富士時報 Vol.81 No.6 2008 インテリジェントパワー MOSFET 岩水 守生(いわみず もりお) 豊田 善昭(とよだ よしあき) ( 1) まえがき 年から 2008 年にかけ,10 から 65 に増加 しており,この 比率で ECU の小型化が必要になる。富士電機のインテリ 自動車電装業界では“環境” “安全” “快適”をキーワー ジェントパワー MOSFET が 1 A 流すのに必要な実装面積 ドとする自動車電子制御システムの進化に拍車がかかっ も同様の比率で,1990 年から 2006 年にかけ 1/7 未満に小 ている。環境・安全・快適性能向上のためには,エンジン, 型化している。 トランスミッション,ブレーキなどの電子制御が,従来の インテリジェントパワー MOSFET オンオフ制御,機械制御からリニア制御やモータ制御に高 度化され,これらをコントロールする各 ECU(Electronic Control Unit)の統合化も進んでいる。さらに,これら 前述の自動車電装業界の要求に応え,富士電機では次に ECU の大規模化に伴う搭載スペース捻出のため,ECU の 示す 2 種類のインテリジェントパワー MOSFET 系列の開 小型化が切望されている。ECU に搭載され,電子制御シ 発を推進してきた。系列の一覧を図 2 に示す。 ステムの手足の役割を受け持つパワーデバイスも同様に, 高機能 MOSFET シリーズ ( 1) 出力段パワー MOSFET に短絡保護(過電流・過熱保 高性能化,小型化が求められている。 富士電機では,制御・保護・自己診断などの回路と出力 護)などの保護機能を内蔵し,単体 MOSFET やバイポー 段 パ ワ ー MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field ラトランジスタ同様の 3 端子構成とした製品である。電流 -Effect 定格に応じて 4 種類のパッケージをラインアップしている。 Transistor)などのパワーデバイスを自己分離型 CMOS/DMOS(Complementary MOS/Diffusion MOS) この中で特徴的な製品は「F5048」で,他の系列品の耐圧 プロセス構造を用いてワンチップ化したインテリジェント は 40 V だが,F5048 は耐圧を 80 V に設定することでロー パワー MOSFET を系列化して上述した要求に応えてきた。 ドダンプサージフリーを可能にした。 特に切望されている小型化要求に関し,ECU の大規模化 IPS(Intelligent Power Switch)シリーズ ( 2) と富士電機のインテリジェントパワー MOSFET の小型 出力段パワー MOSFET に,駆動回路,保護回路(過電 化の関係を図 1 に示す。ある高級車の ECU 搭載数は 1990 流・過熱・過電圧)および状態出力回路を内蔵した製品 で,自動車電子制御システムにおける,油圧ソレノイドバ 図 ルブ,ランプ,モータ,リレーなどの制御用に開発した ECU 搭載数と富士電機のインテリジェントパワー デバイスである。出力段パワー MOSFET には n チャネル MOSFET 技術 90 0.9 80 0.8 70 0.7 60 0.6 50 0.5 40 0.4 30 0.3 20 0.2 10 0.1 0 0 1990 1995 2000 2005 2010 年 岩田 英樹 410( 30 ) 1 A あたり実装相対面積 (1990 年時面積を 1 とする) MOSFET を使用しており,ゲート電圧昇圧用チャージポ 1 100 ECUの搭載数(個) 特 集 岩田 英樹(いわた ひでき) ンプ回路を内蔵しているハイサイド型の半導体素子である。 SOP-8 パッケージ品の「F5044H」を代表に,最低動作電 源電圧が 3.0 V と低い「F5045P」や,次に詳細を示す超小 型 IPS や大電流 IPS など特徴ある系列品をそろえている。 超小型 IPS ( 3) ECU の小型化に対応するため,駆動回路,過電流・過 電圧・過熱などの保護回路や CPU との通信機能となる状 態出力回路を出力段パワー MOSFET とワンチップ化し, そのパッケージにウェーハレベルパッケージである CSP (Chip Size Package) を 適 用 し た 超 小 型 IPS「F5054H」 岩水 守生 豊田 善昭 半導体デバイスの開発に従事。現 半導体デバイスの開発に従事。現 半導体デバイスの研究に従事。現 在,富士電機デバイステクノロ 在,富士電機デバイステクノロ 在,富士電機デバイステクノロ ジー株式会社半導体開発・営業本 ジー株式会社半導体開発・営業本 ジー株式会社電子デバイス研究所 部開発統括部ディスクリート・IC 部開発統括部ディスクリート・IC デバイス開発部。 開発部。 開発部。 インテリジェントパワー MOSFET 富士時報 Vol.81 No.6 2008 図 インテリジェントパワー MOSFET 製品ラインアップ 25 ℃時の R DS(on)max(Ω) 1 0.1 F5020 F5018 F5042 F5045P F5033(*) F5041(*) SOP-8 F5060L(*) D2-PAK F5048 D2-PAK SOP-8 :50 V (過電圧保護機能,ST 出力機能搭載) :50 V :40 V (ST 出力機能搭載) :40 V :80 V 0.001 0.1 F5019 F5043 D-PAK F5044H SOP-8 0.01 特 集 全デバイスとも,過電流検出機能,過熱検出機能を搭載 (*):2 チャネル品 ○:I PSシリーズ(ハイサイド型) □:高機能MOSFETシリーズ(ローサイド型) F5062H Low R DS(on) F5054H F5055(*) CSP PSOP-12 SSOP-20 1 10 100 最大定格電流(A) を開発し量産化している。本製品は CSP 技術により,端 図 F5060L パッケージ外形図と端子配列 子をはんだボール構成としてチップ表面側に配置し,モー ⑧ ルド樹脂をチップサイズと同一面積にすることで,パッ ⑦ ⑥ ⑤ ケージの超小型化を実現した。また,富士電機特有の深い 0.5 タイプ名 ずかなチップサイズ増加で低オン抵抗・高サージ耐量を維 6.1 ロット番号 4.4 F5060 拡散工程を応用したアップドレイン構造の適用により,わ 持している。これらの技術により,基本性能はそのままに, 実装面積は従来の SOP-8 パッケージ IPS に比べ 70 % ダウ ① ンしている。 ② 大電流 IPS ( 4) ③ ④ 0.15 5 近年の大電流を扱うアプリケーション(モータやリレー 制御)をターゲットとした“低オン抵抗” , “高放熱処理可 端子番号 端子名 端子番号 端子名 IN1 ③ IN2 ② ST1 ④ ST2 バイスの要求に応え,大電流で使用可能な「F5062H」を ⑦ GND1 ⑤ GND2 開発し量産化している。F5062H は,トレンチ構造を用い ⑧ OUT1 ⑥ OUT2 1.6 ① 能な小型パッケージ” , “各種保護機能”を兼ね備えたデ た出力段パワー MOSFET と自己分離技術を用いた制御 部 IC を,チップオンチップ組立技術により積層させるこ とで,低オン抵抗化(8 mΩmax)と高放熱処理が可能な P-SOP-12 図 F5060L 回路ブロックダイヤグラム パッケージによる小型化を両立させた。超小型 IPS に搭載されている各種保護機能に加え,バッテリー直 IN (ゲート) 接駆動を想定したバッテリー逆接時の出力 MOSFET の温 度上昇抑制機能や,大電流でのインダクタンス負荷制御を 過熱検出 回路 5V 想定した高エネルギー耐量を持っていることが特徴である。 ロジック CPU CPU OUT (ドレイン) ゲート 回路 過電流 検出回路 「F5060L」の製品紹介 ST 断線検出ライン 10 kΩ(推奨) 富 士 電 機 で は, こ れ ら イ ン テ リ ジ ェ ン ト パ ワ ー GND(ソース) MOSFET の系列品により,ECU の小型化に貢献してきた。 さらなる小型化に貢献するため,後述するウェーハプロセ ス技術を確立し,従来外付け部品で構成していた負荷断線 検出回路と,状態出力機能ステータス回路を,ローサイド 高機能 MOSFET として初めて内蔵した「F5060L」を開 発したので次に紹介する。 . 製品の概要 F5060L の パ ッ ケ ー ジ 外 形 と 内 部 構 造 を 図 3 に 示 す。 SOP-8 パッケージを採用し,2 チャネル分のチップをワン 411( 31 ) 富士時報 Vol.81 No.6 2008 インテリジェントパワー MOSFET パッケージに封止することで,システムの小型化および低 ケージに搭載している点が特徴である。以下,F5060L の コスト化に貢献している。 主要特性および特徴について詳細に述べる。 特 集 F5060L の回路ブロックダイヤグラムを図 4 に示す。過 電流,過熱検出機能を搭載した従来の高機能 MOSFET . 主要特性 ( 「F5033」および「F5041」 )に,外付け部品で構成してい F5060L の最大定格を 表1 に,電気的特性を 表 2 に,保 た負荷断線検出機能と,状態出力機能およびステータス端 護動作の論理表を表 3 に,保護動作タイミングチャートを 子を追加している。従来に比べて新たな機能を付加してい 図 5 に示す。さらに主な特徴を以下に示す。従来の高機能 るが,従来と同様に 2 チャネル分のチップを SOP-8 パッ MOSFET に新規追加した機能は と である。 (c) (d) 過電流検出・電流制限・過熱検出による負荷短絡保 (a) 表 護機能を内蔵している。図 6 は負荷短絡時に過電流検 F5060L最大定格(T j =25 ℃) 出から電流制限,過熱検出保護動作に至る過程の動作 記 号 定 格 単 位 備 考 ドレイン− ソース間電圧 V DS 40 V DC 入力電圧 V IN −0.3∼+7.0 V DC ステータス電圧 V ST −0.3∼+7.0 V DC ステータス電流 I ST 5 mA DC 出力電流 IO 1.1 A 1チャネルあたり* PD 1.5 W * 項 目 許容電力損失 波形である。 (b) インダクタンス負荷ターンオフ時の逆起電圧を クランプし,負荷に蓄積されたエネルギーをパワー MOSFET で吸収するダイナミッククランプ回路を内 蔵している。 表 接合部温度 Tj 150 ℃ ─ 保存温度 T stg −55∼+150 ℃ ─ mJ T j =150 ℃, L =200 mH, 単パルス, dv/dt ≦10 V/ s ダイナミック クランプ耐量 E cl 50 負荷断線検出回路を内蔵している。 (c) *:ガラスエポキシ 6 層基板実装時,2 チャネル同時 ON F5060L論理表の保護動作 正常動作 IN L ST OUT V DS 表 F5060L電気的特性目標値(T j =25 ℃) H 過熱検出 L 過電流検出 H L 断線 検出 H H L H L L L H H オフ オン オフ オフ オフ * オフ H L H H H * L *:制御モードに移行 (特性値は変更する可能性あり) 項 目 記 号 条 件 ドレイン− ソース間耐圧 V DSS 入力スレッ ショルド電圧 保護機能動作 入力電圧範囲 出力リーク電流 入力電流 オン抵抗 断線検出電圧 (OUT端子) ステータス電圧 (L)レベル ステータス リーク電流 規格値 単 位 max I OUT =1 mA V IN =0 V 40 ─ 60 V V IN(th) I OUT =10 mA V OUT =13 V 1.5 ─ 2.8 V V IN(p) ─ 2.8 ─ 7.0 V I OL VOUT =30 V V IN=0 V ─ ─ 50 A I IN(n) V IN=5 V *1 ─ ─ 250 A I IN(un) V IN=5 V *2 T j >150 ℃ ─ ─ 350 A R ON I OUT =0.5 A V IN=5 V ─ ─ 350 mΩ V OUTopen V IN=0 V ─ ─ 5.0 V V ST(L) VOUT =13 V V IN=0 V I ST =1 mA ─ ─ 0.4 V V IN =5 V/div I STleak V IN=5 V VST =5 V ─ ─ 10 A V ST=5 V/div ─ ─ 50 s ─ ─ 70 s V IN 負荷 過熱 正常動作 短絡 検出 断線 検出 V DS V ST 電流制限モード I DS 図 t on ターンオフ時間 t off VOUT =13 V I OUT =0 .5 A V IN =5 V 過熱検知保護 温度 T trip V IN=5 V 150 ─ ─ ℃ I oc V IN=5 V 1.7 ─ ─ A *1:保護機能動作が動作しない通常動作時 *2:保護機能動作時(負荷短絡∼過電流検知∼過熱検知動作モード下) 412( 32 ) 保護動作タイムチャート typ ターンオン時間 過電流検知 図 min F5060L の過電流検出・電流制限・過熱検出波形 過電流検出 電流制限 過熱検出 I OUT =2 A/div インテリジェントパワー MOSFET 富士時報 Vol.81 No.6 2008 ステータス端子内蔵により,負荷や素子の状態を (d) CPU へ出力する。 がら行った。その他,構造パラメータの Lg や p チャネル 濃度の最適化を行い,従来に比べてドレイン−ソース間耐 ある。 圧を確保したまま,25 % の Ron・A(単位面積あたりのオ ン抵抗)を低減し,低オン抵抗化を実現した。 出力段パワー MOSFET 低損失化と低オン抵抗化を ( f) . 実現した。 自己分離型プロセスの採用によるチップの小型化を (g) 実現した。 負荷断線検出機能 F5060L では,従来外付け部品で構成していた負荷断線 検出回路を IC 回路に内蔵した。高機能 MOSFET は IC SOP-8 パッケージ採用により小型化した。 (h) 回路電源として入力電圧 VIN を用いており,オン時の過電 流・過熱検出を実現している。しかし今回は,IC 回路に . 低オン抵抗化 電源が供給されないオフ時(VIN=0 V)の負荷断線検出を F5060L は,SOP-8 パ ッ ケ ー ジ を 2 チ ャ ネ ル 搭 載 し た 実現するため,負荷断線検出回路にはドレイン電圧を分圧 従来の F5033 および F5041 に対して,低オン抵抗化を実 した信号を電源として併用した。これにより駆動する負荷 現させた。従来品では 600 mΩmax に対し,F5060L では が断線状態になったときの異常を検出可能とした。 350 mΩmax である。富士電機では,オン抵抗を改善す るために,100 V 以上の高耐圧パワー MOSFET において, . 状態出力機能 擬平面接合(QPJ:Quasi Plane Junction)というウェー F5060L は,高機能 MOSFET の従来品が 1 チャネルあ ハプロセス技術を確立している。今回,この QPJ 技術を たり 3 端子構成であるのに対し,状態出力機能端子である 耐 圧 60 V の VDMOS(Vertical Diffused MOS) に も 適 ステータス端子を新設し 4 端子構成とした。これにより, 用し改良を加えることで,F5060L の低オン抵抗化を実 過電流・過熱などの半導体素子の状態や,断線有無などの 現させた。 図 7 に従来製品と F5060L の,出力段パワー 負荷状態を CPU へ出力可能となった。状態出力回路方式 ( 2) MOSFET として使用している縦型デバイス VDMOS 断面 には,図 4 に示した IPS シリーズで実績のある方式を採用 構造の比較を示す。VDMOS のオン抵抗を限界まで下げ しており,外付けプルアップ抵抗(10 kΩ推奨)を用いる。 るために,エピタキシャル層の比抵抗を理論限界まで下げ F5060L のオン時は入力電圧を電源とし,オフ時は出力電圧 る必要があるが,ドレイン−ソース間耐圧の確保が問題と を分圧した電源を使用することで,オン時・オフ時にかか なる。QPJ 技術は,従来よりも p チャネルを低濃度で浅 わらずステータス端子による負荷や素子状態の CPU への く密にすることで平面に近い接合面となり,表面での電界 出力を可能とした。図 8 に負荷断線検出の動作波形を示す。 強度を緩和し耐圧を確保することができる。エピタキシャ ル層の比抵抗の最適化は,自己分離技術を用いて同一チッ . SOP-8 パッケージ採用による小型化 F5060L は,低オン抵抗化と機能追加という性能向上を, プ上に集積されている横型デバイス特性との整合を取りな 従来品と同様に SOP-8 パッケージを 2 チャネル搭載する 図 ことで,ECU 小型化に貢献することを目指した。低オン 縦型デバイス VDMOS 断面構造の比較 抵抗化のための QPJ 技術やデバイス構造の最適化に加え, 1.5 µm 自己分離型プロセス(従来 3 µm)を採用すること ①従来のVDMOS ゲート ソース n+ p+ ソース n+ n+ で,従来プロセスで作製した場合と比較して約 25 〜 30 % n+ p+ のチップサイズシュリンクを実現し,SOP-8 パッケージ の 2 チャネル搭載を可能とした。 p チャネル p チャネル n−エピタキシャル層 n+基板 図 F5060L 負荷断線検出状態波形(オフ時) ドレイン V IN =5 V/div ②F5060LのVDMOS Lg ソース n+ p+ n+ ゲート ソース n+ p+ ゲート n+ p チャネル p チャネル n−エピタキシャル層 n+基板 ソース n+ p+ n+ 負荷断線検出 V ST=2 V/div V OUT =5 V/div 擬平面接合 ドレイン 413( 33 ) 特 集 入力 5 V 駆動対応による,CPU 直接駆動が可能で (e) 富士時報 Vol.81 No.6 2008 インテリジェントパワー MOSFET られていることから,175 ℃保証に対する取組みも積極的 あとがき に実施していく。今後も自動車メーカーや電装メーカーと 特 集 の連携を深めながら,自動車電装業界に貢献していく所存 本稿では,低オン抵抗化,断線検出機能および状態出 である。 力機能追加という性能・機能アップを従来製品と同等の 外形で実現させたことで,ECU 小型化に貢献できる高機 能 MOSFET「F5060L」を中心に紹介した。富士電機では, 今回適用したプロセス・デバイス技術を他の製品に応用し, 参考文献 田野倉保雄ほか.トヨタ・インサイド.日経エレクトロニ ( 1) クス.2004 年 3 月 1 日号.p.95-125. さらなるオン抵抗の低減やシステムの小型化に貢献したい 徳西弘之ほか.パワー MOSFET「SuperFAP-G シリーズ」 ( 2) と考えている。また,ECU の小型化に伴う ECU の内部温 とその適用効果.富士時報.vol.75, no.10, 2002, p.593-597. 度や環境温度の上昇により,デバイスにも高耐熱性が求め 414( 34 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。