネル拡散 ○ 低 V th 60V PMOS MOS 容量 デプレション拡散 ○ 低オン抵抗60V NDMOS ゲート電極形成 ○ 低オン抵抗60V PDMOS ソース・ドレイン拡散 ○ 低オン抵抗30V NDMOS 高抵抗・低温度係数ポリシリコン形成 低オン抵抗30V PDMOS コンタクト形成 ○ NPN 第1金属形成 ○ PNP 第2金属形成 ツェナーダイオード パッシベーション形成 ○ ○ ○ 表3 デバイス特性一覧 デバイス CMOS 高耐圧 MOS(60 V 耐圧) 高耐圧 DMOS(60 V 耐圧) 高耐圧 DMOS(30 V 耐圧) 項目 NMOS PMOS 低 V th NMOS 低 V th PMOS 低オン抵抗 NDMOS 低オン抵抗 PDMOS 低オン抵抗 NDMOS 低オン抵抗 PDMOS V th 0.5 V 0.5 V 0.5 V 0.5 V 1.0 V 1.0 V 1.0 V 1.0 V BVdss 11 V 11 V 90 V 75 V 87 V 75 V 43 V 47 V R on A ー ー ー ー 0.124 Ω・mm2 0.315 Ω・mm2 0.066 Ω・mm2 0.205 Ω・mm2 457(37) 富士時報 アナログ C/DMOS デバイス・プロセス技術 Vol.73 No.8 2000 図3 耐圧とオン抵抗の関係(NMOS) 図5 高抵抗ポリシリコン抵抗と拡散抵抗の印加電圧依存性 1 175 抵抗変化率(%) 単位面積あたりのオン抵抗 R on・A(Ω・mm2) :他社品 当社60V NDMOS 当社30V NDMOS 0.1 150 p型拡散抵抗 125 n型拡散抵抗 高抵抗ポリシリコン 100 シリコンリミット 0.01 10 50 75 100 0 5 10 素子耐圧(V) 図4 耐圧とオン抵抗の関係(PMOS) 20 25 30 35 図6 低温度係数ポリシリコン抵抗の温度依存性 1 120 :他社品 当社60V PDMOS 当社30V PDMOS 110 抵抗変化率 (%) 単位面積あたりのオン抵抗 R on・A(Ω・mm2) 15 印加電圧(V) 0.1 高抵抗ポリシリコン 100 低温度係数ポリシリコン 低抵抗ポリシリコン 90 シリコンリミット 80 −40 −20 0.01 10 50 100 0 20 40 60 80 100 120 140 測定温度 (℃) 素子耐圧(V) 図7 デプレション NMOS を用いた基準電圧回路構成 圧依存性を示す。このように,拡散抵抗では抵抗値の印加 電圧依存性が高く,かつ基板電圧依存性も高いため,設計 者はこの依存性を考慮して回路を検討しなければならなかっ た。これに対してポリシリコン抵抗では印加電圧,基板電 電源電圧 デプレション NMOS 圧に対してほとんど依存性がないため,回路特性の大幅な 向上が期待できる。富士電機ではこのポリシリコン抵抗の 抵抗値 をイオン 注入 により 決定 しており, 1.5 kΩ/□ と エンハンスメント NMOS 400 Ω/□ の 2 種類 を 開発 した。ここで, 400 Ω/□ は 温度 特性 を 考慮 しており, 図 6 に 示 すようにその 係数 は 100 ppm/℃以下である。この抵抗を使用することで,温度に 対しても高性能な回路を構成することが可能となる。 き+ − 0.5 %と高精度を達成している。 3.4 デプレション NMOS を用いた高精度基準電圧技術 デプレション NMOS とエンハンスメント NMOS を 用 いた基準電圧回路は温度特性が良好であり,かつ消費電力 3.5 DMOS を用いた高周波スイッチング技術 電子機器の小型・軽量化へのニーズから電源ユニット自 が少ないことが知られている。その回路構成を図7に示す。 体も同様の要求がなされている。電源ユニットの小型化に 富士電機では上記デバイスのチャネル幅・ゲート長の最 は,電源のスイッチング周波数の高周波化による負荷コイ 適化とデプレションイオン注入の最適化により,図8に示 すように温度に対する変動率を極小に抑制した。 ルの小型化が最も効果的である。 従来はスイッチングデバイスには外付けディスクリート また,初期的な出力電圧ばらつきはトリミング技術を用 デバイスを使用していたため,ゲート入力容量,帰還容量 いて 補正 を 行 い, 温度特性 を 含 めたトータル 出力 ばらつ ともに非常に大きくならざるを得ず,高速スイッチングに 458(38) 富士時報 アナログ C/DMOS デバイス・プロセス技術 Vol.73 No.8 2000 図8 基準電圧回路出力電圧の温度依存性 あとがき 1.10 1.08 電源 IC の分野では,高性能なアナログ回路技術のニー 1.06 ズが高まっており,デバイス・プロセスとしてもこの要求 出力電圧(V) 1.04 にこたえ,かつその先を見据えた開発が必要である。富士 1.02 電機は高耐圧・低オン抵抗技術をベースとし,さらに特長 1.00 あるデバイス・プロセス技術を開発し,社会に貢献してい 0.98 く所存である。 0.96 0.94 参考文献 0.92 0.90 −20 −10 (1) 北村明夫ほか: Surrounding-Body 領域を有する自己分離 0 10 20 30 40 温 度(℃) 50 60 70 80 型高性能横型 DMOSFET 構造,電子情報通信学会総合大会, C-561,p.154(1995) (2 ) Kitamura, A. et al.: “Self-Isolated and High Performance Complementary Lateral DMOSFETs with Surrounding- とって障害となっていた。しかし,このスイッチングデバ Body Regions”. Proceedings of ISPSD ’ 95. p.42-47(1995) イスを帰還容量の小さい横型低オン抵抗 DMOS としてチッ (3) 北村明夫 ほかゥ : Surrounding-Body 領域 を 有 する DMOS プ内に取り込み,かつそのサイズを仕様により最適化する FET の電気的特性,電気学会研究会,EDD-95-93,p.75-80 ことにより,極小なゲート入力容量,帰還容量の設定が可 能 となり, 例 えば 3 MHz/1 A 出力 の 高周波 スイッチング を実現している。 (1995) (4 ) 多田元・北村明夫:高耐圧 IC プロセス 技術 , 富士時報 , Vol.69,No.8,p.410-416(1996) 459(39) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。