スマート社会における 大容量・高電圧Li-ion電池充電器の開発 栗花 弘昭 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、日本で過 去最大の地震であり、電力損失が起因して各地に甚大な 被害をもたらした。震災によって停止した原子力発電は、 未だ再稼働ができず、電力需要がピークを迎える夏場に は、 「節電」や「使用制限」といった処置が講じられたこ ① 石油・石炭・天然ガスは枯渇性資源である。 ② 火力発電はCO2排出量が多い。 ⇒ 地球温暖化対策に逆行してしまう。 ③ 中国・インド等の新興国での需要が増加。 ⇒ 原料費高騰および資源獲得競争が激化。 とは記憶に新しい。政府はこの震災を機に、日本のエネ ルギー政策方針を転換させ、再生可能エネルギーの開発 この問題に対して政府のエネルギー政策では、省エネ や ス マ ー ト グ リ ッ ド 、 HEMS( Home Energy ルギーの徹底的な推進と、原子力発電に変わる再生可能 Management System) 等の普及による電力バランスの改 エネルギーの開発・普及の強力推進が重要となる。 善に力を入れている。 OKIテクノパワーシステムズは、スマート社会に貢献す スマートコミュニティにおける蓄電池の役割 るカスタム電源メーカーとして、今後のインフラ改革に 政府では、この課題に対する解決策として、次世代送 寄与する新たな開発を開始した。本稿では、その電源技 電システム(スマートグリッド)と、住宅のエネルギー管 術のノウハウと、今後の取り組みについて紹介する。 理システム(HEMS)を融合させた「スマートコミュニ ティ」 (図2)の開発を提唱している。これは、太陽光や風 日本の電力発電構成と今後の課題 日本は天然資源が乏しく、一次エネルギー資源(石油、 石炭、天然ガス、原子力、水力他) の90%以上は輸入に依 力など再生可能エネルギーを最大限活用し、一方でエネ ルギーの消費を最小限に抑えていく次世代の社会システム である。 存している。輸入された一次エネルギーは、火力発電が 66%、原子力発電が24%の割合で発電されている (図1) 。 水力、他 10% 石油 13% 原子力 24% 石炭 27% 約66%が 火力発電によって 電力を生産している 天然ガス 26% 図2 NEDOスマートコミュニティ実証事業より 経済産業省「エネルギー白書2011」より しかし、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、天 図1 日本の発電電力量構成(2010年) 候によって発電量が変化してしまう(図3)欠点が存在し、 電力の安定供給が困難であるといった課題がある。 50 震災を機に、政府は原子力発電の依存度を引き下げざ そこで、スマートコミュニティでは、電力安定供給の るを得ない状況であるが、以下の理由から火力発電の出 ために再生可能エネルギーと蓄電池のセットが注目され 力を積極的に上げることもできない。 ている。蓄電池の利用目的は、下記の通りである。 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 を特長としている。強放電に強く、障害時の安全性も確 太陽光発電グラフ 発電量(kW) 晴れ 8 曇り 7 認されていることから、幅広いアプリケーションで利用 されている。 雨 6 5 ■ リチウムイオン電池:正極にリチウム含有金属酸化物、 4 電解液に有機電解液を用いた電池で、エネルギー密度が 3 高く充放電効率も良い。セル電圧が3.7Vのため、大電圧 2 の組電池製造が容易で小型化が可能である。ただし、電 1 解液に有機溶媒を使用していることと、過充電時に発熱 0 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 時刻(時) および負極のリチウムが析出し、発煙・発火に至る可能 性があるため、充電時には高精度の電圧制御が必須とな 図3 太陽光発電出力(例) っている。近年では、各種の保護機能が強化された結果、 電気自動車にも搭載されるようになった。 (1)系統の安定化 表1 二次電池の種類 再生可能エネルギーの発電量は天候によって大きく変 動するため、電力系統へ大量連系した場合に系統が不安 定になってしまう。発電量を蓄電池に貯蔵/放出するこ とによって系統の安定化を制御する。 (2)節電・ピークシフト 安価な夜間電力によって蓄電池に充電し、再生可能エ ネルギーの発電不足または電力需要増加時に活用する。 (3)バックアップ 災害発生時、停電時等の利用。 二次電池種類 鉛シール電池 (Pb) ニカド電池 (Ni-cd) ニッケル水素 電池(Ni-MH) リチウムイオン 電池(Li-ion) セル電圧 エネルギー密度 エネルギー効率 12.0V 約35Wh/kg 87% 1.2V 約45Wh/kg 90% 1.2V 約60Wh/kg 90% 3.7V 約120Wh/kg 95% 資源エネルギー庁「蓄電池技術の現状と取組について 各電池とも長所・短所があるため(表2)、アプリケー ションによって適切に使い分けることが重要である。し かし今後は、スマートコミュニティで要求される小型化・ スマートコミュニティで使用する蓄電池は、家庭用で 2kWh、コンビニ等店舗で5kWh∼10kWh、ビルや工場 大容量化の蓄電池開発には、エネルギー密度の高いリチ ウムイオン電池の活用が必須となってくる。 では30kWh∼1MWh程度が必要とされる。しかし、これ 表2 二次電池レビュー ら大容量の蓄電池は、産業用途としては一部でしか普及 しておらず、現在バッテリメーカー各社は、大容量・高 電圧蓄電池の開発を進めている最中である。 蓄電池の種類と特徴および開発動向 充放電用途の電池は二次電池と呼ばれ、大きく4つの種 類がある (表1) 。 二次電池種類 鉛シール電池 (Pb) 大きさ 充電方式 寿命 コスト 大 トリクル充電 ○ ○ トリクル充電 or 急速充電 × △ 急速充電 × × 急速充電 △ × ニカド電池 (Ni-cd) ニッケル水素 電池(Ni-MH) リチウムイオン 電池(Li-ion) 小 ■ 鉛シール電池:使用実績が多く安価である。使用温度 範囲が広く、過充電に強いという特長があるが、エネル ギー密度が小さいために外形が大型である。 リチウムイオン電池充電制御の技術要素 OKIテクノパワーシステムズは、電源設計・開発メー ■ ニカド電池:含有するカドミウムが、環境負荷影響へ カーとして15年以上前から蓄電池の充放電技術に携わり、 の懸念がありニッケル水素電池へ代替が進んでいる。 OKI金融機器の停電バックアップ制御を支えてきた。使用 する二次電池は、時代のニーズによって小型化・高密度 ■ ニッケル水素電池:小型で急速充電が可能であること 化に変化し、2006年から小型リチウムイオン電池の充電 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 51 ■EVB−101仕様 制御を開発し始めている (図4) 。 ●電池構成:14直6並 50.6V(typ) 1996 ∼ 2000 2001 ∼ 2005 2006 ∼ 2010 2011 ∼ 2015 Pb Active 鉛シール電池 技 術 開 発 ●電池容量:10.8Ah / 544Wh ●最大出力:1.5kW / 5.2kW(peak) ●通信機能インタフェース:CAN(High Speed) N i−Cd End ニカド電池 充電器仕様は表3の通りとした。充電電圧は公称57.4V N i−MH Active ニッケル水素電池 L i−i on Active リチウムイオン電池 に対して±1%の高精度が要求されている。また、バッテ リとの接続は今後の汎用性を考慮し、1mのコード引き出 しとした。 表3 充電器仕様 図4 電池充電制御ロードマップ 項 目 リチウムイオン電池は、前述した通り過充電による障 仕 様 入力電圧 AC85∼264V 電源方式 PFC+フォワード (絶縁型) 効 率 83%@AC100V セントの精度で制御を行う必要がある (図5) 。また、電池 出力容量 340VA の安全保護回路手段として電池パック内にマイコンが内 充電制御 CVCC制御 充電電圧 57.4V±0.5V 害発生の可能性があるため、充電電圧・充電電流は数パー 蔵されてあり、電池状態を通信によって確認する必要が あるため、充電器はマイコンによる制御が必須となる。 充電電流 6A±5% 出力形態 コード引き出し (1m) 外形寸法 213×255×65mm 充電電圧(定電圧) 次に、充電器の回路ブロック図を図6に示す。バッテリ 充電電流(定電流) 側とはCANによる通信インタフェースを持つ。 AC85V∼264V 絶縁DDコン 380V 57.4V FUSE N F 充電が進むと充電 電流が減少する 整 流 平 滑 PFC S W T F 整 流 平 滑 出力 電圧 検出 CC FG PC 満充電検出 DD制御IC PC 12V 図5 リチウムイオン電池の充電特性 0V 電流 検出 ACインレット 充電開始 C+ CV ON/OFF しきい値 コード引き出し L=1m C- OVP 保護 ON/OFF, 電圧電流切替 PV 補助電源 充電電圧(リモートセンス) Reg A/D RS CAN(H) 5V CAN DRIVER FLASHマイコン CAN(L) CS 大容量・高電圧Li-ion充電器の開発 現在バッテリメーカー各社は、電気自動車用途として DCファン POWER LED CHARGE LED ALARM LED 33K 図6 充電器回路ブロック図 開発している大容量リチウムイオン電池を、スマートコ ミュニティ関連や産業用途へ応用・拡販し始めている。弊 充電器は、ハードウェアで絶縁型定電流コンバータを 社では、今後の蓄電池の核となるこれら大容量・高電圧 構成し、定電圧制御とオンオフ制御、CAN通信制御はマ リチウムイオン電池に着目して、2011年5月から開発を イコンによるファームウェアで制御する。 行っている充電器の内容について以下に紹介する。 使用電池は、三洋電機製の動力用標準電池システム 「EVB−101」を採用した。本電池は、蓄電用途のほか 充電器の技術的課題と特徴 今回の充電器を開発するにあたり、技術的な課題が大 パーソナルモビリティ (EV車両等) の動力用など、幅広い きく2つあった。 アイテムで使用することができる。 ① 高精度の定電圧充電制御 ② CAN通信ファームウェアの新規開発 52 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 EVB−101で要求される充電電圧は57.4V±1%である 能とリカバリー機能を持つプロトコルで、今後の民生機 のに対して、通常ハードウェア構成の回路の場合は各種 器への展開も期待できる重要なアイテムである。そこで ドリフト条件を含めると±5%の制御となってしまい仕様 今回、新たにCAN通信ファームウェア技術開発に取り組 を満足できない。また、1mのコード引き出しによって接 み、CANドライバおよびその通信試験に関する開発環境 続するため、電圧ドロップが更に加わり、バッテリ入力 を構築した。これにより今回の充電器の制御系へのCAN 端での1%制御が困難であった。 機能搭載を実現した (写真1) 。 そこで本充電器では、バッテリから出力されるリモー トセンスピンを使用して、マイコンによるデジタル制御 を新規に取り入れることにした (図7) 。 EVB-101 Battery 充電器 57.4V/6Amax コード引き出し L=1m デジタル ポテンショータ 電圧ドロップが発生する C+ 出力電圧 検出① CV制御 F/B SW Control 出力電流によって ドロップ幅が変化する DD制御IC 0V 出力電圧補正② A/D Conv. 入力端電圧を フィードバック 写真1 本充電器 (左)と EVB-101(右) C- 今後の展開について 充電電圧(リモートセンス) RS FLASHマイコン 本充電器は、絶縁型定電流コンバータを採用している 図7 デジタル電圧フィードバック回路 ため、充電電流がEVB−101専用のセッティングとなっ ていて拡張性に乏しいといった課題がある。今後、複数 リモートセンスピンの充電電圧を、マイコンのA/Dコ メーカーの多種類(充電電圧や充電電流が違う)の大容量 ンバータで読み込み演算し、デジタルポテンショメータ リチウムイオン電池に対応できるよう、DSPを使用して を介して電圧検出フィードバックを補正する方式を開発 コンバータを直接スイッチング制御する方式に改善を行 した。従来、高電圧出力の電圧精度補償は、ボリューム い、充電器の標準化を展開していきたい。 抵抗を使用して手動で調整を行っていたが、本方式によっ て100mV単位での自動補正が可能となった。 この結果、バッテリ入力端での高精度充電電圧制御が 実現し、仕様を満足することができた。充電特性を図8に また、今回開発のノウハウを、今後民生市場で拡大す るリチウムイオン電池のアプリケーションに活用し、蓄 電池充放電技術のトップメーカーとして、現代社会のエ ネルギー問題に取り組んでいきたい。 ◆◆ 示す。 ■参考文献 EVB-101充電器-充電特性 電圧[V] 70 60 50 40 30 20 10 0 0:00 CC-6A 安定したCVCC制御を実現 0:30 1:00 1:30 電流[A] 7 6 5 CV-57.4V 4 3 2 1 0 2:00 2:30 時間 図8 充電特性カーブ 1)資源エネルギー庁:「蓄電池技術の現状と取組について」 ,平 成21年2月 2)NEDO 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構: スマートコミュニティ実証事業 3)経済産業省:「平成22年度 エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2011)概要」 ,平成23年10月 ●筆者紹介 栗花弘昭:Hiroaki Kurihana. 株式会社OKIテクノパワーシステ ムズ 技術部 また、EVB−101は、動力用に使用できるように車載 向けネットワークとして標準化されているCANインタ フェース (ISO-11898-2 High Speed) を装備している。 CAN (Controller Area Network) は、高いエラー検出機 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 53