特定テーマ 4 半導体製造装置向け光学素子の開発

特定テーマ 4 半導体製造装置向け光学素子の開発
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特定テーマ
4 半導体製造装置向け光学素子の開発
Development of Optical Coatings for Lithography
鈴木 和夫
Kazuo Suzuki
光デバイス事業部 技術部 エグゼクティブマネージャー
江藤 和幸
Kazuyuki Etoh 中央研究所 研究開発部 マネージャー
1 まえがき
5 年程前はマルチメディアという単語がキーワードとしてもてはやされていましたが、ここ数年は
IT というキーワードが全盛となっています。しかし、この 2 つのキーワードは共にコンピューター
の発達を軸としたものです。また、携帯電話、携帯端末といったものから家電製品にいたるま
で、システム LSI が使用されるようになってきています。したがって、このような製品に使用され
る CPU やメモリーといった半導体にはこれからも高速化、 多機能化、 大容量化といったこと
が求められ続け、そのための製造技術の発展はこれからも必要不可欠なものです。
こういった要求に応えていくためには、加工技術の微細化が必要です。現在製造技術として
光リソグラフィーが使用されていますが、これはマスクパターンを半導体ウェハー上に転写すると
いう技術であるため分解能は使用している光源の波長に依存します。したがって、 微細化のた
めには光源の短波長化が必要となります。現在の主流は、 KrF (波長 248nm)というエキシ
マレーザーが使用されていますが、これがやがて ArF レーザー(波長 193nm)、F2レーザー(波
長 157nm)、そして EUV (波長 13nm)へと移っていきます。
当社では、これらの波長の光に対応した光学素子、光学薄膜の開発を行っていますのでこれ
を紹介します。
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2003, Japan Aviation Electronics Industry, Ltd.
航空電子技報 No.26 (2003.3)
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2 ロードマップ
先に述べましたように、半導体の製造技術の発展は光源の短波長化にあります。そのロード
マップを表 1 に示します。これによりますと、ムーアの法則に従い、3 年で1世代の割合で微細
化が進み、 2003 年には ArF レーザーが、 2006 年には F2 レーザーが、 2010 年に EUV 光が
使用されることになります。
表 1 ロードマップ
01年度
Design Rule
02年度
03年度
130 nm 115 nm 100 nm
04年度
05年度
06年度
07年度
10年度
90 nm
80 nm
70 nm
65 nm
45 nm
KrF(248 nm)
ArF(193 nm)
F2 (157 nm)
EUV(13 nm)
3 光学膜の必要性
半導体の製造装置、 特に露光機には、 およそ 70 枚程度のレンズや数十枚の高反射ミラー
が使用されています。このレンズには合成石英(F2 レーザーではフッ化カルシウム)が使われ
ますが、 反射防止膜をコーティングしていない場合、 表面反射による損失のため透過率は約
91% となります。これが 70 枚重なると透過率は 0.1% となり殆ど光は通りません。したがって、
レンズの両面に反射防止膜をコーティングするのですが、 この時レンズ 1 枚の透過率が 99%
になったとしても 70 枚のレンズを重ねると透過率は 49.5%、さらに 1 枚の透過率が 99.5% の
場合でも全透過率は 70.4% となります。このように反射防止膜の性能がレンズの明るさに大
きく影響することが分かると思います。また、同様に反射ミラーについても高反射であることが
求められます。
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4 多層膜光学素子について
前述の高反射率ミラーや反射防止膜は、異なった材料からなる薄膜を多層に積層することに
より実現しています(図 1 参照)。こうような光学多層膜の性能にとって重要なことは
①光吸収が小さいこと
②表面粗さが小さいこと
です。
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図 1 多層膜光学素子の構造
4.1 膜材料と成膜条件
①の光吸収が小さいことという要求については、まず吸収のない材料を選択することです。
物質にはそれぞれに固有の吸収端があり、それよりも短い波長の光(高エネルギーの光)は
通さなくなります。図 2 に合成石英基板に各種材料を成膜した時の透過率を示します。これか
ら分かるように例えば五酸化タンタルという材料では 300nm 以下の波長の光は吸収してしま
い透過しません。また、 200nm 以下では酸素の化合物である酸化物は二酸化珪素を除いて
光を吸収してしまうため光学多層膜材料として使用することができません。したがって、200nm
以下の波長域では、より吸収端の短い材料すなわちフッ素の化合物であるフッ化物を使用しな
ければならなことがわかります。さらに波長が短くなり極端紫外の波長域になるとどんな物質
にも吸収があります。したがって、そのなかでも小さい物質を選択することになります。 13nm
の波長ではシリコンとモリブデンの組み合わせがよいことが知られています。
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Ta 2 O 5
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HfO 2
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Al 2 O 3
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MgF2
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LaF3
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SiO 2
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図 2 各種材料の光透過特性
つぎにこういった様々な材料を積層する際には、その成膜装置や条件を材料に応じて最適
化することが必要となります。例えば図 3 に合成石英基板に異なる条件で成膜した二酸化珪
素の薄膜の透過率を示します。成膜条件が悪い場合には、E’
(≡Si・と記述することが多いが、
本来石英中のシリコン原子は 4 つの酸素と結合している。しかしこのシリコン原子は 3 つの酸
素原子としか結合しておらず残り1つの電子が不対電子として残った状態にある)と言われるよ
うな欠陥をはじめとする様々な常磁性の欠陥により 300nm から 200nm 近辺にかけて大きな
吸収帯を生じていることがわかります。しかしこれは成膜条件を最適化することで無くすことが
できることがこのグラフから分かると思います。
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図 3 二酸化珪素の透過特性
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4.2 表面粗さと成膜手法
次に②の粗さについてですが、 完全に平坦な面に光が入射した場合、 光は100%反射され
ますが、 実際の表面は凸凹したものであり、そのために光は色々な方向に散乱されます。レー
ザー光を光学素子に当てた時にみえるレーザーのスポットはこの散乱光を見ているのです。
この散乱光による光の損失は、表面の凸凹の程度を平均二乗粗さσで表し、光の波長をλ、
入射角をθとすると
Loss = 1− exp [ ー(4 πσ cos(θ)/λ)2 ]
と計算できます1)。これを図 4 に示しますが、 入射光の波長が短くなるとこの散乱ロスの影響
が大きくなることが分かると思います。
特に EUV の波長になると、このことが非常に重要で、 表面粗さσが1nm の場合、 散乱に
よる損失が 58% にも達することが分かります。したがって、使用する基板を超平滑面に研磨す
る技術およびその面に超平滑な膜を積層する技術が重要となります。
こういった観点から、当社では超平滑な膜を積層できる技術としてイオンビームスパッタ法を
中心として開発を行っています。
図 5 にイオンビームスパッタ法を用いて積層したフッ化ランタン単層膜の原子間力顕微鏡
(AFM)像を示します。また、 比較のために一般的な蒸着で作製したフッ化ランタン単層膜の
AFM 像を示します2)。これから、イオンビームスパッタ法で作製した膜は非常にスムーズな面
が得られることがわかります。
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図 4 散乱損失の波長依存性
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(a)イオンビームスパッタ法
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(b)蒸着法
図 5 LaF3 膜の AFM 像
5 試作例
例としてこれまでに作製したいくつかの光学素子の特性について紹介します。
5.1 Kr F レーザー(248nm)用HRコーティング
図 6 は KrF レーザー用の高反射ミラーの例です。合成石英基板上にイオンビームスパッタ法
を用いて HfO2 と SiO2 の多層膜ミラーを作製しました。光の波長 248nm、入射角度0度で反
射率として 99% を越える値が得られています。
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図 6 KrFレーザー用高反射膜の特性
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5.
2 ArF レーザー (193nm)用ARコーティング
図 7 はフッ化カルシウム基板の両面に反射防止膜として、イオンビームスパッタ法により
GdF3 と AIF3 を成膜したときの透過率の特性を測定した結果を示します。波長 193nm、 入射
角度 0 度で透過率 99.2% が得られています。
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図 7 ArF レーザー用反射防止膜の特性
5.
3 F2 レーザー (157nm)用HRコーティング
図 8 はF 2 レーザー用の高反射ミラーの例です。成膜材料は LaF 3と AIF3です。波長
157nm、入射角度 45 度でs偏光に対して 96.7%、p偏光に対して 90.5%、平均で 93.6% の
反射率が得られています3)。これまでスパッタ法で作製したのフッ化物薄膜は、 吸収損失のた
め 90% を超える反射率を得ることは出来ませんでしたが、 成膜条件の改善により蒸着法で作
製したミラーに並ぶ反射率を得ることができました。蒸着法と比べ表面粗さの点でイオンビー
ムスパッタ法で成膜したミラーは優れているため散乱光の少ないミラーとなっています。
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図 8 F2 レーザー用高反射膜の特性
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5.4 EUV(13nm)用多層膜
先にも述べましたようにEUVの波長域では、全ての物質に吸収があります。そのためリソグ
ラフィー用のマスクとしては透過型のものが使用でないため、反射型のものとなります。したがっ
て、ミラーといった光学素子だけでなくマスクとしても多層膜が使用されます。
図 9 に、Si と Mo の多層膜の高分解能透過電子顕微鏡写真を示します。シリコン層の厚さ
が 4.0nm,モリブデン層の厚さが 2.9nm という極薄であるにもかかわらず周期性良く積層され
ていることが分かります。
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図 9 EUV 用多層膜の透過電子顕微鏡写真
6 まとめ
現在進めている半導体の製造装置向けの光学素子の開発状況について紹介しました。今後
リソグラフィー用光源としての ArF レーザーや F2 レーザーには高出力化が求められています。
またEUVの光源には様々な方式が検討されていますが、その光源に使用される集光用のミラー
には、 かなり大きな熱的な負荷がかかると予想されています。したがって当社では、こういった
高出力レーザーに対する耐久性や熱的な耐久性、 安定性等をさらに高めた光学素子の開発を
進めていきます。
[参考文献]
1) Jean M. Bennet and Lars Mattson : “Surface Roughness and Scattering,” Optical
Society of America (1989)
2) 吉田 俊也ほか:“イオンビームスパッタリング法によるエキシマレーザ光学系用フッ化物薄
膜の開発 ,”日本航空電子技報 No.25 (2002)
3)Toshiya Yoshida, et al. : “Development of High-Reflection Mirrors of Fluoride Multilayers
for F2 Excimer Laser by Ion Beam Sputtering Method,”Jpn. J.Appl. Phys., Vol.41, p.5751
(2002)
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