富士時報 Vol.78 No.4 2005 鉛フリー IGBT モジュール 特 西村 芳孝(にしむら よしたか) 大西 一永(おおにし かずなが) まえがき 集 望月 英司(もちづき えいじ) 図2 周囲温度と放熱ベース変形量 100 放熱ベース変形量( m) 近年,環境問題への対応から,エレクトロニクス実装に おいて従来の SnPb はんだの代替として鉛フリーはんだの 〈注〉 実用化(欧州 RoHS 規制への対応)が進められている。こ のような背景から IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュールにおいても鉛フリー化が望まれている。 富士電機では 1998 年からチップ下はんだに鉛フリーは んだを用い,パワーサイクル耐量の向上に成功している。 0 SnAg −100 −200 −300 今回,IGBT モジュール構造において,セラミック絶縁基 250 200 板と放熱用銅ベースの接合に用いられている SnPb はんだ 150 100 周囲温度(℃) 50 0 に代わる鉛フリー技術を確立したので報告する。 鉛フリー化における課題 表1 各種セラミックスおよび銅の特性 分 類 図1に IGBT モジュールの模式図および各部材の熱膨張 係数を示す。パワーモジュールは放熱性を優先させて構造 セラミックス 設計を行っている。一般的に IGBT モジュールでは,放熱 ベースとセラミック基板の熱膨張係数の大きく異なるもの 熱伝導率 アルミナ 7 ppm/K 20 W/ (m・K) 窒化アルミニウム 4 ppm/K 170 W/ (m・K) 窒化けい素 放熱ベース 熱膨張係数 銅 3 ppm/K 70 W/ (m・K) 16 ppm/K 390 W/ (m・K) をはんだで接合している。はんだ接合時および周囲温度の 変化により放熱ベースは変形し,はんだ部に応力を発生す る。この応力がはんだ部にクラックを発生させる。よって, 図2に周囲温度と放熱ベース変形量を示す。はんだ融点 温度サイクル試験における信頼性耐量を確保することが鉛 以下の温度と放熱ベースの変形量は比例関係にあることが フリーはんだを用いるうえでの課題である。 分かる。このことから放熱ベースの変形は,絶縁基板と放 熱ベースの熱膨張係数差のみで発生していることが分かる。 〈注〉RoHS :電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限 つまり,はんだ付け後の放熱ベース変形量を小さくするこ とで温度サイクル試験耐量を向上させることが可能と考え た。 図1 IGBT モジュール模式図 SnAgはんだ IGBTチップ 絶縁基板:3∼10 ppm/K 構造設計の検討 銅回路 熱膨張係数差による放熱ベース変形量を抑制するために, セラミックス 構造検討を行った。 銅回路 表1に一般的な絶縁基板に用いられる各種セラミックス SnPbはんだ 放熱ベース:16 ppm/K および放熱ベース材の銅の特性を示す。アルミナ基板は安 価で強靭(きょうじん)であること,窒化アルミニウム基 西村 芳孝 大西 一永 望月 英司 半導体パッケージのコア技術開発 パワー半導体の構造設計・開発に IGBT モジュールの構造開発に従 従事。現在,富士電機デバイステ 事。現在,富士電機デバイステク に従事。現在,富士電機デバイス クノロジー株式会社半導体事業本 ノロジー株式会社半導体事業本部 テクノロジー株式会社半導体事業 部半導体工場アセンブリ開発部。 半導体工場アセンブリ開発部。 本部半導体工場アセンブリ開発部 グループマネージャー。エレクト ロニクス実装学会会員。 269(21) 富士時報 鉛フリー IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 板は熱伝導率がよいことを特徴とし,IGBT モジュールの 長さを示す。窒化アルミニウムと比較して放熱ベース変形 絶縁基板として使用されている。 量の少ないアルミナ基板は,はんだクラックが少なく温度 鉛フリー IGBT モジュールにおいて温度サイクル試験耐 特 量を向上させるためには,熱膨張係数が放熱ベースに近い 集 アルミナを用いるのが有利であると考えられる。 サイクル試験耐量が高いことが分かる。 4.2 はんだ材の検討 図5に各種はんだ材の固相線温度と放熱ベース変形量に 実験結果 ついての関係を示す。固相線温度と放熱ベース変形量は比 例関係にあることが分かる。放熱ベース変形量を少なくす るためには,融点の低いはんだを選択することが効果的で 4.1 アルミナセラミック基板 各種絶縁基板を用いた場合のはんだ付け後放熱ベース変 形量を図3に示す。 ある。放熱ベース変形量を小さくするために,融点の低い SnAg はんだおよび SnAgIn はんだを選び検討を行った。 (1) 窒化アルミニウムからアルミナに変更することではん だ付け後の変形量は 640 µm から 460 µm に減少する。 SnAgIn はんだと SnAg はんだの応力−ひずみ曲線を図 6 に示す。SnAgIn はんだは,SnAg はんだと比較し強度 (2 ) アルミナセラミックス厚みを 0.635 mm から 0.25 mm が約 1.5 倍向上している。また,125 ℃における強度も同 にすることにより,はんだ付け後の変形量は 460 µm か 様の傾向である。はんだ種類による温度サイクル試験耐量 ら 330 µm に減少する。 への影響を調査するため,現在,アルミナ基板を使用して セラミック基板はセラミックス厚を薄くすることにより いる実機品において温度サイクル試験を実施した(アルミ 応力に対し変形しやすくなる。そのため,熱膨張係数差に より発生する応力に対しセラミックスが変形することで放 ナセラミックス厚み 0.32 mm,銅はく厚み 0.25 mm) 。 図7,図8に超音波探傷によるはんだ部調査結果を示す。 SnAg はんだを用いた場合,温度サイクル試験 300 回で約 熱ベース変形量は小さくなる。 絶縁基板と金属ベースの熱膨張係数差により応力が発生 30 %のクラックが発生しているのに対し,新しく開発し していることから,各種セラミック絶縁基板を用い温度サ た SnAgIn はんだでは,ほとんどクラックが発生しておら イクル試験を実施した。 ず,従来の鉛入りはんだとほぼ同等の信頼性である。 図4に温度サイクル試験回数と発生したはんだクラック 図9に,はんだクラックの長さとはんだ厚みの関係を示 す。SnAgIn は SnAg よりはんだ厚みの影響が少ないこと が分かる。 図3 各種絶縁基板と放熱ベース変形量 −200 図5 はんだ融点と放熱ベース変形量 −300 アルミナ 放熱ベース変形量( m) −200 (2) −400 −500 (1) −600 −700 窒化アルミニウム 0 0.2 0.4 0.6 セラミックス厚み(mm) はんだクラック長さ(mm) 図4 温度サイクル試験回数とはんだクラック長さ 10 6 −360 60 4 SnAgIn 50 40 SnAg 30 20 10 2 0 −320 70 アルミナ セラミックス厚み0.32 mm 銅回路厚み0.25 mm 8 −280 図6 SnAg はんだと SnAgIn はんだの応力−ひずみ曲線 窒化アルミニウム セラミックス厚み0.65 mm 銅回路厚み0.25 mm 12 −240 −400 100 120 140 160 180 200 220 240 260 はんだ融点(℃) 0.8 応力(MPa) 放熱ベース変形量( m) 銅回路厚み0.25 mm 0 0 200 400 温度サイクル試験回数 270(22) 600 0 0.5 1.0 ひずみ(%) 1.5 2.0 富士時報 鉛フリー IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 図10 はんだ微細組織 図7 温度サイクル試験後の超音波探傷観察 SnAg SnAgIn SnPb 特 試験前 試験前 集 100回 100回 300回 SnAg SnAgIn クラック 図11 富士電機の RoHS 指令対応 IGBT モジュール 図8 温度サイクル試験回数とはんだクラック長さ 端子:すず合金めっき はんだクラック長さ(mm) 12 SnAg 10 SnAgIn 8 ケースリング: 三価クロムめっき 6 4 2 0 0 200 400 600 温度サイクル試験回数 SnAgIn はんだを用いた IGBT モジュール製品 図9 はんだ厚みとクラック長さの関係 図11に富士電機の RoHS 指令対応 IGBT モジュールを はんだクラック長さ(mm) 12 示す。この製品は鉛,六価クロムを使用していないが,従 10 来の鉛入りはんだと同等の製品信頼性を確保している。 SnAg 8 SnAgIn 厚銅はくアルミナ基板による高信頼性化 6 4 さらに高信頼性化を図るため,セラミック絶縁基板の熱 2 0 膨張係数を放熱ベースに近づけることを検討した。図12に 銅回路厚みを変更した際の各種セラミック絶縁基板熱膨張 0 50 100 150 200 250 はんだ厚み( m) 係数について FEM(有限要素法)解析結果を示す。厚銅 回路基板を用いることでセラミック絶縁基板の熱膨張係数 が大きくなることが分かる。 厚さ 0.25 mm のアルミナセラミックスで銅はくの厚み を変化させた絶縁基板を用い放熱ベースの変形量を調査し た銅はく厚みを 0.25 mm から 0.5 mm に増加させることに 図10に温度サイクル試験前後におけるはんだ微細組織観 より放熱ベース変形量を約 100 µm 少なくすることができ 察を示す。SnAg 系はんだは温度サイクル試験により粒子 た。このことから銅はくを厚くすることにより実際にセラ の凝集が起きている。一方,SnAgIn はんだの微細組織は ミック絶縁基板の熱膨張係数が大きくなっていることが分 変化していない。一般的に粒子の粗大化により強度は低下 かる。 する。SnAg に In を添加することにより粒子の粗大化が 銅はくを厚くした絶縁基板を用いたサンプルの温度サイ 防止されたことが温度サイクル試験耐量向上の理由の一つ クル試験を実施した( 図13)。銅はく厚み 0.25 mm では と考えられる。 300 回からクラックが発生した。銅はく厚みを 0.5mm に 271(23) 富士時報 鉛フリー IGBT モジュール Vol.78 No.4 2005 することで 500 回経過時でもクラックが発生していない。 図12 銅回路厚みと絶縁基板熱膨張係数の関係 銅はくを厚くすることにより温度サイクル試験におけるク アルミナ厚み 0.32 mm 11 絶縁基板熱膨張係数(ppm/K) 特 集 ラックの進展を抑制することに成功した。図14にアルミナ セラミックスに 0.5 mm の銅はくを接合したアルミナ DCB 10 (Direct Copper Bonding)基板の断面を示す。 窒化けい素厚み 0.32 mm 9 また,銅はくを厚くすることにより熱抵抗が改善するこ (2 ) とが判明している。放熱ベース付き構造においても,銅は 8 くの厚みを 0.25 mm から 0.5 mm に増加させることにより 7 熱抵抗を約 15 %低下させることに成功した。 6 窒化アルミニウム厚み 0.635 mm 5 4 0.2 0.3 0.4 0.5 あとがき 0.6 アルミナセラミック絶縁基板と SnAgIn 系はんだを用い 銅回路厚み(mm) ることにより SnAg 系はんだより優れた温度サイクル試 験耐量を持つ鉛フリー IGBT モジュール技術を確立した。 図13 温度サイクル試験回数とはんだクラック長さの関係 また銅はくを厚くしたアルミナセラミックスを用いること により低い熱抵抗を確保しつつ鉛フリー化において高い信 1.2 頼性を確保することができた。 はんだクラック長さ(mm) SnAgIn 富士電機は,この技術を用いた鉛フリー IGBT モジュー 現行アルミナ基板 セラミックス厚み0.25 mm 銅回路厚み0.25 mm 1 0.8 ルを製品展開することで世界の環境保護に貢献する所存で ある。 0.6 参考文献 0.4 厚銅はくアルミナ基板 セラミックス厚み0.25 mm 銅回路厚み0.5 mm 0.2 0 0 200 400 温度サイクル試験回数 600 (1) Morozumi, A. et al. Reliability of Power Cycling for IGBT Power Semiconductor Modules. IEEE Transactions On Industry Applications. vol.39, no.3, 2003- 05/06, p.665- 671. (2 ) Nishimura, Y. et al. New generation metal base free IGBT module structure with low thermal resistance. in 図14 アルミナ DCB 基板の断面 Proc. 16th ISPSD. 2004, p.347- 350. 銅回路厚み0.5 mm アルミナ 銅回路厚み0.5 mm 272(24) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。