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限界電流式酸素センサの極低濃度計測理論とその検証
秋 田 大 学 泰 松 斉
株式会社東北フジクラ 松 木 幸 生・加 藤 清 輝・小山内 清 隆
自 動 車 電 装 事 業 部 永 野 僚 治 1
Measurement Theory of a Limiting Current Type Oxygen Sensor
in Ultralow-Concentration Area and Its Verification
H.Taimatsu,Y.Matsuki,S.Kato,K.Osanai & R.Nagano
当社(株式会社フジクラ,株式会社東北フジクラ)はこれまで,自社開発の小型限界電流式酸素センサ
を用いて,低濃度から高濃度まで計測可能な酸素センサ製品を実用化してきた.近年,これまでよりもさ
らに低い酸素濃度領域(極低濃度領域)での製品ニーズが高まりつつあり,低濃度用酸素センサの需要は
増加傾向にある.そこで,当社はこれまで培った限界電流式酸素センサ技術を応用して,極低濃度領域に
おける計測の可能性について検討を加えた.本稿では限界電流式酸素センサを用いた極低濃度領域での酸
素濃度計測理論とその検証結果について報告する.
We have developed a miniature limiting current type oxygen sensor. Using this oxygen sensor of Fujikura has
enabled a diversity of oxygen sensor products for use in multiple practical applications. In recent years, there
has been an increase in the demand for an oxygen sensor in a low-concentration area because the product needs
in the area of lower oxygen concentration(ultralow-concentration area)have risen. We have also investigated
the possibility of measurement in the ultralow-concentration area by applying limiting current type oxygen
sensor technology. This report describes measurement theory of limiting current type oxygen sensor in ultralowconcentration area and its verification.
近年,在宅酸素療法が普及し,これに用いられる酸素
1.ま え が き
濃縮器に搭載する高酸素濃度領域での酸素センサの需要
地球上の多くの生物が生命活動を行う上で,酸素は必
が急激に増加している.また,半導体製造装置や窒素発
要不可欠な物質といえる.また,安全や環境,工業といっ
生装置では,次世代技術の開発やガスの高純度化にとも
た視点においても様々な場面で酸素量の計測と制御が求
ない,酸素濃度管理が一層厳しくなっており,低酸素濃
められる.酸素センサはそのための計測デバイスとして,
度領域での酸素センサの需要も増加傾向にある.数 ppm
これまでいくつかの方式が提案され,実用発展してきた.
∼数百 ppm の極低濃度領域を測定する酸素センサは,検
その代表は,ガルバニ電池式酸素センサと濃淡電池式ジ
出感度の面から濃淡式ジルコニア酸素センサが有利とさ
ルコニア酸素センサである.ガルバニ電池式酸素センサ
れてきたが,今回,当社の限界電流式ジルコニア酸素セ
は,小型化できるが,液体電解質を用いているために寿
ンサにおいて,極低濃度領域での測定に適した構造と計
命が短い.濃淡電池式ジルコニア酸素センサは,非常に
測理論を検討し,これを用いることにより十分な検出感
広い範囲の酸素濃度を測定することができるが,形状お
度が得られることを確認した.本稿では極低濃度領域の
よび消費電力が大きく,さらにガスあるいは金属/金属
酸素濃度計測理論とその検証結果について報告する.
酸化物の参照極が必要である.当社はこれらの短所を克
服した小型の限界電流式ジルコニア酸素センサを開発,
2.限界電流式ジルコニア酸素センサ
実用化してきた.このセンサは,小型で長寿命,さらに
参照極が不要であるといった特長を有している.
2. 1 構 造 1),2)
限界電流式ジルコニア酸素センサの基本構造を図 1 に示
す.ジルコニア固体電解質ディスクの両面に白金電極が
取り付けられ,このディスクのカソード電極側に気体拡
1 センサ技術部グループ長
49
2007 年 4 月
フ ジ ク ラ 技 報
キャップ
気体拡散孔
O2
第 112 号
出に基づくセンサキャップ内の圧力補正項である.定常
状態では,
JO2 = J
………………(2)
である.限界電流が現れているときには酸素排出能力が
高いので,拡散孔の最奥部の酸素濃度は入口部の濃度に
比べて十分低いと見なすことができる.よって,拡散孔
O2
の長さを l とすると,境界条件は,
白金電極
x = 0:CO2 = CO20
V
x = l :CO2 = 0
ジルコニア固体電解質ディスク
A
CO20:入口部の混合ガス中の酸素のモル濃度(mol・m-3)
電 源
となる.この条件の下に(1)式を解くと,定常状態の解は,
図 1 限界電流式酸素センサの構造
Fig. 1. Schematic structure of the limiting current type
oxygen sensor.
JO2 =−
DsCt
l
・ln 1 −
CO20
Ct
………………(3)
になる.さらに定常状態では酸素イオン輸率 t ion が厳密に
散孔を有したキャップが接合されている.このキャップ
1 であれば,ファラデーの法則により,流入酸素量 J O2 と
またはその近傍にはセンサ加熱用のヒータが取り付けら
限界電流 IL との間に
れ,一定温度に維持するように制御されている.
2. 2 測定原理 1),2),3)
IL = 4FJO2
………………(4)
ジルコニア固体電解質の酸素ポンピング作用により,
キャップ内の酸素分子が排出され,センサキャップ内の
F:ファラデー定数(C・mol-1)
酸素分圧が低下すると,センサ外部との酸素濃度差によ
り,酸素分子が気体拡散孔からセンサ内部に拡散流入し
の関係が成り立つ.これらの式から,酸素分子の拡散流
てくる.気体拡散孔の直径は,酸素の平均自由行程より
入による限界電流 IL は(3)式と(4)式から
はるかに大きいため,酸素は Fick の法則にしたがって
IL =
キャップ内部に拡散する.このとき,酸素分子の流入量
に比べ,電極の酸素ポンピング作用による酸素排出能力
CO20
− 4FDsCt
・ln 1 −
l
Ct
………………(5)
が十分に大きいと,気体拡散孔を通る酸素の拡散が律速
となる.この式は,酸素のモル分率が 0.01(全圧 1atm の
される.このため,酸素排出能力を高めるために白金電
とき 1%)以下の場合は,
極の印加電圧を上昇させても,排出される酸素量すなわ
IL =
ちポンプ電流が一定となり,限界電流特性が観察される.
4FDsCO20
こうした一連の現象は,気体拡散孔を通過する酸素拡散
に Fick の法則を用いた定常 1 次元モデルで説明でき,こ
l
………………(6)
と近似することができる.濃度を圧力で表す場合には,
のとき次の関係式が成り立つことが知られている.
JO2 =− Ds
dCO2
dx
+J
PO20 = CO20RT
CO2
Pt = CtRT
………………(1)
Ct
JO2 :気体拡散孔からの酸素流入量(mol・s-1)
PO20 :入口部の混合ガス中の酸素分圧(atm)
D :混合ガス中の酸素拡散係数(m2・s-1)
Pt :混合ガスの全圧(atm)
s
:気体拡散孔の断面積(m )
R :気体定数(m3・atm・K-1・mol-1)
2
CO2 :混合ガス中の酸素のモル濃度(mol・m-3)
T :絶対温度(K)
Ct :混合ガスの全モル濃度(mol・m )
l
-3
J
:気体拡散孔の長さ(m)
:ポンプ電流によって排出される酸素量(mol・s-1)
の関係を用いる.
従来の限界電流型酸素センサは,
(5)式を用いて酸
ここで,
(1)式中の CO2/Ct は酸素のモル分率に相当する.
素分圧を求めている.この場合,酸素濃度が低くなる
また,右辺第二項は,酸素ポンピング作用による酸素排
50
限界電流式酸素センサの極低濃度計測理論とその検証
と,測定される限界電流値も小さくなり,100ppm(全圧
ここで,l in はセンサ内部空間の厚さで,C O2l は酸素排
1atm)以下では高い測定精度が得られない.この問題を
出電極表面の酸素濃度である.定常状態では,流れる酸
解決するためには,拡散孔を広くし,限界電流値を大き
素量は場所によって変わらないので,
(10)式
in
くする必要がある.しかし,後述するように,拡散孔を
JO2=−Ds
ある程度以上大きくすると,拡散孔のみによる律速とい
CO2l − CO20
l
う仮定が崩れ,(5)式に従わなくなる.
CO2l − CO2l
in
=− Dsin
lin
… (10)
が成り立つ.ここで,D は酸素の拡散係数,s と s in は孔断
面積と内部空間の有効断面積である.酸素排出電極表面
3.限界電流式ジルコニア酸素センサの
極低濃度計測理論とその検証
の酸素濃度は非常に低く,C O2l = 0 とおくと,(10)式よ
in
り(11)式が得られる.
3. 1 極低濃度領域での計測理論
CO2l =
低酸素濃度測定用に開発した限界電流型のセンサ模式
図を図 2 に示す.
酸素モル分率 CO2/Ct が 0.01(全圧 1atm では 1%)以下の
lins
lsin + lins
限界電流 IL は(13)式で表される.
酸素排出に伴うキャップ内部へのガス流入,すなわち(1)
JO2 = D
式の右辺第二項が無視できる.よって,
(7)式が成り立つ.
dCO2
ssin
lsin + lins
定常状態では,孔中の酸素濃度勾配は直線となり,C O2
dCO2
=
dx
CO2l − CO20
CO20
………… (13)
(13)式を変形すると(14)式が得られる.
………………(8)
l
…………… (12)
ssin
IL = 4FJO2 = 4FD
と距離 x の関係は(8)式で表される.
CO20
lsin + lins
………………(7)
dx
…………… (11)
これをさらに(10)式に代入すると,
(12)式が得られ,
場合,センサから排出される酸素量は非常に少ないので,
JO2 =− Ds
・CO20
l
l
=
IL
4FDCO20
l
s
+
lin
…………… (14)
sin
ここで,l は孔の長さ,C O20 と C O2l は孔の外部と孔の端
(14)式は,限界電流は酸素濃度に比例し,酸素濃度が
部分でのそれぞれの酸素濃度である.全体が定常状態に
一定であれば,1/I L と l/s との間に直線関係が成り立つこ
あると,センサ内部の空間にも一定の酸素濃度勾配が生
とを示している.
3. 2 計測理論の検証
じるので,
(9)式の関係が成り立つ.
dCO2
図 3 に, 拡 散 孔 径 と 長 さ を 変 え た セ ン サ を 用 い て,
CO2l − CO2l
in
=
dx
964ppmO 2 のガスを全圧 1atm で測定した限界電流 I L と s/l
………………(9)
lin
の関係を示す.従来型のセンサ解析では,
(6)式のように,
これらは直線的な関係となるが,実際には s/l が大きくな
るほど従来の計測理論からの誤差が増大していくことが
わかった.
s
0
O2
C
得られた測定値を,(14)式の関係でプロットしたもの
l
を図 4 に示す.図から明らかなように,良好な直線関係が
CO2l
lin
CO2l
964ppmO2
in
250
従来理論式
200
sin
s :気体拡散孔の断面積(m2)
sin :内部空間の有効断面積(m2)
l
:気体拡散孔の長さ(m)
lin :内部空間の厚さ(m)
CO 0 :孔外部の酸素のモル濃度(mol・m-3)
2
CO l :孔端部の混合ガス中の酸素のモル濃度(mol・m-3)
2
CO l :電極表面の混合ガス中の酸素のモル濃度(mol・m-3)
IL
(μA)
150
100
実測値
50
0
in
0
2
100
200
300
s/l(μm)
図 2 限界電流式酸素センサの模式図
Fig. 2. Schematic model of the limiting current type
oxygen sensor.
図 3 限界電流 IL とセンサ寸法 s/l の関係
Fig. 3. Relation between IL and sensor dimension.
51
400
2007 年 4 月
フ ジ ク ラ 技 報
0.16
第 112 号
60
0.14
50
0.12
40
0.10
IL
1/IL
0.08
(1/μA)
0.06
(μA)
30
20
0.04
10
0.02
0
0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0
l/s(1/μm)
200
400
600
800
1,000
酸素濃度(ppmO2)
図 4 限界電流 IL とセンサ寸法 l/s の関係
Fig. 4. Relation between IL and sensor dimension.
図 5 限界電流 IL と酸素濃度の関係
Fig. 5. Relation between IL and oxygen concentration.
得られた.このことは(14)式が成り立っていることを
4.む す び
示している.
図 5 は酸素濃度を 50 から 1,000ppmO 2 まで変え,全圧
本研究では,限界電流式酸素センサによる極低濃度領
1atm で測定した限界電流値と酸素濃度の関係を示す.図
域での酸素濃度計測理論とその検証結果について述べた.
から限界電流値は酸素濃度に比例し,
(13)式の関係が成
今回開発した限界電流式酸素センサでは極低濃度領域に
り立つことを示している.
おいて十分な検出感度を得ることができた.計測可能な
以上述べた 2 つの結果は,この解析に用いた仮定がセン
領域を広げることで,酸素センサの新たな用途展開を図
サの形状範囲および測定条件範囲で成立していることを
りつつ,当社の強みであるカスタマイズ能力を生かして,
示している.センサ内部空間にも拡散濃度勾配があるも
今後も市場の要求に応えていきたいと考えている.
のとした本解析が有効であり,大きな拡散孔と適した内
部形状を持つセンサを作製することにより,極低酸素濃
参 考 文 献
度領域においても十分な精度で濃度測定可能であること
を確認した.
1) 山口ほか:新型セラミック酸素センサの開発,藤倉電線技
報,第 68 号,pp.37-43,1984
2) 小山内ほか:限界電流式酸素センサの感湿特性,フジクラ
技報,第 72 号,pp.58-66,1987
3) 臼井:限界電流式ジルコニア酸素センサの出力特性と実用
化に関する研究,東京工業大学学位論文,1993
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