高速ソフトリカバリダイオード

Vol.26 No.2
高速ソフトリカバリダイオード
宍戸 長次*
田山 慶昭*
この結果,還流ダイオードに流れていた電流は,図2に
1.はじめに
示すように,電流の減少率
(−di/dt)
に従い徐々に減少し,
インバータ回路に用いられるIGBT等のスイッチングデ
一旦はゼロになりますが,その後短時間にダイオードの逆
バイスの高速化とともに,これらのデバイスに逆並列に接
方向に大きな電流が流れます。この電流は,逆回復電流と
続される還流用ダイオード(Free-Wheeling Diode)は,
定義されます。
v
dir
サージ電圧(=L’
× )
dt
高速でかつソフトリカバリー特性であることが求められて
います。このニーズに応えるべく,弊社では逆耐圧600vで
i
電源電圧(E)
高速なソフトリカバリダイオードを開発しましたので,そ
t=t1
IF
の概要を紹介します。
t
VF
2.還流用ダイオードの逆回復時の動作
誘導性
(リアクトル)
負荷のインバータ動作の模式図を図
1に示します。IGBT等がオン状態になると,誘導性負荷
(L)
に電流が流れます1。その後IGBT等がオフになると,
t=t0
di
− dt
IrM
dir
dt
逆回復電流
図2 逆回復時の電圧―電流波形
これをダイオード内部のキャリアのふるまいとして考え
誘導性負荷
(L)
に蓄積されたエネルギにより還流ダイオー
ると,PN接合が順バイアスされるとN−層はキャリアの注
ドを通って環流電流が流れます2。さらにIGBT等のスイ
入により飽和状態になりますが,ダイオード電極に逆バイ
ッチングデバイスが再度オンになると,還流用ダイオード
アス電圧が印加されることにより,PN接合は逆電圧回復
は,順バイアス状態から,逆バイアス電圧が印加された状
による遮断動作を始めます。しかし,PN接合は順バイア
態になります3。
スにより蓄積されたキャリアの飽和状態から,直ちに逆電
L’
圧が回復した状態に移行することができず,N−層に蓄積
された過剰キャリアは,空乏層が最初に回復するPN接合
ON
1
E
+
部分を基点として,電子はN+層側から,正孔はP層側から
−
D
L
排出され,最後はキャリアが再結合で消滅するまで電流が
流れます。この電流は,ダイオードの逆回復電流として観
L’
測されます。
逆回復動作過程では,過剰キャリアが減少してPN接合
OFF
2
E
+
の逆耐圧が回復するにつれて,逆回復電流は減少し流れな
−
D
L
くなりますが,この逆回復電流の減少率
(=dir/dt)
により,
回路中の寄生インダクタンス
(L ’
)
によって,サージ電圧
L’
(=L’
×dir/dt)
が発生します。
(図2)
最近のインバータ回路は,高効率化および損失の低減化
ON
3
E
を図るためにIGBT等のスイッチングデバイスの動作周波
+
−
L
D
数を上げるように設計されており,この場合,接続されて
いる還流用ダイオードに流れる逆回復電流は,高い電流減
少率
(−di/dt)
により減少します。高di/dt動作では,逆回
図1 テスト回路
復電流のピーク値が大きくなり逆回復電荷量も増加して,
10
Vol.26 No.2
スイッチング損失の増加をまねきます。また逆回復電流の
v
i
減少率
(dir/dt)
も大きくなるため,発生するサージ電圧
(=L’
×dir/dt)
が大きい場合はIGBT等が破壊することがあ
Tj=125℃
di/dt=614A/μs
;
i 10A/div
v;100v/div
v
ります。
図4
i;gnd→
当社従来品
FRD
3.ソフトリカバリ特性
ダイオードの逆回復時に発生するサージ電圧を抑制する
v;gnd→
ためには,逆回復電流の減少率
(=dir/dt)
を小さくしてソ
100ns
フトリカバリの特性にすることが必要です。ソフトリカバ
リ化を実現するために,PN接合およびN+層とN−層の境界
i
領域の不純物プロファイルと逆回復時のキャリアの分布の
Tj=125℃
di/dt=620A/μs
;
i 10A/div
v;100v/div
v
依存性を①ポアソンの方程式②キャリアの連続方程式③キ
ャリアの輸送方程式をシミュレーターを用いて解くことに
図5
i;gnd→
開発品
より解析しました。これらの関係を図3に示します。
v;gnd→
P層
N−層
N+層
100ns
電子
正孔
を最小限に抑制することが可能です。
濃度
(相対値)
5.開発製品仕様
t=t0
t=t0
表1にTO−247外形30A定格の開発製品定格・特性を示
t=t1
t=t1
t0,
t1は図2の時間
と一致
深さ
(相対値)
図3逆回復動作でのダイオード内部のキャリア状態解析例
解析結果を基にして,以下の要件を設計に取り入れて,
ダイオードを開発しました。
1N+層とN−層の境界領域に蓄積するキャリアを逆回復
時に緩やかに排出する機構
2順バイアス状態時のPN接合付近に蓄積するキャリア
の低減
3Si基板の抵抗率,厚み,P層の不純物濃度と深さ及び
キャリアのライフタイムの最適化
4.開発品の特長
します。
表1 KSP30B60B開発製品定格・特性
■最大定格
項目
繰り返しピーク逆電圧
平均整流電流
実効順電流
サージ順電流
動作接合温度範囲
保存温度範囲
記号
条件
定格値 単位
VRRM
600
V
IO 商用周波数,正弦波180度通電
30
A
IF(RMF)
47
A
IFSM 10ms単相正弦半波1サイクル非くり返し
250
A
Tjw
-40∼+150 ℃
Tstg
-40∼+150 ℃
■電気的特性
項目 記号
ピーク逆電流 IRM
ピーク順電圧 VFM
逆回復時間
trr
熱抵抗
Rth(j-c)
条件
VRM=VRRM, Tj=25℃
IFM=30A, Tj=25℃
IFM=10A, −di/dt=50A/μs, Tj=25℃
接合部−ケース間
min.
−
−
−
−
typ. max. 単位
50 − μA
1.7 −
V
100 −
ns
− 1.4 ℃/W
*KSP30B60Bアノード電極両側通電時
今回開発した高速ソフトリカバリダイオードは,その用
途をIGBT等のスイッチングデバイスに逆並列に接続され
る還流用ダイオードとしています。開発したダイオードを
本開発品は,高耐圧でかつ高速なソフトリカバリダイ
逆回復時の高−di/dt状態で動作させ,発生するサージ電
オードです。今後も市場ニーズに応えるため,逆回復特
圧が従来品のFRDと比較して,低く抑えることができるこ
性をさらに改善した高速ソフトリカバリダイオードを開
とを確認しました。図4に当社の従来品のFRD,図5に開
発・販売してまいります。
発した高速ソフトリカバリダイオードの逆回復特性波形を
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
示します。
*筆者紹介
宍戸 長次 Choji Shishido
開発したダイオードは,逆回復時に発生するサージ電圧
及び高周波ノイズ成分を低減できるために,IGBT等を破
壊する事故や,ノイズによる周辺機器,制御機器の誤動作
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6.まとめ
1978年入社 現在,生産本部 開発設計部勤務
田山 慶昭 Michiaki Tayama
1996年入社 現在,生産本部 開発設計部勤務