放射光を用いたSb-Te系合金薄膜の局所構造解析 Local structure of Sb-Te alloy films by using SR EXAFS 谷 克彦* 岩田 周行* 針谷 真人* Katsuhiko TANI Noriyuki YIWATA Makoto HARIGAYA 要 旨 Sb-Te系合金は,相変化光ディスクの基本となる材料であり,そのSb-Te2元系合金固溶体の共 晶点組成(原子比:Sb/Te=3)の合金薄膜では,アモルファス→結晶の相変化は,85℃近傍で起こる. 共晶点付近の2元系合金薄膜の結晶相(c-SbTe)の構造は,X線回折実験により,NaCl型の結晶格子 をもつことが判明しているが,その局所(各構成原子周囲の)構造を,SPring-8放射光を用いた EXAFS実験により調べ,安定なストイキオメトリ組成化合物(Sb2Te3)結晶に見られるものと類似の 局所構造を見出した.異なる局所構造の存在により生じる歪みは,積層不整・サイトの混合によ り巨視的に見れば平均され,歪んだNaCl型の結晶格子として観測される.アモルファス相(aSbTe)の構造では,さらに平均化された密なパッキングのNaCl型のトポロジー構造になる. ABSTRACT The binary alloy system Sb-Te is a fundamental and key material to reversible phase-change optical recording. The local structures of three phases; stable compound Sb2Te3, metastable crystalline c-SbTe and amorphous a-SbTe films having the atomic ratio Sb/Te=3; in Sb-Te system have been studied by EXAFS. The c-SbTe has partly similar local structures to those in crystalline Sb2Te3. Crystal structure of c-SbTe is represented by superposition of two kinds of structural units which constitute Sb2Te3 including stacking fault. The a-SbTe film has a local structure which is topologically analogous to NaCl-type. The amorphous phase has shorter bond distances 2.86Å (around Sb-site) and 2.83Å (around Te-site) than the corresponding distances 2.89Å and 2.87Å in the crystalline phase. Shortening of bond distances in the amorphous phase is due to the relaxation of locally distorted crystalline structure. * 研究開発本部 中央研究所 Research and Development Center Research and Development Group Ricoh Technical Report No.27 21 NOVEMBER, 2001 透過法によりEXAFSを測定した.Teの吸収端測定には200 1.はじめに シート,Sbの吸収端測定には100シート束ねたものを用いた. 2元系Sb-Te合金薄膜は,書き換え可能な相変化光記録材 200シート束ねた場合は,実効的な合金膜の厚さは40µm(ポ 料の基本となる材料であるが,この結晶構造は十分解明され リカーボネートの厚さ120mm)になる.安定組成の化合物結 ている訳ではない.Sb-Te合金系の安定なストイキオメトリ 晶Sb2Te3のEXAFSは,粉末試薬と窒化ホウ素をまぜ成形した 組成の化合物はSb2Te3で,空間群 R3m (a0=4.25,c0=30.4Åの 試料を用い,透過法で測定した. 六方の3点複格子)に属する.この化合物の構造は,Te-Sb-Te EXAFS測定は,放射光施設“SPring-8”のビームライン, の3層よりなるサブユニット(CdI2型)およびTe-Sb-Te-Sb-Te BL01B1にて室温で実施した.Si(311)の2結晶分光器を用い, の5層よりなるサブユニット(NaCl型)が混合してc軸方向に 高次光除去には,入射角1.3mradのミラーを用いた.入射光 沿って積層した層状構造として知られている.この菱面体格 モニター(I0)および試料透過後のEXAFS測定(I)には,イオン 子は,SbとTeの原子種の区別をしなければ,変形した立方 チェンバーを用い,Ar+15%Kr(I0用);Kr(I用)ガスを用いた. 最密充填(NaCl型格子を構成する2つの立方面心格子の組み合 Photo.1に測定の様子を示す. わせが少しずれている=少し歪んだNaCl型)と同等である. I0 Sbの結晶構造も,少し歪んだNaCl型の(4a)サイトと(4b)サイ I トを同一原子が占めた結晶構造と見なせる.Sb2Te3構造にお いて,Te-Teの距離は3.65Å,Sb-Teの距離は2.98,3.18Åで ある1),2). AgSbTe2やGe2Sb2Te5などの3元系合金薄膜は,結晶構造が 知られており,AgSbTe2の高温形は,立方面心格子で,統計 試料 的(サイトの置換を許した)NaCl型構造, Fm3m であり,低温 形は菱面体格子 R3m である3).さらに,AgSbTe2薄膜は,電 子線回折によりNaCl型構造 Fm3m であることが知られてい スリット 検出器(I0) 試料ホルダー(100枚入り×2) 検出器(I) る4).Ge2Sb2Te5は,やはりNaCl型構造で,(4a)サイトにGeと Sb;(4b)サイトにTeと20%の空孔があるとのReitveld解析報告 分光器 がある5). Photo.1 X線回折から得られるのは,平均構造であるが,2元系合 透過XAFS測定 金薄膜の詳細な構造は,平均構造だけでなく,構成各元素の 局 所 構 造 を 知 る 必 要 が あ り , Sb お よ び Te の K- 吸 収 端 3.結果 EXAFS(拡張X線吸収端微細構造)を測定し解析した9)-11). Fig.1に,これら3つの試料(crystalline powder of Sb2Te3,cSbTe and a-SbTe films)で測定したSbおよびTeのK-吸収端 2.実験 EXAFSスペクトルを示す.結晶薄膜c-SbTeのEXAFSスペク 試料とした2元系合金薄膜SbTe(原子比Sb/Te=3)は,ポリ トルは,a-SbTeのものと,ストイキオメトリ化合物結晶 カーボネート基板(0.6mm厚)上に,スパッタリングで形成し Sb2Te3 のものの双方に類似している部分がある.また,a- た200nm(厚)のものである.合金薄膜は,誘電体層SiO2 ・ SbTeのSbおよびTeのEXAFSは互いに類似している. ZnS(55nm厚)で挟まれている.形成された合金薄膜は,アモ 3-1 ルファス相(a-SbTe)であるが,レーザービーム走査により初 期化され結晶相(c-SbTe)になる.これらの試料を基板ごと ストイキオメトリ化合物結晶Sb2Te3のEXAFSスペクトルは, 4mm×12mmの小片にダイシングし,束ねたものを試料とし, Ricoh Technical Report No.27 Sb2Te3 22 未知のSbTe薄膜のEXAFS解析で用いるDebye-Waller因子σ2 NOVEMBER, 2001 Sb_site in Sb 2 Te 3 などのパラメータを評価するため測定した.Sb2Te3の結晶構 造は空間群 R3m である:(3a)-サイトに1つのTe;(6c)-サイ FT[χ(k)*k3] トに残りの2つのTeと2つのSbが占める.このため,Teのサ イト対称は,異なる2種類のサイト対称Te1(3a)とTe2(6c)の 1:2の比率での重畳平均になり,巨視的に見ると異方性が平 均化される.これに対し,Sbのサイト対称は1種類Sb(6c)で ある.EXAFSスペクトルは,この構造モデルを用いて, 0.05 0.04 0.03 0.02 0.01 0.00 -0.01 0 -0.02 -0.03 -0.04 -0.05 m agnitud Im 1 2 3 4 5 6 7 8 r[Å ] FEFF6.016)によりシミュレーション計算を行った.観測され Te_site in Sb 2 T e 3 るEXAFSスペクトルは,Te1とTe2の多重度ウエイトで重畳 0.02 した統計的平均で決定されるTe-サイトのもので,配位数も 同様に統計的平均である.EXAFSの解析は,EXAFSスペク m agnitud Im 0.01 FT[χ(k)*k3] トルに k 3 (kは光電子の波数[Å-1])を乗じ,Fourier変換を行 う.その結果を,Fig.2に示す.R-空間でのフィッテイング は,WINXAS1.27)を用い行い,局所構造のパラメータを決定 0.00 0 1 2 3 4 5 6 7 8 -0.01 した.R-空間のフィッテイングは,Sb-サイトに対しては第 -0.02 4配位殻,Te-サイトに対しては,第3配位殻まで行った.Sb r[Å ] Fig.2 サイト,Teサイトに対して得られた構造パラメータをTable Fourier Transforms of k 3 -weighted for Sb2Te3. 1に示す.Deby-Waller因子σ2は,0.011Å2(Sb-Te),0.020Å 2 (Sb-Sb),0.013Å2(Te-Sb),0.020Å2(Te-Te)となった.Teの EXAFSの急激な減衰は,2つの異なるTeサイト起因のものが, 互いに打ち消し合うためで,Teに対するDeby-Waller因子を, a-SbTe and c-SbTe SbTe薄膜のSb-吸収端とTe-吸収端のEXAFSもFig.1に示す. Fourier変換は,EXAFSに k 3 のウエイトを乗じたものについ 大きくしている. Sb_EXAFS 0.12 χ(k) 3-2 て 行 う . a-SbTe と c-SbTe に 対 す る Fourier 変 換 結 果 を 0.08 Sb2Te3 0.04 c-SbTe 0.00 a-SbTe Figs.3(a)(Sb-サイト),(b)(Te-サイト)に示す.r-空間(距離空 間)でのフィッテイングは,r=1.8~3.2Åで行った. c-SbTe合金薄膜のX線回折像は,NaCl-格子型の消滅則に 適合し,格子定数はa0=6.01Åである.111-回折ピーク強度 -0.04 0 2 4 6 8 k[Å-1] 10 12 は,ほとんど観測できないほど弱い.これは,(4a)-サイト 14 と(4b)-サイトに,等しい電子密度の原子が占有しているこ とを意味し,Sb原子とTe原子は,ほとんど等しい電子数を Te_EXAFS χ(k) 0.06 持つので,c-SbTe合金薄膜では,Ge2Sb2Te5で報告されてい 0.04 Sb2Te3 るような(4b)-サイトに偏った多量の空孔の存在はない.こ 0.02 c-SbTe れは,X線反射率測定から求めた,SbTe合金薄膜の密度ρ 0.00 a-SbTe =6.9g/cm3からも支持される結果である. アモルファス相は,NaCl構造を仮定し,単一配位殻でよ -0.02 0 2 4 6 8 10 k[Å-1] 12 いフィッテイング結果が得られ,Sb-サイトに対し2.86Å, 14 Te-サイトに対し2.83Åという結合距離となる.このような 両サイトでの不均衡な結果は,規則的なNaCl構造では,起 Fig.1 Raw EXAFS for Sb2Te3 crystalline powder, c-SbTe and a-SbTe films. Ricoh Technical Report No.27 こり得ないものであり,SbTe合金薄膜では,Sb-サイトと 23 NOVEMBER, 2001 Table 1: Fittting structural parameters for the Sb2Te3 compound. Te-サイトの混合が起こっている証拠である.すなわち,規 則的なNaCl型結晶の様にSb-Teの結合のみで構成されるので はなく,Sb-サイト周囲にSb-Sb結合も存在し,Te-サイト周 Coord. No. Sb-site 囲にTe-Te結合も存在する.各元素は独自の化学結合距離 (Sb-SbはTe-Teより若干大きい)を維持し,両サイトで,これ らの存在率は異なる統計値を持つため,両サイト周囲での平 Distance [Å] Residual [%] σ2[Å2] Sb-Te 3.8(4) 2.95(1) 0.011(1) Sb-Te 1.9(2) 3.14(1) 0.011 Sb-Sb 7.3(9) 4.24(1) 0.020(1) Sb-Sb 2.2(4) 4.55(3) 0.020 6.2 均結合距離に不均衡が観測されると考える. 結晶相に対し単一配位殻でフィッテイングを行うと,Sbサイトに対し2.89Å,Te-サイトに対し2.87Åの結合距離が 得られる.Fourier変換の虚数部にずれがあるので,さらに Coord. No. Te-site Residual [%] σ2[Å2] Distance [Å] 第2配位殻までのフィットを実施した.結晶相では,ストイ Te-Sb 1.9(3) 3.14(1) 0.013(1) キオメトリ結晶と同様に2種の結合距離からなる局所構造の Te-Sb 2.5(4) 2.95(1) 0.013 存在が見られる.すなわち,Sb周囲は2.81Å(2配位)と3.09Å Te-Te 2.5(4) 3.69(1) 0.020(1) 2.7 (4配位),Te周囲は3.1Å(1配位)と2.9Å(3配位)の歪んだ局所構 造を持つ.これらの結果を,Table 2に示す. Table 2: Fitting structural parameters for aand c-SbTe films. SbTe合金薄膜で見られるSbサイト周囲とTeサイト周囲の 結合距離の不均衡は,ストイキオメトリ結晶で見られる各元 Coord. No. 素固有の局所構造が,積層不整を含むSbサイトとTeサイト の統計的な混合により緩和平均化された結果である.特に, Sbsite 結晶相c-SbTe合金薄膜では,Sb,Teの各サイト周囲は,ス トイキオメトリ結晶に類似の各元素独自の局所構造が残存す るので,アモルファス相に比べて歪んだ配位状態であるが, Tesite 巨視的には統計平均としてNaCl格子型の構造を形成してい Distance [Å] σ2[Å2] Residual [%] a-SbTe 2.8(5) 2.86(2) 0.011 5.6 2.89 0.007 18.8 c-SbTe 2.7(6) two-shell fit 2.2; 4.7 2.81; 3.09 0.011 6.5 a-SbTe 2.0(5) 2.83(1) 0.013 5.8 1.1(5) two-shell fit 1.2; 2.2 2.87 0.006 11.5 c-SbTe 3.1; 2.9 0.013 12.3 る. Fourier Transform of Sb EXAFS 0.32 Fourier Transform of Te EXAFS 0.16 (a) (b) a-SbTe FT[χ(k)*k3] 0.08 FT[χ(k)*k3] 0.16 c-SbTe 0.00 0 1 2 3 4 5 6 7 0 8 0 -0.16 1 2 4 5 6 7 8 -0.08 r [Å] r [Å] Fig.3 Ricoh Technical Report No.27 3 3 Fourier Transforms of k X (k ) for SbTe. films. 24 NOVEMBER, 2001 0.4 3-3 XANES (c) (b) (a) 0.3 Intensity (arb.unit) 吸収端から数十eVまでのX線吸収スペクトル領域を吸収端 近傍構造(XANES:X-ray Near Edge Structure)と呼ぶ.EXAFS 解析では,結合距離や配位数が得られるのに対し,XANES 0.2 0.1 の領域では原子から叩き出される光電子のエネルギーが小さ いため,周囲に存在する多くの原子による多重回の散乱が起 0 30400 こり,一回の散乱に基いて解析を行うEXAFSと現象が異な 30420 30440 30460 30480 30500 30520 Energy(eV) 30540 30560 30580 30600 る.そのため従来この領域のスペクトルは,物質の“指紋” として照合に使われることが多かった.近年,この領域のス 0.25 ペクトル構造を計算するソフトFEFF88)が開発され,これを Sb及びTeのK吸収端XANESに適用した.計算結果と測定結果 (c) (b) (a) 0.2 Intensity (arb.unit) の比較ををFig.4に示す.散乱の領域として,中心の原子か ら6Å,約30原子ほどのクラスター(原子の集団)を用いて計 算を行った.Fig.4中で(a)が測定結果のスペクトル,(b)と(c) 0.15 0.1 はそれぞれc-SbTe合金薄膜構造を,完全なNaCl型の結晶格 0.05 子(SbとTe原子はほとんど散乱位相変化等が同じで,サイト の置換による変化はあまりない.)と仮定して計算を行った 0 31720 31740 31760 ものと,それを若干歪ませた菱面体格子を仮定して計算した Fig.4 スペクトルである.スペクトルの形状が,(b)から(c)への変 化によって,(a)の測定結果との一致が良くなっていくこと 31780 31800 31820 Energy (eV) 31840 31860 31880 31900 31920 Measured and Calculated XANES spectra for Sb (upper) and Te K-Edge (lower side). が判る. 4.結論 c-SbTe2元系合金薄膜の結晶相は,巨視的にはサイトの統 計 的 乱 れ の あ る NaCl- 型 格 子 で , 頂 角 が 僅 か に 歪 ん だ (89.26°)菱面体である.しかしながら,Sb周囲,Te周囲の局 所構造を調べると,結晶相では,それぞれの原子周囲は特有 な局所構造(NaCl型の原子座標を中心に変位している)をとる ことが,局所構造の結合距離の差異からわかる.一方,アモ ルファス相の局所構造を見ると,NaCl型(2つの面心格子より なる変形した立方最密充填)により近いことがわかる.すな わちSbTeの2元系薄膜では,アモルファス相の方が結晶相よ り原子のパッキング状態がよく,体積も減少することがわか る. 5.謝辞 EXAFS実験は,SPring-8,BL01B1で行い,江村修一(阪大, Ricoh Technical Report No.27 25 NOVEMBER, 2001 産研),中田芳幸(いわき明星大),宇留賀朋哉(SPring-8)各氏, XANES解析では,藤川高志・早川久仁子氏(千葉大)のご協力 を得ました.ここに感謝致します. 参考文献 1) T. L. Anderson, & H. B. Krause, (1974). Acta Cryst., 30B, 13071310. 2) R. W. G. Wyckoff, (1966). Crystal Structures, Wiley. 30. 3) S. Geller & J. H. Wernick, (1959). Acta Cryst., 12, 46-53. 4) D. Lakshminarayaa, (1991). Thin solid films, 201, 91-96. 5) T. Nonaka, T. Amioka, G. Ohbayashi, H. Hashimoto & N. Nagai, (1999). Proc. of PCOS, 70-73. 6) S. I. Zabinsky, J. J. Rehr, A. Ankudinov, R. C. Albers & M. J. Eller, (1995). Phys. Rev. B, 52, 2995. 7) T. Ressler, (1997). J. Physique, IV 7, C2-269. 8) A. L. Ankudinov, B. Ravel, J. J. Rehr & S. D. Conradson, (1998). Phys. Rev. B58,7565-7576 9) K. Tani, N. Yiwata , M. Harigara, S. Emura & Y. Nakata, (2001) J. Synchrotron Rad.,8,749-751 10) N. Yiwata, M. Harigaya, K. Hayakawa, T. Fujikawa & K. Tani, ibid.,752-754 11) K. Hayakawa, T. Fujikawa, N. Yiwata and K. Tani, ibid.,851-853. Ricoh Technical Report No.27 26 NOVEMBER, 2001