新しい自動車設計に必要な 超低IQの高電圧同期整流式降圧コンバータ

新しい自動車設計に必要な
超低 IQ の高電圧同期整流式降圧コンバータ
Jeff Gruetter
Sr. Product Marketing Engineer
Linear Technology Corporation
はじめに
自動車には最大限の快適性、安全性、性能が求められる一方で、有害排出物を最小限に抑
えるために、年を追うごとにますます複雑になる電子システムが多数組み込まれるように
なっています。市場調査会社のデータビーンズ社(Databeans)は、2012 年から 2014 年
にかけての年平均成長率を 9%と予想しています。自動車用エレクトロニクス・コンテン
ツの成長を促進する他の要因としては、インフォテインメント・システム(テレマティク
ス)、エンジン/ドライブ・トレイン/シャーシ管理、衛星ラジオおよびテレビ、LED
照明、Bluetooth、その他のワイヤレス・システムやバックカメラなどが挙げられます。
数年前までは、これらのシステムはハイエンドの高級車のみに採用されていましたが、現
在ではあらゆるメーカーのミッドレンジ車両に採用されており、自動車用 IC の発展を加
速させています。
電子システムのもう 1 つの成長要因は、新しいエンジン設計やドライブ・トレイン設計の
採用です。これらの新しい設計には、燃料直接噴射、エンジンのアイドリング・ストップ
制御、さまざまなレベルのハイブリッド/EV 構成が含まれます。これらのシステムの目
標は、有害排出物を最小限に抑えると同時に、燃料効率と車両の総合性能を向上させるこ
とにあります。これまでは互いに相容れない要求であったものが、「スマート」エンジン
制御システム、多数のセンサ、そしていくつもの DSP を利用することによって、エンジ
ン効率を向上させながら、より「クリーン」なエンジンを実現することが可能になりまし
た。電子制御装置(ECU)は、エンジンやドライブ・トレインの管理からシャーシのダ
イナミック制御に至るまで、自動車設計のさまざまな側面を最適化するために急速に普及
しつつあります。総合的に見てこれらの新しいシステムは、ドライバの観点からは安全性、
性能、快適性を高め、ドライバ以外のすべての人々の観点からは、よりクリーンな環境の
維持に役立っています。
自動車システムに使われる電子部品数が増えるにつれて使用可能なスペースは減っていき、
各システムの集積度は高くなっていきます。これらのシステムすべてで電力変換用の IC
が必要であり、通常はサブシステムごとに複数の電圧レールを利用できることが求められ
ます。これまでは、効率やサイズがあまり重視されなかったので、これらの電力変換ニー
ズの大部分は、リニア・レギュレータによってまかなわれてきました。しかし、電力密度
が桁違いに大きくなるとともに、多くのアプリケーションで比較的高い周囲温度下での使
用が求められるようになったことから、実用環境下で求められる放熱量が大きくなり過ぎ、
従来の方法では対応しきれなくなってきました。このため、熱として失われる電力を最小
限に抑えるために電力変換効率が極めて重要な要素となり、リニア・レギュレータに代わ
って降圧スイッチング・レギュレータが使われるようになりました。しかし、新たな自動
車設計においては、電源電圧の変動が大きくても非常に高い効率を実現し、消費電流が少
なく、スイッチング周波数の高いスイッチング・レギュレータが求められます。しかも、
これらの機能をコンパクトにまとめ、コスト効率が高く、実装面積の小さいソリューショ
ンを実現する必要があります。
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エレクトロニクスのトランジェント現象に伴う課題:アイドリング・ストップ状態、コー
ルドクランク状態、ロードダンプ状態
アイドリングストップ・システム
炭素排出量を最小限に抑えながら最大限の燃料効率を実現するために、新たな自動車技術
の開発が続けられています。これらの新しい技術が、電気ハイブリッドやクリーンディー
ゼル、あるいはより従来的な内燃設計のいずれを採用しているかに関わらず、重要なのは、
どの技術にもアイドリング・ストップ用のモータ設計が組み込まれているという点です。
これは世界中のほぼすべてのハイブリッド設計に共通しており、ヨーロッパとアジアの数
多くの自動車メーカーは、従来型のガソリン車やディーゼル車にもアイドリングストッ
プ・システムを採用しています。米国では最近フォード社が、2012 年型国内モデルの多
くにこのシステムを採用すると発表しました。
アイドリングストップ・システムは、電力管理システムにもう 1 つの課題を提起します。
まず、バッテリは、エンジンやオルタネータが停止している間も、車両の照明や環境制御
システム、その他のエレクトロニクスに電力を供給できなければなりません。さらに、エ
ンジン再始動時にはスタータにも電力を供給する必要があります。エンジン始動時のバッ
テリに対するこの厳しい負荷条件は、設計に関してもう 1 つの課題を提起します。それは
電気的なもので、エンジン再始動時には大電流を流す必要があるため、バッテリ電圧が一
時的に 4V 程度まで低下してしまいます。これは図 1 に示すコールドクランク時の電圧プ
ロファイルによく似ています。ここでのエレクトロニクスに関する課題は、チャージャが
定常状態に戻る際にバッテリ・バス電圧が一時的に公称値の 13.8V を下回っても、重要な
システムを停止させることなく動作させるために、入力より数百ミリボルト低いだけの十
分に安定化された出力を供給するということです。
図 1. 36V ロードダンプ・トランジェントと 4V コールドクランクにおける LT8610
「コールドクランク」というのは、自動車のエンジンが、長時間にわたり低温あるいは氷
点下にさらされたときに発生する状態です。このような環境下ではエンジンオイルの粘度
が増すので、スターター・モータはより多くのトルクを発生しなければならず、その結果、
バッテリから流れる電流もより大きくなります。この大きな電流負荷によってエンジン始
動時のバッテリ/プライマリ・バス電圧は 4.0V 以下に下がりますが、通常はその後で公
称値の 13.8V に戻ります。車両の電力バスにおける電圧変化は図 1 のようになりますが、
これにはまた別の理由があります。エンジン制御システム、安全システム、ナビゲーショ
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ン・システムなどのアプリケーションに関しては、エンジン始動時に動作を継続できるよ
う、コールドクランク状態においても(少なくとも 3V の)十分に安定化された出力電圧
を維持することが絶対に必要です。
「ロードダンプ」というのは、オルタネータからバッテリへの充電中にバッテリ・ケーブ
ルの接続を外した状態です。このような状態は、走行中にバッテリ・ケーブルが緩んだり、
切断してしまったりしたときに発生する可能性があります。このようにバッテリ・ケーブ
ルの接続が突然失われてしまった場合は、オルタネータが「接続されていない」バッテリ
をフル充電しようとするので、最大 60V のトランジェント電圧スパイクが発生する可能
性があります。オルタネータのトランゾーブは、通常、バス電圧を 30V~34V にクランプ
してサージの大部分を吸収しますが、オルタネータの下流側にある DC/DC コンバータは、
図 1 に示すように 36V 程度のトランジェント電圧スパイクにさらされます。これらのコ
ンバータには、このようなトランジェント現象の中でも損傷しないだけではなく、途切れ
ることなく出力電圧を安定化し続けることが求められます。
高効率の動作
自動車用アプリケーションにおいて最も重要なのは、パワーマネージメント IC を高効率
で動作させることですが、これには主に 2 つの理由があります。第一に、電力変換の効率
が良くなれば、熱として失われてしまうエネルギーがそれだけ少なくなります。熱はあら
ゆる電子システムの長期的な信頼性に悪影響を及ぼすので効果的に管理する必要があり、
そのためには一般にヒートシンクが必要になりますが、これはソリューションの実装面積
に加えて、複雑さ、サイズ、コストを増加させる要因となります。第二に、ハイブリッド
カーや電気自動車の場合、電気的エネルギーが無駄に消費されればそれだけ走行距離が短
くなります。最近まで、高電圧モノリシック・パワーマネージメント IC と高効率の同期
整流設計は相容れないものでした。これは、必要とされる IC プロセスが、これら両方の
目標を同時に満たすことができなかったためです。これまで最も効率の高かったソリュー
ションは高電圧コントローラで、これは、同期整流用に外付けの MOSFET を使用してい
ました。しかし、15W 以下のアプリケーションでは、このような構成はモノリシック・
ソリューションに比べ複雑で、実装面積も大きくなります。幸い、現在では、高電圧(最
大 42V)と高効率という特性を兼ね備え、同期整流機能を内蔵した新しいパワーマネージ
メント IC が市場に登場しています。
電源電流を極めて低い値に抑えることが求められる「常時オン」システム
多くの電子サブシステムは安定化された電圧の下で「スタンバイ」モードや「キープア
ライブ」モードにて最小限の静止電流で動作する必要があります。これらの回路は、ナビ
ゲーション、安全、セキュリティ、およびエンジン管理用のほとんどの電子式電力システ
ムに存在します。これらのサブシステムには、それぞれ、複数のマイクロプロセッサやマ
イクロコントローラが使われていることもあります。高級車には 100 を超える DSP が搭
載されており、そのうちの約 20%は、常時オン状態での動作が求められます。これらの
システムの電力変換 IC は、2 つの異なるモードで動作することが求められます。まず、
走行中これらの DSP に電力を供給する電源は、一般に、バッテリや充電システムから必
要なすべての電流を供給された状態で動作します。しかし、これらのシステムのマイクロ
プロセッサは、エンジンが停止した状態でもその動作を維持しなければならず、その電源
IC には、バッテリからの電流を最小限に抑えながら一定の電圧を供給することが求めら
れます。これらの常時オン・プロセッサは、多いときで 20 個ほどが同時に動作する可能
性があるので、エンジン停止中のバッテリに対する電力需要はかなりの量になります。合
計すると、これらの常時オン・プロセッサに必要電力を供給するために数百ミリアンペア
(mA)の電源電流が必要になることがありますが、これでは、数日間のうちにバッテリ
が完全に放電してしまうことも考えられます。たとえば、自動車に搭載された複数の高電
圧降圧コンバータが、それぞれ 2~10mA の電源電流を必要とする場合、セキュリティ・
システム、GPS システム、リモートエントリ・キーレスシステムのほか、ABS ブレーキ
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などの欠かすことのできないその他の常時オン・システムに使われる 20 個余りのコンバ
ータに必要な電流と、電子駆動式ウィンドウのリーク電流を合計すると、3 週間の長期出
張を終える頃にはバッテリが完全放電して、エンジンを始動できなくなる恐れがあります。
電子システムのサイズや複雑さを増すことなくバッテリ寿命を保つためには、これらの電
源の静止電流を劇的に減少させる必要があります。最近まで、高い電圧を入力できるとい
う要求と静止電流を小さくするという要求は、DC/DC コンバータ IC にとって互いに矛盾
するものでした。
これらの要求に対応できるようにするために、自動車メーカーの数社は、常時オン
DC/DC コンバータ 1 個あたりの静止電流の目標を 10μA 未満に設定しています。システ
ム・メーカーは最近まで、低静止電流の LDO を降圧コンバータと並列に接続して、これ
ら 2 つを切り替えることによってエンジン停止中にバッテリから流れる電流を減らすとい
う方法を強いられていました。しかし、このソリューションは高価で実装面積も大きく、
どちらかといえば非効率的なものでした。
新たな選択肢
すでに述べたように、自動車のバッテリ・バスはさまざまなトランジェント状態にさらさ
れるので、その電圧は 4V 以下から 40V 以上までの範囲で変動する可能性があります。ア
イドリング・ストップ動作を積極的に取り入れることで、電力バスは、通常走行中に何度
も低電圧トランジェント状態にさらされることになります。このような状態全般を通じて
良好に安定化された電圧レールが必要であるという事実は、自動車用エレクトロニクスに
とって極めて重要です。セキュリティ、安全、ナビゲーション、シャーシ制御、エンジン
/トランスミッション管理に使われる ECU によって自動車用エレクトロニクスの発展が
加速するにつれて、強固な保護機能と信頼性の下に、高効率、低消費電流、高周波数スイ
ッチングを実現できる高電圧パワーマネージメント IC の必要性も増してきます。幸いな
ことに、IC 設計者はこれらの過酷な要求をすでに満たしつつあります。
リニアテクノロジーの LT8610 は、高電圧同期整流式降圧レギュレータ・ファミリの最初
のデバイスです。その入力電圧範囲は 3.4V~42V で、コールドクランクやアイドリン
グ・ストップなどの状態における低電圧トランジェントと、ロードダンプ状態における高
電圧トランジェントの両方にさらされる自動車用アプリケーションに最適です。また、
2.5A の連続出力電流能力と VIN-200mV から 0.97V までの出力を供給できる能力を備えて
おり、バッテリ・バスに直接接続される自動車用電源レールの多くに適しています。さら
に、実装面積が非常に小さくシンプルなソリューションを提供するので、外付けダイオー
ドが不要で、図 2 のようなレイアウトが可能です。
図 2. LT8610 による標準的な 5V/2.5A 出力の自動車用回路
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LT8610 の同期整流回路には、96%という高い効率を実現する内部トップ MOSFET とボ
トム MOSFET が含まれています。図 3 は、公称 12V の入力から 5V 負荷に電力を供給し
た場合、800kHz という比較的高いスイッチング周波数でも、95%以上の効率を実現でき
ることを示しています。同様に、公称 12V の入力から 3.3V を出力した場合も、最大 94%
の効率を実現することができます。この高効率の動作によって無駄な電力が最小限に抑え
られ、スペースの制限が厳しいアプリケーションにおいても、ヒートシンクの必要はなく
なります。電気自動車やハイブリッド車では、これはそのまま 1 充電当たりの走行距離延
長につながります。
図 3. 標準的な自動車用回路における LT8610 の効率グラフ
さらに、LT8610 の Burst Mode®動作が無負荷時静止電流をわずか 2.5μA まで削減するの
で、無負荷に近い状態時でさえ一定の値に安定化された電圧を必要とする常時オン・アプ
リケーションではバッテリ駆動時間を最大化できます。セキュリティ、環境制御、データ
記録、安全、測位用のシステムを含め、常時オン・システムの数が増えていることから、
これは特に重要です。さらに、リップルが非常に小さい Burst Mode 動作トポロジによっ
て出力ノイズが 10mVPK-PK 以下に抑えられるので、ノイズに敏感なアプリケーションにも
適しています。外部同期が必要なアプリケーションの場合は、Burst Mode 機能をパルス
スキップ周波数方式に置き換えることができます。
ドロップアウトが小さいことも LT8610 の利点で、これは、アイドリング・ストップ状態
やコールドクランク状態で出力を安定化させなければならないアプリケーションでは特に
有効です。図 4 は、入力電圧がプログラムされた出力電圧(この場合 5V)を下回っても、
入力が 2.9V を超えれば、出力は常に入力電圧より 200mV(@1A)低い値に維持される
ことを示しています。ECU をドライブするには 1 つ以上のマイクロプロセッサ/マイク
ロコントローラが必要なので、これは重要な点です。これらは公称 5V で動作するように
設計されていますが、電源電圧が 3V まで低下しても動作を続けます。したがって、コー
ルドクランクでは入力が 3.2V 程度まで低下する可能性がありますが、マイクロプロセッ
サの動作を継続できるので、コールドクランク状態でも ECU を休みなく稼働させること
が可能です。
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図 4. LT8610 のドロップアウト性能
さらに、わずか 50ns という LT8610 の高速の最小オン時間は、16V 入力 1.8V 出力で
2MHz の固定周波数動作を可能にし、AM ラジオのような非常にノイズに敏感な周波数帯
域を避けながら、効率を最適化します。16V を超える電圧(42V 未満)でも、LT8610 の
出力電圧は非常に安定しています。動作時のスイッチング周波数が高いほど外付け部品の
サイズを小さくできるので、2.2MHz のスイッチング性能を備えた LT8610 を使用すれば、
実装面積の非常に小さいソリューションを実現できます。
LT8610 は高効率のトップ・パワースイッチとボトム・パワースイッチに加え、必要な昇
圧ダイオード回路、発振器回路、制御回路、ロジック回路を 1 個のチップに集積していま
す。また、特殊な設計技法と新しい高速プロセスによって広い入力電圧範囲にわたって高
い効率を実現する一方で、電流モード方式の採用により高速トランジェント応答と優れた
ループ安定性が得られます。その他にも、内部補償、パワーグッド・フラグ、信頼性の高
い短絡保護、出力ソフトスタート/トラッキング、過熱保護などの機能を備えています。
さらに、熱特性が改善された 16 ピン MSOP パッケージと高いスイッチング周波数の組み
合わせによって、外付けのインダクタとコンデンサを小さくできるので、放熱効果が高く
実装面積が小さいソリューションを提供します。
結論
自動車用の複雑な電子システムの急速な発展は、電力管理ICに対してより厳しい性能要求
を生み出すに至りました。自動車用電源バスのどこから電源を取るかに応じて、これらの
ICはアイドリング・ストップ、コールドクランク、ロードダンプといった条件にさらされ
ますが、いずれの場合も、これらの条件下において出力電圧を正確に安定化させることが
できなければなりません。さらに、これらのシステムのうちのいくつかは、最小限の電流
により、常時オンのスタンバイ・モードで動作することが求められます。ますます少なく
なるスペースに、より多くの電子システムが追加されるので、最大限の効率を追求しなが
らソリューションのフットプリントを最小限に抑えることも非常に重要です。幸い、これ
らの要求を満たすICが既に市場投入され、将来的に、より高度な自動車用エレクトロニク
ス・コンテンツへの道が開かれています。
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