AN-274 アプリケーション・ノート 熱電対温度計測に関する不明瞭な部分の理解 (AD594/AD595 を使用) 著者:Bob LeFort、Bob Ries 温度は、物理パラメータとして最も頻繁に測定されています。し かし、温度計測技術はかなり誤解されているため、大きな誤差が 生じたり、データが無意味なものになることがあります。このア プリケーション・ノートでは、これらのよくある誤解を解明する ほか、興味深く、役に立つ回路上の解決法をご紹介します。 温度トランスデューサの技術 現在市販されている電子温度計測デバイスの中で最もよく使われ ているものに、熱電対、抵抗温度検出器(RTD)、サーミスタ、IC 温度トランスデューサなどがあります。表Iに示すように、いずれ のデバイスにもアプリケーション上の利点と制限があります。 RTD 熱電対 温度 感度 頑丈度 * コスト ** 安定性 * 精度 ** 応答時間 温度 * 直線性 最大温度範囲 1 (°C) 温度 ** * ** * * 異なる材料の 2 本の金属線を両端で接合することで、基本的な熱電 対回路ができます(図 1aを参照)。この回路は、2 つの接点での温 度差に比例する電圧を発生します。熱電対は基本的に温度差測定 デバイスであるので、ある点での温度を測定するには、もう一方 の接点(基準接点)は既知の温度である必要があります。熱電対 のユーザは、さまざまな方法を用いて基準接点(つまり「冷接点」) の温度を決め、補償してきました。 * * ** * 図 1a. 熱電対回路 −270~+2980 −180~+630 −80~+150 −55~+150 * 良い 氷点基準 ** 優れている 1 熱電対回路 * ノイズ耐性 消費電力 IC センサー 電流または 電圧 抵抗 抵抗 電圧 温度 サーミスタ タイプ K(クロメル–アルメル)、タイプ E(クロメル–コンスタン タン)、タイプ T(銅–コンスタンタン)などさまざまな金属の組 み合わせについて広範囲に特性を規定しました。熱電対の特性と しては、本来の高精度、広い温度範囲、速い熱応答、頑丈、低価 格、再現性がよい、汎用性などが挙げられます。熱電対は幅広く 使用されていますが、同時に最も誤解の多い温度センサーです。 冷接点補償、ゼーベック係数、等温接続や等温ブロックなどの用 語が、多くのユーザに混乱や不安を招いています。このアプリケー ション・ノートはこれらの用語について説明し、正確かつ簡単に 温度を測定するために必要な情報を提供します。 ここに示す温度範囲は、必ずしもトランスデューサ・タイプのシングル・バージョンに 対するものではありません。 表 I. センサーの比較 熱電対の特性 熱電対は、測定用に最も広く使われている温度センサーです。こ のため、米規格基準局(NBS)はタイプ J(鉄–コンスタンタン)、 すべての熱電対(NBSの表にあるもの)の電圧出力は、0°Cを基準 とします。つまり、熱電対の両端の電圧は、基準接点が 0°Cに保持 されていれば、測定接点の温度に一致します。基準接点を 0°Cに保 持することは 図 1bに示すように、氷点槽(「アイス・バス」とい われるもの)を用いて実現できます。しかし、残念ながらこのよ うな方法は手間がかかり、コストもかかるため、実験室でしか使 用できません。製造工場の環境では、基準接点を 0°Cに維持するこ とは現実的ではありません。 社/〒105-6891 東京都港区海岸 1-16-1 ニューピア竹芝サウスタワービル 電話 03(5402)8200 大阪営業所/〒532-0003 大阪府大阪市淀川区宮原 3-5-36 新大阪トラストタワー 電話 06(6350)6868 本 AN-274 AD594 は工場出荷時にタイプ J 熱電対用に調整されており、AD595 はタイプ K 熱電対用に調整されてます。 ゼーベック係数 熱電対のゼーベック係数は、任意の温度での熱起電力の温度変化 率と定義されており、通常、μV/°Cの単位で表されます。熱電対の 非直線性は、この係数の温度変化によって表されます。図 3 は、さ まざまな熱電対のゼーベック係数のグラフです。 図 1b. 氷点基準 中間金属の法則 実際には、明白な基準接点(図 1aのようなもの)を設けなくても 済むように、基本的な熱電対回路に相当する直接の接続を行いま す(図 1cを参照)。中間金属の法則によると、熱電対の 2 つの異 種金属に第 3 の金属(通常は銅)を接続しても、同じ温度で接続さ れてる限り、出力電圧に影響を与えません。 図 1c. 「間接的な」基準接点 図 3. ゼーベック係数対温度 実質的な熱電対による測定 実際の環境では、基準接点で発生する電圧を補償することで、氷 点基準を不要にしています。そのために、基準接点の電圧と等し いが向きが反対の電圧を熱電対回路に加算します(図 1dを参照)。 いろいろなタイプの熱電対 熱電対の種類を区別するために、一般に感度と動作温度範囲の 2 つの特性を使用します。図 4 のグラフは、一般によく使われる金属 の組み合わせについてこれらの特性を示したものです。 AD594 はタイプ J 熱電対用として工場出荷時調整されてますが、 AD594/AD595 のデータシートに示すように、簡単な外部調整でタ イプ E に設定できます。タイプ K 熱電対用に工場出荷時に調整さ れてる AD595 も、0.2°C 以内の誤差が伴うだけでタイプ T 熱電対 に直接接続することができます。 図 1d. 冷接点補償 この補償を実現するデバイスがAD594/AD595 です。ブロック図と 基本的な接続を 図 2 に示します。内蔵の氷点補償回路が、基準接 点の温度を監視し、内部の加算点で熱電対回路に適切な電圧を加 算します。次に、この正味電圧を公称出力 10mV/°Cに増幅します。 図 4. 熱電対出力対温度 図 2. AD594/AD595 のブロック図 - 2/6 - AN-274 AD594/AD595の性能の最適化 AD594 または AD595 で規定された精度を十分得るには、以下の設 計ガイドラインを守る必要があります。 1. 冷接点誤差 AD594/AD595 には冷接点補償機能が内蔵されています。この 機能が正しく働くには、IC を熱電対の冷接点と同じ温度に保持 する必要があります。放熱によって冷接点補償に関わる誤差が 生じないように、AD594/AD595 にほかの部品や熱源が直接接 触しないようにしてください。(AD594/AD595 の無負荷時電 源電流はわずか 160μA なので、自己発熱に伴う誤差はごくわず かです。) 5. ノイズの最小化 熱電対が拾った高周波ノイズの増幅を最小に抑えるために、9 番と 10 番、10 番と 11 番の各ピンの間に補償コンデンサを接続 します。図 6 に示す値は、60Hzでゼロになりますが、応答時間 が遅くなります。 グラウンド・ラインでの I×R 電圧降下を避けるために、すべ てのグラウンド点を中心点に直接接続します。100Ω 抵抗と 0.1μF コンデンサにより、電源ラインの過渡スパイクとリップ ルを取り除きます。 2. 回路基板のレイアウト 図 5 に示すプリント回路基板の接続レイアウト(オプションの 調整用抵抗含む)によって、冷接点とAD594/AD595 との間の 熱平衡が得られます。ここでは、1 番ピンと 14 番ピンの下のプ リント回路基板の銅パターンにおいてICと回路基板が熱的に 接触しています。基準接点は銅–コンスタンタン(または銅–ア ルメル)接続と銅–鉄(または銅–クロメル)接続で構成されて おり、いずれもAD594/AD595 と同じ温度に保持されています。 図 6. フィルタリング、補償、接地による誤差の低減 拡張周囲温度 誤差の計算 図 5. PC ボードの接続 3. ハンダ処理 接合を確実にし、I×R 電圧降下を最小限に抑えるため、熱電対 金属線の酸化部分をきれいに除去してからハンダ付けを行う 必要があります。鉄、コンスタンタン、クロメル、アルメル、 および錫 95%/アンチモン 5%、錫 95%/銀 5%、または錫 90%/ 鉛 10%のハンダに対しては、非腐食性ロジンフラックスが効果 的です。 4. 接地の方法 AD594/AD595 の入力段にはトランジスタがあり、熱電対入力 からグラウンドにバイアス電流を流す必要があります。この経 路がないと、電流によって入力段がカットオフ状態になり、出 力が誤った値を示すことになります。帰還経路ができるように グラウンドへ直接接続します。 熱電対の非直線性(ゼーベック係数の変化)に関連する誤差を最 小 限 に 抑 え 、 精 度 を 25°C の 周 囲 温 度 で 最 適 化 す る た め に 、 AD594/AD595 の仕様は動作温度範囲 0~50°C で規定されています。 AD594/AD595 の氷点補償電圧は直線的であり、0~50°C での熱電 対の出力の最良適合直線に一致します。この範囲を外れると、熱 電対と補償電圧との偏差が顕著になります。つまり、AD594/AD595 は仕様を保障してる温度範囲外でも正しく動作しますが、規定さ れてる温度安定性誤差内に収まらない可能性があります。 表IIは、民生周囲温度範囲、工業周囲温度範囲、拡張周囲温度範囲 について最大誤差を計算した値の一覧です。周囲温度はICと基準 接点の温度です。測定接点は、熱電対の定格限度内であれば任意 の温度にすることができます。 - 3/6 - AN-274 周囲温度 °C AD594C 最適範囲外 での誤差°C AD594C 合計誤差 °C AD594A 最適範囲外 での誤差°C −55 4.83 5.83 6.83 −25 1.98 2.98 3.23 0 0.62 1.62 1.25 +25 0.00 1.00 0.00 +50 0.62 1.62 +70 1.46 +85 2.25 +125 4.90 AD595C 最適範囲外 での誤差°C AD595C 合計誤差 °C AD595A 最適範囲外 での誤差°C AD595A 合計誤差 °C 9.83 5.28 6.28 7.28 10.28 6.23 2.04 3.04 3.29 6.29 4.25 0.62 1.62 1.25 4.25 3.00 0.00 1.00 0.00 3.00 1.25 4.25 0.62 1.62 1.25 4.25 2.46 2.59 5.59 1.38 2.38 2.50 5.50 3.25 3.75 6.75 1.99 2.99 3.49 6.49 5.90 7.40 10.40 3.38 4.38 5.88 8.88 AD594A 合計誤差 °C 注: “最適範囲外での誤差”には、(a) 実際の基準接点と氷点補償電圧の差 × ゲイン、および(b) 0~50°C の規定値から推定したオフセット温度係数とゲイン温度係数の 2 つ の成分があります。合計誤差は、温度不合格誤差と初期調整誤差の和です。 表 II. さまざまな周囲温度における最大誤差の計算値 回路のアイデア 3 番ピンに注入された 200nA/°C の電流によって 32°F のオフセット が発生し、出力の抵抗網によりゲインが 9/5 に増加します。 オプションの調整方式 出力の調整: 図 7 の回路は、AD594/AD595 の残留してる調整誤差をゼロにしま す。15MΩ抵抗によって、−T(5 番ピン)に電流が注入され、オフ セットが負になります(約−3°Cのオフセットに対応)。調整用ポ テンショメータ(RCAL)を使用し、+T(3 番ピン)に平衡電流を注 入することで、強制的に作った負のオフセットをゼロにすること ができます。この回路は、1 個の単方向トリムによって任意の調整 誤差をゼロにすることができます。 1. 熱電対を切り離し、1 番ピンと 14 番ピンに 10mVp-p の 100Hz AC 信号を入力します。(AC 励起を使用することで、ゲインの調 整とオフセットの調整を分離できます。) 2. p-p 出力が 3.481V(AD594)または 4.451V(AD595)になるよ うに RGAIN を調整します。 3. 0°C のアイス・バスまたは氷点槽にある熱電対を 1 番ピンと 14 番ピンにもう一度接続します。 4. 出力が 320mV になるまで、ROFFSET を調整します。 華氏温度を出力する AD594/AD595 の、0°C で熱電対を調整した場 合の、理想的な伝達関数は次のようになります。 AD594 出力 = (タイプ J 電圧 + 919μV) 348.12 AD595 出力 = (タイプ K 電圧 + 719μV) 445.14 図 7. 調整誤差の微調整 華氏温度の出力 図 8 は、10mV/°Fの電圧出力を直接に読み取ることができる回路で す。次に示す温度スケール変換式が、回路にそのまま組み込まれ ています。 華氏温度 = (9/5)(摂氏温度) + 32 - 4/6 - 図 8. 摂氏温度から華氏温度への変換 AN-274 平均温度の直接測定 平均温度は、1つのAD594/AD595 を使い、図 9 の構成にすること により直接測定できます。この回路の出力は、(T1 + T2 + T3 +...TN)/N (単位:°C)× 10mV/°C(公称値)に等しくなります。熱電対/抵 抗ペアをいくつ並列に接続しても、AD594/AD595 は正しい冷接点 補償を行います。300Ωの直列抵抗が、各熱電対の間を流れる電流 を最小限に抑えます。この直列抵抗には、各熱電対の温度が平均 値より高いか低いかにより、その電圧差をバランスするための正 または負の電圧降下が発生します。大きい温度勾配がある対象に ついて正確な平均値を出す場合にも、この回路を利用できます。 図 9. 平均温度の測定 マルチプレックスを使った複数温度の測定 大型の温度測定データ収録装置では、熱電対信号をマルチプレク サで切り替えて入力することによって必要なAD594/AD595 の数を 最小にすることができます(図 10 を参照)。この回路のもうひと つ重要な機能は、複数の基準接点接続を端子台の集合から AD594/AD595 の単一接点に変換することです。 AD594/AD595 の下に熱電対を置き(熱的接触)、その出力信号を 等温コネクタに戻すことによって、等温ブロックで発生した基準 接点電圧を効果的にキャンセルすることができます。あるマルチ プレクサが ON の位置にあるとき、コンスタンタン(アルメル)– 銅接点と銅–コンスタンタン(アルメル)接点を直列に配置すると、 大きさは等しく極性は逆の電圧が得られます。つまり、ブロック が等温であることから、V1 = V2 になります。鉄(クロメル)–銅接 点にも同じことが当てはまります。 このようなキャンセル機能によって、AD594/AD595 の内蔵冷接点 補償回路は IC の直下にある熱電対を補償します。このようにすれ ば、端子台を任意の離れた位置に置くことができます。ただし、 AD594/AD595 と付属の熱電対の温度は 0~50°C の範囲を維持して ください。 AD7502 を使用すれば、1 個の AD594/AD595 で 4 種類の温度を監視 できます(AD7507 では 8 つの温度を監視可能)。シングルエンド のマルチプレクサを用いれば、熱電対の配線のおよそ半分を除去 することができますが、その場合システムはコモンモード・ノイ ズを拾いやすくなります。 図 10. 複数熱電対をマルチプレックスで切り替える方法 - 5/6 - AN-274 オフセット電圧(AD594/AD595 のデータシートの 表Iの出力の列に 記載されている値)は、ゼロ出力温度をその加えたオフセット電 圧に相当する分シフトします。感度は内蔵帰還抵抗の代わりに大 きい外部抵抗を使用するか、小さな外部抵抗を使用するかにより、 大きくも小さくもできます。新しい帰還抵抗の値を計算するひと つの方法を示します。 1. 所望の出力感度を決めます。(mV/°C 単位) 2. 温度範囲 T1~T2 を決めます。 3. そ の 温 度 範 囲 に 対 す る 平 均 熱 電 対 感 度 を 計 算 し ま す 。 (VV a 1 −V a 2)/(T1 − T2 ) 4. 所望の感度を平均熱電対感度で割ります。 (1)の結果 ÷ (3)の計算値。この値が AD594/AD595 の新しいゲイ ン(GNEW)になります。計算が正しければ、結果は単位があり ません。 5. 実際の帰還抵抗(8 番ピンから 5 番ピン)RFDBK を測定します。 図 11. ゼロ点のシフトと感度(ゲイン)変更 6. オフセットとゲインの変更 R INTERNAL R FDBK (5) の結果 193.4 1 193.4 1 注:AD595 では、193.4 ではなく 247.3 を使用します。 図 11 に示す回路には 2 つの機能があります。1)AD594/AD595 に オフセット電圧を加えることにより、任意の温度で出力を 0Vにす る。(ゼロ点のシフト)2) AD594/AD595 のゲインを変更すること により、出力感度(熱電対の1度当たりの変化に対する出力電圧 の変化)の変更を可能にする。 0°C 以外の温度で出力が 0V になるように出力をシフトするには、 帰還抵抗(8 番ピン)つまり、加算点に接続された右側のアンプの 反転入力にオフセット電圧を加えます。 電流モード伝送 ノイズの多い環境で信号を送信する場合は、電圧よりも電流を使 用するほうがよいと考えられます。図 12 は、AD594/AD595 の出力 信号を電流として伝送してから、信号処理側で電圧に変換する方 法を示しています。 この回路では、9 番ピンの帰還電圧によって RSENSE 両端の電圧が熱 電対の電圧に等しくします。RSENSE を正しく選択すると(AD594 では 5.11Ω、AD595 では 4.02Ω)、10μA/°C の電流が発生します。 7. 新しい帰還抵抗の値を計算します。 (GNEW−1) (RINTERNAL) = ((4) の結果 − 1) ((6) の結果) この方法によって、5V 電源で温度範囲 300~330°C、とし、300°C で 0V 出力に設定して 300°C から始まる 100mV/°C の出力にするこ とができます。4.1V のツェナー・ダイオードと抵抗分圧器を使用 して、ゼロ出力温度点を変更することができます。 RSENSE 両端の電圧は熱電対の電圧に等しいため、AD594/AD595 の 入力の両端に基準接点電圧が発生します。アンプ+A が 2N2222 ト ランジスタのベースを駆動し、出力電圧を電流に変換します。 160μA の静止電流は RSENSE を流れるため、誤差の原因にはなりま せん。しかし、測定できる最低温度は 16°C になります。回路の精 度は、AD594/AD595 の初期調整誤差と、測定点における 1kΩ の電 流/電圧変換抵抗と RSENSE とのマッチング度によって決まります。 図 12. リモート温度計測 ©2010 Analog Devices, Inc. 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