富士時報 Vol.78 No.4 2005 産業用大容量 IGBT モジュール 特 集 西村 孝司(にしむら たかし) 柿木 秀昭(かきき ひであき) 小林 孝敏(こばやし たかとし) まえがき 表1 大容量 IGBT モジュールの製品系列 は,高耐圧・大電流化が容易な GTO(Gate Turn-Off)サ パッ ケージ 型式 130×140×38 M142 190×140×38 M143 130×140×38 M142 190×140×38 M143 130×140×38 M248 1,200 の進歩が目覚ましく,今まで GTO サイリスタが適用され 1MBI2400U4D-120 2,400 1MBI3600U4D-120 3,600 1MBI1200U4C-170 1,200 1 in 1 適用されるようになった。IGBT モジュールは,圧接構造 1MBI1600U4C-170 を有する GTO サイリスタと異なり,組立,取扱いおよび 1,600 1,700 保守点検が容易な絶縁型モジュール構造を持っているため, IGBT モジュールの適用分野は,飛躍的に拡大している。 1MBI2400U4D-170 2,400 1MBI3600U4D-170 3,600 2MBI600U4G-120 富士電機は,近年,多様化するニーズにきめ細かく対応 2MBI800U4G-120 するため,最近市場が伸長している大容量分野への製品展 600 1,200 2MBI1200U4G-120 800 1,200 2 in 1 開を図るべく開発を積極的に行ってきた。 パッケージ サイズ (mm) 1,600 1MBI1600U4C-120 Bipolar Transistor)モジュールの高耐圧・大容量化技術 定格 電流 (A) 1,200 1MBI1200U4C-120 イリスタが主流であった。近年,IGBT(Insulated Gate ていた高耐圧・大容量分野においても IGBT モジュールが 定格 電圧 (V) 型 式 産業用の大容量インバータに適用されるパワーデバイス 2MBI600U4G-170 今回,大容量産業分野への適用を狙った,Uシリーズの 2MBI800U4G-170 チップ(以下,U チップという)にさらなる改良を加えた 600 1,700 2MBI1200U4G-170 800 1,200 U4 シリーズのチップ(以下,U4 チップという)を銅ベー ス に 搭 載 し , 130 × 140( mm)( 1 個 組 お よ び 2 個 組 ) パッケージで 1,600 A,および 190 × 140(mm) (1 個組) 図1 大容量 IGBT モジュールのパッケージ外観 パッケージで 3,600 A までの電流容量を有し,1,200 V お M143パッケージ よび 1,700 V 耐圧を持つ大容量 IGBT モジュールを開発し た。本稿では, その概要と技術開発について紹介する。 製品系列 大 容 量 IGBT モ ジ ュ ー ル の 製 品 系 列 を 表 1 に 示 す 。 1,200 V および 1,700 V の耐圧クラスと三つのパッケージで M248パッケージ 構成され,600 ∼ 3,600 A のモジュールを系列化(合計 14 機種)している。図1にそのパッケージ外観を示す。 M142パッケージ 電気的特性 2MBI1200U4G-170(2 in 1 1,200 A/1,700 V)を代表型式 とし,U チップを使用したモジュールと比較しながら U4 チップを使用したモジュールの特徴について紹介する。 西村 孝司 3.1 最大定格および特性 最大定格および特性を表2に示す。 柿木 秀昭 小林 孝敏 IGBT モジュールの構造開発・設 パワー半導体デバイスの開発に従 パワー半導体デバイスの開発に従 事。現在,富士日立パワーセミコ 事。現在,富士日立パワーセミコ 計に従事。現在,富士電機デバイ ンダクタ株式会社松本事業所開発 ンダクタ株式会社松本事業所開発 ステクノロジー株式会社半導体事 設計部。 設計部チームリーダー。 業本部半導体工場アセンブリ開発 部。 264(16) 富士時報 産業用大容量 IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 図2 VCE(sat)- I c 特性 表2 最大定格および特性(型式:2MBI1200U4G-170) (a)最大定格(指定なき場合は,T j =T c =25 ℃) 記 号 項 目 定 格 条 件 1,400 単位 V GE =+15 V 1,200 コレクタ− エミッタ間電圧 V CES ゲート− エミッタ間電圧 V GES 1,700 V GE =0 V 特 V ー ±20 V I C(A) 1,000 集 T j =125 ℃ 600 連続 Tc =80 ℃ 1,200 A I C(pulse) 1ms Tc =80 ℃ 2,400 A 400 I C(DC) コ レ ク タ 電 流 T j =25 ℃ 800 最 大 損 失 Pc 1素子 4,960 W 200 最 大 接 合 温 度 Tj max ー 150 ℃ 0 保 存 温 度 Tstg ー −40∼+125 ℃ 絶 縁 耐 圧 V iso AC:1 ms 3,400 V 0 0.5 1 1.5 2 2.5 V CE(sat)(V) 3 3.5 (b)電気的特性(指定なき場合は,T j =T c =25 ℃) 項 目 記 号 試験条件 最小 標準 最大 単位 図3 VF - I F 特性 コレクタ− エミッタ間 漏れ電流 I CES V GE =0 V T j =125 ℃ V CE =1,700 V ー ー 1.0 mA 1,400 V GE =±20 V ー 1,200 I GES ゲート− エミッタ間 しきい値電圧 VGE(th) V CE =20 V I C =1.2 A コレクタ− エミッタ間 飽和電圧 (補助端子) V CE(sat) V GE = T j =25 ℃ +15 V IC= 1,200 A T j =125 ℃ 入 力 容 量 C ies t on ターンオン時間 tr t off ターンオフ時間 tf 順電圧 (補助端子) 逆 回 復 時 間 VF t rr 1.6 ー 5.5 6.5 7.5 V 熱抵抗(1素子) T j =25 ℃ T j =125 ℃ 800 600 400 V GE =0 V V CE =10 V f =1 MHz V CC =900 V I C =1,200 A V GE =±15 V R G =+4.7/+1.2 Ω T j =125 ℃ V GE = T j =25 ℃ 0V IF = 1,200 A T j =125 ℃ V CC =900 V I F =1,200 A T j =125 ℃ ー 2.25 200 ー V ー 2.65 ー ー 110 ー ー 3.10 ー ー 1.25 ー ー 1.45 ー ー 0.25 ー ー 1.80 ー s 2.00 0 0.5 1 1.5 V F(V) 2 2.5 3 3.3 スイッチング特性 (1) ターンオン特性 U4 チップを使用したモジュールは,入力容量(Cies)と 帰還容量(Cres)のバランスを最適化するために新しい構 V ー 0 nF ー 造を採用し,ターンオン損失を大幅に低減している。図4 に , V CC = 900 V, I C = 1,200 A, R gon = 1.8 Ω , T j = ー 0.45 ー s 125 ℃における L 負荷時のターンオン波形を示す。同一の ゲート抵抗(Rgon)で駆動した場合,U4 チップを使用し (c)熱的特性 項 目 1,000 A I F(A) ゲート− エミッタ間 漏れ電流 たモジュール(U4 モジュール)はUチップを使用したモ 記 号 条件 最小 標準 最大 IGBT ー ー 0.0252 FWD ー ー 0.042 R th(j-c) 単位 K/W ジュール(U モジュール)に比べ,テイル電圧が小さくな り,ターンオン損失(Eon)は約 50 %低減している。 (2 ) ターンオフ特性 図 5 に V CC = 900 V, I C = 1,200 A, R goff = 1.2 Ω , Tj = 125 ℃におけるL負荷時のターンオフ波形を示す。 ターンオフ損失は,同一のゲート抵抗(Rgoff)で駆動した 3.2 V - I 特性 図 2 に VCE( sat) -IC 特性, 図 3 に VF -IF 特性を示す。 IGBT チップの飽和電圧は,pnp トランジスタの注入効率 を下げ,ライフタイムコントロールを適用せずに輸送効率 場合,U チップを使用したモジュールに比べ,約 5 %低減 している。 (3) インバータ損失シミュレーション 図 6 に 同 一 条 件 ( I out = 860A rms , cosφ= 0.9 お よ び を上げ,正の温度係数を持つよう設計されている。また, −0.9,fc = 2.5 kHz)で動作した場合のインバータ損失シ FWD(Free Wheeling Diode)チップの順電圧は,ライ ミ ュ レ ー シ ョ ン 結 果 を 示 す 。 U4 チ ッ プ を 使 用 し た モ フタイムコントロールを最適化することで,IGBT チップ ジュールは U チップを使用したモジュールに比べ,発生 と同様に正の温度係数を持たせており,IGBT チップおよ 損失を力行時に約 10 %,回生時に約 14 %低減している。 び FWD チップともに,並列接続に対して有利である。 (4 ) 低電流逆回復特性 265(17) 富士時報 図4 産業用大容量 IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 ターンオン波形(VCC = 900 V,I C = 1,200 A,125 ℃) 図7 低電流逆回復特性 T j =25 ℃,V CC =1,200 V,L m =75 nH, U4モジュール V GE:20 V/div 特 10,000 R gon =0.68 Ω, V GE =+15 V/−15 V I c:500 A/div Uモジュール V CE :500 V/div Uモジュール di /dt(A/ s) Uモジュール 0V 集 U4モジュール 8,000 6,000 4,000 U4モジュール 2,000 0 0 0 V,0 A 25 50 75 100 125 150 175 200 225 I F(A) (a)di /dt - I F t :500 ns/div T j =25 ℃,V CC =1,200 V,L m =75 nH, 2,000 ターンオフ波形(VCC = 900 V,I C = 1,200 A,125 ℃) 0V V GE:20 V/div Uモジュール V sp(V) 図5 R gon =0.68 Ω, V GE =+15 V/−15 V 1,500 1,000 U4モジュール 500 U4モジュール 0 0 Uモジュール I c:500 A/div 25 50 75 I F(A) (b)V sp - I F V CE :500 V/div 0 V,0 A t :500 ns/div 100 125 150 175 200 225 図8 低電流逆回復波形(VAK = 1,200 V,I F = 10 A,25 ℃) Uモジュール: =1,740 V V sp 図6 インバータ損失計算シミュレーション結果 U4モジュール: =1,280 V V sp V AK:500 V/div 2,500 損失(W) 2,000 1,901 W E rr 1,500 VF 1,000 E off 1,710 W 0 V,0 A I F :200 A/div E on 500 V CE(sat) 0 U U4 (a)カ行(cos =0.9) φ 2,500 損失(W) 2,000 の特性を示す。U4 チップを使用したモジュールは,U チップを使用したモジュールに比べ低電流時の di/dt が低 く,サージ電圧を抑制していることが分かる。 図 8 は 1,825 W 1,575 W 1,500 VAK = 1,200 V,IF = 10 A,Rgon = 0.68 Ω時の条件で取得 (b) と合わせサージ電圧は,1,740 V した波形を示す。 図 7 から 1,280 V まで低減していることが分かる。 1,000 500 0 時のサージ電圧抑制を図っている。図7に低電流逆回復時 大容量化のパッケージ技術 U U4 (b)回生(cos =−0.9) φ 大容量インバータ装置は,高信頼性が要求されることか ら,装置を構築するパワーデバイスの信頼性を確保するこ とが重要な課題である。パワーデバイスの大容量化を実現 U4 チップを使用したモジュールの特徴として,低電流 するためには,モジュール内部で多数のチップを並列接続 時のターンオン di/dt が低減し,かつゲート抵抗による する必要があり,電流バランスや発熱を均等に保つことが ターンオン di/dt の制御性をよくしたことにより,逆回復 重要である。 266(18) 富士時報 産業用大容量 IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 図9 内部構造 図10 DCB 基板間電流測定結果 エミッタ端子 200 V/div,200 A/div,2 s/div 特 集 合成電流( I c1+ I c2 ) V CE I c2:DCB2電流 コレクタ端子 分割された DCB基板 0 V,0 A I c1:DCB1電流 (a)インダクタンスが不均等な場合 4.1 チップ特性 200 V/div,200 A/div,2 s/div 3.2節で説明したとおり,大容量 IGBT モジュールには, 正の温度係数を持つチップが実装されている。正の温度係 数を持つチップは,接合温度が高くなると電圧が上昇し, 合成電流( I c1+ I c2 ) V CE 並列接続されたチップは接合温度を均等化するように働く ため電流を自己調整する。この特性を利用し,安定動作す I c2:DCB2電流 るモジュールを構成している。 4.2 DCB 基板の分割 0 V,0 A I c1:DCB1電流 大容量 IGBT モジュールは,IGBT および FWD チップ (b)インダクタンスが均等な場合 を最大で各 24 並列接続し,モジュールを構成する。パ ワーサイクル耐量の確保および量産性の向上を目的に, DCB(Direct Copper Bonding)基板を分割する構造を採 (2 ) 内部インダクタンスの低減 用した。DCB 基板を分割することにより,発熱の干渉を 大容量 IGBT モジュールは,瞬時に大電流を遮断する性 抑制することができ,また DCB 基板ごとの良否判定が可 能を要求され,遮断時に発生するパッケージ内でのサージ 能となるため,製品製造効率の向上を図ることができる。 電圧を低減することが重要である。すなわち,パッケージ 図9に内部構造を示す。 内部のインダクタンス低減が課題となる。前項で述べた電 4.3 主端子構造の最適化 部インダクタンスを増加させる方向となるため,磁界の相 流分担を均等化するために導入した構造は,これに反し内 主端子を設計するうえで,重要な要素は次の三つである。 互作用を積極的に活用することで個々のインダクタンスを (1) DCB 基板間の電流分担の均等化 キャンセルし,インダクタンス増加を抑制した。その結果, (2 ) 内部インダクタンスの低減 1 端子分のインダクタンスは約 20 nH と非常に小さい値を (3) 主端子発熱温度の抑制 これら三つの要素は,それぞれが複雑に絡み合いトレー ドオフの関係を有しているため,三つの要素が満足する最 適設計が不可欠である。 (1) 電流分担の均等化 DCB 基板は,モジュールの主端子配置から,エミッタ 実現した。 (3) 主端子発熱温度の抑制 大容量 IGBT モジュールの主端子は,最大で 3,600 A モ ジュールを構成するため,1 端子(エミッタ端子およびコ レクタ端子で構成される一つの端子)あたり 1,200 A の通 流能力が要求されている。通流時に発熱する端子の温度上 端子直下に位置するものとコレクタ端子直下に位置するも 昇をいかに抑制するかが課題である。エミッタ端子および のとに分かれ,それらを最短配線で並列接続する必要があ コレクタ端子の下部を外側に屈曲させることにより,各端 る。最短配線することにより,DCB 基板間にはインダク 子の体積を増加させ,通流時の発熱温度を抑制している。 タンスの不均等が生じやすい構造となり,過渡時(ターン オン時,ターンオフ時および逆回復時)に大きな電流不均 パワーサイクル耐量の確保 衡を生じる。図10にインダクタンスが不均等な場合と均等 化した場合の DCB 基板に流れる電流の違いを示す。イン 富士電機では,IGBT モジュールにおけるパワーサイク ダクタンスの均等化には,エミッタ端子およびコレクタ端 ル試験後のモジュール解析から, Δ Tj パワーサイクル耐 子内部の電流経路を分析し,均等電流となる構造を採用し 量はチップ下のはんだとボンディングワイヤの寿命の合成 た。 で決まることを確認している。大容量 IGBT モジュールで (1) 267(19) 富士時報 産業用大容量 IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 図11 Δ Tj パワーサイクル耐量 く変化する大容量 IGBT モジュール特有のアプリケーショ ンを想定した Δ Tc パワーサイクル試験を実施しており, 109 ΔTc = 70 ℃の条件で 1 万サイクルを確認している。 集 パワーサイクル耐量(サイクル) 特 108 あとがき 107 U4 チップを適用した大容量 IGBT モジュール製品につ いて紹介した。本モジュールは,多様化したニーズにきめ 106 細かく対応できる製品群であることを確信している。特に, ターンオン損失を低減したことにより,ゲート抵抗の選択 105 幅を広げ,取扱い性が容易になっている。今後は,さらな るニーズに応えるべく半導体技術およびパッケージ技術の 4 10 レベルを高め,パワーエレクトロニクスの発展に貢献する 3 10 10 100 1,000 新製品の開発を行っていく所存である。 ΔT j(℃) 参考文献 (1) Morozumi, A. et al. Reliability of Power Cycling for IGBT は,チップ下はんだを高剛性材料の Sn/Ag はんだを適用 Power Semiconductor Module. Conf. Rec. IEEE Ind. Appl. したことに加え,DCB 基板を分割化し熱干渉を抑制した Conf. 36th. 2001, p.1912-1918. こと,DCB 基板間電流を均等化したことにより,チップ の並列接続数が少ないモジュールと同等の Δ Tj パワーサ 。また,ケース温度が大き イクル耐量を確認した(図11) 268(20) (2 ) 田 久 保 拡 ほ か . 大 容 量 産 業 用 ・ 車 両 用 NPT - IGBT モ ジュール.富士時報.vol.71, no.2, 1998, p.117-122. *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。