富士時報 Vol.80 No.6 2007 600 V 低損失高速ダイオード「SuperLLD3 シリーズ」 特 集 森本 哲弘(もりもと てつひろ) 渡島 豪人(わたしま たけと) 一ノ瀬 正樹(いちのせ まさき) まえがき 子機器の誤動作・寿命低下,電力供給の力率低下などの問 題を引き起こしている。これに対し各国では法的規制によ 現在,地球温暖化・環境破壊などの社会問題が多岐にわ り,高調波の抑制が義務づけられているので力率改善回路 たり,省資源化も盛んに叫ばれている。電子機器では低消 を付加することで対応している。先にも述べたように電源 費電力化・高効率化・回路の簡素化による小型化,部品点 の高効率化がますます強くなる傾向にあるため,力率改 数の削減が重要視されている。これに伴い,電子機器に搭 善回路もシステム全体で高効率・低損失化が必要不可欠と 載されるスイッチング電源も低消費電力化・高効率化・高 なっている。力率改善回路は図 2 に示すような回路構成と 周波化・低ノイズ化が進められてきている。 なっており,その制御方式はリアクトル電流を不連続とす 富士電機では,各種電源用途に合わせた整流ダイオード る方式(電流非連続方式)と連続とする方式(電流連続 として,低損失高速ダイオード(LLD)やショットキー 方式)がある。この中で,電流連続方式は主に高出力の電 バリヤダイオード(SBD)など各種ダイオードの製品化・ 源に用いられる。この方式はダイオードの順方向通電時 系列化を行ってきた。 本稿では,主にスイッチング電源の力率改善回路用途に 図 力率改善回路と動作波形 新たに開発した 600 V 低損失高速ダイオード「SuperLLD3 L 。 シリーズ」について概要を紹介する(図 1) La + VO SuperLLD3 の適用用途と要求 ※ L a は配線インダクタンス (a)力率改善回路 商用電源を使用している電子機器では入力整流部に L 電流 AC-DC 変換の整流回路が多く用いられる。これが電流の ひずみ波形を発生させ,高調波電流の発生源となり,電 MOS 電流 MOS 電圧 図 600 V 低損失高速ダイオード SuperLLD3 シリーズの VO ダイオード電流 外観 ダイオード電圧 VO (b)リアクトル電流連続型波形 L 電流 MOS 電流 MOS 電圧 VO ダイオード電流 ダイオード電圧 VO (c)リアクトル電流非連続型波形 森本 哲弘 渡島 豪人 パワーダイオードの開発・設計に パワーダイオードの開発・設計に パワーダイオードの開発・設計に 従事。現在,富士電機デバイステ 従事。現在,富士電機デバイステ 従事。現在,富士電機デバイステ クノロジー株式会社半導体事業本 クノロジー株式会社半導体事業本 クノロジー株式会社半導体事業本 部情報・電源事業部技術部。 部情報・電源事業部技術部マネー 部情報・電源事業部技術部。 ジャー。 428( 50 ) 一ノ瀬 正樹 600 V 低損失高速ダイオード「SuperLLD3 シリーズ」 富士時報 Vol.80 No.6 2007 に MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect VF と trr のトレードオフ相関を 10 A 品について比較した 結 果 を 図 4 に 示 す。SuperLLD3 は SuperLLD1,2 の VF と trr のトレードオフラインに対し,格段に改善している。 象に伴うスイッチング損失の抑制という課題を考慮しなけ trr は SuperLLD1 に対して約 25 % 抑えられており,高周 ればならない。 波動作でのスイッチング損失の低減に有効である。 また,電源の高出力・小型化に対してはダイオードの順 次 に trr の 温 度 依 存 性 を 図 5 に 示 す。SuperLLD3 は 方向損失の抑制も合わせて考慮しなければならない。した SuperLLD1 に比べ trr の温度変化率が小さいため,高温の がって,ダイオードは逆回復時間(trr)の低減のみならず, 実動作を考慮した場合,スイッチング損失の温度依存性は 順電圧(VF)の低減も重要となる。そこで,従来の高速 小さくなると考える。 化(短 trr)に特化した「SuperLLD1 シリーズ」の高速化 図 6 に SuperLLD3 と SuperLLD1 の順方向特性を比較 と同時に,低 VF 化も考慮した LLD が必要となる。 した結果を示す。SuperLLD3 の順方向特性は SuperLLD1 図 3 に電流連続方式の力率改善回路のダイオードと より高温時(100 ℃)で約 20 % 低減しており,順方向損 MOSFET の損失分析結果の一例を示す。MOSFET の損 失の低減が可能である。表1に SuperLLD3 と SuperLLD1 失が占める割合が全体の 2/3 強と非常に大きく,その損失 の特性比較結果を示す。次に高速化かつ低 VF 化を図っ の中で約半分を占めるターンオン損失にはダイオードの逆 た SuperLLD3 の 効 果 を 確 認 す る た め に 実 際 の 電 流 連 回復特性が大きな影響を与えている。そこで,MOSFET のターンオン損失低減のためにもダイオードとしては,従 図 t rr の温度依存性 来の SuperLLD1 以上の高速化と低 VF 化を達成する必要 が あ る。 今 回,SuperLLD1 比 25 % の trr 低 減 と 20 % の 90 VF 低減を実現した SuperLLD3 を開発した。 80 70 SuperLLD3 の特徴と実施例 従来品 SuperLLD1 t rr(ns) 60 今回開発した SuperLLD3 と従来品の SuperLLD1,2 の 50 40 新製品 SuperLLD3 30 図 電流連続方式の力率改善回路のパワー素子損失シミュレー 10 0 20 パワー素子損失比率(%) 100 80 MOSFETオン損失 40 図 ダイオードスイッチング損失 30 ダイオード順損失 t rr(ns) T j =100 ℃ I F(A) � t rr 測定条件 I F =10 A −di r /dt =100 A/ s T j =100 ℃ T j =25 ℃ 1 0.7 0.5 60 新製品 SuperLLD3 3 従来品(600 V SuperLLD2) 90 70 90 100 110 120 5 100 80 70 80 T j(℃) 7 V F-t rr トレードオフ相関 110 60 従来品 SuperLLD1 10 120 50 600 V 10A LLD 順方向特性比較 20 130 40 MOSFETターンオフ損失 60 140 30 MOSFETターンオン損失 0 図 � t rr 測定条件 I F =10 A −di r /dt =100 A/ s 20 ション 従来品(600 V SuperLLD1) 0.3 新製品 600 V SuperLLD3 50 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 2.8 3.0 V F(V) 0.1 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 V F(V) 3.0 3.5 429( 51 ) 特 集 Transistor)がオンするため,ダイオードの順電流が強制 的に逆バイアスされることになり,ダイオードの逆回復現 富士時報 Vol.80 No.6 2007 600 V 低損失高速ダイオード「SuperLLD3 シリーズ」 続 方 式 の 力 率 改 善 回 路 で 評 価 を 実 施 し た。 実 装 電 源 は た,MOSFET は損失の約 1/3 を占めるターンオン損失に 影響するドレイン電流が SuperLLD3 の適用により低減さ れ,温度上昇も抑えられている。SuperLLD3 の適用でダ ダイオードと MOSFET の電流・電圧の代表波形を図 7 イオードと MOSFET のトータルの温度上昇が低減でき, に示す。 表 2 に SuperLLD3 と SuperLLD1 をそれぞれ実 電源効率も約 1 % 改善されている。 装したときのダイオードと MOSFET の温度上昇・電源効 SuperLLD3 の設計施策 率の測定結果を示す。ダイオードと MOSFET は分離した ヒートシンクで実装評価を行っている。ダイオードの温 度上昇は VF を大幅に低減させたこと,trr を高速化したこ プレーナ型ダイオードの基本構造を 図 8 に示す。LLD とにより,SuperLLD1 に対し約 11 ℃低くなっている。ま は高速化を図るためにライフタイムキラー拡散プロセスを 適用している。 表 今回,LLD の設計検討の例として,図 9 に 3 種類の p+ SuperLLD3とSuperLLD1の特性比較(実測値) 項 目 条 件 25 ℃ VF 100 ℃ 新製品 SuperLLD3 従来品 SuperLLD1 単 位 2.5 3.3 V 2.0 2.5 V 23 25 ns I F =10 A 25 ℃ t rr 100 ℃ I RP 25 ℃ I F =10 A −di r /dt= 100 A/ s 100 ℃ 57 77 ns 1.2 1.2 A 1.75 1.74 A 層の濃度(A < B < C)およびライフタイムキラー拡散 図 LLD のチップ断面構造 ガードリング 電極 xj p+ W n− n− 酸化膜 n+ 図 電源実装時の印加波形 電極 図 V F-t rr トレードオフ相関 t rr(ns) 0 A,0 V (a)ダイオード 従来品 600 V SuperLLD p+ 濃度:A p+ 濃度:C 0V p+ 濃度:B V F(V) (a)実験 1 0 A,0 V (b)MOSFET 表 t rr(ns) 特 集 390 W(390 V/1 A)出力のもので,スイッチング周波数 は 65 kHz である。 SuperLLD3とSuperLLD1の温度上昇と効率 項 目 単 位 87.17 % ダイオード 35.7 46.8 ℃ MOSFET 50.4 52.9 ℃ 条件:390 W(390 V,1.0 A出力),65 kHz 430( 52 ) 従来品 SuperLLD1 88.16 効 率 ケースの 温度上昇 新製品 SuperLLD3 従来品 600 V SuperLLD W n−:① W n−:② V F(V) (b)実験 2 600 V 低損失高速ダイオード「SuperLLD3 シリーズ」 富士時報 Vol.80 No.6 2007 表 600 V SuperLLD3の絶対最大定格と電気的特性一覧 絶対最大定格 パッケージ 電気的特性 チップ構成 V RRM (V) I o(max) (A) I FSM (A) V FM(V) (T j =25 ℃ ) I RRM( A) V R =V RRM t rr (ns) I F =0.1 A,I R =0.2 A, I rec =0.05 A R th(j-c) (℃/W) YA981S6R TO-220AB シングル 600 8 40 3.0 IF= 8 A 25 26 2.50 YG981S6R TO-220F シングル 600 8 40 3.0 IF= 8 A 25 26 4.50 TS982C6R T-pack(S) ツイン 600 16 40 3.0 IF= 8 A 25 26 1.50 YA982C6R TO-220AB ツイン 600 16 40 3.0 IF= 8 A 25 26 1.50 YG982C6R TO-220F ツイン 600 16 40 3.0 IF= 8 A 25 26 2.00 YA982S6R TO-220AB シングル 600 10 50 3.0 I F = 10 A 30 28 2.00 YG982S6R TO-220F シングル 600 10 50 3.0 I F = 10 A 30 28 3.50 TS985C6R T-pack(S) ツイン 600 20 50 3.0 I F = 10 A 30 28 1.25 YA985C6R TO-220AB ツイン 600 20 50 3.0 I F = 10 A 30 28 1.25 YG985C6R TO-220F ツイン 600 20 50 3.0 I F = 10 A 30 28 1.75 PA985C6R TO-3P ツイン 600 20 50 3.0 I F = 10 A 30 28 1.50 図 断面濃度構造 SuperLLD3 の系列 表 3 に,SuperLLD3 の絶対最大定格と電気的特性一覧 新製品 SuperLLD3 を示す。電流定格は 8 〜 20 A,製品外形は TO - 220 AB, TO - 3 P,フルモールドタイプの TO - 220 F,表面実装タ 濃度 従来品 SuperLLD1 イプの T - pack(S)である。 n+ p+ n− あとがき 富士電機が新規に開発した「SuperLLD3 シリーズ」に ついて概要を紹介した。これらは,電流連続方式の力率改 チップ表面からの深さ 善回路への適用に十分な性能を有し,そのほかに高耐圧で 高速,低 VF 特性が必要な高出力電源の二次側整流用途に 濃度を変化させたときの 100 ℃での VF と trr の相関を示 も有効と考える。今後,さらに電源の高出力化と高周波駆 す。また,同様に 2 種類の n− 層厚さ(Wn− ) (①>②) 動による小型化が進むことが予想され,適用されるダイ およびライフタイムキラー拡散濃度を変化させたときの オードにはさらに低損失化や低ノイズ化が求められる。富 から,p+ 層の濃 士電機では,今後も LLD をはじめとし,SBD などを含め 度を高くすること,n−層の厚さを薄くすることで trr の高 高速ダイオードの特性・品質の向上と,製品系列の拡充を 速化と低 VF 化が可能であることが分かる。このような検 図り,より市場に有効な製品を提供していく所存である。 100 ℃での VF と trr の相関を示す。 図 討を基に,p+ 層の濃度と拡散深さ,ライフタイムキラー の拡散濃度,n− 層の最適化を図り,図 に示すように従 来の LLD に対して高濃度低拡散プロファイル設計にて SuperLLD3 の製品化を達成している。 参考文献 関康和ほか.最近の IGBT と周辺ダイオード.’ 96 スイッ ( 1) チング電源シンポジウム.1996. B3-2-1 〜 B3-2-12. 北村祥司,松井俊之.600 V スーパー LLD.富士時報. ( 2) vol.74, no.2, 2001, p.141-144. 森本哲弘.ソフトリカバリー LLD.富士時報.vol.79, no.5, ( 3) 2006, p.382-385. 431( 53 ) 特 集 型 式 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。