メタマテリアル技術を応用した EBG構造の検討 上谷 純 城田 健一 八木 貴弘 中澤 哲夫 近年、電磁波工学の分野でメタマテリアルに関する研 究が注目されていて、このメタマテリアル技術を用いた ③特性は、プリント基板の高い製造精度によるため、ば らつきが極めて小さい。 EBG (Electromagnetic Band Gap) 構造によるノイズ抑 ④実測値とシミュレーション値との整合性が高く、設計 制や干渉制御などへの応用が考えられている。ここで注 段階での特性の把握が容易であり、試作回数の削減が 目すべきことはEBG構造が従来のプリント基板の材料と できる。 製造技術を用いて製作が可能であり、様々な応用が期待 できることである。 当社では、これまでにプリント基板によるEBG構造の 有効性の検証として2GHz近辺での阻止帯域を持つ小型ビ 1) アレスEBG構造の試作、評価を進めてきた 。 EBG構造の特徴と課題 (1)EBG構造の特徴 EBG構造とは、特定の周波数帯において電磁波伝搬が 本報告では、開発を進めている小型ビアレスEBG構造 抑制される特性(阻止帯域)を持つメタマテリアルの一つ について、その設計手法および試作評価結果について紹 である。導体や誘電体などで構成される単位セルを、1個 介する。 または複数個を周期的に配列させて形成する。 プリント基板では周期的なパターンを形成することで EBG構造が得られ、その電気的特性は、基板材料および メタマテリアルとは パターン形状によって決まる。 メタマテリアルとは、自然界に通常存在しない特異な 特定の周波数帯の電磁波を抑制する特徴をもつEBG構 特性を持つ人工物、あるいは合成物質の構造と定義され 造を利用し、アンテナの相互結合抑制や回路ブロック間 2) ている 。特に、波長に比べて小さい材料個片を単位粒子 の干渉抑制、あるいは特定の周波数帯域のノイズ抑制な として、これを並べて構成し、電気的特性を持たせた構 どの活用が考えられる。 造体を電磁メタマテリアルと言う。このような構造を形 成することで、透磁率や誘電率を自在に制御することが 可能となる。一例として、透磁率と誘電率が同時に負と (2)一般的なEBG構造 ①マッシュルームEBG構造 なる負屈折率媒質が挙げられる。負屈折率媒質中での電 マッシュルームEBG構造は、リファレンス層にビアを 磁波は群速度の方向に対し位相速度の方向が逆となる性 介した金属パッチを周期的に配置し構成される (図1 (a) ) 。 質を持つ。近年、このような特異性を応用した様々なメ この構造による伝送特性の例を図1 (c)に示す。このよう 3) タマテリアルが提案されている 。 に構成されたマッシュルームEBG構造は右手/左手系複合 線路として知られており、右手系と左手系の周波数帯の 間が阻止帯域となる4)。 プリント基板でのメタマテリアル これまでに様々なメタマテリアルが検討されているが、 平板構造をとるメタマテリアルの多くがプリント基板で を追加し、接続するIVH(Interstitial Via Hole)などの の実現が可能である。プリント基板でメタマテリアルを ビアを設ける必要があるため、製造コストが増加する。 実現することにより、以下のようなメリットが挙げられる。 一方、リファレンス層自体は既存のままで、マッシュ ①従来の材料、製造プロセスで製作可能であり、設計や ルーム構造を適用箇所に追加する構造であるため、大電 評価といった環境もそのまま活用ができる。 ②厚みが実質ゼロである。 46 マッシュルームEBG構造は、金属パッチを配置する層 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 流が必要となるアプリケーションでは有効であると考える。 金属パッチ ビア 金属パッチ ブリッジライン 層のパターニングだけで形成が可能である。 (2)EBG構造の課題 EBG構造の特性は、基板材料およびパターン形状によっ て決定される。そのため、周期構造をなす単位セルのサ リファレンス層 基材 リファレンス層 基材 (a) マッシュルームEBG構造 (b) ビアレスEBG構造 イズが阻止帯域の周波数に大きく影響する。図2に阻止帯 域が現れる周波数帯と単位セルサイズの関係の例を示す。 例えば、一般的な電子機器でのノイズ抑制への応用を考 (単位セルサイズ:12mm×12mm、FR-4) 0 サイズが大きくなる。そして、電子機器へ組み込みやす い小さなサイズでは阻止帯域の周波数帯が高くなるとい -20 S21 [dB] えると、ターゲットとする低い周波数帯では単位セルの うトレードオフの関係となっていることがわかる。この -40 ように、一般的な電子機器で使用するためには単位セル -60 -80 EBG構造なし(実測) の小型化が必要となるが、単純な小型化は難しいことが EBG構造なし(シミュレーション) わかる。 マッシュルーム構造(実測) マッシュルーム構造(シミュレーション) -100 0 2 4 6 Freq. [GHz] 8 マッシュルームEBG構造 14 0 -20 Freq.[GHz] (単位セルサイズ:12mm×12mm、FR-4) 小さなサイズでは 12 (c) マッシュルームEBG構造の伝送特性例 S21 [dB] ビアレスEBG構造 10 周波数が高い 10 8 低い周波数へ適応すると 6 サイズが大きくなる 4 ターゲット領域 2 -40 0 -60 0 EBG構造なし(実測) 10 15 Size[mm] EBG構造なし(シミュレーション) -80 5 ビアレス構造(実測) 図2 阻止帯域と単位セルサイズ ビアレス構造(シミュレーション) -100 0 2 4 6 Freq. [GHz] 8 10 (d) ビアレスEBG構造の伝送特性例 EBG構造の小型化検討 今回、既存の製造プロセスを活用し、安価で設計自由 度の高いビアレスEBG構造についての検討を行った。ター 図1 EBG構造 ゲットとする周波数帯は、身近となっている無線LAN等 で使われる2.4GHzとした。一般的に、この周波数帯に対 ②ビアレスEBG構造 ビアレスEBG構造は、リファレンス層と対向する層に 応した受動部品は高価であるため、これらの部品の採用 はコスト増となる。しかし、これらの電子部品の機能を、 金属パッチとそれを接続するブリッジラインからなる単 パターンのみで構成されるビアレスEBG構造が適用でき 位セルを周期的に配置した構成となる (図1 (b) ) 。 ればコスト削減につながる。そこで、この帯域近辺で阻 このように構成されたビアレスEBG構造は、インダクタ とキャパシタの並列回路を周期的に配置した構造と見る 止帯域を持つような小型のEBG構造を得るための検討を 行った。 ことができ、その共振に起因する阻止帯域を持つ(図1 (d))。また、対向する層との間に形成される容量成分と 併せて考えると、右手/左手系線路の阻止帯域を併せ持つ ことも可能である。 ビアレスEBG構造は、新たな層やビアが不要で、適用 (1)等価回路 ビアレスEBG構造の等価回路を図3 (次ページ) に示す。 ビアレスEBG構造は金属パッチ部のL1 と金属パッチとリ ファレンス間のC1をブリッジラインのL1とセル間のキャ OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 47 設計したパターン例を図5 (a) に、伝送特性を図5 (b) に 示す。一般的な従来構造で2GHz近辺での阻止帯域を実現 するためには10mm×10mm以上の単位セルサイズが必要 となる例が多い。今回のようにブリッジラインを適切に 設計することによって5mm×5mm程度の単位セルサイズ L2 L1 C1 で2GHz以下の阻止帯域を実現することが可能となった。 C2 図3 ビアレスEBG構造の等価回路 パシタンスC2で接続した回路と表すことができる。 単位セル(5mm×5mm)を2×2個配置 このうち、L2とC2によるLC共振回路の共振周波数は (a)パターン例 0 実測 -20 つこととなる。よって、低い周波数帯での阻止帯域を得 るためには、L2およびC2を大きくする必要がある。 (2)小型ビアレスEBG構造の設計 S21[dB] となる。この共振により伝搬が抑制され、阻止帯域を持 シュミレーション -40 -60 -80 セルサイズを小さくする必要があるため、セル間のキャ パシタンスを大きく取ることは難しい。よって、低周波 -100 0 領域で必要な阻止帯域を得るために、ブリッジラインの インダクタンスを大きくするようなパターンを設計する 2 4 Freq.[GHz] 6 8 (b)伝送特性 必要がある。つまり、ラインを極力細く長くすることが 小型低周波化に有効である。そこで、ライン幅を細くし、 図5 小型ビアレスEBG構造の設計事例 ブリッジラインをセル内で引き回して延長させ、インダ クタンスを大きくすることで、小型ビアレスEBG構造の (3)1列配置小型ビアレスEBG構造の設計 実現を目指した。ブリッジラインは、図4の矢印で示すよ これまで検討してきたビアレスEBG構造を実際に電子 うに、①任意の場所での折り曲げ、②ミアンダ形状、③ 機器に組み込むことを想定すると、さらに小型なものを スパイラル形状で延長させた。単位セルサイズを5mm× 要求される可能性がある。ここではWi-Fiなど2.4GHz帯 5mmとし、①∼③の形状にて設計した小型ビアレスEBG の電子機器への組み込みを目的とし、ビアレスEBG構造 構造にて、2GHz以下からの阻止帯域をシミュレーション のさらなる小型化を検討した。 および実測にて確認した。 そのために、単位セルの配置を2次元配置から1列配置 とした (図6) 。1列配置とすることにより、隣り合う単位 セルを接続するためのブリッジラインの一部が不要になる。 このブリッジラインをなくし、残りのブリッジラインの 引き回しを工夫することにより、さらなる小型化が期待 できる。 ①折り曲げ ②ミアンダ ③スパイラル 図4 ブリッジラインの設計手法 48 OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 具体的には図7に示すように、サイズ5.1mm×2.4mm の単位セルを5個配置し、阻止帯域の中心周波数が2.4GHz 伝送路 EBG構造をプリント基板で実現し、さらなる小型化の 可能性を示した。このようなEBG構造はプリント基板 の従来の製造プロセスが活用できる。その結果、特定の 受動素子で構成される電子回路の機能をプリント基板の スタブ パターンで実現することが可能となり、様々なアプリケー ションへの展開が期待される。 (a)2次元配置 ◆◆ (b)1列配置 ■参考文献 図6 単位セルの配置 となるような設計としたところ、2.4GHz付近で約1GHz の阻止帯域幅を持つことをシミュレーションにより確認 した。これまで検討してきたビアレスEBG構造に対して、 阻止帯域の幅は狭まったが単位セルサイズで約半分、全 体で40%の小型化を実現した。また、設計においては単 位セルを形成するパターンの最適化により阻止帯域を制 御することが可能である。 単位セル(5mm×5mm) 2×2個配置 全体で約40%の小型化 単位セル(5.1mm×2.4mm) 1×5個配置 (a)単位セルの配置イメージ 1)上谷純 他,:メタマテリアル技術を応用したEBG構造の検討− ビアレスEBG構造による電源系ノイズ抑制−,MES2011,2C11,2011年 2)真田篤志:メタマテリアルとは何か,2006年電子情報通信 学会総合大会,BT-1-1,2006年 など 3)C.Caloz,T.Itoh:“Metamaterials for High - Frequency Electronics”, PROCEEDINGS OF THE IEEE VOL. 93 NO.10, 2005 など 4)D.sievenpiper,et al.,: “High-Impedance Electromagnetic Surfaces with a Forbidden Frequency Band”, IEEE TRANSACTIONS ON MICROWAVE THEORY AND TECHNIQUES VOL.47 issue 11, 1999 ●筆者紹介 上谷 純:Jun Kamiya. 沖プリンテッドサーキット株式会社 技術 本部 商品開発部 基礎技術開発チーム 城田健一:Kenichi Shirota. 沖プリンテッドサーキット株式会 社 技術本部 商品開発部 基礎技術開発チーム チームリーダ 八木貴弘:Takahiro Yagi. 沖プリンテッドサーキット株式会社 技術本部 商品開発部 基礎技術開発チーム チームリーダ 中澤哲夫:Tetsuo Nakazawa. 沖プリンテッドサーキット株式会 社 技術本部 担当部長 0 S21 [dB] -20 -40 1×5配置 2×2配置 -60 -80 -100 0 1 2 3 4 5 Freq. [GHz] (b)伝送特性例 図7 1列配置小型ビアレスEBG構造の設計事例 ま と め 今回、メタマテリアル技術の応用として、小型ビアレス OKIテクニカルレビュー 2012年4月/第219号Vol.79 No.1 49