富士時報 Vol.83 No.6 2010 リニア制御用 IPS 「F5064H」 特 集 “F5064H” IPS for Linear Control 岩水 守生 Morio Iwamizu 岩田 英樹 Hideki Iwata 岩本 基光 Motomitsu Iwamoto リニア制御用にハイサイド IPS(Intelligent Power Switch)とオペアンプとを一つのパッケージにした「F5064H」を開 発した。本製品は,電流検出に必要な高精度オペアンプを内蔵することで,自動車電装品である ECU(Electronic Control Unit)の小型化に貢献する。出力段の MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)を低オン抵抗化 するために擬平面接合 QPJ(Quasi Plane Junction)技術を適用した。また,第 3 世代 1.5 µm 自己分離プロセス技術を適用 した IC 回路の微細化により,チップサイズを縮小し,小型 SSOP-20 パッケージに搭載できるようにした。 A high-side IPS (Intelligent Power Switch) and an operational amplifier have been combined into a single package to develop the“F5064H” used for linear controls. This product has been constructed with an internal high-precision operational amplifier which is needed for current detection, and contributes to the miniaturization of ECUs (Electronic Control Units) in automobiles. The output stage MOSFET (Metal-OxideSemiconductor Field-Effect Transistor) uses QPJ (Quasi Plane Junction) technology to achieve low on-resistance. Also, the smaller size of the IC circuit that utilizes 3rd generation 1.5 µm self-isolation process technology results in a smaller chip size that can be housed in a small SSOP-20 package. 1 まえがき 2 「F5064H」の概要 自動車電装分野では, “環境” “安全” “快適”をキー F5064H の外観を図₁ に,回路ブロック図を図₂ に,リ ワードとする自動車電子制御システムの進化に拍車がか ニア制御回路を図₃ に示す。最大定格,電気的特性を 表 か っ て い る。 そ の 中 で, オ ー ト マ チ ッ ク ト ラ ン ス ミ ッ ₁, 表 ₂ に示し,論理表を 表 ₃ に示す。F5064H はソフト ションには,快適性と燃費向上が求められ,6 速以上の多 フィードバックタイプであり,主な特徴は次の五つである。 段 化 や CVT(Continuously Variable Transmission) 化 ⒜ 負荷電流を高精度に検出するオペアンプ内蔵 と,ソレノイドバルブに流れる電流に応じてリニアに油 ⒝ 過電流,過熱検出機能による負荷短絡保護機能内蔵 圧が変更できるリニア制御が増加する傾向にある。この ⒞ 負荷状態・異常状態出力用ステータス端子内蔵 リニア制御は,負荷であるリニアソレノイドに流れる電 ⒟ インダクタンス負荷でのターンオフ時の逆起電圧に 流を,高精度に検出する必要があり,回路部品を搭載す 対する電圧クランプ回路内蔵により,インダクタンス る ECU(Electronic Control Unit)の肥大化にもつながっ 負荷の高速動作が可能 て い る。 富 士 電 機 は, 縦 型 の 出 力 段 MOSFET(Metal - Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor) と そ れ を制御し保護する回路とを一つのパッケージにした IPS VB (Intelligent Power Switch)を開発してきた。今回開発し ハイサイド IPS 部 た IPS「F5064H」 (図₁)は,リニア制御に必要な高精度 電流検出用オペアンプを内蔵することで,実装点数の低減 IN 過電圧 検出 による ECU の小型化と,実装工数の削減に貢献できる製 論理 回路 品である。 ST 内部電源 レベルシフト ドライバ 負荷開放 検出 短絡 検出 OUT 過熱 検出 過電流 検出 GNDh オペアンプ部 VDD5 FB オペ アンプ S+ S− GNDs 図₁ 「F5064H」の外観 図₂ 「F5064H」の回路ブロック図 415( 59 ) 富士時報 Vol.83 No.6 2010 リニア制御用 IPS 「F5064H」 表 ₁ 「F5064H」の絶対最大定格(T a=25 ℃) VDD5(5 V) VB(13 V) 特 集 項 目 F5064H IN ST 制御・ 保護回路 + − 定 格 条 件 最 小 最 大 V GNDs − 0.3 7 単 位 オペアンプ部 電源電圧 OUT FWD FB 記 号 リニア ソレノイド S+ S− シャント 抵抗 GND V DD5 DC S+電圧 VS + DC V GNDs − 0.3 16 V S−電圧 VS − DC V GNDs − 0.3 16 V FB 電圧 V FB DC V GNDs − 0.3 7 V Tj - − 40 150 ℃ 接合部温度 ハイサイド IPS 部 電源電圧 V B1 DC V GNDh − 0.3 33 V V B2 250 ms ─ 50 V 出力電流 ID ─ ─ 3 A 入力電圧 V IN DC V GNDh − 0.3 VB V ステータス電圧 V ST DC ステータス電流 I ST ─ 接合部温度 Tj ─ T STG ─ − 55 図₃ 「F5064H」によるリニア制御回路 ⒠ 駆動回路内蔵のためマイクロコンピュータによる直 接駆動が可能 図₂ に示す電流検出用オペアンプ部とハイサイド IPS 部とは別々のチップで形成し,一つのパッケージに搭載し V 保存温度 V B = OPEN V GNDh − 0.3 7 V V GNDh − 0.3 7 V ─ 5 mA − 40 150 ℃ 150 ℃ ている。 3 「F5064H」の特徴 載している。その動作例として,F5064H が過電流検出状 態から電流発振モードに至るまでの動作波形を図₄ に示 ₃.₁ 電流検出用オペアンプ す。F5064H では出力発振モード下でのピーク電流を 14 A 電流検出用オペアンプのオフセット電圧,温度ドリフ 程度にクランプしており,過大な電流が流れる異常状態に ト特性をはじめとする電気的特性について 表 ₂ に示す。 おいても,デバイスが発生するノイズを低く抑えている。 F5064H は次の工夫によって広い温度範囲で高い電流検出 また,本ピーク電流の低減により,ECU 配線の微細化お 精度を実現している。 よびワイヤハーネスの細線・軽量化に貢献できる。 ⒜ 入力段に p 形 MOSFET を採用し,ゲートサイズの 最適化を実施 4 ウェーハプロセス ⒝ バイアス回路に定 gm バイアス回路を用いて,ゲイ ン - 位相周波数特性の温度依存性を低減 ⒞ パッケージ応力を考慮したチップレイアウトにする ことで,電気的特性のばらつきを低減 ₄.₁ オペアンプ部 通常,抵抗やダイオードなどで構成した ESD 吸収回路 により,被保護デバイスの耐圧以下に ESD 電圧をクラン プすることで,高い ESD 耐量を得ることができる。 ₃.₂ ESD(Electrostatic Discharge)耐量 しかし,横型の拡散ツェナーダイオードやポリシリコン オペアンプ部の入力端子は,コントロールユニットの ツェナーダイオードでは,構造上動作抵抗が大きい。高い コネクタに接続されるため,高い ESD 耐量が必要である。 ESD 耐量を得るには,チップサイズの増大といったデメ 本製品では,₄.₁ 節 で後述する低い動作抵抗で高いサー リットがある。図₅ にオペアンプ部に使用している p 形 ジエネルギーを吸収できる VZD(Vertical Zener Diode) MOSFET と ESD 吸収用の縦型パワーツェナーダイオー に よ り,30 kV 以 上(150 pF/2,000 Ω ) の ESD 耐 量 を 確 ド(VZD)の断面構造図を示す。本プロセスでは表面か 保している。 ら深い n 領域(n-VZD)を n ウェルの拡散と同時に行い, 高濃度の p 基板近くまで拡散している。これにより,動 ₃.₃ 端子オープン時の出力オフ機能 冗長設計として,オペアンプの入力端子部にプルダウン 抵抗を内蔵することにより,端子がオープンとなった場合 作抵抗を下げて,アバランシェ開始電圧において pn 接合 の空乏層を p 基板側に広げ,リーチスルー状態で耐圧を ⑴ 確保している。 に,確実に出力をオフさせる機能を内蔵した。 ₄.₂ ハイサイド IPS 部 ₃.₄ 過電流保護機能 富士電機では従来から縦型の MOSFET を出力段とする 出力段 MOSFET に過大な電流が流れた場合に,システ IPS を供給してきた。今回,従来 IPS のチップサイズの ム,負荷,素子自身を保護するための過電流保護機能を搭 約 40 % を占める出力段 MOSFET に,オン抵抗の低減が 416( 60 ) 富士時報 Vol.83 No.6 2010 リニア制御用 IPS 「F5064H」 表 ₂ 「F5064H」の電気的特性(T c=25 ℃) (1)オペアンプ部 記 号 定 格 条 件 最 小 標準値 最 大 単 位 DC ゲイン Avo 80 ─ ─ dB GB 積 GBP 500 ─ ─ kHz 位相余裕 θm ─ 45 ─ deg オフセット電圧 V os −4 ─ 4 mV オフセットドリフト TC − 40 ~+150 ℃ ─ ─ 10 µV/℃ 出力電圧範囲(高) V oh 負荷 100 k Ω 4.8 ─ V DD5 V 出力電圧範囲(低) V ol 負荷 100 k Ω V GNDs ─ 0.174 V 立上りスルーレート SR + 0.4 ─ 1.5 V/µs 立下りスルーレート SR − 0.2 ─ 1.0 V/µs IDO ─ ─ 500 µA 消費電流 (2)ハイサイド IPS 部 項 目 動作電源電圧 静止電源電流 入力しきい値電圧 入力電流 オン抵抗 定 格 記 号 条 件 VB T j =− 40 ~ +150 ℃ IB V B = 13 V,R L = 10 Ω,V IN = 0 V V IN(H) V B = 13 V 単 位 最 小 最 大 5 28 V ─ 3 mA 3.5 ─ V V IN(L) V B = 13 V ─ 1.5 V I IN(H) V B = 13 V,V IN = 5 V 10 50 µA R DS(on)1 V B = 5 ~ 6 V,I L = 1.25 A T j =− 40 ~+150 ℃ ─ 0.5 Ω R DS(on)2 V B = 6 ~ 28 V,I L = 1.25 A ─ 0.12 Ω 出力リーク I OL V B = 13 V ─ 0.5 mA 過電流検出 I OC V B = 13 V 3 6 A 過熱検出 T trip V B = 13 V 150 200 ℃ 過電圧検出 V OV ─ 28 33 V ターンオン時間 t on V B = 13 V,R L = 10 Ω ─ 120 µs ターンオフ時間 t off V B = 13 V,R L = 10 Ω ─ 40 µs 負荷クランプ電圧 V clamp V B = 13 V,I L = 1.25 A V IN = 5 V,L = 10 mH −(50 − VB) −(60 − VB) V 負荷開放検出 R LOPEN V B = 13 V,V IN = 0 V 6 36 kΩ 表 ₃ 「F5064H」の論理表 IN ST OUT 備考 L H Open L H L L H L ─ 負荷開放検出 L H H 自己復帰 過電流検出 L H L L L L 出力発振モード 自己復帰 L H L H L L L H L L L L 正常動作 過熱検出 過電圧検出 V IN(5 V/div) 条件:V CC=13 V, V IN=5 V, n チャネル MOSFET 負荷使用 V ST(5 V/div) 500 s/div 自己復帰 I OUT(5 A/div) 自己復帰 可能な擬平面接合(QPJ:Quasi Plane Junction)という ⑵ ウェーハプロセス技術を適用している。さらに,回路部に 図₄ 「F5064H」が過電流検出から出力発振モードに至るまで の動作波形 ⑶ は 1.5 µm ルールの自己分離技術を適用し,チップサイズ の低減を行ったので紹介する。 図₆ に F5064H と従来 IPS の,出力段パワー MOSFET に使用している縦型デバイス VDMOSFET(Vertical Diffused MOSFET)の断面構造を示す。富士電機では,オ 417( 61 ) 特 集 項 目 富士時報 Vol.83 No.6 2010 リニア制御用 IPS 「F5064H」 低耐圧 p 形 MOSFET 縦型パワーツェナーダイオード ドレイン ソース アノード 特 集 p+ p+ n+ ドレイン ソース ドレイン ソース (バックゲート) (バックゲート) n ツェナー n ウェル n ウェル リーチスルー * 低耐圧 p チャネル MOSFET 低耐圧 n チャネル MOSFET n+ n-VZD n+ p+ p+ p ウェル p ツェナー p ツェナー p+ エピタキシャル層 p+ n−エピタキシャル層 p 基板 n+ 基板 VDMOSドレイン(= 電源接続) グランド * リーチスルー:実線と破線が重なること 中耐圧 n チャネル MOSFET ドレイン 図₅ 低耐圧 p 形 MOSFET および VZD の断面構造 中耐圧 p チャネル MOSFET ソース (バックゲート) n+ n+ ドレイン p+ ソース ゲート n オフセット ソース n+ p+ n+ n+ p+ n+ n+ p+ n+ p チャネル p チャネル p チャネル ソース (バックゲート) p+ p ウェル ゲート ソース n+ p+ p ウェル p ツェナー n+ n−エピタキシャル層 n+ 基板 VDMOSドレイン(= 電源接続) n−エピタキシャル層 図₇ 主な回路用デバイスの断面構造 n+基板 ドレイン p+ n+ p チャネル n+ p+ n−エピタキシャル層 n+基板 6.1 n+ ⑪ ソース 4.4 n+ ⑳ ゲート ソース 0.5 (a)本設計VDMOSFET ① ⑩ 0.8 0.35 0.15 ドレイン (b)従来設計VDMOSFET 7.85 図₆ 出力段用 VDMOSFET の断面構造 ン 抵 抗 を 改 善 す る た め に,100 V 以 上 の 高 耐 圧 パ ワ ー 端子番号 端子名 端子番号 ① ② OUT ⑧ S+ ③ ⑯∼⑳ VB ⑨ S− ④ IN ⑬ FB ⑤ ST ⑭ VDD5 ⑥ GNDh ⑮ NC ⑦ ⑩∼⑫ GNDs MOSFET 向けに,QPJ 技術を確立している。今回,この 端子名 (単位:mm) QPJ 技術を耐圧 60 V の VDMOSFET にも適用できるよう に改良を加えることで,F5064H の低オン抵抗化を実現し 図₈ 「F5064H」SSOP-20 パッケージ た。 QPJ の特徴は,従来よりも p チャネルを低濃度で浅く 間隔を狭めて配置することで平面に近い接合面となり,表 面での電界強度を緩和し耐圧を確保する点である。これに 5 パッケージ より,オン抵抗と耐圧とのトレードオフが改善でき,従来 と同等の耐圧を確保したまま,Ron・A(単位面積当たり のオン抵抗)を 25 % 低減し,低オン抵抗化を実現した。 図₇ に回路部の要素デバイスの一例を示す。要素デバイ パッケージには,図₈ に示す SSOP-20 パッケージを採 用した。アウターリードのはんだめっきには,鉛フリーの SnAg めっきを用いている。 スには,1.5 µm ルールを適用するとともに,60 V 系中耐 圧 n チャネル MOSFET にはダブル RESURF(REduced 6 あとがき SURface Field)構造を採用している。本デバイスは,従 来と比べ約 50 % の小型化を実現した。 本稿では,リニア制御に必要な高精度電流検出用オペ アンプを IPS に内蔵することで,高いリニア制御精度と 418( 62 ) 富士時報 Vol.83 No.6 2010 リニア制御用 IPS 「F5064H」 ECU の小型化に貢献できるリニア制御用 IPS を紹介した。 岩水 守生 半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機シ ていく所存である。 ステムズ株式会社半導体事業本部半導体統括部 ディスクリート・IC 技術部。 参考文献 ⑴ 熊谷直樹ほか. 自動車用自己分離型統合パワー IC技術. 富 士時報. 2003, vol.76, no.10, p.622-625. ⑵ 徳西弘之ほか. パワー MOSFET 「SuperFAP-Gシリーズ」 とその適用効果. 富士時報. 2002, vol.75, no.10, p.593-597. ⑶ 岩田英樹ほか. インテリジェントパワー MOSFET. 富士時 岩田 英樹 半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機シ ステムズ株式会社半導体事業本部半導体統括部 ディスクリート・IC 技術部。 報. 2008, vol.81, no.6, p.410-414. 岩本 基光 CMOS IC の開発に従事。現在,富士電機システム ズ株式会社半導体事業本部半導体開発センターデ バイス開発部。 419( 63 ) 特 集 今後富士電機では,さまざまな用途に対応できる IPS の 系列拡大と,さらなる低オン抵抗化への技術確立を推進し *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。