FEJ 87 04 0268 2014

特集
エネルギーマネジメントに
貢献するパワー半導体
LLC 電流共振電源の回路技術
Circuit Technology of LLC Current Resonant Power Supply
川村 一裕 KAWAMURA, Kazuhiro
山本 毅 YAMAMOTO, Tsuyoshi
北條 公太 HOJO, Kota
大画面テレビやサーバ機器などに用いられる比較的大きな容量の電源装置では,高効率化,小型化,低ノイズ化の要求
を背景に LLC 電流共振電源が一般的になっている。LLC 電流共振電源は,トランスの漏れインダクタンスを共振に利用し
ており,電圧ゲインがスイッチング周波数により変化するため,トランスの設計が他の制御方式と比較して難しい。富士
電機では,LLC 電流共振電源の制御用 IC の開発・量産とともに,顧客の電源開発の技術サポートを行っている。LLC 電
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
流共振電源の動作原理,ならびにトランスの設計方法とその特性について解説する。
For relatively large capacity power supplies, such as ones for large screen TVs and server devices, LLC current resonant power supplies
are commonly used to meet the requirements for high efficiency, reduced size and lower noise. An LLC current resonant power supply uses
leakage inductance of a transformer for resonance and the voltage gain varies along with the switching frequency, which makes the design
of a transformer more difficult than other control methods. Fuji Electric is working on the development and mass production of control ICs
of LLC current resonant power supplies and provides technical support for customers in the area of power supply development. This paper
describes the principle of operation of an LLC current resonant power supply and the design method and characteristics of transformers.
まえがき
LLC 電流共振コンバータ
LLC 電流共振コンバータの回路図を図 1 に示す。
近年,電気・電子機器の電源装置では,IC をはじめと
する電子部品の進歩により,小型,安価で高効率なスイッ
この回路は,2 つの MOSFET(Q1,Q2)を直列に接続
チング電源が一般的となっている。特に,薄型テレビの大
,トラ
したハーフブリッジ回路と共振用コンデンサ(Cr)
画面化や,情報通信の進歩によるサーバ機器の大容量化な
ンス(T)
,出力整流ダイオード(D1,D2)
,および出力電
どに伴い,比較的大きな容量の電源において,高効率,低
解コンデンサ(Co)から成る。Np はトランスの一次巻線
ノイズ,小型化の要求が高まっている。
の巻数,Ns は二次巻線の巻数である。
このようなスイッチング電源の分野において,富士電機
LLC 電流共振コンバータで用いるトランスは,結合係
では,100 W クラスから比較的大容量の 500 W クラスま
数を小さくすることで漏れインダクタンスを大きくし,こ
での電源を小型で薄く構成でき,高効率・低ノイズ化に優
れを共振用インダクタとして利用している。漏れインダク
⑴⑵
れる LLC 電流共振電源の制御用 IC を製品化している。こ
タンスを示した等価回路を図
の制御用 IC の特徴は,LLC 電流共振方式で問題となっ
ンダクタンス,Lm が励磁インダクタンスである。
に示す。Lr1,Lr2 が漏れイ
てきた上アーム MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor
Field-Effect Transistor)と下アーム MOSFET の短絡に
Cr
よる貫通電流を防止する機能を内蔵していることや,機器
T
のスタンバイ時などの軽負荷時に低待機電力モードで動作
D1
Q2
+
p
することである。この結果,より安全性に優れ,これまで
s
Co
in
低待機電力化のために必要であったスタンバイ専用電源が
⑶
Q1
不要な電源を構成できる。
また同時に,富士電機製の電源制御用 IC をお客さまが
採用する際に,よりスムーズな電源開発ができるよう,デ
D2
モボードの提供,アプリケーション資料の充実,IC 周辺
回路の定数提案などに加え,特に設計が難しく電源動作の
鍵を握るトランス設計のサポートも実施している。
本稿では,LLC 電流共振電源の動作原理,およびトラ
ンスの設計方法と設計例,さらにそのトランスを搭載した
電源の代表的な特性について述べる。
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
268(38)
図
LLC 電流共振コンバータ回路
Ro
LLC 電流共振電源の回路技術
⒝ 状態 B:IQ1 が正方向の状態で Q1 をオフすると,遮
Cr
r1
r2
断した直後は Q2 のボディーダイオードを通して Q2
T
D1
Q2
側に負方向の電流が流れる状態となり,共振電流 Icr
+
m
p
s
o
は連続的に変化を続ける。また,ダイオードに電流が
o
in
流れている期間で Q2 をオンさせる。
Q1
⒞ 状態 C:Icr が正方向から負方向に転じると,Q2 に
は正方向の電流 IQ2 が流れる。
⒟ 状態 D:IQ2 が正の状態で Q2 をオフすると,遮断し
D2
た直後は Q1 のボディーダイオードを通して,Q1 側に
図
漏れインダクタンスを示した等価回路
負方向電流が流れる状態となり,共振電流 Icr は連続
的に変化する。また,ダイオードに電流が流れている
期間で Q1 をオンさせる。
状態 B では,Q2 のボディーダイオードが最初にオンし,
LLC 電流共振コンバータの基本動作
本動作は A 〜 D の四つの状態に分けられ,その動作を繰
り返すことで共振電流を制御している。図
電圧スイッチングを行う。状態 D では Q1 に対し同様とな
る。
に各状態にお
ける電流経路を示す。
LLC 電流共振コンバータの動作モード
⒜ 状態 A:Q1 がオンしているので,Q1 には正方向の
電流 IQ1 が流れる。
LLC 電流共振コンバータは周波数変調で出力電圧を制
御する回路方式であり,その入出力特性を求めるには,一
のような等価回路を用いる。
般に図
A
B
C
出力電圧は一次側に換算した電圧 V po で示している。ま
D
た,交流等価抵抗 R ac は式⑴で表される。
cr
Rac=
Q1
8 2 Vo
8n2
= 2 Ro …………………………… ⑴
n
r
r
Io
R ac:交流等価抵抗(Ω)
Q2
n :トランスの巻数比
ON
Q1 OFF
ON
Q2 OFF
V o :出力電圧(V)
I o :出力電流(A)
R o :負荷抵抗(Ω)
図
ここで,n は式⑵で示される。
LLC 電流共振コンバータの動作波形
n=
Np
Ns
……………………………………………… ⑵
T
Q2
r
L r2
r1
m
OFF
Q1
N p:トランスの一次巻線の巻数
Q2
N s :トランスの二次巻線の巻数
ON
この等価回路において入出力電圧比は式⑶となる。
Q1
OFF
ON
(a)状態 A
Q2
(b)状態 B
Q2
r
ON
OFF
r
Q1
Q1
po
m
s
OFF
ON
(c)状態 C
図
o
電流経路
(d)状態 D
図
LLC 電流共振コンバータの等価回路
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
269(39)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
Q2 の電圧がほぼゼロになった状態で Q2 をオンさせるゼロ
に LLC 電流共振コンバータの動作波形を示す。基
図
LLC 電流共振電源の回路技術
Vp o
=
Vs
と,上アーム側と下アーム側がアーム短絡を起こす。この
1
1+
~
~
~0
Lr
n+jQ d
n
d 1~0
~
Lm
~
2
0
2
V po
:一次側に換算した出力電圧(V)
Vs
:等価入力電圧(V)
Lr
:漏れインダクタンス(H)
Lm
:励磁インダクタンス(H)
…… ⑶
の状態に陥らないように,入出力電圧比が最大値よりも高
い周波数領域で使用する。また,共振周波数(fo=w o /2π)
よりも fs が高い領域では,fs の変化に対して出力電圧の変
化が小さく制御性が悪いなどの理由により一般的には使用
しない。そのため,入出力電圧比が 1 より大きい昇圧モー
ドの領域で使用する。
ω ,ω 0 :角周波数(rad/s)
ここで,ω ,ω 0,Q は式⑷〜式⑹で示される。
LLC 電流共振コンバータのトランス設計
~ = 2rfs ……………………………………………… ⑷
ω :角周波数(rad/s)
ω 0:角周波数(rad/s)
5 . 1 設計手順
章 で述べたとおり,昇圧
モードで動作するので,入力電圧が最大の場合も昇圧モー
C r :共振コンデンサの容量(F)
Lr 1
……………………………………… ⑹
Cr Rac
L r :漏れインダクタンス(H)
ドで動作するように入出力電圧比を決める。まず,トラン
スの二次巻線の巻数を求め,その後,一次巻線の巻数を決
定する。また,共振周波数 fo は最大のスイッチング周波
数になるので,IC の最大周波数を超えない範囲であらか
C r :共振コンデンサの容量(F)
じめ決めておく。
R ac:交流等価抵抗(Ω)
⑴ トランスの二次巻線の巻数 N s を式⑻から求める。
なお,図 1 に示す LLC 電流共振コンバータはハーフブ
リッジ型コンバータであるため,等価回路における入力電
圧は半分となる。
V
Vs = in
2
実機で検証した結果を述べる。
LLC 電流共振コンバータは
L r :漏れインダクタンス(H)
Ns =
]Vo +VF g TON
2Ae Bm
……………………………… ⑻
N s :二次巻線の巻数
…………………………………………… ⑺
V o :出力電圧(V)
V F :整流ダイオードの順方向電圧降下(V)
V s :等価入力電圧(V)
T ON:スイッチング素子の最大オン時間(s)
(最低スイッチング周期の 1/2 に等しい)
V in:入力電圧(V)
式⑴〜式⑶を用いて,スイッチング周波数 fs に対する
入出力電圧比を求めた(図 )
。LLC 電流共振コンバータ
A e :トランスのコアの実効断面積(m2)
B m :コアの磁束密度(T)
(B m はコアが飽和しない値とする)
では入出力電圧比の最大値を境界に動作モードが異なる。
このうち入出力電圧比が最大値を示す周波数よりも低い領
⑵ 入力電圧が最大のときも昇圧モードで動作させるよう
域は,容量性動作領域と呼ばれる。この領域で動作させる
にするため,トランスの一次側と二次側の巻数比 n を
式⑼から求める。なお,V s は最大入力電圧のときの値
である。
2.0
1.5
n :巻数比
o
N p:トランスの一次巻線の巻数
1.0
N s :トランスの二次巻線の巻数
V s :等価入力電圧(V)
0.5
容量性
動作領域
0
20
図
Np
Vs
……………………………… ⑼
$
]Vo +VF g
Ns
o
/
s
n=
入出力電圧比
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
1
…………………………………………… ⑸
LrCr
Q=
実際に LLC 電流共振制御 IC を使用したトランス設計の
手順を述べる。続いて,具体的な仕様でトランスを設計し,
fs :スイッチング周波数(Hz)
~ 0=
場合,MOSFET が破壊に至ることがあるため,通常はこ
40
60
80
スイッチング周波数(kHz)
スイッチング周波数に対する入出力電圧比
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
270(40)
V o:出力電圧(V)
使用領域
V F:整流ダイオードの順方向電圧降下(V)
100
⑶ トランスの一次巻線の巻数を式⑽から求める。
LLC 電流共振電源の回路技術
Np = nNs ……………………………………………… ⑽
N p:トランスの一次巻線の巻数
™最低スイッチング周波数
85 kHz(T ON=5.88 µs)
™整流ダイオードの順方向電圧降下 V F
0.6 V
⑴ トランスの二次巻線の巻数 N s(式⑻より)
n :巻数比
N s :トランスの二次巻線の巻数
Ns =
]Vo+VF g TO N
2AeBm
=
]12+0.6 g#5.88
2#90#0.20
0
≒ 2.1
⑷ 漏れインダクタンス L r を求める。
本コンバータではトランスの漏れインダクタンスを共
振用のインダクタとして使用する。一次巻線の巻数 N p で,
したがって,N s を最小の 3 ターンとする。
⑵ トランスの巻数比 n(式⑼より)
トランスの一次巻線からみた L r が求まる。
n=
⑸ 共振コンデンサの容量 C r を決定する。
Np
Vs
200
$
=
≒ 15.9
]Vo +VF g
]12+0.6g
Ns
共振周波数 fo と L r から,C r を式⑸から算出する。
⑹ 励磁インダクタンス L m を決定する。
⑶ トランスの一次巻線の巻数 N p(式⑽より)
入力電圧が最低のときに出力電圧が定格値を得られる入
ング周波数は最低になり,電圧ゲインおよびコアギャップ
を考慮して決定される。なお,トランスのコアのギャップ
lg は式⑾で計算する。
lg =
n 0 AeNp2
l
- e
Lm
nc
Np = nNs = 15.9#3 = 47.7
したがって,N p を最小の 48 ターンとする。
⑴〜⑶により,トランスの巻数比 n=16 となる。
⑷ トランスの漏れインダクタンス L r の算出
EE4717 のトランスでは 1 ターン当たりの漏れインダク
………………………………… ⑾
タンスは 38 nH であるので,一次巻線の巻数 N p が 48 の
ときの漏れインダクタンスは 87.6 µH〔=482×38(nH)
〕
lg :トランスのコアのギャップ(m)
となる。
µ 0 :真空透磁率(=4π×10−7 H/m)
⑸ 共振コンデンサ C r の決定
A e:トランスのコアの実効断面積(m2)
式 ⑸ に fo=125 kHz,L r=87.6µH を 代 入 し て C r を 求 め
N p:トランスの一次巻線の巻数
ると 0.019µF となり,0.022µF のコンデンサを選択する。
L m:励磁インダクタンス(H)
⑹ 励磁インダクタンス L m の決定
le :コアの実効磁路長(m)
入力電圧が最低のときに出力電圧が定格値を得られるよ
µ c :コアの振幅透磁率(=3,000 H/m)
うな L m を求める。入力電圧の最小値は 350 V なので,こ
のときの入出力電圧比をトランスの巻数比から求める。
5 . 2 設計例
トランス設計の例を次に示す。図
が実際に設計したト
ランス周辺の回路である。
™入力電圧 V in
390 V(350〜400 V)
™出力電圧 V o
12 V
™出力電流 I o
12 A(R o=1 Ω)
™使用トランス
したがって,スイッチング周波数が最低のとき(ここで
EE4717
は fs=85 kHz)に,入出力電圧比が 1.2 以上になるような
A e=90 mm2
L m を式⑶から求める。
この結果,L m は 490 µH 以下であればよいということ
le=70 mm
™共振周波数
Vo +VF
Vpo
12+0.6
=
=
≒ 1.2
Ns Vin
Vs
3
350
×
Np 2
48
2
B m=0.20 T
になる。そこで L m=450 µH を選択し,トランスのコアの
125 kHz 程度
ギャップ lg を式⑾から求めると約 0.6 mm になる。
lg =
トランス
r
=12 V
o
n 0 AeNp2
l
- e
Lm
nc
-6
Q2
r1
r2
+
m
=350∼
400 V
=
D1
p1
s
in
4r#10-7#90#10 #48 2
70#10-3
≒ 0.6#10-3
-6
450#10
3,000
o
LLC Q 1
IC
5 . 3 試作トランスの特性
s
試作したトランスを搭載した電源における動作波形を図
CC
D2
p2
に示す。定格時のスイッチング周波数は 110 kHz となり,
ほぼ設計で狙った値となった。
また,試作したトランスを搭載した電源の変換効率は
93〜94% と高効率であった(図 )
。
図
設計したトランスの周辺回路図
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
271(41)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
出力電圧比を求めて L m を決定する。このときのスイッチ
LLC 電流共振電源の回路技術
例と実際に試作したトランスを搭載した電源の代表的な特
in=DC390 V,
=12.0 V,
p
=12.0 A
性について述べた。
p
5 µs/div
今後も,市場要求に対応した製品をタイムリーに開発す
るとともに,お客さまのよりスムーズな電源開発をサポー
下アーム電流:2 A/div
トするために努力する所存である。
下アーム電圧:100 V/div
参考文献
⑴ 山田谷正幸ほか. LLC電流共振制御IC「FA5760」. 富士電機
技報. 2012, vol.85, no.6, p.445-451.
⑵ 陳健. PFC及び待機用コンバータ無しで高入力範囲に対応
スイッチング周波数:110 kHz
したLLC共振コンバータ. 第27回スイッチング電源技術シン
ポジウム. 2012, D2-2.
図
動作波形
⑶ 山田谷正幸ほか. 第2世代LLC電流共振制御IC「FA6A00N
95
川村 一裕
パワー半導体のフィールドアプリケーションエン
90
変換効率(%)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
シリーズ」. 富士電機技報. 2013, vol.86, no.4, p.267-272.
DC350 V
ジニアリング業務に従事。現在,富士電機株式会
DC390 V
社営業本部半導体営業統括部応用技術部。
85
80
75
70
0
図
山本 毅
パワー半導体のフィールドアプリケーションエン
20
40
60
80
100
o (W)
120
140
160
ジニアリング業務に従事。現在,富士電機株式会
社営業本部半導体営業統括部応用技術部。
試作したトランスの変換効率特性
北條 公太
あとがき
パワー半導体のフィールドアプリケーションエン
ジニアリング業務に従事。現在,富士電機株式会
社営業本部半導体営業統括部応用技術部。
本稿では,お客さまが富士電機の LLC 電流共振制御 IC
をスムーズに導入し,使用できるように,トランスの設計
富士電機技報 2014 vol.87 no.4
272(42)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。